第2話 王城庭園





 王都で、それも王城で行われたパーティーはそれはきらびやかなものだった。

姉の婚約者である公爵家のご子息は小さなリーファから見てもそれはそれはとても素敵な王子様のような人で、優しく美しい姉ととてもお似合いだった。

ニールは仕事着である騎士服を身に纏い普段の様子からは想像もできないほどに凛々しくかっこよかった。

 他の兄様や姉様もそれぞれ大勢の人たちに囲まれて顔を赤くしたり朗らかに笑っていたりと自然体でとても楽しそうだった。

 父や母も立派な服を着たとても偉そうなお金持ちらしき人たちに囲まれていて、家で見る姿とは違って上品で別人に見えた。並べられている料理やデザートは美味しくて、一人で好きに食べるからと両親から離れたのはリーファなのに、美しいパーティー会場に自分の居場所はないような気がした。


 リーファは人混みから避けるようにして一人ゆっくりと歩いていく。

会場は美しい庭園でかなり広く探検のしがいがありそうだったが走り出す気分にもなれず。

 緑に囲まれれば元気を取り戻せるはずと空元気な鼻歌まじりで進んでいたリーファは、高い緑の壁に囲まれだんだんと心細くなっていった。ちょっぴり不安になり目にはうっすらと涙も浮かび始める。こんな風に思った事は初めてだった。いつも大勢の家族に囲まれ、柔らかい暖かい空気の満ちた森で遊び、寂しいとか心細いとか思ったことなどなかった。同じ緑なのに家の森の緑となんだか違う。緑に囲まれているのにいつものような安心感は得られなかった。

 リーファの不安を払拭するようにワンピースのポケットが暖かくなったような気がして、リーファは手を突っ込んでみる。黒い塊は心なしか温い感じがした。


「ふふ、クロ、あなたがいるもんね。寂しくなんかないもん」


 クロと名付けた黒塊に触れ話しかけると途端に元気になったような気がして、また鼻歌を歌いながら歩き出す。気分がどんどんよくなって声に出して歌いながら緑の壁の中を進んだ。クロに語りかけると温かい気持ちになるので時折話しかけるが、周りから見ればきっとぶつぶつと独り言を言う気味の悪い少女だったろう。

 しばらく歩くといきなり目の前が開けて、大きな噴水のある素敵な広場へと踊り出た。

 噴水の水はとてもきらめいていて美しく、思わず駆け寄ったリーファは手を伸ばして触れて、「綺麗ね!」とキャッキャと声を上げて笑った。ポケットの中も温かくなったようで、クロも喜んでいる気がした。

 そこへリーファ同様に木々を抜けて来たのか、リーファと同じ位の年頃の男の子四人が目の前に現れた。少年たちはなぜかリーファの様子を固まったように見つめている。

 突っ立ったままの彼らに気づいてリーファは笑って話しかけた。パーティー会場でリーファと同じ年頃の子は見かけなかったから、自分と同じくらいの子がいて嬉しくなってしまったのだろう。もしくはさっきまでの不安な気持ちがそうさせてしまったのかもしれない。相手が誰なのかもわからないのに自分から話し掛けてしまった。そもそも田舎の箱入り娘のリーファが不敬という概念を知っているかは怪しいけれど。


「ここ、素敵な場所ね。あなたたちもパーティーがつまらなくて抜け出してきたの?」


 リーファに話しかけられ男の子たちはピクンと体を揺らしたが、しどろもどろになりながらもリーファの問いに答えた。


「あ、ああ。愛想笑いで知らないやつとおしゃべりなんてつまらない」

「気心知れたやつといるのが一番だ」


「わかるっ!わたしもそう!ね、わたし、リーファっていうの。あ、でもわたしも気心しれてないからここに一緒にいちゃダメだよね…」


 浮かれた自分に気がつきシュンと肩を落としたリーファに、少年達はぶっきらぼうだが居てもいいと了承してくれた。


「俺はアーサー、この国」

「私はアランです。後ろの二人はマークとケリーです」


 アーサーに被せるようにアランが名乗る。初めて年の近い友達ができそうな予感にリーファはわくわくした。


「アーサーとアラン、マークにケリー…、よろしくね!」


 喜びを隠しきれないリーファはこの噴水の澄んだ水の感動を伝えていた。アーサーやアランの話によれば、地下深くで聖なる水源と繋がっている清き水なのだそうだ。


「それにこの庭園も国で一番の自慢の庭だ」

「広さも緑の豊かさも美しさも、これ以上素晴らしい緑は他にはないでしょう」

「植物の品種の多さも国一番です」

「こんなに生き生きと光り輝く草木は見たことがありません」


 四人が熱く語るこの庭園は不思議な力によって美しさも生命力も保たれているらしい。特にアーサーとアランの熱量は凄く、競うようにリーファにいろいろと話しかけてくる。だけどリーファの感じ方はみんなとは違ったようだ。


