九~一二
九 田中中
「純、使いは明日寄越す。それまでは貴様がその男の面倒を見ていろ」
「四四のことっすか?」
「……はっ、いいんですか。このまま雲隠れしちまうかもしれませんよ? なにせ俺は、あんたのことが大好きだからね」
「ねえねえ、四四のことっすか? 四四のことっすよね?」
「逃げたければ逃げればいい。驚きはしない。あるいはその方が、貴様らしいといえるかもしれん」
「ねえねえ、ねえねえねえねえねえねえねえ」
「うるせえ。てめえは少し黙ってろ」
「ふおー」
「……逃げだしゃしませんよ。あんたなんかと張り合うために双見へもどったんじゃないんだ」
「それは助かる」
「……けっ」
「……ふーおー」
……よく判らない間に、全部がそれなりにうまくまとまった……らしかった。東から来た一団は倒れ呻いていた移民達を用意した籠の中に押し込み(その為の籠だったのか……)、現れた時と同じように笛と太鼓に合わせて合唱しながら、輿を揺らして帰っていった。『白影』の姿も、いつの間にかなくなっていた。そして、相道純と洞四四も、去っていった。去り際、純が俺を一瞥していたような気がしたが、それを確かめる勇気はなかった。純の姿が完全に見えなくなってようやく俺は、十全に酸素を取り込むことができた気がした。そして取り込んだ酸素が身体中に循環するのを感じて、俺は、改めて理解した。全ては収まる所に収まったらしいと。俺が、無様にうずくまっている間に、全部。
「立てる?」
直ぐ側から、声がした。『あんどろぎゅのす』の主だ。その蒼い眼差しと共に案外に大きな手のひらを差し出し、微笑んでいる。まるで、そうだ。かけっこの最中に転んだ子供を、みっともなく愚図る子を、一段も二段も上の目線からあやす保護者のように。
「……だいじょぶ、す。一人で立てます」
「そう、男の子ね」
柑橘の匂いが、言葉にまで漂っているようだった。俺はそれを振り払うように腕に力をこめたが、しかし俺の身体は一連の出来事によって思った以上に疲弊していたようで、立ち上がるどころか腰をずりずり引きずりながら座り直すのがやっとという始末で。『あんどろぎゅのす』の主が、俺を見ていた。顔を背けた。
「アイ」
『あんどろぎゅのす』の主の背後から、声が聞こえた。背けた顔を、また回す。俺の前に屈んだ『あんどろぎゅのす』の主のその後ろに、若頭がいた。
「そいつと話がある。お前は先にもどっていろ」
「あら、そう? なら何か、疲れの取れるものでも用意しておいた方がいいかしら?」
「蜂蜜入りのグリーンティーを」
「うふふ、判りました。とびきり甘いのを用意しておきますね」
『あんどろぎゅのす』の主が手を伸ばす。その手をつかみ、若頭が引き上げる。立ち上がった『あんどろぎゅのす』の主を見て、こいつが思っていたよりも背の高いことに気づく。二人並ぶと、その上背には殆ど差が見られない。むしろ若頭の方が僅かに低いようにすら見えた。毛唐は、ヤ国の者に比べ大きいとは聞いたことがある。女でも、そうなのか。……なにか少し悔しいような、微妙な憤りを覚える。
「ねえともくん、あまり叱らないであげてね。だって彼、あの『特邏の頚折り天狗』を前に一歩も引かなかったのよ? 誰にでもできることではないわ」
「アイ」
「はーいはい、口出しはいたしません、判ってます。『あんどろぎゅのす』は中立だものね」
言って、くすくすという笑い声に柑橘の残り香を漂わせながら、『あんどろぎゅのす』の主も去っていった。必然、この場に残されたのは俺と――。
「いいか」
若頭。
「あ、あの、俺――」
「いい、楽にしていろ」
居住まいを正そうと入らぬ力を全身にこめようとした俺を、若頭が制する。若頭――黒澤組若衆筆頭。半隠居の黒澤太平太に代わって黒澤組の、引いては双見の明日を左右するお方。遠目に眺めたことはあるが、直接口を聞いたことなんてもちろんない。今の俺にとっては雲の上の存在だ。だから、これは、とんでもない僥倖で、本来であれば待望の謁見といえるもののはずだ。喜ぶべき出来事だったはずだ。しかし今の俺の状態は、そんな浮ついた心境からはかけ離れていた。とてもではないが、そんな気持ちにはなれない。俺はここに、手柄を立てるために来たのだ。本部への連絡を怠り、一人で来たのも、全ては手柄のためだ。それで、俺は一体何をした? あの相道純の前で、俺は一体何をした。「お前は物事を治めたいのか煽って炎上させたいのか、どっちなんだ」。平でハゲの先輩の言葉が、頭の中で木霊する。
「その、俺、通報を受けて、その」
「……」
「双見のためって、その、もっと、うまくやるはずで――」
俺が無意味に言葉を連ねている間、若頭は無言だった。無言で俺を見下ろしていた。痛みがあるわけではない。しかし、居心地は最悪としかいいようがなかった。そのうちに俺は空白を埋めるための台詞すら枯れ果てさせて、後には乾いた笑いしか浮かべられなくなってしまう。その笑いを割るように、若頭が動いた。膝を折り、折った膝で地に接し、その行動に腰の引きかけた俺と正対し、そして――おもむろに、頭を下げた。
「感謝する」
「わ、若頭!?」
若頭の拳は、その両方が地に着いていた。
「連絡義務を無視した独断専行。貴様がなぜそのような行動に出たのか、私に追求する意思はない。それよりも貴様が純を止めたこと、そのことをこそ私は評価したい」
深く沈められた拳、そしてその拳同様に、深々と下げられた頭。あの、黒澤組若衆筆頭である、佐々川友為の。
「貴様が止めなければ、あいつは確実に東の者達を殺していただろう。そうなれば東とて、あのような手打ちにはできなかったはずだ。それは畢竟、双見そのものの崩壊へと直結する。純という獣が起こしかけた最悪の末路を貴様は、貴様の勇気によって未然に食い止めたのだ」
双見で一番偉い人の、最敬礼。他でもない、俺――
……夢か?
