Mission-10 白亜の凶鳥

  岩陰で寝息を立てていた小さな竜が、4つの目をパチリと開けて西の空を見やった。

 時刻は漸く早朝と呼べる時間帯ではあるが、空の色は紫紺に近く、東の地平線が僅かに白んでいる程度。寝ぼけ眼をしばたかせるテヒーリヤイワヨツメと呼ばれる小型飛竜にとっては、普段ならばまだ寝ている時間帯であった。

 くぁ、と小さな欠伸をしつつも、側頭部に備えた鼓膜は山間部を複雑に反響し続ける耳障りな咆哮を捉えている。後頭部に伸びあがったトサカ状の感覚器は、此方に迫る魔力の塊を察知していた。

 魔力の性質は天然自然のモノではない。大方、ヒトが進んで世話を焼くどもだろう。

 そう言えば、最近では鋼の竜のみならず、妙にデカい蜘蛛の様な鋼が、ヒトを従えて我が物顔で斜面を闊歩するようになった。

 つい先日拝謁の栄に浴したによれば、アレらは平地の方で見かける火を噴く亀の親戚だとか。好き好んで彼らと交流する竜族と同じように、ああいうモノどもにまで世話を焼くとは。ヒトというのは余程ヒマな生き物なのだろう。

 ヒトの言葉に置き換えれば、このような文面になるであろう思考を巡らせながら、イワヨツメはねぐらにしている岩と地面の隙間の奥へと移動して、二度寝に入る。

 天敵であるハイラテラワイバーン属が現れるわけではないが、だからと言って近づいてくる鋼の竜どもが、自分にとって歓待すべき客人と言うわけではないし、そのような習慣習性も無い。一万年前からこの厳しい山岳地帯で生き延びてきた野生の勘に従い、息をひそめ居留守を決め込むのが上策だった。

 ――あの御方は「観光」と仰られていたが、自分にとってはヒト族の営みなど鬱陶しいものでしかない。それを、遠路はるばる好き好んで見物に行くとは。いやはや、天の御子のお考えは、どうにも解らぬ。

 超越者である存在の動機を不思議に思いながら、迫りくる轟音を意図的に無視したイワヨツメは、夢の中に飛び立っていった。


 ◆


 キャノピーの外を後方へと吹き飛んでいく雪景色は、計器に表示されている速度以上の疾走感をウィザードに与えた。仮に操縦桿を数ミリでも余分に動かしてしまえば、スリリングな光景はたちまち閃光と共に暗転してしまうだろう。

 本来、彼らが操るジェット戦闘機の類は、ダークブルーが頭上に広がる天空で殺し合う為に百年の進化を重ねた飛行機械の末裔だ。複雑な乱流が渦を巻き、判断ミスと即死が同義語な世界を鋼鉄の翼で切り裂ける存在は、魔法や技術が発展した現代においても限られている。

 だからこそ、”兵は詭道なり”と呼ばれる太古の法が君臨し続ける戦場においては、その無茶をこなせる機体とウィザードは、常に必要とされていた。


『グレイブ・キーパーよりロック隊。ウェイポイントCを通過、攻撃用意』

「ロック隊、了解。ロック・リーダーより全機、攻撃用意。今回はドライブ・スルー形式だ、頼み忘れたからって引き返すんじゃねぇぞ」


 後ろに続く列機から次々に『了解』の反応が返ってくるのを聞きながら、ロック・リーダーは膝元のマスターアーム・スイッチをオン。度重なる改修でようやくグラスコクピット化されたモニターに、無誘導爆弾や対地ミサイルが攻撃可能となった表示がずらりと並ぶ。HUDに表示される対地高度計の数値は50フィートに満たないが、対気速度は530ノットを優に超えていた。

 谷間を吹き抜ける風はロック1の操る大柄な機体を包み込み、斜面へいざなおうと手招きを続けている。長距離低空侵攻を念頭に開発され、地形追随レーダーと専用の航法装置を装備したこの機体であっても、決して楽な飛行では無い。


