リーファの不思議な卵

中村悠

第1話 卵出現




「あー、今回もダメだった」


 手で触れた瞬間から入り始めた亀裂が先ほどピキピキと音がし始めたかと思ったら、みるみるうちに大きな雷が走ったかのようなヒビがはいり、ついにはぱかりと真っ二つに割れ、卵の中からはーーーーー



 なぁーんにも出てこなかった。



「まぁ、いつもの事なんだけどね。わかってる。わかってるんだけどぉぉぉーーーーっ」



 ニ、三カ月に一度、リーファに起きるもはや恒例行事のようなものだった。初めて卵を見つけたのは三歳の時、屋敷の裏の『聖なる森』で姉達とはぐれたときに自分の体と同じ位の大きさの卵を見つけた。以来三年、二、三か月に一度卵を拾う。いや拾えない、見つける、見つけるだけ、なのだ。

リーファが触れた瞬間殻は割れ、そして消滅する。誰かと一緒に来ても森でなぜかはぐれるのもお約束だった。



 森に行く、はぐれる、卵を見つける、触れる、卵が割れる、中は空っぽ。


 森に行く、はぐれる、卵を見つける、触れる、卵が割れる、中は空っぽ。


 森に行く、はぐれる、卵を見つける、触れる、卵が割れる、中は空っぽ。



 一度、卵に触れずに人を呼びに行こうとした事があった。その時は森から出ることが出来ず、ウロウロした挙句卵の元に戻ってきてしまう。それを幾度か繰り返したのち諦めて卵に触れ、消滅させて家に戻った。

 卵を見つけて報告したとき、家族がとても驚いた。特に父様と母様は大喜びで「さすがリーファだ」「すごいわ」としきりに褒めてくれた。幼かった私は父様と母様のその言葉がとても嬉しかったし、誇らしい気持ちでいっぱいだった。

だけどそういった感情は殻が幾度も割れその都度空っぽであるうちに、いつしか私の中から消えてなくなった。



 この国ではごく一部の人間に神の力と呼ばれるものを持って生まれる者達がいる。それらは長い時をかけ、いつしか王族や貴族たちの中で生まれるものとなった。平民の中に生まれることも稀にはあるが、その場合貴族達に幼少期に保護という形で囲われることがほとんどだ。いつの時代も力を持つものはより強い力をを求め、さらに力の強いものが取り込む。それはリーファの一族も同じで、しかもリーファの家はさらに代々強力な神力の器を持つ家系だった。数代ごとに王族と婚姻を結ぶ事はもはや当たり前だったし、その力ゆえにこの精霊が住むと言われる森の守り人としての役割も伯爵家として代々担っていた。

 だから、父や母はもちろん沢山の兄や姉にも大きな力が宿っていた。

 一番上の兄ニールは五歳の時に卵を見つけた。兄の見つけたものは人間の頭くらいの大きさの赤い卵で、家に持って帰る前にすでに割れてしまったそうだ。中には炎が入っていて、その炎を手のひらで弄ぶように操り、火を消すことなく邸に持って帰ってきた。

 長女のソフィアもまた初めて卵を見つけたのは五歳の時で、両の掌にのるくらいの青い卵だった。家に持って帰ると一週間程で殻は割れ中にはきれいなとても澄んだ水が入っていた。ソフィアはその後すぐに力を操るようになり、それはもっぱら水力を得意とするものであった。

 他の兄弟もそこまで突出しては無いものの皆十才までには卵を見つけ、力を具現化させていた。

 なのに末っ子のリーファは……。卵だけは大きいけれど、中身は空。しかも殻の色はよくわからない。ニールの赤は炎そのままで、触れるのも躊躇われるようなマグマのようなグラグラとした揺らぎがあった。ソフィアの卵は青。水が揺らいでいるようなさざ波が寄せるような、雫が落ちているような、不思議な揺らぎのある青だった。だけど、リーファの卵は……。メタリックな様な、虹色のような、透明なような、よくわからない色だった。

そして、空っぽ。毎回、空なのだ。両親がどんなに褒めてくれたって、優しく声を掛けてくれたって、そもそも卵を誰にも見せていないのだ。力を顕すことが出来ていない以上、信じてくれているかどうかすら怪しい。リーファは自分の能力の無さを否応なしに自覚した。






******






 その日も不意に森に散歩に行きたくなって、一人草をかき分け歩いていく。

こういう気分の時、卵を拾うのは経験上もうわかっている。道なき道を雑草をかき分けかき分け、イライラする気持ちを自分と同じ丈の草にぶつけてぶつけて、前に進んだ。



「どーせ、私は役立たずですよーだっ」



 草をぶちぶちっとおもわずちぎってしまった。半年程前、姉のソフィアの婚約が正式に結ばれた。それに伴い、家族で王都に行くことが決まった。準備に準備を重ねたお披露目のパーティーが王城の庭園で開かれるそうだ。なぜ王城か?その席で他の兄や姉の候補もある程度絞ってしまいたいとの国の考えだそうだ。