「双見の平穏と安寧を司る黒澤組の若頭として、田中中よ、貴様には礼を述べさせてもらう」
「あ、え、お、俺の名前……」
「部下の把握は上に立つ者としての義務だ。
若頭が頭を上げる。その顔は頭を下げる前と変わらぬ無表情だったが、いまはその顔が、輝きを放っているようにすら感じる。
「お、俺……」
「ああ」
「その、俺……ちゃんと役に、立ったんですか?」
「貴様は双見に尽くした。貴様の勇気ある行いは、私の脳に然と刻ませてもらう」
貴様の勇気ある行いは、私の脳に然と刻ませてもらう。
貴様の勇気ある行いは、私の脳に然と刻ませてもらう。
貴様の勇気ある行いは、私の脳に然と刻ませてもらう。
マジかよ。若頭が、双見のてっぺんが、俺の行いを覚えるって。俺のことを認めるって。うわ、なんだこれ。話してぇ。誰かに自慢してぇ。平のハゲの先輩、先輩に思いっきり自慢してやりてぇ。何が炎上だバカお前の頭が炎上痕だって言ってやりてぇ。
「そこで、だ」
そうだ、ババアだ。ババアにも聞かせてやらねば。ババアのやつ、なんて言うかな。驚くだろうか、腰でも抜かしちまうかもしれないな。まあ、なんでもいいさ。いずれにせよババアだって、今回ばかりは俺を見直すに――。
「田中中。貴様の勇気を見込んで一つ、頼みたいことがある」
「ふへへ……」
「聞け」
「……え、あ、はい」
「頼みだ。多少骨の折れる仕事ではあるが、貴様ならばと思ってな」
言いながら、若頭が立ち上がる。
「どうだ、引き受けてくれるか」
そして俺に向け、手を伸ばした。この手は、先程のものとは違う。『あんどろぎゅのす』の主、あのアイが差し伸べようとしてきた手とは根本的に。この手は、つかむべきもんだ。差し出された手を俺は、握りしめた。若頭の手が、俺を引き上げる。絶対的な、揺るぎのない力によって。
そうだ、そのまま俺は、引き上げられるのだ。安全と安定を約束された、左団扇の地位にまで。
痛みと無縁の、境地まで。
一〇 下山おもや
「それでそいつさ、あたしのこと先生って! いやー、まいっちゃうよね! んな柄じゃないっつーの」
「ちなみ、危ないよ。前見て歩いて」
「いやでもさ、あたしも将来はビッグなジャーナリストとして? 全世界を股にかける訳ですし? そりゃファンの一人や二人、いたっておかしくないってもんよな。いやー、見てる人は見てるもんだね、うんうん」
「だから前向いてって」
「へーきへーき! これくらいどうってこと――」
「ちなみ!」
「……なーんて、演技演技! ほんとに転ぶと思った? んなわけないじゃん、
「そんな言い方……田中さんに悪いよ」
「いいのいいの、事実なんだから。だってさ、あいつってば――」
ちなみは弁舌絶好調といった具合に、聞かれもしないことを次から次へとマシンガンのようにまくしたててくる。こちらが聞いているかどうかなんてお構いなし。話すことが溢れに溢れて、どうにも止まらないとでもいった具合だ。一人で話して、一人で笑って、楽しいという感情を見せびらかしているようにすら思える。
……やっぱり、おかしい。絶対、普通じゃない。ちなみが人一倍やかましくて、行動的なことは嫌というほど知っているし、人の話なんて聞いてくれないのが平常運転であることも身にしみている。でも、いまのちなみの態度はそういういつもの身勝手な騒々しさとも何処か違う。何処と具体的に言うことはできないけれど、絶対に、違う。違うと感じる。
那雲崎先輩と会ってから。おかしくなったのは、あれからだ。でも、どうして?
