Mission-12 リスタ河突破戦


『グラム1、目標は主に敵の砲兵と主力戦車、そして対戦車陣地だ。特に威勢のいい奴から始末しろ。ついでに攻撃ヘリコプターガンシップの目撃情報もある、見つけたら最優先で叩き落とせ』

「了解」


 ノルングラム2の指示を聞きながら、HUDの向こうに効力射の砲弾が次々と落下しているリスタ河の戦闘空域を望む。まだ距離があるため詳細を把握する事は出来ないが、地平線で瞬く爆発光と天へ延びる無数の黒煙が戦闘の激しさを物語っていた。


『ったく、待ちくたびれたぜ。ロックとヘクトールの奴ら、もうちっと手際よく出来ねぇのか?』

『残念ながら時間通りだ、カーバンクル1。せっかちなのは相変わらずだな?』

『プチ絨毯爆撃担当のグーロ1はお気楽でいいねぇ。こっちは真っ先に対空砲火の中に飛び込むってのに』

『おいズメイ12! 編隊を乱すな! 手でも握ってやろうか!?』

『す、すいません隊長!』

『ズメイ5、クラーケンとシリウスの連中は制空権を取れてると思うか? シリウスはともかく、クラーケンはF/A-18Cレガシーホーネットだぞ? それに、あのが出てるって噂もある』

『ま、なんとかなんだろ。いざとなれば、ミグ野郎に押し付けてやりゃいいさ』

『それは名案』


 之までの戦いとは異なり、周囲では多種多様な航空機を駆るヴァルチャーが翼を並べてひしめき合い、殆ど雑談の様な無線を交わしている。製造会社も、型式も、1部隊当たりの構成機数もバラバラ。共通している点と言えばNATO系の機体であることと、航空爆弾や対地ロケットなどの、対地装備をメインに据えていることぐらいだろうか。

 ロージアン陸軍では第二梯団と呼称された彼等――彼ら自身は単に第二陣や対地部隊と呼んでいるが――は、第一陣の山蜘蛛退治を待つ間、南方の待機空域で退屈極まりない周回飛行を続けていた。

 しかし、心臓がビス止めされているような連中が大人しく待っている筈もない。

 血の気の多いカーバンクル隊がグレイヴ・キーパーに1分おきに催促の通信を入れ、「くどい!」とキレたAWACSにグーロ隊がヤジを飛ばして油を注ぐのは予定調和。

 挙句の果てには暇を持て余したズメイ隊が、新人のズメイ12とレーヴァンの模擬戦を画策し、間髪入れず賭けがスタート。レーヴァンも悪乗りした結果、最終的に全員纏めてグレイヴ・キーパー(とレーヴァンは追加でノルン)の怒声を頂戴するなど、自習時間を謳歌する悪ガキの共の様な空間カオスが、数十分ほど待機空域に横たわっていた。

 とはいえ彼らが本質的に不真面目と言うわけではない。「北上開始」の指示が出た途端に悪乗りを切り上げ、素早く編隊を組んで行動に移る姿には、歴戦のヴァルチャーらしい機敏さが滲んでいた。

 そうして、北上を続けたヴァルチャー達の目の前には今、硝煙と爆炎に燻された一面の戦場が300ノット以上の速度で迫っている。目指す地表には、無数の主力戦車や装甲車、迫撃砲、対空砲がひしめき、北岸陣地を目指すロージアン勢力を手ぐすね引いて待ち構えている事だろう。

 しかし彼らにとっては、足を生やした銭袋が地上を蠢いているようなものだ。目指す場所は死地では無く、狩場。守護者ガーディアンでも侵略者アグレッサーでも、もちろん愛国者パトリオットでもない。生粋の捕食者プレデターの群れ。

 誰もがスロットルを握る手に力を籠め、直に流れてくるであろう墓守の声に耳を澄ませた。


『全機良く聞け。これよりノヴォロミネ北岸陣地に対し攻撃を開始する。地上部隊と密に連携し、遠慮なく叩き潰してこい――全兵装使用自由オールウェポンズ・フリー、仕事の時間だハゲワシ共』


 途端に、これまで行儀よく編隊を維持したまま北上を続けていたヴァルチャー達が、待ってましたとばかりに仕事に取り掛かった。彼方此方でタービンブレードの金切り声が轟き、主翼の上に朝日が踊る。一塊になっていた鋼鉄の軽騎兵が、ジェット・ノイズの喊声を上げて、目前の地獄へ我先にと突入していった。


