前略、地響きの上から

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前略、地響きの上から

有明から東京方面へ歩を進めて新宿到着後、東京都庁を中心にして円を描くように移動し、再びスタートした有明へと戻っていく。

……この道程はマラソン大会の往復路の経路ではないし、休みの日限定でアスリート志向が高くなる人間のサイクリングコースでもない。

約10年前から続く、二足歩行型巨大生物の長い長い散歩ルートだ。

※なお海から上陸後のコースに絞っている。


私たちの国で久しぶりに震度5強の縦揺れの地震が関東全域で発生した当時、我々の意識は来たるべき事態に向けられていた。ところが緊急を要する出来事は、いつも想定外の場所から現れる。


地震から数日後、東京湾海上に突如として出現したのは、見上げてもまだその先端が見通せないほど巨大で、太くて、長い、真っ黒な樹木のようなものだった。だが木ほど真っ直ぐとした硬さは無く、その物体は海上から飛び出た後、靭やかに左右に揺れていた。


あらゆる撮影映像が動画サイトで拡散していく中、物体はやがて水しぶきを青空に飛ばしながら海へ沈む。そしてそう時間が経たないうちに、有明付近の海から、それは上陸した。


海からそれが上陸した時、海上に最初に顔を出したあの物体が巨大な尻尾であったことを、我々は瞬時に理解した。

巨大な岩石が寄り集まったような形をした太く短い二本足でゆっくりと海から現れた存在を、付近で目撃した人々はどのように感じたのだろう。もちろんすぐに避難活動が開始されたようだが、身動きがとれなかった人もいたようだ。


後に定点カメラ、ドローン、ヘリコプターからの撮影映像等の動画媒体から、その存在の全身を我々は理解した。


全長は東京タワーをゆうに超え、にも関わらず自らの重さに潰れることはない。頭の天辺から足の先まで真っ黒な表皮に覆われ、巨大な尻尾を後ろで引きずりながら、人間のように背筋を伸ばし、地響きをたてて二足歩行で進んでいく。

あらゆるものを噛み砕きそうな、黒い皮膚とは対照的な白い牙。いやに綺麗に並ぶそれらを有した大きな口。口元は狼を連想させた。

足の大きさとのバランスを取るように両手は小さく見えるが、相対的にそう見えるだけで、実際近くに寄れば大きいはずだった。


ここまで書いた内容を読んで、もしかしたら君たちはある考えを持ったのではないだろうか。

ソレはもしかして……そう思ってはないだろうか。

そうであると仮定して、話を進めさせても貰いたい。……我々も同じように思ったのだ。


今ではアレにも非常に立派な学名が付けられているが、その外見からして明らかにあの"怪獣" ではないかといった意見がSNSを中心に噴出した。


現在もその名前はSNSのトレンドに載り続けている。運営会社が自主的に規制するのではといった噂が当初持ち上がったが、そんな対応をとれば火に油を注ぐ結果を招くのは明らかだった。

世界各国から注目されている状況であることも踏まえ、現在もそういった対応は取られていない。もしもSNSで住んでる国に日本を設定し検索をかければ、あの生物から連想される名前を、毎日目にするだろう。


ここからは我々とって馴染み深い怪獣という単語を使わせて貰う。


その怪獣が我々が想像するソレと唯一違うのが、最初に書いたように、散歩することだった。そもそも最初は散歩などという観点では考えていなかった。


上陸した怪獣は我々の都合など一切考える素振りなど見せぬまま、住宅街、オフィスビル、生活施設を破壊しながら進んでいった。

逃げ惑う人々の悲鳴などあの怪獣にとっては鳥の鳴き声、いやそれ以下の些細なことであっただろう。地底からの揺れに万全の対策を施したはずのビル群は、怪獣が通った後はいとも簡単に霧散した。窓ガラスの破片が散らばる様子は、砂で作られた城が崩れていく様を思わせた。


怪獣の進行方向が東京、そして新宿に向かっているのは、緊急報道番組の生中継を見れば誰が見ても気付いたはずだ。破壊の状況と事態の深刻度をようやく重くみた政府は、直ちに自衛隊を出動させた。