「全機、まだ生きてるな?ナイスにキスする前に山とキスした奴は、怒らねぇから正直に申告しろ」


 程なく、ロック隊の全機から苦笑い交じりの返答が上がってくる。この程度の峡谷飛行でしくじる連中ではないが、戦友共の無事を知るのは悪い気分ではなかった。

 薄ぼんやりとした光が照らす白い谷の底を、細長い編隊を組んでジェットノイズを引きずり、縫うように進んでいく。頭に叩き込んだ地図と、地形追随レーダーの描き出す前方の空間、キャノピーの周囲に立ち並ぶ山々等を照らし合わせ、現在地を再確認。目的地まで、もう幾ばくも時間は無い。

 ロック1が幾度目かの旋回を終えた時、正面に緩やかな斜面が現れた。

 谷底が持ち上がっていく斜面の先、雪面と岩肌が描くU字の向こうで、朝焼けの空が金の光を放っている。

 谷の先で垣間見える東の空には、先発した敵防空網制圧機ワイルド・ウィーゼルがSAM陣地を食い荒らした証拠黒煙が幾条か立ち上ってはいるが、連中が獲物を残らず平らげたと確信するにはまだ早い。

 生き残ったSAM陣地に真面な指揮官が居れば、対空砲の砲塔をいくつか、西へと続く谷の隙間へ向けておくだろう。


 わざわざ谷間を這いずり回って、奇襲を仕掛けたと確信して飛び出してくる間抜けをハチの巣にするために。


 突き出された曳光弾の槍衾に真面に飛び込んでしまえば、この機体では数秒も持たない。


「それがどうした――ロック1、エンゲージ!」


 不愉快な想像を鼻で嗤って吐き捨てる。

 遮光用のバイザーが降りている事を再度確認して操縦桿を僅かに引き、スロットルレバーをMAXへ。アフターバーナーリヒート開始。途端に後部に2発装備されたオリンパス 22R Mk.320の改良型エンジンが青白い火焔を伸ばし、1基あたり13t以上の推力を絞り出して40 t近い重量級の機体を前方へ弾き飛ばす。

 数秒前までは彼方に見えていた斜面の頂上。降り積もった雪を機首で発生させた衝撃波ショック・ウェーブで蹴散らしたロック隊の1番機が、黄金の陽光の下へと躍り出た。

 レーダーの更新によりやや大型化しつつも、なおも鋭い機首。直ぐ後ろにはタンデム式の複座が備えられるが、後席は機体に半ば埋め込まれるようになっており、一見単座のようにも見えてしまう。何処かウナギを連想させる四角く長い機体の中央部では、ショックコーンが備えられた半円形のエアインテークが口を開け。高翼配置のクリップドデルタ翼は翼端が下方に折れ曲がっているせいか、鳥の翼のような印象を見る者に強く与えた。

 全体的に角ばった細長いシルエットが特徴的ではあったが、全長26.21 m、全幅11.32 m、全備重量43,559 kgに達する巨体は、空を制する猛禽では無く、大地に死を振り撒く凶鳥であることを言外に示していた。

 その白亜に染め上げられた凶鳥の名はBAC ヴァーディクターVerdicter――野心的(かつ度々大脱線する)設計に定評のある、NATOの一企業群がTSR-2の名で開発した超音速爆撃機であり、幾度も持ち上がった開発中止の話を乗り越えて、なんとか量産販売にこぎつけた曰くつきの機体だった。

 販売実績に関しては同時期にロールアウトされたF-111の派生型に押され気味ではあったものの、開発企業を抱えるリーレム連合王国などで採用され、一定数のユーザーは確保されていた。

 ロック隊の操る機体はグラスコクピット化、最新型の対地ミサイル運用能力付与、レーダー換装、エンジン改良が施された、ヴァーディクターB(I).3と呼称される戦術爆撃機タイプだった。


「っとぉ!」


 陽光を浴びたロック1のヴァーディクターへ、待ってましたとばかりに対空砲の火箭が突き入れられる。谷間を狙っていた数量のMLACが四連装の対空機関砲を閃かせ、災厄を振り撒こうとする凶鳥を葬り去ろうと火焔の吐息を伸ばす。