首から下げたもどきの懐中時計。その懐中時計をやたらに撫でさすっているちなみの指先。その指先を見つめていても結局答えに至ることはなく、釈然としないもどかしさを抱えた私は相道さんの車椅子を押しながら、先頭を進むわだちとちなみの後を追っていった。
そこで私は、へんてこなものを見つけてしまう。
「うわぁ……」
草むらに、何かが刺さっていた。正確に言うと、刺さっていたというか、潜っているというか。というか、人だった。人が草むらに潜り込んでいた。その、潜り込みきらなかったのか、下半身……お尻の部分だけを、外に突き出す格好で。正直、余り、好んで見ていたい光景ではなかった。あの相道さんですら、声に出して引いていた。
「……あー」
草むらががさごそと音を立てる度、突き出た部分がもぞもぞと自身を主張するかのように左右へ揺れ動く。大きさが、明らかに子供のものじゃない。
「……ごめん。代わりに謝るわ」
「え、ちなみ? なに?」
「うん、まあね、馴染みだからさ」
認めたくないけど。そう付け加えてちなみは、わだちを伴い突き出たそれに近づき、そして――。
「てい」
蹴った。
「うほぁ!」
がっさがっさと擦れ合う草の音を、びっくりするくらいに甲高い悲鳴が突き破る。思わず耳を塞いでしまった私の前で、突き出たお尻のその先の部分が、ぐるんぐるんと荒れ狂いながら枝葉をメチャクチャに折り曲げて、転げるようにしてその全身を顕にした。その正体は――。
「おい中、起きろ! みっともないぞ!」
私も知ってる、田中さんだった。
「え、お、あ、た、多々波? 多々波か? てっめ……てっめぇなぁ! 多々波てめぇ、いきなり何しやがんだよ心臓止まるかと思ったじゃねえかこの、このアホ!!」
「なんだかんだはこっちの台詞だびびりバカ! 花も恥じらう乙女にキタネーモン見せつけやがって! 通報すんぞ! 泣くぞ! ハナさんが泣くぞ!」
「こっちゃなんの話かぜんっぜんわかんねえんだよ! ってかババアは関係ねえだろババアは!」
「あ、あの」
罵り合う二人の間に割って入った私に、むすっとした顔の田中さんがこちらへ向く。
「あの、ごめんなさい。私がその……止めなかったから」
「ん? ……あー、確か、大工の」
「あ、はい、そうです。下山工務店の下山です、下山おもや。ご無沙汰してます」
「おもや、こんなやつにそんな丁寧な挨拶する必要ないぞ。中はな、もっとこう……ぺって感じの扱いでいいんだ。ぺって感じで」
「おい、俺は年上だぞ、四つも年上だ! もっと敬えよ! そもそも呼び捨てすんな、敬語を使え敬語を!」
「だって、見えないし」
「なんだとこら!」
「多々波さん」
取っ手越しに伝わる振動。すすぐさんが椅子の上で、ちなみを見上げていた。
「こちらは?」
「あれ、すすぐは初対面だったっけ?」
「ええ」
「……あたるー。お前、あたしの親友との初対面、尻だよ尻。いいのかよそんなんで。黒澤組の恥だよ恥」
「だからなんのことかわかんねってんだよ!」
「まあいいや。こいつは田中中。まあ、なんというか幼馴染ってやつでさ、昔っから面倒みてやってんの」
「おま……いい加減にしろよぉ?」
「はいはい。……で、こっちが」
「いえ、大丈夫。自分でするから」
すすぐさんが、私を見上げた。その意味する所を察し取り、私は少しだけ車椅子を前進させる。近すぎず、遠すぎず。すすぐさんが、ほんの少しだけ首を上げるような位置で止める。彼女は清涼でありつつ感情の悟らせないいつもの声で、自身を紹介する。
「はじめまして田中さん、相道すすぐと申します」
「あ、相道!?」
田中さんの上半身が、目に見えて大きくのけぞった。その勢いに私までびっくりして、少しだけ車椅子を揺らしてしまう。すすぐさんの手が、肘当てにつかまった。
「……いや」
のけぞった田中さんの上半身が、ゆっくりともどっていく。
「いや、なんでもねーよ? なんでもねーから。……なんでもねーからな?」
なんでもないと繰り返す田中さんの姿は明らかに挙動不審で、もう、見るからに、怪しかった。私は何かを隠していますと、全身で訴えていた。
「……流石に突っ込む気も失せるわ。ほら、もういいからあんたも挨拶」
「な、なんだその言い方、どこ目線だよ……。……あー、その、田中中だ。えと、まあ、よろしく」
「宜しくお願いします」
なにをどうしても不自然さが抜けない田中さんを前にしても、相道さんはあくまで普段通りの一本調子だった。
「……あー、その、さ」
「はい?」
「……あー」
平坦に伸びた「あー」が伸びる。本当にどうしたのだろう。田中さんは視線をあちらこちらに向けながら、落ち着きなく頚をさすっている。よく見ると、頚の部分だけがうっすらと変色していた。火傷でもしたのだろうか。業を煮やしたのか、「なにか?」と、少しだけ不機嫌そうに相道さんが促す。田中さんはなおも「あー」となにかを躊躇うように声を伸ばしていたけれど、やがて決心がついたのか、頚元から手を離した。
「いや、そのよ」
「はい」
「…………やっぱいいわ。なんでもねえ、忘れてくれ」