「この広場に抜けるまでの道は、なんだか、えっと、ざわざわ?して気持ちが落ち着かなかった?辛くなるというか」


「辛い?この庭の中でも一番を誇る素晴らしい迷路だぞ」

「ここに入った誰もが感嘆の声を上げて楽しんでいくよ」

「辛いだなんて言ったのは君が初めてだ」

「不思議な感覚の持ち主だね」


 アーサーとアランの言葉になぜかマークとケリーがしかめっ面をしたが、リーファは気が付くこともなく、二人の言葉に自分が否定されたような気持ちになって悲しくなった。


「そうなの?でも、みんなが辛いって泣いているもの。もっと枝を伸ばして自由に生きたいって言ってるじゃない」


「は?」

「何を言っている?」


「ほら、こっちにきて。聞こえるでしょ?」


「何が?」

「ほら、こっちよ」


 リーファは近くにいたアーサーとアランの手を片方ずつとって声のする方向に連れて行こうとした。しかし触れられた二人とも体をビクリと揺らすと、リーファの手を弾かれたように思いっきり振り解いて大声で叫んだ。


「うわっ」

「なにするんだ!は、離せ!」

「きゃっ」


 弾みでリーファは後ろに吹き飛ばされ、尻餅を突いてしまう。


「痛っ…」


「「あっ、えっとその」」


 今日のワンピースは淡い桜色だ。きっと汚れてしまったに違いない。戻ったら母が大騒ぎする様子が目に浮かぶ。

 目の前の四人はというと困惑の表情でリーファを見つめるが、体は固まったように動かない。


「女の子には宝物のように優しくするものだと兄様が言ってたけど」


 だけど、わたしはお転婆のいたずらっ子でいつものことだから気にしないで、

と続けようとしたところで


「は、お前ブラコンか?」


 とアーサーが顰めっ面で言葉を吐き出した。


「ブラコン?」

「兄貴が大好きってことさ」

「ブラコンはよくわからないけど、大好きに決まってるわ。兄様はとても優しいし強いんだから」


 すると後に控えていたマークが言った。

「強い?俺の親父の方が強いさ。なんたってこの国の騎士団の団長なんだからな」



「うちのお兄様は頭もとってもいいのよ」

「まあ、それならうちの親父の方が頭がいいさ。なぜならこの国の宰相だからね」

 リーファの手を振り解いたアランが答えた。


「…うちのお兄様はすっごい大きな力を持ってるの」

「なら俺の親父の方が大きいさ。魔法師団の団長だからな」アーサーの後に控えていたケリーが言う。


「う、うちの兄様は格好が良くて優しくて家の立派な跡継ぎなんだから!」

「はっ、立派な跡継ぎというなら私の父上だろう、なんていったってこの国の王太子なんだからな。そしてそれは息子の俺も当てはまる」

 リーファの一番近くにいたアーサーは胸を反らせて偉そうに返した。


 リーファはなにも言い返せ無くなって俯いてしまった。

はたからみれば、幼い子ども達の自慢の言い合いっこだったし、常に一緒にいる彼らのいつものマウントの取り合いだった。だけど聖なる森で暮らすリーファには家族しかいないし、気の置けない友達とのやりとりなんて知らない。長兄は自慢の兄なのだ。長兄だけではない。家族はみんなリーファの自慢なのだ、力のないリーファを優しく見守ってくれる。

 なのにその兄を否定するなんてと悔しくなって、リーファは思わずその場から走って逃げた。緑の悲しい声がする方へと一目散に。



 迷路の中に入ると緑の声はますます大きくなって、リーファを包む。その切ない声に胸がぎゅうっと苦しくなった。するとポケットの中の塊がポカポカと熱を持つ。そっと取り出すとクロはさらに熱くなり手のひらも心も温めてくれた。


「クロ、ありがとう。クロって温いね。触れてると幸せな気持ちになるよ」


 その声に反応するように、クロはさらに暖かくなった。


「クロ、この子たち痛いって言ってる。どうしたら助けてあげられるのかな」


 クロを両手でぎゅっと包み込んで握る。クロはますます熱を持ったようだ。いつもは蛍火のような柔らかい熱を発するだけでこんなに熱くならない。

そもそもリーファはこんなに苦しい思いに囚われたことは無かった。加護が満ちている聖なる森は木々も草花も獣達も伸び伸びと生きていたから。生命力を感じ、癒して貰っていたのは自分たち人間なのだから。


 刈り取られた木々を助けたいと願っていたら、クロはさらに熱を帯び、そして、

……割れた。殻は消滅。

だけどリーファの手のひらの中には黒いモフモフとした獣のようなものがいた。

優しーく触れる、ポアポアのポフポフのホアホア~だ。ついに手に入れたリーファの妹、いや弟かも。

モフモフをムギュムギュして、フワフワをフガフガしてクンクンでキュンキュンする。幸せだ〜!

