第4話 リーファの婚約者



 王城の豪華な客間を借りて、家族会議が開かれた。

リーファの力が顕現した今、全てを詳らかにすることが急務だと考えた父とニールによって王城の一室を与えられた。



 リーファが迷路の中で木々の切ない声に耳を傾けていた頃、リーファの両親は大勢の高位貴族に囲まれていた。

 リーファの父親は若かりし頃、魔導士団の団長をしていたため知り合いは多く、懐かしさに挨拶の列は絶えることがない。

十代で副団長へ就任しその後団長へと当時は異例の大出世だった。リーファの母となる女性は光の加護を多く持ち出会ってすぐの電撃結婚で、長男を身籠るとあっさりと故郷へと戻って行った。

 聖なる森を守り、加護を受け、その血を絶やすことなく次世代へと繋ぐ。代々引き継がれて来た事だったがそれは自然の理だった。

 加護を受ける器の大きさは人によって様々で、偉大な二人の子は期待を一身に受けたが裏切ることなく、特に長男と長女は能力を早くから開花させ、そのため二人の伴侶選びは慎重を極めた。

 だがさらにその上を行く存在が、リーファだった。

 通常は一人の人間に一精霊が守護する。大きい力を持つもの者ほど上位の精霊が加護を与えてくれるのだが、日々の鍛錬や行いによって増えることもあるそうで、リーファの両親や兄姉もそうだが、高位のもの達はそうしてより多くの守護を得たそうだ。

 ただでさえ大きな器を持つリーファに、その器に入りきらないほどの沢山の上位精霊たちが加護を与えたいと揉めたのだ。結果、皆で少しずつ与え合う事にした。そうすれば守護したいものが全員リーファに少しずつだが祝福出来る。お陰で卵は色んな力が混ざり合ってヘンテコな色になったし、力が溜まってようやく割れる殻はリーファの膨大な力で触れれば容易く消滅した。割れた時に見えるはずの力は、火は水に雷は土にといった具合に相殺され何も見えない。ひっきりなしの加護は異例の数の卵を生み続けるが能力はリーファに見えないといった状況を作り出したのだ。

 その事実は光の精霊王が現れリーファの母がご神託を賜ったのだが、それすらもこの国では異例のことだった。

 そんなリーファを子に持つ両親は大勢に囲まれるのは想定内で、むしろリーファの代わりに囲まれていたといってもいい。

 このパーティーにリーファを連れて行くにあたり国王陛下と、他人がリーファへのむやみやたらの接触はしてはいけない、リーファの自由にさせること、がパーティーへの参加条件と取り決めをしていたから、気にかけていながらも事件など起こりうるわけがないと安心していたのだ。

 森で一人で一日遊んですごせるリーファは緑の多い広い庭でのパーティーなら十分楽しく過ごせると考えていた。まさか木々の苦しみの声を聞かされることになるなんて誰も思いもよらなかった。







 自分の持つ力について聞かされて、リーファは驚き戸惑い、言葉が出てこない。


「…ど、どうしてちゃんと教えてくれなかったの?」


 リーファの問いに両親は辛そうに顔を歪めた。しかしゆっくりと吐き出された言葉は優しさを纏っていた。


「隠していたつもりはない。敢えて話さなかったというべきかな。リーファが自分で気づけたらきちんと伝えるつもりだったし、気づかなくても十歳を過ぎたら話そうと思っていたんだよ」


 父はそう言って、顔をくしゃりとさせた。


「お前の力は大きすぎたんだよ。母体を危険に晒すほどに、な」



 日に日に大きくなっていく力を持つ胎児を腹に宿す母。聖なる力を多く持つ母であっても奪われる体力、そして出産時には母の力は限界ぎりぎりまで持っていかれた。それでも父の力と母の「家族の為に生きたい」と願う精神力でどうにか母の一命は取り留めた。そこからはひたすらに回復に努める日々だったと、ぽつりぽつりと六年前の出来事について話す父に寄り添う母。リーファの手はニールとソフィアが握ってくれている。

 幸い兄と姉の能力が高く、そしてリーファとの力の相性も特に良かったために母に代わって面倒を見た。幼い兄妹は気を緩めるとリーファの力の影響を受けるからとリーファが物心つくまでは一人きりでは近寄ることは許されなかった。大きな力を持つリーファの家族であってそうなのだから、他の者では難しい。リーファが万が一暴走することも考え、使用人は秘書以外置かず家族だけで住むことにしたのだった。