「はぁ」
「……ああ、くそ。だいたいお前ら、なんでこんなとこにいんだよ。もういくらもせずに目と鼻の先で“東”だぞ。危ねーから帰れよ」
「ああそうだ、間抜けなモンを見せられたせいですっかり忘れてた」
言って、ちなみが相道さんと田中さんの間にぴょんと飛び出す。ぶつかりそうなくらいに狭い隙間で、私は相道さんの車椅子を少し引く。そんなことなんか全然お構いなしの様子でちなみは、懐からするすると、青くて長いそれを取り出す。
「これなんだけどさ、何か知ってる?」
ちなみが取り出したのは、調査を始める発端になった(なってしまった)あのマフラーだった。ちなみは得意になって、証拠だというそれを田中さんの眼前に突きつける。
「いやちけぇよ。見えねえって」
「遠視?」
「ちげーよ! で、これがなんだってんだよ」
「あの、私達、神隠しについて調べてるんです。それでその、そのマフラーは手がかりっていうか……」
埒の明かないやり取りを続けてしまいそうなちなみに代わって説明しようとした私はふと、自分で口にした言葉に疑問を抱いた。そう言えばちなみは、このマフラーが神隠しに遭った犠牲者の持ち物だと言っていた。けれどその犠牲者っていったい、誰のことなんだろう。ちなみは知っているのだろうか。たぶん、知っているはずだ。証拠のマフラーをあれだけ自信満々に被害者のものだと公言するくらいなのだから、その被害者自身を知らない方がおかしいと思う。物だけを見て「これは被害者のものだ!」なんて、普通はないんじゃないか。
それならちなみは、どうしていまみたいなやり方を選んだのだろう。被害者の家族に聞き込みをするとか、最近の行動に不審な点はなかったかと知り合いに尋ねて回るとか――それが倫理的に許されるかどうかはまた話が違うけれど……――もっとやりようはあったんじゃないだろうか。少なくともわだちの鼻頼りなんて不確かな手段は、もっといろいろやってみた後にダメ元で試してみるくらいの方法なんじゃないか。どうしてだろう。
……単に面白そうな方法を選んだだけだったりして。
「神隠しぃ?」
私の説明を受けた田中さんが、あからさまに顔を歪めた。
「なんだお前、まだ懲りずに探偵ごっこしてんのかよ。多々波お前、知ってるか? お前いま、組ん中でちょっとした有名人になってんぞ」
「マジで? ……いやーまいっちゃうね、人気者で。サインの練習でもしとこっかな」
「そういう意味じゃねーよ!」
「判ってるよ冗談だよ真に受けんない。で、ツマンナイ話はどうでもいいからさ、なんかわかんない?」
「お前なぁ……まあいいや。で、なんだ。このマフラーがなんだって?」
「見たことない?」
なんなんだよ……そうぶつぶつと愚痴をつぶやきながら、それでも田中さんは言われた通りちなみの持つマフラーを検分し、その端をつまむと指の腹で軽く揉み始めた。
「これは……手編みか? お前が編んだ……ってことはねえか、それだけはねえな」
「は? なんですその決めつけは? あたしが不器用でガサツなマフラーひとつ編めない女の子だとでも?」
「じゃあ編めんのかよ」
「……中にはかんけーねーですー、教えてあげませんー。そんなことより、知ってんの? 知らないの?」
「いや、知らんけど」
「つかえなー」
「お前、それはマジでやめろ。傷つくから」
「わだちー、お前ちゃんと匂い辿ったのかー? いまんとこ二分のニでハズレだよハズレ」
「だから、最初から無理があったんだって……」
田中さんの言葉を無視してちなみは、足元で田中さんの匂いを嗅いでいるわだちに文句を言う。言われたわだちは何のことか判っていないのか首を傾げ、またふんふんと匂いを嗅ぎ出し始めた。そんなわだちの様子を見て、ちなみが不満そうに鼻息を吹く。
「むー……。じゃ、どうしよっか。わだち頼り以外の方法、思いつく人、いる?」
「それよりもうもどらない? 町からもだいぶ離れちゃったし、暗くなる前に帰ろうよ」
「それはやだ。ここまで来て手がかりなしなんて、そんなのバカみたいじゃん」
「それはそもそもが……」
「すすぐはなんかある?」
「私は別に、このままわだち任せでも」
「えー、でもなぁ」
「言い出しっぺはちなみなのに……」
「なあおい、多々波」
会議が中断され、田中さんに視線が集まる。しかし田中さんがしげしげと見つめるのはちなみだけで、あんまりまっすぐ見ているものだから、さすがのちなみも「な、なんだよ」と言葉を詰まらせてたじろいでいた。田中さんは、そんなちなみの様子など気にするふうもなく、さらっと言った。
「お前よ、なんか今日、嫌なことでもあったか?」
ちなみが、ぽかんと口を開ける。と思ったのも束の間、ちなみの表情は見る間に人を小馬鹿にする際の笑顔に変わる。
「……はー? なんのことですかー?」
おどけたような口調で、ちなみは返す。けれど田中さんは、お構いなしに冷静で。
「別に隠すこたねーだろ。俺の体質のこと、お前は知ってんだし。いてーんだよ、ここんとこが、ちょっとだけど」
そういって田中さんは、自分の左胸の辺りを指す。でも、痛いって?