『カーバンクル隊、美味そうな獲物から食っていけ。雑魚には構うなよ、散開!』


 レーヴァンの右前方で編隊を組んでいたA-4E スカイホークが、小柄な機体を翻して散開し東へと針路を取る。

「軽量、小型、空力的洗練を徹底すれば自ずと高性能が得られる」と唱えた主任設計者の思想を裏付けるかのように、身軽な鷹は目の前の空を焦がす対空砲火を意に介さず、敵陣に潜む大物MBTを目指して駆け下っていく。


『グーロ隊、下からリクエストが来た。塹壕の歩兵から叩くぞ、付いてこい!』


 続いて左前方を飛行していたグーロ隊のA-7E コルセアⅡが、がっしりとした機体を傾けて緩やかに旋回を始めた。

 大柄な機体と強力なエンジンに物を言わせ、1機あたり20発以上の500ポンド無誘導爆弾を吊り下げた攻撃機の群れが、眼下を縦横に走る敵塹壕線へ機首を巡らせていく。地上部隊の空爆要請リクエストに従い、主力戦車にとって脅威となる対戦車ミサイルを、その操作員ごと粉砕するつもりだろう。


『ミグ野郎、今日は俺たちも稼がせてもらうぜ!』

『適当にバラまいて帰っちまえよ。てか、是非そうしてくれ。取り分が減っちまう』

『ズメイ5、ズメイ9! 無駄口叩く暇が有ったらとっとと稼いで来いバカヤロウ!』

『おおっと! 隊長がお怒りだ!』

『じゃあな先行ってるぜ、ミグ野郎! もしもの時はケツ持ちヨロシクぅッ!』


 今度はズメイ・リーダーに怒鳴られた2機のF-4Eがそれぞれ3機の僚機を引き連れ、馬鹿笑いと共に両側を追い抜き、アフターバーナーの火炎を残して別々の方向へと駆け出していく。直後、レーヴァンの隣に並んだ隊長機のF-4Eから盛大な溜息が漏れ聞こえてきた。


『――ったく、あの馬鹿共。下手を打たないと良いんだがな。真に受けなくてもいいぞ、グラム1。テメーのケツぐらいテメーで拭かせる』

「そうしてもらえると助かる。余裕があるわけでは無いのでね」


 内心で肩を竦めるが、ズメイ・リーダーに誤解を与えてしまったようで『ジンクスってやつか?』と何処か呆れが滲む声が返ってくる。この通信を聞いているであろうオペレーターがバカな考えを回し始める前に、「まさか」と鼻で嗤い飛ばした。


「それと之とは話が別だ。今日はロケットを抱えて来たから、空戦をやる気にはならないってだけさ」


 意図的にお道化た声を出したレーヴァンのレシーバーに、ズメイ・リーダーの低い笑い声が届く。元々野武士の様な低い声音の持ち主であるためか、押し殺した笑い声と言うより、猛獣の唸り声と評した方が適当だ。


『それなら文句は無い。俺は、お前が生き残る方に賭けてるんでな、下らんジンクスとやらに負けんな。もし俺の目の届く範囲でケツに付かれたら、助けてやらんことも無い――幸運をグッドラック


 此方の返答を待たずに、残りの僚機を引き連れたズメイ・リーダーがこちらに腹を見せて急旋回。大柄な翼の端からヴェイパートレイルを引きながら、戦場へと飛び去っていく。灰色の制空迷彩に身を包んだF-4Eの姿を見送りつつ、声に違わず野武士の様な人相ではあるが、やはり人情家ではあるのだろうという印象を深めた。

 さて、最近出来た友人達に想いを馳せる贅沢は此処までだ。オペレーターが痺れを切らさないうちに、自分も仕事に取り掛かるとしよう。


 「グラム1、エンゲージ」


 スロットルを押し込めば、R-25-300ターボファンエンジンが大気を蹴飛ばし、軽い機体を戦場へと力強く押し出していく。加速したレーヴァンのMig-21-93は、地面を這いずる鉄牛MBTの群れを一息で乗り越え、泥と氷に覆われたリスタ河の上空へと飛び込んでいった。

