第3話 どんでん返しの卵



 パーティーの最中、ヒューはいつものように多くの令嬢たちに囲まれていた。今回違ったのは、かの一家がこの会場に居ると言うことだ。長女ソフィアの婚約披露パーティーなのだからもちろんの当然のことなのだが、普段聖なる森に引きこもっている一家がこうして王都に出てくることも珍しいし、パーティーに参加するのは滅多にないことだった。

 パーティーで女性達は自分の力がどれだけ心地いいかアピールするためにたくさんの力をヒューに好意と共に向けてくる。それらは決して居心地の悪いものではなかったし、思春期に入る男にとってはむしろ好ましいものであった。学園を卒業するまでは婚約者は確定しないのが慣例だったから、寄せる秋波はヒューの自尊心をくすぐった。

 だが今日の風景はいつもと一変していた。

普段参加しない近衛騎士団長を筆頭に、かの一族とそれに群がる人集り。もちろんヒューにも集まっては来るのだが、いつも一点に集中するヒューの人気が分散している。

現在、王子やその側近になるであろう少年達はまだ幼く、パーティー会場で将来性の高さで言えば自分が最有力であると自負していた。

 かの一家は囲まれていてもそつなく皆を相手にしており、辺境の地に住まうとは思えない優雅な所作で対応に当たっていた。

 確か一緒に学園に入学する同じ年の子がいたよなと探してみれば、やはり彼もまた年頃の女性に囲まれていた。囲む少女達はこの間はヒューの周りにいたなとちらりと視線を向けると彼女達は潮が引くように離れて行った。



「ありがとう、助かったよ」

「困っているようには見えなかったけれど?」

「僕は田舎者だからね、都会の御令嬢に失礼があってはいけないだろ?」


 ふふっと鮮やかに笑って


「今度俺たち同級生になるんだろ?君と話をしてみたかったんだ。俺はルイス、よろしく」


 と爽やかに言った。そのまま女性達の絡みつく視線を無視し、二人で話込んだ。ルイスの操る力に興味も湧いて互いの能力についても語り合った。


「流石だな、ルイス殿は」

「俺…、私なんてまだまださ。兄貴や姉貴の足元にも及ばない。そして末っ子のリーファに比べたら、天と地程も違う」


「父から噂はきいている。首席入学と噂される君が言うのだ。かなり凄いんだろうな」

「首席はヒュー殿だろ?」


 互いに謙遜し合うが、その時、不思議な気配に気づいた二人はその方向へと視線を向け、そして顔を見合わせた。


「あの感じはうちの末っ子だ。困ったな」


 そう言ってルイスが探す視線の先には彼の両親や兄姉の姿があった。大勢に囲まれる彼らの所まで行って話しかけるのには時間が掛かるだろう。それにルイスもまたヒューから離れれば大勢に囲まれて、たどり着くのは容易くはない。それでもと「またゆっくり話そうね」と人懐っこい笑顔を浮かべてルイスは人混みの中に消えていった。

 自分達は二人でたまたま話していたからリーファという少女の些細な気配に気づけたけれど、大勢の好意を纏わせた異性の力に囲まれた彼らは力の渦の中心にいて気付くのに時間がかかるかもしれない。

 ならばとヒューもまた、瞬時に行動を開始した。父と共に通い慣れた王城だ。彼と違って庭園も知り尽くしている。彼女の気配は巨大迷路の中。辿るのはわけないだろう。そう思ったのに、迷路の中で彼女の気配が消えた。そして再び気配を感じ、彼女の元へと駆け付けた時それは起こった。

