After a rainy day.

あの水曜日、世界の終わりみたいだった夜、涙を押し流してくれた雨はもう降らない。僕はいつもと同じように呼吸をした。梅雨明けはまだらしい。どうしようもなくじめじめとした初夏の空気。重なり合った体温だけを思い出しながら、喪失を感じ取っている。あの夜は一つになれたのに、今は?


僕は、悲しみだけを乗せた船を思い浮かべた。きっとその船は、沖合で沈み始めるだろう。悲しみというのは神様からのギフトボックスみたいなものだ。そのギフトは、一人では持てないくらい重い。人間の背中にのしかかっては人間を潰す。神様は、そうして人間に与えた命を試している。


僕は誰にも勝てない。何者にもなれない。彼女を思い出す。煙草に手を伸ばしては白い煙を吐き出していた横顔を。その美しい鼻筋や、カラーコンタクトで蓋をされた強い眼光。貴方の瞳にうつりたいがために、犯した罪を。

僕は、貴方を失った。自分自身を失った。僕には足りなかった。何もかもが足りなかった。悲しみはこんなにも重たい。貴方の命も、こんなにも重たかったのですか?


自分への問いばかりが浮かび上がる夜。壊れそうな思い出には雨が降る。世界はそういった作りになっている。涙は出ない。あの夏は死んだ。そして彼女も。僕の思い出の中ですら、もう息をしていない。刹那の中で生きていた二人の影を、僕はもう見ることができない。

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短編集 僕たちは靴をなくした 雪平 蒼 @tayu_tau

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