 翼の下を流れていく風景に、かつての雄大な流れは見る影もない。

 彼方の下流側では、緩やかな河面が反射させる朝日を辛うじて見ることができるが、Mig-21の真下に広がるのは、もっぱら泥と氷を捏ね合わせただ。河幅一杯に広がっているせいか、上空から見れば焦げ茶色の大蛇が身を横たえているように見えてしまう。

 マーティオラ平原を貫き、ソルテール湾へと注ぐリスタ河は、上流側の有る地点から下流方向へ十数㎞以上にわたり、複雑な起伏に覆われた荒野へと変貌していた。

 河の表面を覆うのは、土系統の魔術によって河底の有機系堆積物を細かな繊維へと錬成し、氷系統の魔術で川の水と共に固めて出来上がった複合材料パイクリート。大昔はこれほどの巨大な河になると舟橋ポンツーンを利用して部隊を渡河させていたが、魔術の進歩によって、ある程度の制約は有れど大規模な戦車戦が出来るほどのを構築するに至っていた。

 一度構築されてしまえば、複合材料が持つ元来の強靭さと、存在する事を望む陣営の魔術防護により、砲爆撃や大規模魔術式を使用したとしても破壊する事は容易ではない。

 またこの浮き戦場は、形成の過程で意図しない起伏は生まれるものの、野戦築城に利用可能な遮蔽物を意図的に作れるほどの精度は持っていない。その結果生じるのはの様な起伏が連続する泥と氷の荒野であり、大規模渡河作戦が機甲戦力による突破戦という側面を持つに至る一因となっていた。


《空爆だ! 対空戦闘用意!》

《バカスカ撃たれてるのに対空戦闘だと!? 俺たちを殺す気か!?》

《数が多すぎる! 防空隊は何してんだ!?》


 長閑な平原と森が点在していたはずの北岸陣地には、ロージアン砲兵が叩き込んだ大口径榴弾によって無数のクレーターが刻まれ続けており、刻々と数を増していく黒煙が天へ延びる葬列のように棚引いていた。

 遅延信管の大口径砲弾が炸裂するたびに、数mほど掘り返された土砂が逆円錐形を形作って早朝の空へと放り投げられる。上空で炸裂した榴弾は千を遥かに超える破片を眼下で蹲る敵兵に浴びせかけ、掩体や塹壕を瞬時に血の泥濘へと変換し、恐怖を押し殺すような悲鳴が、微かな呻き声と狂を発した笑い声に置き換わる。掩体に潜んだ車両や砲座が、真上から飛び込んだ榴弾によって跡形も無く粉砕され、鉄と血の残滓を飲み込んだ黒煙の柱がまた一つ戦場に加わった


《敵機接近!》

《たかが1機だ、追い払え!》


 人類が営々と築き上げてきた戦場芸術を楽しむ間もなく、左舷方向の地上から火器管制レーダー照射を受ける。危機を察知した警報器が親の仇のようにがなり立ててはいるが、今現在の位置から目視はできない。ディスプレイの表示は、10時方向にそそり立つ太い黒煙の向こうに、この電波の発信源が存在すると告げていた。

 ひっきりなしに叩きこまれる効力射の暴風雨の中で、律儀に仕事を続けている対空車両が存在することに舌を巻きつつ、同時に抱いた疑念に従い操縦桿を倒す。マスターアーム・スイッチをオン。左下方へ倒れ込むようにロールし、火器管制レーダーの照射源へと急降下。

 未だ沈黙を守るミサイル接近警報に対し、疑念が瞬時に確信へと変わる。ガン攻撃用意。


《正気か!? 突っ込んできやがった!》

《退避だ! 走れ!》


 吹き上がる黒煙をMig-21のノーズコーンが突き破り、掩体へ身を収めた移動式レーダーの前に、赤い鴉のエンブレムを描いた戦闘機が姿を現した。

 鴉の標的となった火器管制レーダー獲物の周囲には、中から濛々と黒煙を噴き上げる幾つかの掩体。大地を掘り下げて周囲を土嚢で囲っただけのシンプルな遮蔽物の周りには、くすぶった鉄と肉の破片が散乱している。

 火器管制レーダー照射警報に、ミサイル接近警報が続かなかったのも無理はない。ミサイル発射機が先に沈黙していれば、撃てるはずもないのだ。

 ただし、レーダーの照射だけでも、自分達敵機への牽制になるのは間違いない。常識的な敵なら、火器管制レーダーの照射を受ければ、ミサイルを撃たれる前に回避機動に移る。回避機動中に地上への攻撃は不可能であり、敵を落とせはしないものの陣地自体は守られる。