「私のせいでみんなに迷惑をかけていたなんて…」


「リーファのせいだなんて思ったことはないよ。大勢の子ども達に囲まれて暮らすのが私達夫婦の願いだったのだからね。そしてようやくお前を抱きしめることが出来る」


 そう言って父と母は、力を操れるようになったリーファを優しく抱きしめた。






******





 王城の広いサロンにて王族とリーファ達家族、それから庭園の森化に巻き込まれたものとその家族が一堂に集い卓を囲む。王族と席につくなんて恐れ多いことなのだが、リーファのエスコートを一丁前にかって出たアーサーとアランが

「リーファと手をつないでいるとなんだか安心する、ね?」

と無邪気な笑顔でそのまま手を離さないものだから、周りのものは何も言うことができず陛下もそれ幸いとなごやかな目で眺め、現状と合いなった。


 (あざといな、この腹黒王子め)とヒューは内心悪態をつくが、殿下に意を唱えることもできず、またリーファは初めてできた友達の存在に無邪気でご機嫌なので、どうすることも出来ない。仕方なしにリーファの前の席に座ると、ヒューにもにこにこと笑顔を向け視線はまっすぐだ。手は握れないが純粋無垢な瞳で見つめ笑いかけるのが、またヒューの心をざわめかせるのだが、リーファが気付くわけもない。





 一同の様子をしばらく見ていた後、国王陛下が威厳のある態度で言った。



「リーファ様。アーサーとアランを貴女様の婚約者候補としてもよろしいでしょうか?」



 その言葉にリーファはきょとんとしてしまった。



「陛下、その話は娘にはまだ早いかと」



 父親は慌てたように言ったが、対照的にリーファはのんびりと言った。



「どうして?二人ともお友達でしょう?ケリーやマークと同じ」


「リーファ様はアーサーやアランに自ら手を伸ばしたと聞いた。それは力の相性が良いということだ。成長するに従い二人の力は大きくなり、また一緒に過ごすうちにさらに馴染んでくるだろうことが予想される」


「そうなの?ならヒューにもしがみついてしまったわ。どうしましょう」



 リーファの呟きにアーサーとアランは大きく目を見開いた。二人はその事実を聞かされていなかったらしい。ヒューがちらりと視線を国王陛下に動かすと「そうであったな」と鷹揚にうなづいて


「であるなら、ヒューもまた候補の一人だ。三人の中で、ヒューが今のところ加護を多く得ているから一番心地よいと感じてしまう事があるかもしれないな」


 親子揃って腹黒いと思わざるを得ないその台詞から、王子との婚姻の確率を上げるため、陛下が意図して先にヒューを排除しようとしたのは明らかだ。隣りに座る神官長である父親から殺気が漏れているのが感じられた。



「???誰からも心地良さを感じないわ。強いて言うなら、ニール兄様とソフィア姉様がほんのりと温かいのよ」




 うふふと無邪気に笑うリーファに、力の大きさを一同が思い知らされた瞬間であった。






******






 結局リーファの婚約者候補の話はなくなった。誰もがスタート地点に立っていない事を痛感したからだ。リーファを手にするには、今後並大抵の努力では無理だし、努力だけでは加護は得られない。

 家に戻る馬車の中でソフィアがリーファの膝の上のクロを撫でながら言った。


「あの黒い塊、卵だったのね」


 あの日、リーファが強く望んだのでクロはリーファの元に現れた。



「オルトロスも卵になろうとしてたから焦ってさ、俺は大きさはどうでもいいからとりあえずリーファの前に生まれ落ちようとしたら、あんな小さな塊になってしまった」


 とクロは言った。

だが加護が深い森。嫉妬した者達の妨害に遭い思うように孵化出来ない。森より離れた王都で、しかも魔法によってさらに加護が抑えられていた庭園で、クロはようやく殻を割る事が出来た。




「ようやく見られるようになって良かったな」


 リーファの頭をいつものようにぐしゃぐしゃとして、ニールが言った。

そうだった。兄様はいつだって「見えるか?」と聞いていたのだ。隠していたわけではない。リーファが自分を信じていなかっただけなのだ。



「これで色んな力が見えるようになっているはずだ。だけど何が起こるかわからないから、試すのは森に戻ってからだぞ」



 そう言って笑うニール兄様の手はいつも通り温かく、リーファの頭を優しくなでた。







 そうして、リーファが屋敷に帰り様々な力を操れるようになったり、十歳まで卵を見つけ続けるのは、この後のお話。

 それからアーサーやアランが森にやってきたり、ヒューがルイスの親友になって休みごとに遊びにきたり、それぞれが力をつけるのはもっと後のお話。



 リーファは三人のうちから誰を選ぶのか、他にも新たな候補者が現れるのかは、また別のお話で。








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リーファの不思議な卵 中村悠 @aoisorasiroikumo

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