Mission-07 河畔の鉄牛


 ふと気が付けば、腹を揺らすように絶え間なく続いていた地響きがピタリと止まっている。示し合わせたわけでもないのに、この場にいる誰もが、雑多な駒や書き込みに占領された目の前の地図から視線を空へと向けていた。

 針葉樹の梢の向こうには、赤紫に染まりつつある空と、西に沈む陽光を浴びて赤橙に染め上げられた雲の切れ端が浮かんでいる。もはや環境音の一種となっているジェットエンジンの遠雷さえなければ、コーヒー片手にキャンプファイヤーを囲んで見上げる休日の空と何も変わらない。

 そう言えば最後にキャンプに行ったのは何時だったろうかと、愛車の隣に置いた簡易テーブルの傍に立つ若い男――エレン・メスナー大尉は、酷く遠い所に行ってしまったような過去へ想いを馳せてしまう。戦争がはじまり、予備士官として真っ先に召集されてからまだ半年だというのに、もう10年も戦ったのではないかと錯覚してしまう。

 そんな彼の現実逃避気味の思考を容赦なく断ち切ったのは、隣で同じように空を見上げた、その風貌には似合わず休日に関してはインドア派の下士官だった。


「どうやら奴さん、今日は打ち止めらしいですな」


 声の方を見れば、丸太の様にがっしりとした腕を腰に当てたアーヴィンド・リプセット曹長の姿。戦場の空気に燻され続けてきた中年下士官の顔には、新米士官を揶揄う時の様な、不敵な微笑が浮かんでいた。

 自分が生まれる前から陸軍の飯を食ってきた男。前回の連邦との戦役では、指揮車両を失い壊乱しつつある小隊を纏め、撤退を成功させた猛者だ。また今次戦役の初期においては、乗車さえ失ったモノの生存者を指揮して数十㎞を走破し、退却する味方の装甲車と合流し生還していた。

 戦場での直観において中隊はおろか、この大隊の中でも右に出るモノは無い。

 軍の飯を15年以上食った下士官の言葉は全て真実であると言う不文律を、自分は初戦において嫌というほど学んだ。特に実戦を経験し生き延びた者であれば、なおさらであると言う注釈も。


「らしいな。めでたく、我々も生き残ったと言う事だ」


「明日の今頃も、そう言っていられると良いんですがね」と肩を竦めるリプセット曹長に、愛車の横に据えたテーブルに集う小隊長達に釣られて、苦笑を浮かべてしまう。どうにも斜に構えた様な物言いをするのは、傷だらけのフクス装甲兵員輸送車に転がり込んできたあの日から、全く変わっていない。


「だと良いのだがな。ラッキーショットで名誉の戦死は、どうにも格好がつかない」

「流石に連邦もそろそろ弾切れだと思いますぜ、中隊長殿。その証拠にさっきの砲撃でも北岸の敵さんは、渡河しようとすらしなかった。攻撃支援射撃にもなってませんや。連携にもボロが出ているのでは?」


 好戦的な笑みを浮かべるのは、第1小隊長であるクインシー・パレンバーグ中尉。この中の士官では唯一、臨時招集の予備士官では無く生粋の職業軍人だ。

 少尉に任官直後にこの戦役が始まり、幾らかの功績――と人手不足――により同期の中では最速で中尉の階級章をぶら下げるようになった。戦闘においては指揮官先頭を愚直なまでに堅守し、最初に発砲するのは常に彼の車両だった。


「いやぁ、それはどうですかね。連中の補給方法が非効率的とはいえ、妨害は上手くいってないんでしょう? 中途半端な攻撃ってのには同意しますけど」


 第3小隊長のサイラス・クィルター中尉が、細巻を燻らせながら首を傾げる。丸眼鏡をかけた優男で、最前線で泥にまみれるよりは、大学で白墨チョークの粉を肩に乗せているのが似合う男であった。事実、予備士官として招集される前は大学の研究室で教授とやり合うのが日課だったらしい。