感激で涙が溢れ落ちそう。


「ク〜ロ〜!可愛い!かわいいよう〜」


 リーファが頬ずりしてフガフガと再び匂いを吸い込む。


「そんなことされたら、くすぐったいよ」


「ええ〜、そんなこと言わないでもっと嗅がせて、もっとぐりぐりし…た…い…、え?今、言っ…」

「どうした?なにをそんなに驚いている?」


「ええ?だって驚くでしょ?おしゃべりする動物なんて」

「まあ確かに、動物が話せたのなら驚きはするだろうな」


「でしょ?クロがこんなにおしゃべり出来るなんてびっくりだけど、でも嬉しい!」

「そんなことより、良いのか?木々を助けたいんだろ?」


「ああそうだった。でもどうしたら良いのかな。クロ、知ってる?」

「その為に出て来たからな。ってか、ようやく出てこられた、この場所のおかげだな。じゃあ、こいつらを助けよう」


「クロって頼りになるね~妹か弟が欲しかったのにこれじゃ私、お姉ちゃんになれないかも」

「そんなことはない。ちゃんとなれるさ。それよりほら、周りの声を良く聞いて。そして願うんだ、さあ」



 クロに促されてリーファは耳を澄ませる。周りの木々がざわざわと漏らす心の声がさらに響いてリーファは切なくなった。迷路を作る為に自然美を無視し切られた枝が、悲しいと嘆いている。成長を止められ、辛いと嘆いている。リーファは祈った。



(みんな元気になるといいな)



 途端に空気が変わったような気がした。リーファを中心に周りの木々が喜びの声を上げたように聞こえたが、音の大きさにリーファは耳を塞ぐ。だがリーファの脳への刺激は止まない。目の前の風景が変わっていく様子をまざまざと見せつけられたからだ。木々はにょきにょきと空へ伸び、枝々は手を伸ばすように大きく開いた。もはやここが王城の庭園とは思えない、緑深い森の中だった。



「すごい!みんな凄いのね!生きる力が溢れてる!きゃー、素敵ね!」





******




 一方、噴水のある広場に取り残された少年達は、少女の消えた方角を向き、呆然と立ち尽くしていた。騎士団長の息子のマークと魔法師団の息子ケリーは先に我に返ったようで、恐る恐る話し出した。


「か、可愛い子だったね」

「あ、ああ。野山に可憐に咲く小花のような子だった」


 二人が少女の話をし始めた途端、呪縛から解き放たれたれように王子であるアーサーと宰相の息子のアランも話し出した。


「あれは、俺の運命の相手に違いない。見た瞬間、ビビッときたし、触れられた時はビリッと電気が走ったように胸のあたりが痺れた」


「殿下のそれは気のせいですよ。あの子の運命の相手は私です。見た瞬間にドキドキして、触れられた時は心が締め付けられたような切ない気持ちになりましたから」


「なんだと、アラン、俺に楯突くのか」

「王族に意見を申すことが出来ないようなら、将来、父の後を継いで宰相にはなれませんからね」

「ははは、お前の間違った意見に耳を貸す必要はないな」

「臣下の進言をはなから否定する王子など、独裁者以外の何者でもない」

「「まあまあ、二人とも落ち着いて」」

「「落ち着いていられるかっ」」


 王城でアーサーとアランが迷路にいくと言った時、マークとケリーはかなり驚いた。いつもなら「あんなところは馬鹿なカップルと小さな子どもの行くところだ」と自分達の幼さを棚に上げてばっさり切り捨てる二人が、どういうわけか「迷路に行こう」と言い出したからだ。

 自分達は物心着く前から婚姻を結ぶ相手選びについて、嫌というほど聞かされている。だからこそアーサーとアランの二人はきっと感じたんだろう、この運命の出会いを。

 例えまだ能力が不安定で未熟な子どもだとしても。


「そんなことよりこうしてはいられない。彼女の後を追いかけて謝罪し誤解を解かねば」

「ええ、決して害するつもりでは無かったことと、殿下の幼さゆえに余計に拗らせてしまったことをお伝えしないと」

「なにをっ」

「「まあまあまあまあ」」


 二人が言い争っていると急に陽が落ちたように暗くなり、四人は周りを見渡す。まるで深い森の中に迷い込んだようだったが、すぐそばには王城庭園の流麗な噴水があるので、ここが庭園であることには間違いない。少年らは顔を見合わすと、彼女の姿が消えた方角に全力で走った。きっと可憐な少女は深い緑の中で一人心細く泣いているのではないかと、胸を締め付ける思いで、ひたすらに走って、走って走って、そして、迷った。








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