 庭が一瞬で深い森へと変わったのだ。





******





 リーファは、王城の庭が一瞬にして生命力あふれる森に変わったことに驚き喜んでいた。


「すごい、クロってすごい力を持ってるのね。さすが私の弟、妹?かな?」


「性別なんてそんなものはどっちだっていいよ。それからこの森はさぁ」

「これって君がしたの?」


 クロが話し始めたのを遮るように後ろから男の声がした。リーファが振り返ると、ルイス兄様と同じくらいの年の頃の少年が立っていた。


「クロがね、したの」

「クロ?愛称かな?普通ならクロエ?クローディア?だけど、君は違うよね?」

「私はリーファだよ。この子がクロ」


 リーファは手のひらのクロを男の子の前に差し出す。

クロを見た男の子は目を大きく見開いたかと思うと、リーファに向かって微笑んで言った。


「クロっていうか、ケロ?かな」


「そうなの?ケロだとふわふわじゃなくヌメヌメしてる感じがするよ」


「そう?私の知る昔話では魔法少女がこの子をケロちゃんと呼んでいたから、モフモフでも大丈夫だと思うけど」


「そうなの?だけどね、わたし、この子を卵の頃からクロって呼んでたから。でも、そうね。クロは何て呼ばれたい?」


 リーファの問いにクロはあっさりと「クロで」と返す。その様子に男の子はさらに驚いたようで口を片手で覆い尽くした。


「参ったな。ミニのケルベロスがおしゃべりするとは昔話と一緒だ」

「ケルベロス?」


「ああそうだよ。冥界の番犬ケルベロスだ」

「番犬!カッコいい!クロってば凄いんだ。でも、お兄さん、物知りだね!」


「私の名前はヒューだよ、よろしくね、聖なる森のリーファ様」

「びっくり!うちの森のことも知ってるんだ」


「私の父親は神官長なので」

「神官長?」


「ええ、なので他の子に比べれば、力について少しは詳しいと思いますよ」

「そうなの?じゃあクロは何を食べるのかな?さっき卵が割れたばっかりで、私クロのこと何も知らないんだ」


「そうなのですか?まだ生まれたばかりとは。なら」


 と二人が楽しく話をしていたところ、頬を切るような一陣の風が吹いた。

見ればそこに一人の男性が立っていてリーファとヒューをギロリと眺めると低い声で言った。


「そんな小さな少女がこれほどの大きな力を操り、緑の森にするとは流石だな。しかしここは王城の庭園、何も無かった事には出来ないぞ」


 リーファの父親と同じくらいの年齢だろう。眉間に深い皺をよせて、人差し指の先でトントンとそこを叩く。じろりとヒューを睨むように視線を向けると溜息をつきながら男は言った。


「木々が深く彼女を守っているようで、ここに来るのに時間がかかってしまったが。ヒューはどうやってここにきた?」


「閉ざされる前に彼女の近くにまで来ていたようです」


「そうか。ならヒュー、お前…」

「え!閉ざされる?ここに閉じ込められているってこと?」


 リーファが男の言葉を遮り大きな声を出した。


「どうしよう、じゃあこの先の噴水のところに男の子達も閉じ込められちゃったかも」


「男の子?」


「うん、アーサーにアラン、マークとケリー!」

「まさか、彼らも…」

「こっちよ」


 そう言ってリーファはヒューの腕を掴んだ。だけどアーサー達に振り解かれたことを思い出し力を緩めた。だがヒューは少し顔を歪ませただけで、リーファの手を振り解きはしなかった。


「そこのご令嬢は私が連れて行こう。その方が早い」


 その様子を見て男が急くようにリーファに手を差し出したが、それにはリーファの方が萎縮してしまった。


「い、いや、です。…なんか、なんだか、いやなの」


 思わずヒューを掴む手に力が入る。下から見上げるとヒューはにこりと笑ってリーファに「大丈夫」と言った。


「この様子だと団長より私の方が適任ですね」

「ああ、そのようだな。ではヒューに任せるとしよう。アーサー様を迎えに行かねば」


「そんな痩せ我慢を仰らなくても。ケリーが心配なら、そう言えばいいのですよ」


「心配なんかしていない。この森に害はないから、迎えに行くのは容易い」


「ですが団長でも瞬時にここに来られなかったのでしょう?」


「彼女がいれば、容易い、ということだ」

「なるほど」


 繰り広げられる会話はリーファには理解出来なかったが、閉じ込められたアーサー達を迎えにいけそうなのはわかった。だが、私がいても役に立てないのにとリーファは思ったが、クロのお姉ちゃんだから一緒の方がいいとすぐに思い直した。



「リーファ様、先程クロがしたとおっしゃいましたが、どのように?」


 ヒューに聞かれて答えるのを躊躇った。ちらりと男の人を見やる。ヒューとの会話から彼はケリーの父親なのだろう。ということは、魔導士団の団長なのだ。信頼に値する人物のはずなのに何故だかリーファは居心地が悪かった。するとクロがふわりと暖気を纏ってリーファを包み込んだ、気がした。ポカポカと陽だまりのような暖かさにリーファは気持ちが安らぐ。まるで大丈夫だと伝えてくれているかのようだ。

クロの話をしようと口を開きかけた時、「リーファっ」と呼ぶ声がした。



「兄様っ!それに姉様まで」



 木々の間にニールとソフィアが現れて、リーファに駆け寄る。抱きしめようとした時、リーファがヒューを掴んでいることに気づき、そしてもう片方の手にはケルベロスが鎮座しているのが見えた。

二人は思いっきり頭を抱えたがそれも一瞬で、事情を聞くと直ぐにリーファを連れて、王子達の救出に向かった。魔導士団の団長とヒューには先にパーティー会場に戻ってもらい、事前に状況を説明してもらうことにした。

 しかし、ヒューはリーファの手を離すことを渋った。こんなに安らぐ想いは生まれてこの方経験したことがない。このまま手を繋ぎ、攫って行きたいとさえ思った。

だが、森林と化した王城庭園で学園入学前の幼い自分に出来ることは限られている。リーファの前では何もできないといってもいい。足手まといになってリーファに失望される未来だけは避けたい。

それに六歳の少女が他の誰かの手を握るとは思えなかった。だから自分のありったけの力を注いで「先に城に戻って待っている」と笑顔で告げてその場を離れた。

 まさか六歳だからこその無邪気さを利用してリーファと手を繋ぐ輩がいるという発想に至らなかった事は、ヒューの落ち度だった。王城に戻って来たリーファは肩にクロを乗せて、アーサーとアランに両手を取られエスコートされていた。二人の少年達の嬉々とした笑顔とは対象的にヒューには嫉みの表情しかなかった。














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