 その風貌にたがわず、中隊の中では慎重派に属していた。


「弾切れで渡河が出来なかった。というより、後続が来るまで守りを固めるために、擾乱射撃いやがらせでお茶を濁しているのだと思います。何時もより後方を狙っていたようですし」

「そうかぁ?ならともかく、隠蔽術式でガチガチに固めた物資集積所やら指揮所やらには当てられんだろ」


 怪訝な顔をしながらパレンバーグは周囲を見渡す。

 メスナーが指揮する独立戦車第901大隊第3中隊は、リスタ川南岸に並ぶ丘の南側に広がる針葉樹林の中で息を潜めている。彼らと同様に林の中へ布陣した中隊は、大隊魔術工兵小隊が展開した隠蔽魔術の庇護下に置かれていた。

 さらに後方では、重砲が並ぶ陣地や補給物資集積所などが、彼等と同等以上の偽装を施して展開されていた。

 超低空・低速でフライパスでもしない限り、そう簡単には見つからない。王国側に付いた【エントランス】の制空戦闘機が目を光らせている今となっては、もはや不可能に近いだろう。


「”撃たれてる”ってだけで、精神への影響は馬鹿になりませんからね。誰も彼もが貴方のように図太いわけじゃないですし」

「ん?誉めてるのか?」


「もちろん」ニコリと人好きのする笑みを浮かべるクィルターに、何処か納得がいかなさそうな顔をするパレンバーグ。


「ただ敵が攻撃に対して消極的になりつつあるのは事実だと思います。連中は流石に血を流しすぎましたからね。攻勢限界に近付いているのは確かかと」


 クィルターの視線に続くように、それぞれの目がテーブル上の地図に注がれた。

 平原を東西に横断するリスタ川の南岸には味方を示す青駒、北岸には敵を示す赤駒が並んでいた。

 味方の配置は正確なモノだが、敵に関しては当然のように多くの憶測や不確定情報が混じっている。

 それらを勘案してみると、機甲戦力こそ優越しているが、歩兵戦力は贔屓目に見てもやや優勢に留まる。砲兵に関しては、敵陣地後方の砲兵隊に限れば大きな損害を与えているが、敵の特殊な砲兵を加味してしまうと、その評価は途端に劣勢に傾いてしまった。

 しかし彼らにしてみれば、今こうして河を挟んで攻防を繰り広げられていられるだけで御の字だった。なにせ、ここを抜かれれば、王都まで防御拠点らしい拠点は無いのだ。

 王立陸軍戦車第7師団と歩兵第2師団を始めとする陸軍部隊と王立空軍が、初戦においてマーティオラ平原北部の国境地帯で悪戦しつつ稼ぎ出した時間は、確かに王国の命運を繋ぎとめていた。

 結果的に空軍は壊滅。陸軍においても、リスタ川を越えて味方陣地に戻れたのは、敗残兵を満載した穴だらけの装甲兵員輸送車フクスが数両だけ。国境地帯での戦闘だけを見れば完敗と断じれるが、彼等はその勤めを果たし切ったのだった。

 数少ない機甲師団と空軍を磨り潰した王国軍は、この数か月間、リスタ川南側に点在する丘陵や森等の防御拠点となりうる地点を塹壕で繋ぎ、川を防壁として防御戦闘を続けてきた。

 大規模な氷結系魔術で川を凍らせ戦車を前面に出して迫る連邦軍に対し、野戦砲や対地ロケット、空爆によって火焔の城壁を作り上げ。また、空を超えようとする敵機に対しては【エントランス】を出立したハゲワシを差し向け、叩き落とした。

 これまでに大規模な攻勢が5回、小規模な攻勢は数えるのがバカらしいほど。

 十年以上の時を掛けて備蓄された砲弾を、この半年で全て消費しつくしてしまいかねないほどの激烈な防御砲火が、今度は敵の戦力を確かに磨り潰しているはずだった。

 そう、磨り潰してはいるはず。だが、それだけだ。

 職業軍人でなくても、いざ戦争となれば中尉として軍に召集される予備士官コースへ、奨学金の免除を目当てに手を出したメスナーではあったが、人並の愛国心に値する感情は有った。