 しかし、雪上から打ち上げられた無数の23㎜砲弾の火箭は、音の壁を踏み砕いた凶鳥を捉えることは能わない。直撃すれば大抵の航空機に致命傷を与えられる焼夷曳光弾は、ヴァーディクターの尻尾どころか、排気煙を捉えるだけで精一杯だった。

 速度の鎧をもって、高射装置が計算した未来位置を軽々と飛び越えたロック1が、お返しとばかりに翼下に吊り下げられたランチャーから対地ミサイルブリムストーンを発射する。

 白亜の凶鳥から解き放たれた2頭の猟犬は、白条を引きながら飛翔体の設計限界に近い角度で弧を描き、2番機へと砲塔を巡らせ始めている多脚装甲騎兵へ食らいついた。

 主力戦車を空から黙らせるために開発されたブリムストーンは、装甲表面で爆発を起こして突入体のエネルギーを相殺する爆発反応装甲リアクティブ・アーマーへの対処として、タンデムHEAT弾頭を採用している。

 これはメインの成形炸薬弾頭の前方にサブの成形炸薬弾頭を配置する方式であり、サブ弾頭で爆発反応装甲を起動させ無力化――爆発反応装甲は装甲外側に爆発物を張り付ける構造上、同一個所において一度しか効力を発揮できない――させた後、本命の弾頭を主要装甲に到達させることを狙いとしていた。

 とはいえ、ロック1のブリムストーンが食らいついたのは、自走高射機関砲であるZSU-23-4の砲塔を乗せたMLACだ。装甲らしい装甲は車体前面に10㎜厚のモノが張られているだけであり、気休めにもならない。

 サブ弾頭の炸裂で空いた大穴へメインの弾頭が飛び込み、既にメタルジェットに焼き払われた車内で真面に爆発する。直後、扁平な砲塔が内側から膨れる様に爆ぜ、細長い銃身が回転しながら四方に吹き飛んだ。

 膨れ上がった黒煙を主翼で切り裂いたロック1は、再びHUDとレーダー画面に映った対空砲の生き残りへ対地ミサイルを放り投げ、同時に怒声を上げる。


「ロック1よりドロシー1、喰い残しがあったぞ! どうなってる!?」

『悪い悪い、まあ駆けつけ一杯ってことで許してくれや。こっちもSAMを叩くので精いっぱいでな』

「余りの爆弾で格納庫事吹っ飛ばされたくなきゃ、乾杯用の酒はテメー持ちだ!」

了解ウィルコ、全員の1杯目はウチで持ってやるよ』


 ドロシー隊が撃ち漏らしたSAM陣地の生き残りを迅速に蹴散らしたロック隊は、尾根の頂上付近の斜面へと巨躯を巡らせて行く。

 シルヴァン・エリアと名付けられた戦場は、北側と南側を東西方向に山が連なっており、中央部は僅かな平地を挟んだ巨大な渓谷となっていた。ロック隊は東西に走る谷間へと西側から東側に向けて飛び込んだ格好になる。

 進行方向の左側――北側を連なる山々の南側に面した斜面には、広大な雪面に分散するように、白く塗装された自走砲や兵員輸送車両、弾薬運搬車両の姿が有る筈だ。僅かな低木すらも雪の下に潜り込んだ白銀の世界に陣取る、足を生やした多脚装甲騎兵の大群。広域に切り替えたレーダー上で瞬く輝点の数は、300を下るまい。