「……またてきとー言ってー。ちなみちゃんそういうの、あんまよくないと思うなー?」
「おまえ、昔っからそういうとこあるよな。困った時こそ茶化して誤魔化そうとすんの。バレバレだからな、それ」
言って、田中さんが腕を伸ばす。彼のその手はまっすぐに目の前の女の子――ちなみの頭へと直進し、ぴたりとてのひら全体でちなみの額を覆った。そして彼は、何気ない様子で、こう言った。
「もしかして、親父さん関係か?」
ちなみが、田中さんを押し飛ばした。田中さんは小さな悲鳴を上げながら後方によろめいて、それから「なにしやがる」と文句をぶつけたけれど、二の句を継ぐことはしなかった。ちなみは、田中さんを見てはいなかった。あらぬ方向に視線を向けながら、それで、手に持ったマフラー越しに、もどきの懐中時計を握りしめて――。
「あたしだって――」
ちなみは、何かを言おうとしていた。けれどちなみが何を言おうとしていたのかは、結局判らず仕舞いとなった。ずっと匂いを嗅いでいたわだちがとつぜん鼻をツンと掲げ、予備動作もなしに全速力の疾走を始めたから。そして――引綱を握っていたのが、ちなみだったから。
「先に行くから! すぐに来て!」
言っている間に、ちなみの声が凄まじい速度で遠ざかっていく。あっという間の出来事に私はまったく対応できなくて、東へ東へと駆けていくすすぐの背中を呼び止めるでもなく呆然と見つめていた。「なんか、悪かったか?」という田中さんの言葉に我を取り戻した時にはもう、ちなみの姿はどこにも見当たらなくなっていた。
一一 アイ
「あなた、どこの子?」
雷鳴の夜。その子は雨に濡れることを気にする様子もなく、立っていた。女の子だ。小さな、まだ十にも届いてはいないだろうくらいの、小さな女の子。女の子はその身に、布の切れ端一辺すらまとってはいなかった。隠すことを忘れたその白い肌には、雨に溶け跳ねた泥がべったりと付着している。
「一人? お母さんは?」
辺りを見回しても感じるのは滝のように流れる雨粒の冷たさばかりで、人の気配はない。呆けたようにあらぬところを見ている彼女に、私はもう一度問いかける。お母さんは、あなたを守るべきはずの人はどこにいるの、と。返事はない。
「言葉が通じないのかしら。困ったわね」
見た所ヤ国人のようであるけれど、あるいは育ちが違うのかもしれない。念の為にと、大陸の言葉でも同じように尋ねてみる。結果は同じ。そもそも私の声が届いているのかどうか、彼女の態度からはそれすらも定かでなく。
どうしたものかしら。思案する。付近で雨宿りさせてあげられそうな場所は、私の『あんどろぎゅのす』くらい。入れてあげてもよいけれど、西や東のお偉方がなんというか。それに、『あんどろぎゅのす』はこんな小さな子を招いていい場所でもない。けれど、かといってこのままにもしておけない。どうしたものかしら。
ねえダーリン。あなただったら、どうしたかしら。
「……あら?」
あらぬ場所を見ていたはずの女の子が、私を見ていた。そこで私は気づく。彼女の瞳にほんのりと、黄色の光が混じっていることを。
「どうしたの――」
黄色の光が、迫った。と思った次の瞬間には、それが消えた。私は、抱きつかれていた。屈んでいたためにちょうどよい位置へ下がった私の頭を、彼女がきゅっと、抱えていた。無色の水と、泥と、甘い匂い。痛くはなかった。柔らかな包容だった。まるで、そう。迷子の子供を安心させるように。私の方をこそ、労るように。
「……ああ、そうなのね。あなたも、一人――」
抱き返す。甘い匂いが濃さを増す。
「ねえあなた。私にどれだけできるかは判らないけれど、あなたさえ許してくれるのなら――」
生きる鼓動を、感じ取る。
「どうか私に、機会をくれないかしら」
彼女は、何も言わなかった。何も言わずに少しだけ、ほんの少しだけ、抱きしめる腕に力をこめてくれた。それで十分だった。ありがとう。私はそう言って、彼女を迎えた。
いづち。土から出たる者。私が名付け、私が愛した、私の娘。
神なる運命に隠され逝ってしまった、私の子――。
「いづちはね、神様だったんじゃないかと思うの」
思い出すのは、彼女の瞳。