 そして、本来は歓迎すべき敵攻勢の弱化が何を招くのか、想像できる頭も。


「失礼します!中隊長殿、大隊司令部より入電です!」

「うん、ご苦労さん」


 しゃちほこ張った敬礼と共に、若干上ずった声を上げて中隊司令部へ乗り込んで来た新米少尉伝書バト。自分に向けられる、まるででも見るかのような視線から逃げつつ、鷹揚に手を振って電文綴りを受け取った。

 紙面に踊る内容は、自分の直観を裏付ける代物だった。


「反撃、に移るのですか?」


 自分の表情の変化とその原因となった司令に一早く気づき、確認の問いを発したのは第2小隊長を務める中尉、デューイ・ホークスビー。

 3人の小隊長の中でもクィルターより遅く招集された青年だ。つまりは、中隊の中で最も新参者の、新品に近い予備士官ということになる。戦争どころか女も知らなさそうなその声には、どこか非難や困惑めいたものが含まれていた。


「シーウェル閣下は、そうお考えらしい。」

「しかし、まだ敵の山岳砲兵は手つかずのままです。無理押しをすれば、我々も――」


 その先を言おうとして、新参者は思わず口をつぐむ。口にしてしまえば最期、それが実現してしまうとでも言うように。

 周囲を見渡したメスナーは、好戦的なパレンバーグ以外が微妙な表情を浮かべている事を確認した。恐らく自分も、この中では多数派の部類に入る顔をしているだろう。ホークスビーが切り上げた言葉を、半ばボヤくようにして口に出した。


「――タダでは済まんだろうな」

多脚装甲騎兵 Multi-legged Armored Cavalry が連邦のパレードに出た時は、まさかここまで厄介な代物になるとは思いませんでしたね」


 何処か遠い目をしたクィルターが「もう大騒ぎしていた教授の事を笑えません」と肩を竦める。

 多脚装甲騎兵、頭文字をとってMACマックM-LACエムラックと呼ばれる新兵器が連邦陸軍に現れたのはつい最近の事だ。

 1つか2つの体節を持つ大型トラック程度の胴体に、かつては甲冑型のゴーレムにも用いられていた魔術筋繊維マジック・マッスルを動力とする6から8本の脚部を持つ。全体的には巨大な蜘蛛クモサソリと表現できる姿をしていた。

 特に連邦が大々的に導入した2S2パウーク多脚山岳騎兵砲 Multi-legged Mountain Cavalry Gunは、蜘蛛の腹部に当たる部分に自動装填装置付の48口径152㎜砲を持ち、自走砲ならぬ歩行砲とでも言うべき代物だった。

 弾片スプリンター防御が可能な程度の装甲程度は備えているが、最大速度は整地でも20㎞/hにも満たず、射程は同世代の自走砲よりも劣る。そのため、登場直後は王国側の軍関係者から「連中は宇宙戦争に備えているようだ」と冷笑を受けていた。

 しかし、実戦に投入された蜘蛛たちは、王国側から見て渡河点の北西に並ぶテヒーリヤ連山と呼ばれる山地へと、8本の健脚を持って容易く展開してみせたのだ。

 マーティオラ平原を見下ろすハイラテラ山脈の末席は、標高2000m級の急峻な山々から作られており、従来の自走砲はおろか歩兵ですら容易に布陣が出来ない過酷な地形になっている。

 だが、斜度70度を超える絶壁すらも登攀し、8本の足を持って射撃姿勢をとることができるパウーク山岳砲にとっては絶好の巣に等しい。鋼鉄の蜘蛛は連山を文字通り、尾根の向こうに広がるリスタ河南岸陣地へと腹に備えた筒先を向け、悠々と長距離砲撃を加え始めた。