ここから怪獣対自衛隊の壮絶な戦いを描写したいところだが、残念ながらそうもいかない。なぜなら戦いとは双方が相互に自らの力を行使することで生まれる衝突を描くものだからだ。あまりにも全てを超越した存在にとっては、仮に自分の足元で小さな針を刺されたとしても、痛くも痒くもない。自分の視界、意識にすら入らないものからの攻撃など、無視すれば良い。

実際、怪獣はそうした振る舞いをしていた。


防衛線を敷いた自衛隊からの地上および上空からの攻撃は、付近への影響も鑑みながら、避難が完全に終了した段階で行われた。あらゆる下準備が迅速に済まされ、この国が持つポテンシャルをテレビの向こう側から感じた人も多かったはずだ。事実、私は避難の準備をしながらテレビから動けなくなることが度々あった。画面を通して、リアルタイムで、かつて大きなスクリーンや小さなモニターで見た光景が繰り広げられている。その興奮をどう表現したものか。


だがそうした興奮も怪獣へ行われた攻撃の結果を見て、次第に冷めていった。というより、現実に気付かされた。巨大な怪獣にそんなものは通用しないのだ。硝煙の向こうでは、なおも黒光りする怪獣が、歩を進めていた。


怪獣は一切の反撃をせず、ただ進み続けていた。無傷のソレを見て我々は閉口せざるを得なかったが、時刻が夕方近くになって、我々は怪獣のとっている行動自体に次第に注目するようになった。


太陽が沈みながら空を真っ赤に染め上げ、都庁と怪獣の2つのシルエットを際立たせた時(そして怪獣の影が都庁の影と同化し、都庁の姿が少しの間消えた時の絶望感は、今も人々の中から消えてはいないはずだ)、怪獣は進行方向を変えた。歩く道は違うがその方向は、先ほど怪獣自身が進んでいた道だった。

つまり「東京都庁を中心にして円を描くように移動し、再びスタートした有明へと戻って」いったのである。満月が光り夜空に浮かぶ頃、怪獣は静かに有明の海へと帰っていった。


翌日、怪獣はまた現れた。そして帰っていった。その翌日、また現れた。そしてまた帰っていった。それが毎日、同じコース、同じ通った道、同じ時間かけて続く……。そんな中で、ようやく我々は気付いた。嵐のような破壊活動が行われている最中、当の怪獣にとってそれは、決まった道を使っているただの散歩に過ぎないのだと。


私たちはあらゆる危急の事態を日常に取り込んで、さも平和であるといった顔をして生きていこうとする習性がある。今回もそれは例外ではなかった。


毎日現れては去っていく怪獣に対して、政府は長い時間(カレンダーで見れば明らかに短く思えるが)をかけて協議し、怪獣への攻撃を一時中止とした。向こうから攻撃の兆しが感じられた段階で新たな行動をとる、という措置である。我々が連想したアレと同様のものなのか、あらゆる科学的な調査が怪獣が通った場所、接近して怪獣自体に行われたが、危険性は0という結論も発表され、世界中を驚かせた。


この結果による影響は人々の心理に波及した。ただ単に大きい動物が道を歩いているに過ぎない、といった意見まで出るようになってしまったのだ。当然そんなことを書いたり、どこかで声明を発表すれば、インターネットの中だけでなく現実でも炎上する。実際に被害を受け、いまも住居が無く避難という名目でプレハブで生活する人々はいるのだ。プレハブを利用出来ていない人もいる。そして職を失った人、生活を奪われた人は数え切れない。


私は運よく研究所で寝泊まりする毎日だが、自宅が恋しい気持ちが時たま湧く。住んでいたマンションの半分が怪獣の通る道と重なっていた為に、まともに住める状態ではなくなっていた。実家は地方にあるので移住も考えたが、それも止めた。移住の為の準備に意味を見出だせなかったのだ。