 それらが右側南方に連なる山を盾にして、さらに南方のリスタ河へ砲撃が加えられる位置に布陣し、反斜面陣地を構築している。

 ノヴォロミネが如何に力を入れてこれらの山岳砲兵部隊を作り上げたのかが良く解ると言うものだ。

 尤も、その血の滲むような努力を雪の下に埋めるのが、今回の【エントランス】の役割なのではあるが。


《き、来たぞ! 敵の爆撃機だ!》

《対空砲はどれだけ動ける!? 弾が撃てるなら動けなくてもかまわん!》

《こちら第11山岳砲中隊! 制空隊はどうなった!?》

《制空隊などアテにするな! 自分の身は自分で守れ!》

《第23山岳砲中隊、回線復旧完了! 全車健在、指示を請う!》


 味方が傍受した敵の回線からは、相変わらず、泡を食ったような交信が流れ出している。

 しかし、先発隊の攻撃による奇襲効果は既に薄らぎ始めており、敵は状況に対応しつつあるようだ。自分たちの出現によって幾らか追加の精神的動揺は与えられはしたようだが、その効果は限定的と言わざるを得ない。

 予定通り、ほぼ強襲になるだろう。


《サヴァーカ2、ケツに付かれてるぞ! 回避だ!》

『スキュラ4、FOX2! FOX2!』

《クソ、降り切れな》

『グッキル!スキュラ4!』

《サヴァーカ・リーダー!方位2-8-5より新手!敵爆撃機です!》

《このクソ忙しい時に!》

『グレイブ・キーパーよりカーバンクル、スキュラ両隊。敵脅威レベル低下中、良いぞ爆撃隊に近づけさせるな』


 ただし、味方の制空隊が敵陣地上空に張り付いていた防空戦闘機を釣り出し、羽交い絞めにしているのは有難い。

 対空装備に身を固めた味方機は、数こそ劣勢ではあるが、爆撃隊へ向かおうとする敵に的を絞って集中攻撃を加えている。敵の防空隊は、自分たちと制空隊の板挟みになった格好だ。

 しかし、味方との連携が良好だからと言って、目指す獲物がただの的になってくれるわけでも無かった。

 ヴァーディクター評定者達の正面では、山岳砲兵の足掻きが始まっていた。


 ◆


『役に立たんヴァルチャー共が! ――地対空戦闘用意! 薄汚いハゲワシを叩き落とせ!』

「よぉし、来たな――第11中隊、地対空戦闘用意!」


 南側斜面の上部に布陣した中隊の内、もっとも敵に近い第11山岳騎兵砲中隊を預かるストラドフ大尉が、指揮下に置いた6門の山岳騎兵砲に指示を飛ばす。

 彼が中隊司令部と共に陣取る指揮観測車の周辺では、第11中隊のパウーク山岳騎兵砲が長大な砲身をゆらりと持ち上げ、迫りくるヴァーディクター戦術爆撃機ロック隊へと筒先を向けた。


「通信士、ウチの中隊は運が悪かったが、第13中隊の火器管制レーダーは生き残っているはずだ。データを要請しろ」

「既に要請済みです。しかし、第1大隊で生き残ったのは第13中隊あそこのレーダーだけの模様です。精度は落ちるかと」

「なぁに、心配するな。どうせ初弾で蹴散らせなければ同じことだ」


 カラカラと笑う壮年の大尉に、まだあどけなさの残る通信士は思わず顔を引きつらせた。

 上官の言葉を要約すれば「二の矢を放つ頃には死んでいる」という事になる。つい10分前に親友の操る火器管制レーダーが目前で爆散し、戦争の現実を文字通り叩きこまれた気になっていたが、いざこうして明確に死が迫ると怖気が走る思いだった。

 しかし恐怖にふける贅沢は最早許されない。第13中隊の火器管制レーダー車両が捉えた目標の方位、針路、速度、高度を始めとする情報が、雪崩を打って第11中隊司令部へと届き始めた。


「射撃管制装置、対空に切り替え。諸元入力始め」

「対空射撃、切り替え良し。諸元入力開始します」

「各砲は榴弾の近接信管を曳火エアバーストから対空に切り替えろ。感度は最大、早爆でも敵の針路を妨害する事は出来る」


 流れるようなストラドフの指揮の下、本来は長距離対地砲撃を主任務とする山岳騎兵砲の群れが、天空を駆け抜ける白亜の鉄騎へとその火力を叩き付けるべく身動みじろぎだす。1門、また1門と重厚な長砲身砲が空の1点に向けて林立していく様は、長槍サリッサを携えファランクスを組む、歴戦の重装歩兵を連想させた。