 王国砲兵も当然撃ち返そうとするが、アルプスの尾根を盾に、更にその奥の斜面から砲撃を加える山岳砲の姿を確認する事が出来ず、ただ撃たれるがままになってしまう。

 空からの直接攻撃や強行偵察も、対空レーダーと連動した対空ミサイルMAC群が尾根伝いに陣取って目を光らせており、費用対効果を著しく低下させた。そうしてテヒーリヤ連山は、接近する事すら困難な鉄壁の山岳要塞と化したのだった。


「渡河点には両方がバラまいた多数の砲弾の破片が、敵の接近を知らせる魔術的なビーコンの役割を果たしています。おかげで、今まで味方は身を隠したまま渡河をする敵の位置を把握し、狙い撃ちに出来ましたが――次は我々の番です」

「榴弾とはいえ152㎜砲弾の至近弾や曳火砲撃を何発も貰えば、主力戦車我々でもある程度の損害は免れない。その上で、後続する歩兵が真っ先に引きはがされ、最終的に孤立した先鋒は対戦車兵器の良い的になる。対岸の対戦車陣地を近接航空支援Close Air Supportで叩けても、戦車で陣地の占領は出来ないし、砲弾の雨の中で補給路の維持など出来ない」

「どのみち我々は、山に巣を張った蜘蛛共をどうにかしなければならない。ってことですな」


 メスナーが引き起こされうる頭の痛い事態を列挙し、パレンバーグが忌々し気にアルプスの当たりに適当に並べられた赤い駒を睨んだ。規模は凡そ2個旅団。確定情報ではないが、これまでの攻撃から凡その値が導き出されていた。


「自分達の仕事だけに限定したとしても、せめて渡河する間だけでも、連中を引っ搔き回して機能不全にしなければならない。これは一仕事ですぜ、大尉殿」

「その一仕事も、【エントランス】に任せるつもりらしい」

「またヴァルチャーですか」


 嫌悪感を滲ませたホークスビーが、忌々し気にチラリと空を見上げる。針葉樹の折の向こうには、紫紺へと移ろうとする空を旋回するトライアングルの姿があった。


「ヴァルチャーは信用できないかね、中尉」

「はい。いいえ、大尉殿。好きではないだけです。戦場に群がる死肉喰らいスカベンジャーですよ、連中は」


 青年士官、というよりも真っ当な若者としての感性の持ち主であるホークスビーにとって、ヴァルチャーはたとえ味方であっても無条件の嫌悪の対象だった。

 血が流れる場所には、必ず彼らの耳障りなジェットノイズが響いている。戦場が彼らを呼ぶのではなく、彼らが戦場を呼び起こしている様な気すらしていた。

 そんなホークスビーに対し、メスナーは肩を竦めるだけにとどめた。

 未だ娑婆っ気が抜けきっていない戦争童貞アマチュアを一人前の指揮官にするのは、百の言葉では無く一発の砲声であることを、己の経験から良く理解していたからだった。もっとも、その砲声が生涯最期に聞く音である場合も多分にしてあるのだが。こればかりは、彼の武運を祈る他ない。


「とにかく我々は敵山岳砲兵への攻撃成功を持って、【エントランス】の航空支援の下で渡河作戦に移る事になる。今まで向こうがやっていたように、河を氷と泥で固めた平原を突っ切るだけだが、危険な任務である事には変わりはない」

「あとは、コイツが何処まで信用できるかですね。確かに性能は高いみたいですが、実際に撃ち合ってみない事には何とも言えません」


 クィルターが簡易テーブルの横に鎮座する鉄塊を見上げると、つられて全員が深い緑を基調とした森林迷彩を施された、総重量50.2トンのいわおへ視線を向ける。

 八個の転輪と幅の広い履帯に支えられた車体は、後方に行くにつれて滑らかな傾斜が付けられている。正面には巨大な図体に似合わない、控えめな前照灯と方向指示器が一組ずつ。角ばった砲塔からは無骨な44口径120㎜戦車砲が突き出し、軽く仰角をかけて前方を睨んでいた。