だが、力の具現していないリーファには無縁の話だった。


 「リーファはご馳走を食べたり、広い庭園で散策したり、好きに過ごしていいからね」と両親から言われたのだ。幼いリーファは社交の場では邪魔だろう。体の良い厄介払いだ。

 そもそも力には相性も大事なのだそうで。相性の悪いもの同士が伴侶になるとかなり苦労するらしいが、逆に相性が良ければ良いほど、幸福感に包まれるそうだ。「どんなふうに?どうやって?」と詳しく聞こうとしたが母は顔を赤くするし、ソフィアには「はしたない」と嗜められたけれど、リーファは首を傾げるばかりだった。でも父様と母様は仲良しだったから、すっごい幸せなんだろうなってのはわかった気がした。






 王都からパーティーの為に休暇を取り、家族を迎えがてらと長男のニールが家に戻ってきていた。家に着くとすぐに両親への挨拶を済ませ真っ直ぐにリーファの元へやってきたニールは、リーファを簡単に抱き上げて顔を覗き込むと「変わらないかい?」と優しく声をかける。その温もりが懐かしくって「私は全然変わらないわ」とリーファが元気に答えると「そうか。お前のは、いつになったら見られるんだろ」と笑った。


「卵は、何個も見つけたんだってば!」


 リーファがいくらそう言っても「わかった、わかった」と笑って頭をわしゃわしゃと撫でるばかりで信じて貰えないその様子にリーファの鳩尾のあたりがギュウッってなった気がした。いくつ卵を見つけようが、力を発動出来なければ見つけてないも同じだ。ニールは他の弟妹達へも声を掛けてそのまま庭に連れ出し、それぞれの力の操作状況を見て的確にアドバイスを与えていた。

 ニールはなんだかんだと理由をつけて、家に帰って来る。そして、弟妹の稽古をつけてはあっという間に王都に戻ってしまう。リーファが「こんなにしょっちゅう休んでいて、クビにならないの?」とクビになって戻って来て欲しい思いを込めて聞いたら

「俺は優秀だから大丈夫さ。それに弟妹達が力をうまく使えるようになるのも仕事のようなもんだしな」とからっと笑って言った。



(わたしだって、卵の中から水や炎や雷や、土の壁やニョロニョロ蠢く蔓とかすっごいやつを出したい、でもでない。ひびが入って、割れるかとドキドキして、でも、結局はからっぽ。それを何度も繰り返してーーー)



 ソフィアは、「大丈夫、リーファもいつか見える何かが生まれるわ。まだ六歳なんだもの」そういって優しく慰めてくれる本物の聖女のようだ。握りしめる手は暖かくて癒される。力の大きさだけでなく人格者だ。なのに兄様ったら私のこと笑ってばっかり……。



 いつか見返してやるもんねっと伯爵令嬢らしからぬ言葉で一人ふんすかして、草をまたぶちっとちぎってしまった。

 わかっているのだ。ニールもわざと揶揄って、落ち込むリーファの気を紛らわせてくれているのだろう。言葉は乱暴だけどいつも弟や妹を気にかけてくれていて頼れる心優しきお兄ちゃんなのだ。リーファが転べば手を差し伸べてくれるし、「歩くの遅い」と言いながら待っていてくれたり。

 たった一度だけ「王都の珍しいものが見てみたい」と言ったら、それからは毎回いろんなお土産を買って帰ってきてくれる。リーファを揶揄いながらもいつも付き合ってくれる優しい兄なのだ。


 十九歳の兄ニールは王都で近衛騎士団長として既に活躍しているらしい。十代で団長とは異例の出世と誰かが言っていた。

 それから十六歳の姉ソフィアはこの度めでたくも公爵家の嫡子とご婚約。

 十二歳の兄ルイスは具現化が珍しい雷の力で、王都の王立学園への推薦入学が決まっている。

 十一歳と十歳の兄ジョージとバーナードは家で自由に過ごしているけれど、それぞれ水と風の力を自由自在に操るし、週に一度、勉学や礼儀作法を家庭教師について習っている。

 九歳の姉キャロルはついこの間卵を見つけ、無事に土の力を具現化させた。これからはすぐ上の兄達と一緒に先生に習う予定だ。

 そしてその兄姉の誰もが末っ子のリーファをとても可愛がっている。卵を見つけたと言っては持ち帰ることも力を表すこともできないでいるリーファの話を「信じてる。大丈夫大丈夫」と優しく慰めてくれる。だけどその優しさもときには辛くなることもある。特に一番上の兄と姉は、リーファのことをいつも気にかけてくれていた。



