Mission-09 イタチ共の朝駆け

 東の空が微かに明るくなり始めたテヒーリヤ連山の一角。分厚い雪化粧が施された東西に延びる尾根に、場違いな鋼鉄の蜘蛛が群れを成していた。

 付近で最も高い岩場に陣取る蜘蛛は、巨大なレドームに包まれた対空レーダーで空を睨んでいる。また別の場所では、対空ミサイルが収められた箱型のランチャーへ若干の仰角をかけた蜘蛛が、やや小型のレーダーを背負う蜘蛛と身を寄せ合うようにうずくまっていた。

 ノヴォロミネ陸軍が”W2”と名付けた尾根の一帯では、中隊規模の多脚装甲騎兵MLACが、胴体から伸びた8本の角ばった脚部を雪と氷の層に突き刺して布陣していた。

 鋼鉄の蜘蛛たちは、尾根を吹き抜ける雪交じりの強風の中で身じろぎもすることなく、電子と魔力の網を夜空に張り巡らせ、招かれざる客への警戒を続けている。

 また、それぞれの持ち場で警戒を続ける多種多様な多脚装甲騎兵MLACからは無数の太いケーブルが伸びている。雪面に半ば以上埋もれ、のたうつケーブルは、合流を繰り返しながら連邦側の斜面へ身を隠す一際大柄なMLACエムラックへと繋がっていた。

 構造としては、システムの運搬手段がMLAC化されているだけで、広く利用されている対空ミサイルシステムと大きな差は無い。

 大柄なMLACは第22防空中隊司令部が陣取る中枢管制コンテナを搭載しており、捜索レーダーや火器管制レーダー、ミサイル発射基、長距離通信機を一手に管制することで一連の地対空ミサイルシステムの頭脳を担っていた。

 中枢管制コンテナの中はその大きさに反して手狭と言う他無く、十人近い操作要員が肩を寄せ合うようにして監視・警戒任務に従事していた。

 とはいえ、この戦場は標高2000mを超える冬場の高山地帯である。彼らにとってみれば、むさくるしく動きづらいことよりも、寒さに震えなくて済むと言うほうが重要だった。

 しかし、程よい熱は副交感神経の働きを強め、集中力を奪う要因にもなる。また、開戦から半年経過し環境に慣れ始めた下士官兵の中には、「本日も異常なし」という己の願望を、現実と履き違える者が出始めていた。現に、交代の時間が近づく夜明け直前の車内には、何処か弛緩しかんした空気が横たわっている。

 だからだろうか。周辺の空域を探るモニターと、システムの操作パネルの光のみが瞬く大柄なMLAC指揮車両内で異変に気付いた最初の人間は、つい1週間前に交代要員として派遣された、アントロフという名の通信士だった。

 中隊指揮官であるザノフ大尉から紅茶のリクエストを受け席から立ち上がった彼は、薄い鋼板の向こうから響く遠雷の様な音を微かに聞き取り、はたと動きを止める。慣れない環境と寝不足による幻聴かとも思ったが、そのはだんだん大きくなっているようだ。

 壁際に並ぶモニターとコンソールに噛り付いた下士官兵の背後で、疲労から来る欠伸あくびを噛み殺していた中隊長ザノフは、突然動きを止めた新米に怪訝な顔を向けた。


「どうした?足でもったか?」

「はい。いいえ、中隊長殿。何か聞こえませんか?その、地響きのような……」

「んん?――まあ、確かに。だが」


 同じように音を聞き取ったザノフは、直ぐ傍に表示されているレーダースコープへ顎をしゃくった。周囲数十㎞を見渡す電子と魔術の目には、見慣れたノイズの他に異変らしい異変は起こっていない。


「レーダーに反応はない。恐らく雪崩だろう。部隊が展開している斜面には保護魔術が掛けられているが、それ以外は自然のままだからな。昨日は良く降ったから、その分が崩れただけだ」


 「よくある事さ」と、愛嬌がありながらも堀の深い顔に微笑を浮かべて肩をすくめる。

 彼らが守りについているSAM陣地や、さらに東側に展開している第1山岳砲兵師団の陣地には、斜面の崩壊を抑え込む氷雪系の魔術が使用されていた。

 部隊の外周に配備されたMLACを起点とし、中央の司令部を要石とすることで効果範囲を設定し魔術基盤サーキットを構築、全体を巨大な魔方陣として機能させ、大規模な魔術を行使している。