 その姿は王立陸軍で長年愛用されているレオパルト2A4とよく似ているが、他人の空似にすぎない。文字通り、場違いな工芸品オーパーツと呼ぶべき代物だった。


Type-9090式と言えば、NATOはNATOでも、向こうの大陸の東端の企業が製造している戦車でしょうに。態々【エントランス】経由で、しかも1個大隊規模で空輸してくるとは。コイツを供与した連合王国は何を考えているのやら」

「おおかた王国ウチへの影響力強化だろう。向こうが合衆国アーカリアと手を組んでいる疑いが有る以上、連合王国リーレムはこちらに肩を入れる。王国もそれを望んでいるからこそ、敗残兵と新兵と戦場での信頼性バトル・プルーフが疑わしいを集めて、司令部直轄の独立戦車大隊問題児教室に押し込んだのさ」


 メスナーの背後。遥々大洋を超えてきた、第三世代主力戦車90式戦車のサイドスカートへ張り付けられた世界地図に、士官たちの視線が集まった。


<https://kakuyomu.jp/users/magnetite/news/16817139558516579032>


 ロージアン王国とノヴォロミネ連邦が対峙しているのは、アーカイオン大陸の北部沿岸から突き出たアルスター半島と呼ばれる場所だ。

 北へ突き出た半島の東側の根元ではオールテア湾が大口を開けており、全体的にはカギ爪の様な形をしている。

 半島の中部とオールテア湾の北部沿岸周辺はグラスネス帝国が統治しており、同国は半島で最も強大な国力を保持して南北へと睨みを聞かせていた。

 また、カギ爪の”背”に当たる北西部から北部にかけてロージアン王国とノヴォロミネ連邦が、カギ爪の”背側先端”に当たる半島の北東部を小国であるベリザラ公国とクリムクレーデ共和国がそれぞれ南北に別れ国土としていた。

 なお、ノヴォロミネ連邦と同じく半島で最も北部に位置するクリムクレーデ共和国は彼の国と協力関係を結んでおり、マーティオラ平原の状況を見つつ南下の好機を伺っている。対して王国は、共にクリムクレーデ共和国の南進の標的にされているベリザラ公国との間に、同盟とまではいかなくとも好意的な関係を構築することに成功していた。

 ベリザラ公国はグラスネス帝国と同盟関係にあるが、帝国はこの戦争に対して旗色を明らかにしていない。オールテア湾を挟んで向かい合う南方のアーカリア合衆国と、大陸西岸のリーレム連合王国、2つの大国の動向を伺っているのだった。


「しかし、なぜアーカリアは連邦へと肩入れをしているのでしょう。一応は共和制ですが、実態は一党独裁ですよ?」


 納得がいかないと言う風に顔をしかめるホークスビー。アーカイオンにおける民主共和制の牙城を標榜するのであれば、味方をする方を間違っていると言いたげだった。


「アーカリアにとっては、別にどっちでも構わないのさ」


 クィルターが吸い殻の山と化しつつある灰皿に細巻を押し付け、研究室の後輩を諭すかのように言葉を続ける。


「アーカリアにとって最も面倒なのは、グラスネスがアルスター半島を統一してしまう事だ。そうなればアーカイオン大陸において3つ目の大国が誕生する。大陸の西側にあるリーレムとすらイザコザを抱えているのに、湾を挟んだ北側に新しい敵を構えたくは無いのだろう」

「しかしクィルター中尉、グラスネスと組んでリーレムを叩く可能性もありますよ?」

「逆にグラスネスとリーレムが徒党を組んで殴り掛ってくる可能性もある。政体からしてみれば、むしろそちらの可能性の方が高い。リーレムと組んで、統一されたアルスター半島を分割すると言う手もあるが、最終的に面倒な火薬庫を一つ追加で抱え込むことに違いは無い。彼らにしてみれば、アルスター半島は適度に燃えていた方が楽でいいのさ」