「人の姿を借りて、山から降りてきた双見の双子の神様。もしかしたら、きっと……いなくなってしまった片割れを、探すために。あるいは……諦めるために」
何かを探すような、憂うようであった、黄色混じりの瞳。
「だからね、きっと帰っただけなんじゃないかって。在るべき所に、元いた山に……。だって、神様が“神隠し”に遭うだなんて、あんまり皮肉が過ぎるもの」
「それを、なぜ俺に話す」
「あら、いけない?」
あの子はあの目で、何かを見つけ出せたのだろうか。あの子のあの目にいったい私は、どんなふうに映っていたのか。
「人選ミスだ」
「そんなことないわよ。ともくん、意外と聞き上手よ? 余計なこと言わないでいてくれるしね」
「そんなものか」
「そんなものです、ふふ」
私を置いて逝ってしまった。きっとそれが、答えなのだろう。私は能わなかったのだ。あの子の瞳が求めていたのは、私ではなかった。あの子が求めるものを、私はみつけだせなかった。あの子がくれた機会を、私は活かせなかった。
あの子の母には、なれなかった。
「しかし、神隠し、か」
ともくんが私の言葉の一部分を抜き出して、ぼそりとつぶやいた。神隠し。おおっぴらに公表された訳ではないけれど、公然の事実として誰もが共有している噂。西に住む多くの人が東側の移民の仕業だと、言葉にしないまでも疑っている。そして――東に住まう人も同じように。西の者が同胞を誘拐していると、憎悪を募らせている事件。もう何年も続く、東西対立の原因がひとつ。両陣営をまとめる首脳部が頭を抱える、目下の悩みの種。黒澤組若頭であるともくんにとっても、他人事ではない話。
「神隠しが、どうかした?」
「八重畑丑義が、逝った」
突然の話題の転換。ああ、でも、そういうこと。彼の中ではたぶん、ちゃんとつながった話。理解する。理解した上で、確認する。
「……偶然?」
「あり得ない。片目のみのくりぬき。明らかに奴の手口だ」
「そう」
やっぱり、確認するまでもないことだった。
『无』。移民法締結前夜の亡霊。その手口。
「恐ろしい人だったけれど、もう会えないと思うと、やっぱりさみしいものね」
さみしいのは、本当。『あんどろぎゅのす』を持てたのも、あの人のお陰。あの人の口添えがあればこそ、黒澤の親分さんも許可してくれたのだから。けれど、どうしようもなく恐ろしいと思ってしまうのもまた、本心。あんなにも人間味のない人間の化身を、私は他に知らない。人というシステム。その体現者であったかのような、あの人。
連鎖する思考を振り払う。恩のある故人を悪人にしてしまわぬよう、私はもう一度、さみしいと口にする。
「その感覚は判らないが、しかしこれで、双見全体が大きく揺れることは間違いない」
「そうね。これでもう、止まることはなくなった。……そうよね?」
「ああ」
「……本当に、そうなのかしら」
「なんのことだ」
そういえば。
「私はね、本当に感謝しているのよ。八重畑センセや、あなたのこと。感謝も、それに尊敬もしているの。だからね、あなたたちの言っていることがうそだとは思わない。『霊素』のことだってあるしね」
那雲崎センセ。八重畑センセのお弟子さんだったあの人が、言っていた。霊素は万物の記録装置であると同時に、万物の基礎言語でもあると。余りにも高度な情報の塊過ぎて、誰も読み取ることのできない言語。神様の言葉。
「でも、人の心ってそんな、計算式みたいに明瞭な回答を導けるものなのかしら。心ってもっとあやふやで、不確かなもののようにも私には思えるの。複雑で、捉え処がなくて、まるで――」
双見には昔、神様の言葉を聞き伝えることを生業としていた人々がいたらしい。聞き取ることのできない言葉を聞き取り、翻訳することのできる人たち。いづちが探していたのはもしかしたら、こういう人たちだったのかもしれない。あの子にしか判らない言葉を、当たり前に共有できる相手を。でも――。
「信じられなくなったか」
「そういうわけではないわ。そういうわけではないのだけれど、それでも……」
もし仮にそういう子と出会えたとして、いづちの黄色の瞳はいったい、そこにどんな言葉を求めていたのか――。