『1小隊、射撃用意良し!』

『こちら3小隊、射撃体勢完成しました!』


 常識的に、長距離対地砲撃用の榴弾砲を対空用途にそのまま転用する事はあり得ない。

 しかしノヴォロミネ連邦は、MLACが満足な対空陣地を構築できる保証の無い過酷な地形を主戦場とすること。バースト射撃ならば15秒に3発の発射が可能な自動装填装置を備えている事。比較的低速な攻撃ヘリならば、撃墜が見込めること。MLAC化による脚部を始めとする可動部の増加で、目標への追従性が高い事。152㎜の大口径弾頭であれば、限定的な魔術誘導が可能である事などを理由に、パウーク山岳騎兵砲に対空砲としての側面を持たせていた。 

 とはいえ、軍上層部の強い要望ゴリ押しにより追加された対空用の機能は、タダでさえ割高な山岳騎兵砲のコストを4割ほど増加させ、敵を落とす前に調達数において自らの首を絞めることになっていた。

 当の山岳砲兵からも「曲芸機能は要らん」「竜でも撃って晩飯にしろってのか?」「バカなことやってないで数を寄越せ」などと散々な言われようであり、今まさにその機能を実戦に用いようとする彼らであっても半信半疑の者が大半だった。


「1,3小隊、別名あるまで中隊連動追尾で待機。2小隊まだか!?」


 それでも最新鋭兵器を任された砲兵たちは、弾きだされた諸元を入力し、砲身の自動追尾装置を起動。蜘蛛の腹から響く俯仰装置の低い唸り声と共に、車体を支えている8本の脚部が伸縮し、砲口を中隊の観測指揮車がはじき出した敵機の未来位置へと向ける。

 狙うべき目標は低空を急速に接近する敵機の鼻先。152㎜榴弾ならば半径40mほどの範囲に大小の破片をまき散らすことができる。加害範囲内に真面に突っ込めば、碌な装甲を持たない航空機は唯では済まない。


『――2小隊準備完了!いつでもいけます!』

「よし、大隊司令部に連絡!”第11中隊、対空射撃用意良シ”」


 ストラドフの中隊を始め、迎撃準備が間に合った40を超える砲身が斜面に屹立し、彼方から迫りくる白亜の凶鳥へと向けられる。轟音を引きずり突入する敵編隊とは対照的に、斜面上の砲兵陣地には一瞬の静寂が広がり――


『第1大隊、攻撃開始!』

撃てОгонь!


 大隊司令部の号令を掻き消すように、ストラドフ大尉の裂帛れっぱくの号令が第11中隊へ伝達された。

 刹那、腹に響く轟音と共に、天へと掲げられた6つの砲口が黒煙に縁どられた紅蓮を吐き出す。長大な砲身が後退して駐退機を押し込み、なおも残る衝撃は八つの脚部に装備された衝撃緩衝装置ショックアブソーバーが雪煙を上げつつ飲み干す。天龍の咆哮を思わせる衝撃波は凍てついた大気ごと雪面を打ちのめし、宙に舞った氷雪が朝日の中にダイヤモンドの幻想を浮かばせた。


 ◆


 目の前で爆発炎とは異なる火焔が膨れ上がった瞬間、ロック・リーダーは自分たちに何が向けられたのかを正確に察知した。

 理屈は解るが、本当にやってくるとは。連中も連中で、中々ケツに火が付いているらしい。

 ともかく、ボンヤリ飛び続けられる事態ではないことは確かだ。操縦桿を押し、地面効果で浮き上がりそうになる機体を制御しつつ、エンジン排気が雪煙を派手に噴きあげるほどにまで高度を下げていく。


「低く飛べ!頭を上げんじゃねぇぞ!」


 今の状況では、チャフやフレアをバラまいてもあまり効果は期待できず、もはや度胸と悪運の方が重要になってくる。こんなことならば、無誘導爆弾では無く、足の長い対地ミサイルを積んでくるべきだったかと、今更な後悔がロック1の頭を過っていった。