 黒煙を引き裂いて現れたレーヴァンの機体を、唖然として見上げるノヴォロミネ兵はそう考えたのだろう――ネタが割れたオオカミ少年の末路を、自身が実演する可能性について、どの様に処理したのかについては疑問が残るが。

 操作員が逃走した後も、健気に照射を続けるレーダーへとレティクルを合わせトリガーを引く。身震いした機体から23㎜砲弾の火箭が吹き延ばされて、掩体に収まったレーダー車両の表面で火花が踊った。

 徹甲曳光弾の乱打に耐え兼ねて沈黙するレーダー車両の上空を、Mig-21の鋭角的な翼が切り裂きフライパス。徹甲弾の破片に五体を抉られ、糸が切れたように倒れ伏す数人の兵の姿が、噴き出した火炎に彩られるバックミラーに小さく映る。抉られ傷つく大地の絶叫を嫌悪するかのように、素早く上昇に移った機内には、既にレーダー照射警報は聞こえなくなっていた。


『レーダー車両を撃破。次、方位0-9-1に主力戦車MBT


 ノルンの指示に従い、グン、と上昇離脱体勢から更に機首を跳ね上げて半ループし背面飛行。早朝特有の青黒い空が一瞬HUD一杯に広がったかと思えば、直ぐに爆発炎と発砲炎で着飾った戦場が頭上へとのしかかってくる。

 天地逆転した視界の先に、リスタ河の中程にまで進出した敵戦車の群れが、窪地のように低くなったエリアに集結しているのが確認できた。敵の規模と周囲の状況から攻撃針路を組み上げつつ、180度ロール、背面飛行から復帰。

 再び頭上に空を仰ぎ、スロットルを開ける。アフターバーナーによって速度を稼ぎつつ緩降下。速度計が高度計の値を奪うように変化する際中、冬場のテントウムシの様に窪地で身を寄せあう敵戦車の群れが、HUDの向こうで次々と火焔を吹き延ばした。

 細長い砲身の先で紅蓮の光が弾け、膨れ上がった衝撃波が細かな破片を派手に吹き飛ばす。発砲の衝撃を受け止めた車体が揺さぶられ、砲煙を棚引かせた戦車砲がしばし沈黙する間に、間髪入れずに他の車両が次々と火炎を吐き出していった。

 小柄な車体に似つかわしくない長砲身砲を備えた敵主力戦車――T-72M1が狙うのは、今まさに丘を駆け下っているロージアン機甲部隊の上面装甲。弱点を晒す鋼鉄の豹レオパルト2A4の群れに、20門近い125㎜の大口径戦車砲が牙を剥く。


《上面だ!上面を狙え!》

『急げ急げ急げ!七面鳥ターキーに成りたくなきゃ河ま』

《よぉし!1両やった!》

『小隊長車被弾!指揮をひきつ』

《命中!こっちも当たった!》

《まだ息のある奴が居るぞ、10号車、11号車合わせろ!》


 ロージアン機甲部隊の先鋒を構成する数輌のレオパルト2A4が、立て続けに致命的な命中弾を受けた。

 まず先陣を切っていた車両の角ばった砲塔が、不可視のハンマーで力任せに殴りつけられたかのように拉げ、装甲の破片を四方にバラまきながら紅蓮の劫火を噴き出して崩れ落ちる。

 頭蓋を叩き割られた僚車を寸前で回避した豹が、狙いすましたかのように右前方の転輪を射抜かれる。60t近い車重を支える強固な転輪が即座に砕け、履帯が吹き飛び推進力を失った。右足を失った車体が地面を盛大に抉りながらスピンし、脆弱な横腹を敵陣地に晒す格好で斜面上に擱座。不利を悟った乗員がハッチに手をかけた瞬間、装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDSが砲塔右側面を貫き、車内を跳ねまわった弾片が操縦手以外の3人の乗員を切り刻んだ。

 同じく両方の履帯を破壊され擱座しつつも、腰を据えて味方への支援射撃を行っていた豹に至っては、敵戦車小隊の集中砲火の餌食となってしまう。

 短時間の内に車体側面に3発、砲手用照準器、主砲に直撃弾を叩きこまれれば、複合装甲に身を固めた第三世代主力戦車と言えど只では済まない。車体の左側面は巨竜に食いちぎられたかのように無残な有様となり、砲塔右半分の天板が捲れ、主砲が根元から折れ飛んで後方の斜面へと投げ出される。勿論、乗員は既に燻ぶる炭となって残骸と一体化していた。