 この魔術のお陰で、砲兵隊は自らの行動や敵の反撃によって、雪崩に巻き込まれるリスクを極限できた。ノヴォロミネ連邦が雪国であるからこそ、古くから軍関係者の間で愛用されてきた魔術だった。

 ただ、耳に届く轟音が徐々に大きく、また微かに金属質の高音が混じり始めたせいか。アントロフにとっては、中隊長の言葉が酷く楽観的に聞こえた。

 だが、ザノフが新米にも親切に接する人の良い上官であることも手伝い、彼の言葉を強く否定できず、あいまいな言葉が歯の間をすり抜ける。


「しかし――」

「なに、気にするな」


 そうこうしている内に中隊長は、新米の危惧を鷹揚に手を振って跳ねのけてしまった。

 ザノフは、ノヴォロミネ連邦の陸軍士官としては珍しいほどに温厚な男だった。血の気の多い士官ならば叱り飛ばし、殴りつける状況に面しても、常に相手の立場をおもんばかることが出来る余裕を既に身に着けていたと言える。


「初陣で何もかもが恐ろしくなる気分は、俺も良く知っている。例えば――」


 しかし、平時であれば美点として彼の評判に付け加えられる性質は、この戦時瞬間に限って最悪の欠点という形で表出してしまったのだった。

 怯える部下に昔話をしてやろうと口を開いた瞬間、狭苦しい指揮車内に生存本能を揺さぶる警報音が響き渡った。警報音のパターンは考えられうる中で最悪のモノ――ミサイルの接近を示している。

 何処かのんびりと事の推移を見守っていたレーダー手は素早く画面に目を走らせ、ノイズの中を突き進む高速の輝点を掬い上げた。


「方位2-7-9、ミサイル接近! 数2! 続いて方位2-8-2より2発接近! 目標は――恐らく捜索レーダー!」

「同方位に敵機3を確認! 急上しょ――違う! 敵機チャフを散布! レーダー効力低下、チャフ・コリドー拡大します!」

「捜索レーダーに魔術妨害MCMを受けました! 対魔術妨害対抗手段MCCM開始します!」


 円形のPPIスコープには、レーダー波を乱反射し真っ白な探知不可能領域を作り上げるチャフの雲が広がりつつあった。使用されたチャフには良質な風系統の魔術が利用されているのか、その展開速度は目を見張るほど早い。恐らく、効果滞空時間も相応に長いだろう。

 奇襲を受けたザノフの中隊を取り巻く環境は、急斜面を滑落するかのように悪化していく。しかし、先手を打たれても頭を即座に切り替え対応に移るザノフは、少なくとも無能な指揮官ではなかった。


「ミサイルは間に合わん。C-RAM起動! 迎撃開始コントロール・オープン! ――アントロフ! 司令部へ通信だ、”敵機来襲、我攻撃ヲ受ク”とな!」


 中隊長の決断が下ると同時に、指揮車両の傍らにうずくまっていた、背の高いMLACが起動する。機体へと固定されていたピンが外れ、薄く雪が積もった防水カバーが、仕掛けられていた魔術によってめくりあげられるように吹き飛ぶ。そうして、来るべき出番を待っていた槍衾やりぶすまが、寒空の下に姿を現した。

 簡素ではあるがしっかりとした砲座には、20㎜多銃身機関砲M61Aバルカンがドラム缶のような弾倉を抱えて鎮座し、直上には捜索と火器管制を一手に担う円筒形のレーダーがそびえ立っている。低いモーターの唸り声と共に、薬室に初弾が装填された。

 陸上設置型ファランクス武器システムLand-based Phalanx Weapon System――その名の通り、元々は艦船の近接防空を想定して開発されたバルカン・ファランクスを地上における対空迎撃に用いる装備だった。ノヴォロミネは、LPWSを対空陣地の近接防空用に、MLAC化してテヒーリヤに持ち込んでいたのだった。

 捜索レーダーを作動させ、味方に迫る”敵”を察知したファランクスは、それまでの沈黙が嘘のように機敏に旋回し、束ねられた6つの穂先を夜空に向ける。

 刹那、本来ならば海上で役目を果たす20㎜多銃身機関ガトリング砲が、西の空から捜索レーダー目掛けて飛翔するミサイルに轟然と火箭かせんを吐き出し始めた。回転する砲身から毎秒60発の20㎜多目的曳光弾が閃光と共に迸り、光の奔流となって迫りくるミサイルを包み込む。