既に怪獣が現れる時間は大体13時頃というのが判明している。その時間になると海から現れる怪獣に対して、人々がとる行動は様々だ。


例えば怪獣を一刻も早く駆除すべきとする集団が組織され、投擲などで攻撃を仕掛ける一派がいる。進行中の怪獣を監視するのは今や警察と自衛隊の共同作業らしく、そうした攻撃をしてくる集団を相手にした逮捕劇が連日続いている。


一方で怪獣を信仰する集団もいた。そうした人は最初、怪獣に踏み潰されることで新世界へ行こうという思想を持っていた。こうした行動も警察によって止められ捕縛された後、逮捕を恐れたその集団は怪獣が現れる度に後ろにくっついて進み、まるで怪獣の大名行列のようなものが形成されていた。


テレビや新聞、ネット上では絶えず怪獣出現によって被害を受けた人々の訴訟に関する話題が流れており、怪獣をマスコット化して売り出すビジネスが生まれては潰された。


それでも夜は訪れ、朝は来て、また一日が始まっていく。山手線はもう丸の形をしていない。だが電車は止まらない。


怪獣の存在は私の研究分野に関係のないことだと思っていた。だからといって興味が無い訳では無かったが。だが、それが間違いかもしれないと気付いてから、私の中でこのプロジェクトは本当に始まったといっていい。


発端は、そもそも怪獣はどこから現れたのかという疑問だった。発生のきっかけとしてすぐに浮かんだのが、関東全域を襲った巨大な地震であった。ではその地震によって海底に眠っていた怪獣が目を覚ましたのか?

調べるのなら、怪獣の寝床を見てみれば良い。どうせ攻撃してこないのだから……という楽観的にさえ思える主張により、ある研究チームが海底調査を行った。


怪獣が眠るとされる有明付近の海底の様子を撮影した映像は、我々を驚愕させた。海底の中に、青白く光る穴が発見されたのだ。その巨大な穴は縁から青白い炎のような煌めきを発光させ、その煌めきはクラゲのように漂っていた。


付近に設置した定点カメラで私たちは更に驚きのものを見た。怪獣はその穴から現れ、そして帰っていったのだ。

ここから生まれた仮説によって、我々の研究と怪獣との間に関係が生まれた。地震によって穴が開き、その穴を通って怪獣は異世界からやって来ているのではないか、という仮説だ。


並行世界の可能性を探るプロジェクトは我々時空転移に関する研究チームも加えて本格的に発足し、日夜研究は続けられた。その過程で、あの穴は他のあらゆる世界にも繋がっていて、怪獣はそれらを行き来しているのではないかという可能性を、私たちの研究チームは発見したのだった。


いま我々は世界各国、失われた文明、僅かに続く方言など各所から集めた言語データによる手紙を、我々の世界に存在する全てのメディアを駆使して、あの穴の中へ送っている。それを受け取った側が存在し、向こうからの返事を期待しながら。


そしてこのメールは数えて約5万3000通前後の便りである。通常は予めインプットしたサンプルパターンを基に文面を自動作成するツールを使うので、それだけ大量に作ることが可能だ。しかしそれだけ沢山作れるのなら、たとえ何通か個人で作ったものが混じったところで、誰も気付く人はいない。


だから私は時折、こうやって自分でメールを書いて、穴へ送る大量のレター群の中に紛れ込ませている。これからこのメールは様々な言語に変換される。これを読んでくれる相手がいることを願いながら。


もしこれを読んでくれる人、もしくは生命体がいたとして、内容を理解出来た場合、あなたに問いたい。

君たちの世界に映画というメディアはあるか。

そして映画には、怪獣と呼ばれる生物が出るか。

もっとハッキリ書くなら、怪獣は出現しているか。

もしもいるのなら、君たちの世界がどのようになっているか、分かる範囲で構わない。

教えて欲しい。


それがもしかしたら、耳に残り続ける巨大な足音、身体に残る歩行の振動によって蝕まれ続けた心の安らぎになるかもしれない。

手前勝手な頼みだとは思うが、この世界だけがこのような事態に陥っているのかどうか、私はどうしても知りたいのだ。

もしもこれを受け取ったら、教えて下さい。


いつもより長く書きすぎてしまったから、

ここで終わりにする。

お返事、待っています。

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