しぃちゃんでさえも、あの子の求めには能わなかったのかしら。
「ねえともくん、未来は本当に、決まりきったものなのかしら――」
「待て」
言いながら、ともくんが立ち上がった。そして何の説明もしてくれないまま、入り口の扉に向かって移動を始める。足音はない。足音だけでなく、衣服のこすれや、呼吸すらも消滅する。普通に歩いているような動きをしているはずなのに、音だけがそこから抜け落ちているような違和感。まるで彷徨う亡霊のような。相道流に伝わる歩法なのだと以前に聞いたことがあるけれど、どうにも人間業には思えない。相道流の門下に入った人は、誰でもこんな真似ができるようになってしまうのかしら。にわかには信じがたかった。
益体のないことを考えている間にもともくんは不可思議な移動を続け、間もなく扉へと到着した。そして一切の躊躇なく、それなりに頑丈な造りのはずの『あんどろぎゅのす』の扉を蹴飛ばした。
「ひゃっ」という、かわいらしい悲鳴。私も立ち上がって近寄り、ともくんの背中から顔だけだして、悲鳴の主の尊顔を拝む。そこにいたのは小さな女の子と、肉厚の耳を尖らせた八百人犬。一人と一匹のかわいらしいお客様が、尻もちをついてそこにいた。
一二 多々波ちなみ
「あなたもお父様に置いていかれてしまったの?」
うるさい……。
「ね、握手しましょう?」
うるさい……!
「ボクたち、良いお友達になれると思うの」
うるさい……!!
あたしはあんたとは違う。あたしはちゃんと、父さんの娘なんだ。“偽物さん”のあんたとは違う。父さんの娘だって、証明してみせるんだ。
「またお前か!」
「もっと大人しくしてられないのか!」
「お前のせいでどれだけ迷惑してると思ってるんだ!」
それなのに、どうしてみんなで邪魔をするんだ。よってたかって、どうしてあたしを責めるんだ。あたしはただ、追いかけているだけなのに。
父さんに追いつきたい。それだけなのに。
父さんが叶えられなかったことを叶えたい。それだけなのに。
「お前は間違っていない」
兄貴だけだ。
「そうあれかしと信じる己を見つけたならば、誰に恥じる必要もない」
兄貴だけが、あたしを認めてくれた。
「例え定められた形であろうとも、貴様の主は貴様自身」
兄貴だけが、あたしを否定しないでくれた。
「殉ぜよ、多々波ちなみ」
兄貴だけが、あたしを応援してくれた。
「己自身に殉ぜよ」
兄貴はすごい人だった。黒澤組の若頭。まだ四〇前だっていうのに。でも、そんな肩書なんかとは関係なく、すごい人。頭が良くて、人望があって、未来だって見通していて。……格好良くて。兄貴は、誰よりも信頼できる大人だった。信じられる大人は、兄貴だけだった。兄貴の言葉なら、どんなことでも無条件に信用できた。
だから――。
「……ごめん。盗み聞きするつもりは、なかったんだよ、ほんとに。でも――」
あたしは、信じないといけない。兄貴の言葉を。
「八重畑丑義が死んだって、本当に、本当なの……?」
あたしは兄貴に問いかける。もしかしたら聞き間違いだったのかもしれない。ぜんぜん違う、比喩か何かだったのかもしれない。そんな、自分でも信じてはいない期待を込めて。兄貴はあたしを見ていた。眼鏡の奥の切れ長の瞳で、探るようにあたしを見る。あたしは逃げはしなかった。そのまま兄貴が真実を教えてくれるのを、心臓の拍動に揺さぶられながら、待っていた。
兄貴が、口を開いた。
「惜しい人物を亡くした。彼の名はまだ、双見にとって有用だったというのに」
……ああ。そうなんだ。あいつの言葉、本当だったんだ。うそじゃなかったんだ。
うそじゃ、なかったんだ。
「……邪魔してごめん。あたし、もう、帰るから」
なんだか急に、色褪せてしまった気がした。うれしいことも、楽しいことも、全部が全部、摩耗して。それで、最後に残ったのは――後悔。『己自身に殉ぜよ』。兄貴の言葉が、残響する。
あたし、これまで、何してたんだろ。
なんだかもう、ここには少しもいたくなかった。ここにいると、あたしがあたしをどんどん嫌いになってしまう気がして。でも、それならあたし、いったいどこへ――?