 まず1発が、吹き延ばされた火箭に絡めとられたかと思うと瞬時に火球となって爆ぜ、夜空を焦がした。続いて2発目が1発目の後を追うように光に代わる。

 撃墜に喜ぶ間もなく、やや間をおいて突入する3発目に向けて砲塔が旋回し、濃紺の夜空を鮮やかな曳光弾の濁流が一閃。誘導部に直撃を受けた3発目のミサイルは、バランスを崩し斜面へと叩き付けられ、雪に覆われた斜面を爆砕し明るく照らした。

 瞬く間に3発のミサイルは20㎜機関砲弾の槍衾の前に膝を屈する事になったが、それらが稼いだ僅かな隙を突いて、4発目のミサイルが陣地へと突入する。ロケットモーターは既に燃え尽きてはいたものの、最高速度に到達した槍の針路上には無防備な捜索レーダーがその姿を晒していた。

 C-RAMは3発目を落とした時のように、再び曳光弾の大鉈を振るう。


「あと1発!」


 誰かの悲鳴交じりの叫びが指揮車内に響いた直後、命中までコンマ数秒といった段階で、4発目のミサイルが弾頭に曳光弾の直撃弾を受けた。

 瞬時に炸裂した弾体が散弾のように前方へと赤熱した破片をまき散らす。


「迎撃成功!」

「捜索レーダー、ホワイトアウト!」

「レーダー車両より通信!捜索レーダーに損害無し!復旧まで5秒!」


 幸いなことに、炸裂地点は標的となった捜索レーダーに危害を与えるには僅かに遠い。放出された破片も、レドームに達する前に威力を失ってしまったのだろう。4発のミサイルは、派手な目晦まし程度の成果しか挙げることができなかった。

 思わず安堵の溜息を吐きそうになったザノフだったが、即座に自分の仕事へ意識を振りむける。

 こちらにミサイルを放った敵機は未だ全てが健在だ、全弾撃墜に浮かれる暇など存在しない。最低限の報告は既に司令部へ送った、後は我々の責務を果たすだけだ。まずは、我々を奇襲した下手人イタチ共を叩き落とす。


「西から来るぞ!対空ミサイル打ち方は」


 しかし、彼が自らの務めを完遂する事は、永久に叶わなかった。


 対レーダーミサイルの発射と同時に、低空から急上昇しつつチャフを散布する事によって形成された電子・魔術的な目隠しスクリーン。谷間から上空へと壁を作るように形成されたチャフ回廊コリドーには、地表面近くに意図的な隙間が設けられていた。

 ミサイルの急襲と迎撃により、一時的に第22防空中隊の注意が上空に向けられた結果、手薄となった低空をまんまと潜り抜けた一つの影が、テヒーリヤの急斜面を舐める様に駆け上がる。

 C-RAMが放った閃光を目印として、針路を修正した機体のガンカメラとHUDに、物騒な槍衾を盾にする指揮車両最重要目標の姿が写り込んだ。ラダーを踏んで針路を微修正し、LPWSと指揮車両を攻撃軸線上に乗せた事を確認。間髪入れずにトリガーを引き絞る。


「おはよう! そして、おやすみ! 山蜘蛛諸君!」


 途端に、機首下部に2門装備されたマウザーBK27が、眩い閃光と強烈な振動を引き連れ、歓喜の咆哮を上げた。

 口径27㎜のリヴォルヴァーカノンから吐き出された砲弾は僅かな距離を飛翔すると、まず雪面を抉り弾片混じりの閃光を放つ。目に見えない怪物が走るように、斜面上で小爆発が連続し、押っ取り刀で旋回を始めていたC-RAMの横面を火花の足跡が駆け上がった。

 金属が捻じ切れる絶叫と共に20㎜機関砲の連射を支える脚部が吹き飛び、頑丈な砲座に大穴が開く。次の瞬間には6本束ねられた砲身が鉈で切り飛ばされたように宙を舞い、門柱の様なレドームが瞬く間にスクラップへと変換された。

 最後の砦をいともたやすく食い散らかしたリヴォルヴァーカノンの吐息は、その背後の無防備な指揮車両すらも一息に飲み込んだ。

 榴弾に対する弾片スプリンター防御すら持たないプレハブ同然の管制コンテナに、音速の3倍以上の速度で突入する27㎜砲弾を防ぐ術など存在しない。

 危機に対応しようとしていたザノフを始めとする第22防空中隊司令部は、自分たちに何が起こったのかを理解する前に、車体を易々と貫通した炸裂焼夷徹甲弾によって文字通り切り刻まれる。焼けただれた血肉が飛散したモニターやコンソールも、鋼の暴風によって等しく細断され、その機能を原型ごと永久に失っていく。