 手痛い反撃を受けたロージアン機甲部隊も突撃しつつ砲撃を繰り返すが、この時ばかりはノヴォロミネが一枚上手だった。彼らはパイクリートの起伏にハルダウンする事で、T-72シリーズの致命的な弱点となっている車体部分を隠し、強固な砲塔正面のみをロージアン軍へと向けていた。

 レオパルト2A4自体は、移動中の発砲・命中を可能とする行進間射撃能力を持ってはいる。しかし、だからと言って起伏の稜線から突き出された砲塔の弱点部を、全速に近い速度で突撃しながら狙撃する事は不可能だった。甲高い音を残して飛翔した120mm砲弾の多くは凝固したリスタ河の表面を抉り、命中弾が生じてもT-72M1の強固な正面装甲に弾き飛ばされてしまっている。

 地面と命を容赦なく抉る大口径榴弾の煌めきの中で、125mm戦車砲が凶刃の瞬きを繰り返し、レオパルトに出血を強いていく。ロージアン軍にとっては、斜面を降りるまでの辛抱だが、損害は無視できないだろう。

 悲しむべきか、幸いと言うべきか、今彼らを援護できるのはちっぽけなMig-21-93が1機だけ。主力戦車と比較すれば華奢極まりない存在ではあるが、地の利を生かして無敵モードに入ったと勘違いしている連中の頭をカチ割るには必要十分。


『シルカが2輌居るぞ、先に片付けろ』


 ノルンの忠告から殆ど間を置かず、突出した敵戦車隊に随伴しているZSU-23-4 シルカ自走高射機関砲の片割れが、レーヴァンのMig-21の突撃に気づき砲塔を旋回させ始めた。

 背筋を走り抜けた悪寒に従って操縦桿を倒し、ラダーを蹴飛ばす。体を圧し潰そうとする強烈なGと共に、ぐるん、とキャノピーの向こうの天地が滲んだコークスクリューの中に放り込まれた。

 一瞬遅れて、捻じくれた世界を走り抜けた23㎜機関砲弾の火箭が、キャノピーや主翼を明るく照らす。しかし、1発の命中ですら致命傷に成りかねない曳光弾の奔流は、横っ飛びにバレルロールしたMig-21を捉えきれずに虚空を切り裂いただけに終わった。

 バレルロールから復帰するや、頃合い良しと見て翼下にぶら下げていた対地ロケットを斉射。機関砲とは異なる振動が走り抜けると同時に両翼が白煙に包まれ、レンコンの様なロケットポッドからS-13 122㎜空対地無誘導ロケットが窪地へと突入していく。さらに駄目押しにコンマ数秒トリガーを引いてガン攻撃、曳光弾の奔流が加速中のロケットを追い抜き、先に射弾を放った方のシルカに殺到して物理的に黙らせる。

 直後、音の壁を軽々と突き破ったロケット弾が、敵陣地へと降り注いだ。

 機銃掃射の標的とならなかったシルカの至近で、破砕弾頭を搭載したS-13OFロケットが炸裂する。特大の散弾銃と化した弾頭の破片が、シルカの薄い車体を易々と貫通し、乗員と電子機器を切り裂きその機能を永久に奪う。続いて、一早く退避しようと身じろぎをしたT-72M1が履帯ごと片方の転輪を数個吹き飛ばされ擱座。更に、無誘導ロケット等当たる物では無いと高を括り、身動きせずに砲撃を優先した1輌が直撃弾を受けてしまう。

 武運に見放されたT-72M1の砲塔表面へS-13Tロケット弾が食らいつき、122㎜タンデムHEAT弾頭を作動させた。

 弾頭から噴き出したメタルジェットが、決して厚くは無い天板の鋳造装甲を紙のように引き裂き、今まさに装填されかかっていた125㎜砲弾用の装薬を引火させる。途端に、40t程度の主力戦車としてはコンパクトな車体が身震いし、小柄な砲塔が車体から噴き出した火炎の穂先に突き上げられ、派手に宙を舞った。

 その間に、レーヴァンは稼いだ速度を高度に変換し、翼端から雲を引いて跳ね上がるように垂直上昇。続いて90度ロールを織り交ぜて変則的なインメルマンターンを行い、ロージアン陣地の方へと一時離脱しつつ戦果確認に入る。