「待って」
呼び止める、声。兄貴の後ろから出てきたもの。蒼い瞳に、金の髪。異国の血筋と一目で判るその容姿。ああ、そうか。ここは『あんどろぎゅのす』。それならこの人が、あの。
「あなたの持っているそれ、見せてもらえないかしら」
「……これ?」
「お願い」
アイ。確か、そういう名前。アイはあたしが想像していたよりもずっと、ずっとずっと美人で。綺麗なその顔が、あたしの胸――懐からはみ出たマフラーを、真剣な眼差しで凝視している。睫毛、長いなあなんて、そんなことをあたしは思って。
「ああ、やっぱり……」
手にとって広げてみせる。胸を抑えてアイが、息を漏らした。
「それは、いづちのものか?」
「ええ。あの子にって、私が編んだもの……」
愛おしそうにマフラーを見つめるアイの、その長い睫毛が、わずかに濡れていた。
「ねえあなた、これを何処で?」
「それは……」
「いいえ、いいわ。やっぱりいいの。大切なのは経緯じゃないもの。ねえあなた。もしかしたらそれはいま、あなたにとっても意味のあるものなのかもしれない。そうでなければ、持ち歩いたりしないものね。だからこれは私のわがまま。わがままを承知で、お願いします。そのマフラー、どうか私に譲ってもらえないかしら」
アイの手が、慎ましやかに差し出された。ふわりと、柑橘の匂いが漂う。
「ちなみちゃん」
「え」
柑橘の匂いに、包まれる。
「あたしのこと、知ってるの?」
「ええ、少し、人伝にね。ともくんからも聞いていたから……どうかしら」
どうかしら、と言われても。あたしに断る理由はなかった。アイはわがままだと言ったけれど、このマフラーを編んだのがアイであるなら、道理的に持ち主に返すのは当然だと思ったこともある。……それに、あんなに輝いてみえたこのマフラーが、いまのあたしにはもう、くすんだ灰色にしか見えなかったから。
「……ひとつだけ、いい?」
「どうぞ?」
だというのに、あたしは――あたしは、素直じゃなかった。意地悪な気持ちがあった。相手がアイだからかもしれない。『あんどろぎゅのす』のアイだから。あたしは相手の弱みにかこつけて、酷いと知りつつそれを聞く。
「男って、本当?」
長い睫毛が、上下に開いた。蒼い瞳が、光を吸う。それから――それからアイは、笑みを浮かべた。
「そうね、この身体は生まれた時から今までずっと、男性のままよ」
どうしてか、少しだけ、申し訳無さそうにして。
「気持ち悪い?」
「そういうわけじゃ……」
「ううん、私こそごめんなさい。意地悪だったわね」
違う、意地悪なのはあたしの方だよ。だけど、正直にごめんなさいと言えないあたしは、言葉の代わりに相手の望んだものを差し出して。
「ありがとう。あの子、これだけは気に入ってくれていたから。取りにもどって見つからなかったら、きっと困ってしまったもの……」
マフラーを受け取ったアイは、その青色を愛おしそうに抱きしめる。その物自体から、誰かの残滓を感じ取っているかのように。あたしは再び後悔する。意地悪なんて、するべきじゃなかった。父さんならあんな取引、絶対に持ちかけたりなんかしなかった。
「ね、ちなみちゃん。ちぃちゃんって呼んでいい?」
「え?」
ちぃちゃん?
「いや?」
「う、ううん。いやじゃ、ないけど」
いやではないけど、びっくりはする。
「うふふ、ちぃちゃん」
アイがもう一度、ちぃちゃんと繰り返す。その度に、なんだか胸が、どきどきした。だってまるで、そんな言い方……お母さん、みたいで。
柔らかで、落ち着く声。アイは、男の人なのに。
「今はね、あなたに返せるものが思いつかないの。だから、そうね……ちぃちゃんがもう少しだけ大人になった時に、もう一度会いましょう。その時までにはきっと、用意もできるはずだから。だから――」
片腕のマフラーを抱えたまま、アイが片手を差し出した。
「指切りをしましょう?」
ぴんと立った、細長い小指。対するそれを、揺れることなく待っている。あたしは――あたしはおずおずと、“彼女”の指に自分のそれを絡ませた。誰もが知ってる童謡を重ねて二人で歌い合い、二人で同時に、指を切る――。
兄貴とアイ。あたしは二人に別れを告げて、もと来た道をもどっていった。「なあ兄貴、あの時の言葉、もう一回聞かせておくれよ」。引き返してそんなふうに、よっぽど懇願しようとも思ったけれど、でも、やめた。だってあたしは、覚えてる。もう一度、聞かなくたって。だったら二度目をお願いするのは、それはたぶん、甘えだ。子供のままでいようとする、あたしの甘え。だから、引き返さない。代わりにあたしは、一度だけ立ち止まった。立ち止まって振り返り、そこに佇む異様を瞥する。
『あんどろぎゅのす』。西と東の境界。“神隠し”に遭う前の父さんが、毎日のように通い詰めていた場所。想像の中だけに存在していたその場所を、あたしは後にする。大人。大人って、どうすればなれるものなのか。そんなことを考えて。鼻腔に残る柑橘の香りに、胸の奥を引っかかれながら。
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