 2秒にも満たない時間で穴だらけになった指揮車両は、自らが破壊されたことをようやく理解したかのように火焔の血を噴き出し、一瞬遅れて大きな爆発を起こした。

 周囲一帯へ差し掛けられていた傘の根元を圧し折った影は、膨れ上がった黒煙を切り裂きながら、残骸の至近を戦果確認しつつフライパス。続いて曲芸じみた超低空飛行を続けた事により、抑圧されていた空への渇望を解き放つかのように急上昇に移る。 

 眼下で燃え盛る獲物と、之からほふろうとする獲物たちへ、自らの姿を誇示こじするかのようにアフターバーナーの閃光を残して上空へと駆け上がり、西の空へ沈もうとしている月の光へその身を晒した。

 太く短い機首にはタンデム複座機特有の長いキャノピーが続き、角ばった胴体からはテーパーを持つ可変後退翼が左右に伸びている。双発のRB199ターボファンエンジンの咆哮は、一切合切を根こそぎ吹き飛ばす暴風を想起させた。盛り込まれた要素に比して明らかに小柄な機体で一際異彩を放つのは、メジロザメの背びれのように巨大な垂直尾翼。巨大なキャンバスには、部隊章であろう”銀の靴を履いた少女”のエンブレムが描きこまれている。

 パナヴィア トーネードIDS――マルチロールファイターとして開発されたトーネードの中で、対地攻撃に主眼を置いた阻止攻撃Interdictor-Strikeタイプであり、【エントランス】においては、今まさに攻撃を成功させたドロシー隊等が装備する機材だった。


「ドロシー3よりドロシー・リーダー、敵指揮車両らしきターゲットを破壊」

『こちらでも確認した。生きのいい奴は居るか?』

「現在確認中、ッと! 来やがった!」


 コクピットに鳴り響いた火器管制レーダー照射警報に従い、ドロシー3は回避機動を開始。急角度で上昇をしていた機体を180度ロール、テヒーリヤ連山を頭上に見ながら操縦桿を手前に引く、スロットルを開いてパワーダイブ。

 どう考えても危険な状態ではあるが、ドロシー隊彼等にとっては日常の一幕だった。狙われたドロシー3は何とか時間を稼ぎながら、チャフ回廊を迂回して戦場に乗り入れた僚機に好機アタリを告げる。


「釣れたぞ! ドロシー2、4!」

『先に捕まるなよ! ドロシー2、マグナム!』

『よぉーし。ドロシー4、マグナム! ――かかったなアホが!』


 眼下の斜面めがけて駆け降りていく愛機ドロシー3の傍を、僚機から放たれた複数の対レーダーミサイルALARMが敵誘導波の発信源めがけて駆け抜けていった。

 基本的に地上配備型の地対空ミサイルは、誘導性能が高く欺瞞ぎまんに強いセミアクティブレーダーホーミングのミサイルを用いる。この誘導方式は発射母機が目標へ向けてレーダー照射をし続けなければならない欠点を持つが、そもそも敵ミサイルを回避する機動力を持たない地対空ミサイルにとっては、無視できる条件だ。

 このある種の開き直りを逆用するのが、ALARMやAGM-88 HARMに代表される対レーダーミサイル群だった。

 これらのミサイルの誘導装置シーカーは、レーダー波の発信源へと本体を誘導して突入させる能力を持っており、敵防空網制圧SEAD任務においては自らを狙う敵のSAMに対し、強烈なカウンターを叩きこんで破壊する役割を担っている。

 もしも指揮車両が生きていたのならば、囮としてミサイルの発射を誘発させたドロシー3への攻撃を中止し、レーダー波の照射を止めることで、対レーダーミサイルをやり過ごす事が出来たかもしれない。

 しかし、早々に頭を潰された蜘蛛の群れは、既に烏合の衆へと転落してしまっていた。

 地対空ミサイルがドロシー3のトーネードを捉える前に、対レーダーミサイルが次々と火器管制レーダー車両へと突き刺さっていく。

 頭を吹き飛ばされたMLACが崩れ落ち、運悪く車体に直撃を受けたMLACは操作要員ごと火焔に包まれ松明と化す。慌てて移動しようとした瞬間に、横殴りにミサイルの直撃を受けバランスを崩し、脚やレーダーをもぎ取られながら急斜面を滑落していくMLACの姿もあった。