 隊長機の無謀に限りなく近い危険な降下に、ロック隊の巨鳥たちは躊躇いなく従い同様に高度を落とす。巨大な箒が山肌を引っ掻き回すかのように、十数機のヴァーディクターが雪煙と大量の水蒸気の雲を後方に引きずり始めた。

 直後、敵陣地から打ち上げられた砲弾が次々にロック隊の頭上を掠め飛んでいく。近接信管を作動させた砲弾が次々と前方や後方で炸裂し破片をまき散らすが、10発を数えた時点で、脱落する機は皆無だった。

 ノヴォロミネ山岳砲兵の危惧を証明するかのように、152㎜榴弾は虚空を叩き、雪面を騒がせる程度の戦果しか挙げられていない。


 ――やはりハッタリか?


 ――当てれるもんなら当ててみやがれ


 ――コケ脅しだ


 等と、ロック隊の誰もが楽観しかけた時だった――蜘蛛の執念が、遂に毒牙となって凶鳥へと突き立てられた。


『うぁっ!?』

『ロック3がやられた!?』


 最初に、敵陣地から放たれた18発目の砲弾がロック3の左前方で弾けた。超音速で飛翔していた凶鳥は避ける間もなく、無数の破片がまき散らされた黒煙の雲に真面に突っ込んでしまう。

 鋭い弾殻が容赦なく白亜の機体を打ち据え、凹ませ、穴を穿ち、切り裂いた。

 左翼側の補助翼エルロンがもぎ取られ、レドームとキャノピーにヒビが入り、ショックコーンが砕ける。中でも致命的だったのがエアインテーク近くのショックコーンへの被弾であり、二次的に飛び散った破片がエンジンへと飛び込んで回復不能の傷を負わせた。

 左側のノズルから黒煙を噴き出し始めたロック3は、たまらず攻撃針路から外れて急上昇を始める。

 直後、急角度の旋回によって敵陣地に大きく腹を晒したロック3のヴァーディクターは、砲弾に掛けられた簡易誘導術式の魔力波に捉えられてしまった。本来ならば信管の不良により、炸裂せずに左翼側を通り過ぎるはずだった22発目の砲弾が、僅かに針路を変えヴァーディクターの腹へと命中する。

 白亜の巨躯は爆散する間もなく、瞬く間に無数の塵へと変わった。四方へと弾け飛んだジュラルミンの破片が、朝日を反射しながら僚機の巻き上げた白い爆煙に飲み込まれていく。

 ロック3の散華に目を見開く間もなく、34発目がロック5の右翼直上で炸裂した。


『ぅづぉッ!?』


 152㎜榴弾の至近爆発は、巨大なショットガンを接射したかのような破壊をヴァーディクターの主翼にもたらした。

 超音速航行に耐える頑丈な翼が、コンクリートに叩き付けられたガラスのようにあっさりと砕け散り、その衝撃で翼を失った機体へ右へと倒れ込む。

 ロック5を操るウィザードが悪態をつく間もなく、右側面を火炎に包まれた機体は立て直す間もなく地面へ滑り込んだ。

 右ロールの結果、天地逆転し浅い角度で接地したヴァーディクターは、コクピットを粉砕されると同時に、潰れた機首を起点として倒立。長い機体が3つに分解しつつ慣性に従って縦回転し雪面に叩き付けられた直後、搭載した航空爆弾が一度に誘爆した。

 大気が紅蓮をすらも飲み込んだ黒煙に打ち据えられ、雪どころか地面までも抉り取られたクレーターの上に、おどろおどろしいキノコ雲が湧き上がった。


《いいぞ!よくやった!》

『誰か落ちたぞ!?』

《2機目を撃墜!》

『次は誰だ!?』

『ロック5だ!ロック5が落ちた!』


 ノヴォロミネの山岳騎兵砲は自らを狙う敵機に対し、奇策とも言える抵抗で一矢を報いることに成功した。

 しかしそれは、ヴァーディクター《ロック鳥》達の恨みを買い叩く、最手であったことを即座に教育されることとなる。超音速航行中のヴァーディクターにとって、パウーク山岳騎兵砲が次弾を発砲するまでの数秒は、獲物の懐に潜り込んで喉笛に爪を突き立てるには十分すぎる時間だった。