対空砲AAA2輌と主力戦車MBT1輌を撃破、MBT1輌を擱座ってところか。まあ、上出来だろう』


 ノルンの見立てと自分の観測に大きな差異は無い。窪地の中からは派手な黒煙が3条立ち上り、その傍では脚を失った戦車が砲塔を旋回させ藻掻いている。そのほかの車両は密集の愚を瞬時に理解し、主砲を乱射しつつ車間を更に広くとるように動き始めていた。

 この1航過で得られた戦果は窪地に集まった敵戦車群のごく一部に過ぎない。しかし、散々に打ち据えられたロージアンの機甲部隊にとっては、現在望みうる最良の援軍に等しかった。

 散々自分たちを打ち据えていた敵陣地で派手な爆発が連続し、特徴的な円形の砲塔が吹き飛ぶと同時に、陣地転換により砲撃の精度が低下した結果。くじかれかけたロージアン機甲部隊の士気が急速に回復していく。


『航空支援か!? 助かった!』

『敵が乱れたぞ! 全車隊列には構うな! とりあえず河まで突っ込め!』

『第1中隊続け! ハゲワシ共に後れを取るなよ!』


 レーヴァンが作り上げた僅かな混乱の隙を突いて、損害を強いられていた鋼鉄の豹共が泥と氷の大地へとなだれ込んでいく。平地での戦いであれば、地形上の不利で散々に打ち据えられてきた、レオパルト2A4の本領が発揮できる。戦いが楽になったと楽観するには早いが、戦い易くはなる筈だ。

 とはいえ、此処までの激戦で生き残ってきた敵もタダでは転ばない。破壊された戦車にかまうことなく、戦車に後続しようとする装甲車へ主砲を向け、稜線射撃を再開しようとしている。

 もう一撃ぐらいは、お見舞いしてやるべきか。いや、それともな奴を呼び寄せるべきか。

 幾らかのプランを頭の中で思い浮かべつつ、とりあえずは再攻撃を掛けるため旋回に移ろうとした瞬間、グラム2ことノルンから『再攻撃の要無し』との指示。理由を問いかけるよりも早く、そのの方から通信へと割り込んできた。


『こちらヴリトラ隊、グラム2に手伝いに来いって言われたが、ここでいいのか?』

『グラム2よりヴリトラ隊。グラム1の近くの窪地にMBT共がたむろしている。すでに対空砲は潰した、派手にやっておけ』

了解ウィルコ、そいつは有難い。アシストはこっちでカウントしておくぜ』

『いらぬ恨みを買いたくなければ、過少報告はしない事だ。グッドラック』


 『おお怖! 魔女殿の仰せのままに』とワザとらしい悲鳴を上げたヴリトラ隊の4機編隊が、バンクを振りながらレーヴァンのMig-21とすれ違う。

 ダブルデルタ翼と大型ストレーキが描く、やじりのように鋭く鋭利なシルエット――サーブ35 ドラケン。主翼と胴体の下には手ごろなサイズの航空爆弾が6発。ドラケンの中でも、爆装能力を付与したサーブ35 ドラケン XDのようだ。

 邪竜の名を持つヴァルチャー達を見送りながら、妙に段取りの良い相方に問いかける。


「グラム2。君が呼んだのか?」

『丁度、近くをうろついていたからな。貴様が対空車両を潰したから、連中が主力を潰せばアシスト分の報酬は入る。ロケットでチマチマやるより爆弾を放り込んだ方が手っ取り早い』

「それについては同感だ、良く呼んでくれた。もっとも、これでは近接航空支援CASじゃなくて敵防空網破壊DEADに近いが」

『単機でやれることなど、そう多くは無い。まあ、貴様に関しては例外のようだが――』

「そいつはどうも」

『調子に乗るなバカ、今回は連中が間抜けだっただけなのだからな。そんなことより次だ。方位3-2-0、レフトターン。西側の地上部隊の進撃速度が速い、袋叩きになる前に敵陣地を耕してやれ』

「重砲はどうした、重砲は」


『向こうも向こうで手一杯なのだとさ』ノルンの呆れた様な声を聴きながら翼を振り、窪地の中へ1000ポンド爆弾を叩き付けるドラケンを後目に北西へと機首を向ける。地獄の蓋は、まだ開いたばかりだった。


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