 鮮やかな奇襲を受け、瞬く間に頭脳と目の片方を失ったSAM陣地の残党は、もはや恐慌状態に陥っている。

 敵前逃亡を適当な自己弁護で糊塗し終えた者達が、もぞもぞと足を動かして避退に入ろうとするが、平地でも時速20㎞が精々のMLACが、音速を軽々と超える竜巻から逃れられる道理など存在しない。

 場を支配した4機のトーネードは斜面を這いずる的へとなり下がった蜘蛛へ、入れ代わり立ち代わり反復攻撃を仕掛け、物言わぬ鉄くず追加報酬を量産していく。

 トーネードがその本領を発揮して敵陣地を引き裂いたこの空域に限らず、暗い山の彼方此方では閃光と爆炎が上がり始めている。

 真っ先に敵防空陣地へと殴りこんだドロシー隊を始めとする敵防空網制圧機ワイルド・ウィーゼル達が、事前の計画通りに、首尾よく山岳要塞に風穴を開けることに成功しつつある証左だった。


《W2陣地が空襲を受けた! 状況不明!》

《誤報じゃないのか?》

《馬鹿野郎! この音が聞こえねぇのか!? 敵襲だ!》

《W3、W4も通信途絶!》


 吹き飛ばされた雪で身を隠そうとしていたMLACが、ドロシー2が投下した500ポンド無誘導爆弾の至近弾を受ける。巨大な車体が横腹で膨れ上がった爆炎に蹴り上げられるように横転すると、搭載していた弾薬が誘爆したのか周囲を明るく照らすキノコ雲と共に派手に爆発して粉々に吹き飛んだ。火のついた脚部がネズミ花火のように回転しつつ弧を描き、墓標の如く深々と斜面へと突き刺さる。

 そのすぐ隣では、ドロシー4がバラまいた27㎜砲弾の掃射によってハチの巣にされた長距離通信用MLACが、火花を散らしながら崩れ落ちている。青白く瞬く光によって、携行式対空ミサイル発射機だったらしい捻じ曲がった破片が、赤い飛沫の中に転がっている姿が確認できた。


《W1、応答ありません!》

《短SAM部隊は直ちに展開! 山岳砲兵は東へ避退しろ!》

『こちらはオールバンド2。ノヴォロミネ原産の間抜け蜘蛛の様子を生中継でお送りしております。受信料は連中の命でお支払いくださーい』


 敵の無線を傍受し、たれ流しているオールバンド隊の電子戦機EF-111Aから、間の抜けた実況放送が入る。ドロシー隊がSAM陣地を奇襲する直前、魔術妨害をかけて敵の反応を一瞬鈍らせたのは彼らの仕業だった。


『グレイブ・キーパーよりオールバンド2、IFFを書き換えられたくなければ馬鹿なアナウンスはしばらく止めろ――さて、カーバンクル隊とスキュラ隊は引き続き迎撃機を叩き落とせ。ワイルド・ウィーゼルは適当なところで攻撃を切り上げシルヴァン・エリアに集結、邪魔なバリケードを蹴り破ってこい』

『ドロシー・リーダーより全機、聞こえたな?シルヴァン・エリアに敵の短SAM部隊が展開中だ。残った対レーダーミサイルALARMは全部叩き込んでやれ。そこまで終えたら、後は後続が来るまでボーナスタイムだ、稼ぎ時だぞ』

『ドロシー2、了解した』

『ドロシー4、了解!』


 隊長機に続き、ドロシー隊の戦友たちが攻撃を切り上げて次なる獲物へと機首を向ける。もはやこのSAM陣地に後続を押し留められる能力は残っていないだろう。兵員輸送用MLACやごく小規模な弾薬集積所等、まだ叩ける獲物は存在するが、味方に遅れるわけにはいかない。どうせこの分では、撤退する前にするだろう。

 この場を真っ先にかき乱したドロシー3も翼を翻して旋回し、東進する僚機達を追って惨劇の部隊を後にした。



 音速の竜巻が過ぎ去ってから幾らかの時を置いて、白き巨鳥とツチブタの群れがMLACの骸を見下ろしながら白み始める空を駆け抜けていく。彼らの向かう先には、狂騒に叩き落とされ黒煙に燻されている、シルヴァン・エリアの地獄が口を開けていた。

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