「あーあ、末っ子って守られてばっかりでやだな。私にも弟や妹がいたら、めちゃくちゃ可愛がったのになあ」



 かなり前、家族が集まる席で、「私にも弟が妹が欲しい!」とリーファが大暴れしたことがある。


「父さんだってな、欲しいとは思っている。すぐにだって作ってしまいたい。だが今は止められているんだ、国防的に」


と父が話した。すかさず秘書が


「赤銅の騎士と金色の聖女なら何人だってお作りになれますでしょうし、子どももたくさん産んでいただくことが望ましいのですが。何分、間隔をあけてお作りになっていただかないと困りますので、国防上」


と即座に返答した。

 ちなみにこの秘書である白髪のダンディなおじさまはリーファの家の唯一の使用人だった。家事は母を中心にみんなでやるのが我が家のやり方で、それが当たり前だと思っていたけれど、聞くと父方の従兄弟の家には沢山の使用人がいるらしい。

リーファの家はこの辺りでは一番偉いはずなのに。

「我が家は一人っておかしくない?なんで?」とリーファは聞いたことがあったが「家族で暮らすのが一番だ」と父は言っていた。

その我が家で唯一の秘書がこめかみを抑えながら「まぁそろそろリーファ様に妹さんを作って差し上げても良い頃かと思いますが」と言った途端、父は目を輝かし、とろけるような瞳で母を見た。


「ほんとか?うちの奥さんはこの頃さらに色気が増して。熟れた果実と言うのだろうか、ならっ、今すぐにでも俺は」

「ストップ、親父、そこまでだ」


 見るとすごい形相で一番上の兄と姉が父を見ている。あんな恐ろしくも冷ややかな兄と姉を見たことがないリーファは固まってしまったが、そんなのものともしない父はやっぱり最強に強い人なんだなと子ども心に感心した。しかし、その後リーファの妹はまだできていない。

兄と姉が「国防的には妹が良いのはわかるけれど、こればかりはね」と小声で言っていたので、そのうち神様のお導きにより出来るだろうとリーファは期待はしている。

「だけど、こくぼーってなんだろう?」とリーファは姉に聞いた。いつも以上にソフィアに美しく微笑まれ「リーファには、心の底から幸せになって欲しいと思ってるから、今は教えてあげられないわ」と優しく答えてくれた。私も幸せになりたいから今は知らなくて良いかとリーファは「わかった」とうなづいたのだけれど。


 妹弟が欲しい気持ちはおさまらず…。





******






「神様っ、私に早く弟か妹をください。それがすぐに無理なら、それに代わるものを!例えば……そう、可愛い兎とか?うー、可愛い子豚とか、豚って綺麗好きっていってたよね?あとは、そう、子犬とか?うんうん、犬がいいかも、従順っていうもんね?」



 ぶちった草を指でくるくる巻きながら空想の世界に入り込む。犬がいたら……モフモフをムギュムギュして、フワフワをフガフガしてクンクンでキュンキュンして。ああ、いい!きっと、いい匂いがする、お日様の匂い、ポアポアのポフポフのホアホア~。あっ、いけない、よだれが垂れてた。少女とはいえ、伯爵令嬢にあるまじき行為だ、えっへへ、森の中で良かった~。誰も見ていないよね?


 ぶちった草からは汁が滲みだしていて手は緑色に染まっていた。ワンピースに思わず拭ってしまったが、家に戻ったら母親に叱られるだろうと苦い顔をする。ああ、やってしまったなと思っていたら草の中に今まで見たことのない黒い小さな卵を発見した。

 黒光りしていて重量感が感じられる。持って帰るには大変そうだ、なんて持って帰れないんだけど。どうせ触れればすぐに割れるのだ。

躊躇いもなく卵に触れたが、割れる様子は見られない。


(ということは、だ。これは卵ではないのかな、小さいし。うずらの卵くらいの大きさだもんな。あ、違う、本物の獣の卵かも)


 慌てて周りをキョロキョロと見たが、巣も獣の姿も見当たらない。


(卵かな?それとも石かなんかかな?)


 リーファは卵らしき黒い固まりをワンピースのポケットに入れ、家まで大急ぎで走って戻った。

 家に戻るとリーファのドロドロに汚れたその姿に母親は悲鳴をあげ、姉が大急ぎで駆け寄ってきてリーファの手をひき浴室に連れて行くと服を脱がせて、ワンピースも体もきれいに洗ってくれた。


「リーファは本当に元気ないたずらっ子ね。でもリーファのお世話をしていると心がとても温まるのよ、私」


 ふふふと笑う姉にリーファの心も暖かくなった。


「あら、この黒い塊はなあに?」


 姉の言葉にリーファは、やっぱりこれは卵ではなかったのだと少しガッカリした。だがなぜだか不思議と捨てる気にもならず、お守りのようにその黒い小さな塊を肌身離さず持ち歩いた。






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