「全機に告ぐ、全兵装使用自由オールウェポンズ・フリー――殺してこい」


 ロック1が憎悪と歓喜の入り混じった命令を発した直後、投下ボタンが押し込まれる。


 ◆



「退避だ!」


 ストラドフが中隊の無線機に指示を飛ばした時には、もう何もかもが手遅れだった。

 指揮観測車から身を乗り出し彼の目の前で、白亜の機体が抱えていた500ポンド無誘導爆弾の群れが、最も敵に近かった第1小隊へと襲い掛かった。

 高速で投下された爆弾は、殆ど横殴りのつぶてのような機動を描き着弾。信管を作動させ、その身に秘めた劫火を解き放ち白銀の世界を様々な朱に染めていく。

 至近弾を受けた1小隊の山岳騎兵砲が、火炎の巨人に蹴り飛ばされたかのように横転。長大な砲身が自重によって拉げ、撃発直前だった装薬が暴発し、一瞬遅れて砲尾の予備弾庫が誘爆を引き起こす。

 小隊指揮車として使用されていたMLACは運悪く直撃を喰らってしまい、閃光を放ったかと思えば紅蓮に飲み込まれて火葬場と化す。

 標的となった弾薬運搬車両から退避した兵員が、誘爆によって生じた衝撃波に吹き飛ばされ、幾つかのパーツに分割されながら30mほど下方の斜面へと叩き付けられた。

 そして敵機の先鋒が、ストラドフの中隊司令部へと差し掛かる。

 西の暗い空と雪煙に浮かび上がる、冬季迷彩を施された白亜の巨躯。翼端が下方に折れ曲がった主翼と開け放たれた爆弾倉に抱えるられる爆弾と対地ミサイルの束。その向こうには、雪煙に覆われていく部下たちだったモノの残骸。

 凝固した時間の中で再び敵機へと視線を向ければ、凶鳥の腹の下で寄り添うように1発の爆弾が宙を舞い、重力に引かれ始めていた。


「――――――――ッ!」


 悲鳴と怒声と怨嗟が混ざり合った言語化不可能な絶叫を上げるストラドフの両眼が、ヒビの入ったコクピットに収まるヴァルチャーの姿を捉えた瞬間。ロック1の投下した航空爆弾が、彼の乗る観測指揮車の横腹へと突き刺さった。

 500ポンドの火の玉が爆ぜ、車体を包み込む。

 一千度を優に超える火焔のサイクロンが指揮車内を蹂躙しつくし、生きとし生ける者全てを炭化した有機物の欠片へと変換。赤熱し捻じ曲がった鋼板の破片と共に、テヒーリヤの凍てついた斜面へとまき散らした。


 ◆


 凶鳥たちは脱落者を出しながらも、斜面の上部に展開していた山岳砲兵を重点的に爆撃しながら東へと駆け抜けていく。斜面の下部に展開していた山岳騎兵砲は、先ほどの再現をしようと横過していくヴァーディクターへ次弾を放つが、もはや威嚇以上の意味を持っていない。

 つい先ほどまで辛うじて生き残っていた火器管制レーダーも、取りこぼした獲物を見つけたワイルド・ウィーズルのミサイルを受けて炎上しており、頭脳たる観測指揮車も勇敢な将校たちの墓標と化している。

 とはいえ、ヴァーディクターの報復を受けて瞬時に爆散した山岳砲兵達は未だ幸運だった。

 爆撃を生き延びた戦友たちが、リスタ河への支援砲撃の継続という形で、自分たちの仇を取ってくれると信じられたのだから。





「こちらヘクトール隊、の配達を始めてもいいか?」


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