「裏庭が燃えているのに、玄関でおっぱじめるほどグラスネスは馬鹿じゃないからね」と肩を竦める。


「……まさか、連中が侵攻してきたのも」


 ホークスビーが思い浮かべた、正しく大国のエゴと言うべき”不愉快な妄想”に「その可能性は有るだろうね」とクィルターが微笑する。しかし、丸眼鏡の奥の鳶色の瞳に、笑みは浮かんでいない。


「あー、そういやヴァルチャーのダチが言ってたな。観客共が”黒雀”らしい機体を見たとかなんとか。あんまり表に出てこねぇようだが、孤立した【エントランス】機を食いまくってるらしい」

「すみません、パレンバーグ中尉。黒雀と言うのは……」

「ん?ああ、そうか娑婆じゃあ知られてねぇからな。ようするに、アーカリアお抱えの凄腕ヴァルチャー共だ。尾翼に黒い雀のエンブレムを描いてるんで、そう呼ばれてる。単に黒雀って言えば、そいつらの1番機の事だ。――そいつは特に速いらしい」

「大国がよく使う手だね。水面下での援助は出来ても、大々的な義勇軍を出すのは拙い。――だからヴァルチャーが個人で依頼を請け負った、という体で派遣する。逆に、【エントランス】の中にも、そういった連中がいるだろうさ」

「リーレムとしちゃあ、アーカリアが大きな貸しを作った連邦が拡大するのは面白くねぇだろうしな。まあウチと連邦が疲弊しきって、グラスネスがドサクサに紛れて漁夫の利キメる前に、圧力かけて手打ちにはさせるだろ。要するに、この戦争はリミット付きってことだ」

「原状回復の白紙和平、とはいかないでしょうね」

「十中八九、現状追認で講和だろ。常識的に考えて」

「だからこその《攻勢》ですか」


「そういう事」とパレンバーグが満足げに頷き、クィルターが新しい頬巻に火を灯した。攻勢の命令に反感を抱いていた新参者の顔はまだまだ不安げではあるが、つい先ほどまでは無かった了解の意志が芽生えている。

 リミット付きの戦争とは言いえて妙だな、と彼らの議論を黙って聞いていたメスナーは、奇妙なおかしさを覚えた。

 武力による国境線の変更が日常的に行われている、永久に先の見えない乱世とも呼べる世界の中であっても、目先の制限時間からは逃れられないとは。

 しかもその制限時間を設けたのは、連邦彼等でも王国我等でもない。表面上は、このアルスターの地に何の関係もない第三国たち。自分と、かつての部下たちが流して来た血には、こうして考えると随分と多くの意味が含まれていた事が解る。

 そのほぼ全てが、彼らの歩んできた人生と比較すると鼻で笑えるような碌でもなさだが――元来、戦争以上に碌でもないモノなど無い。

 ”流した血に値するほどの何か”などと訳知り顔で宣う指揮者や政治家が、何時の時代にも一定数いるが、実際に血を流してきた者達は口をそろえるだろう――”少なくとも貴様の為に流した血など1滴たりともありやしない”、と。

 手元の紙片にもう一度視線を走らせる。

 明日の明け方にはリスタ河の河畔一杯に、百を優に超える鉄牛の咆哮叫び蛮声叫び断末魔叫びが響き渡っている筈だ。

 会場フィールドは魔術で無理やり凍結させられ、榴弾の炸裂に彩られたリスタ河のコロセウム。観客ギャラリーは偵察機や使い魔を放っている各国軍関係者と、上空を飛び回るヴァルチャー諸君。

 ハゲワシが蜘蛛を啄み、我々の角が連邦の北岸陣地を貫くか、はたまた嘴爪から逃れた連邦の山蜘蛛が、その牙を鉄牛の額へと突き立てるか。

 鉄と血と硝煙で着飾った阿鼻叫喚の闘牛コリーダ――少なくとも、退屈する暇だけは無さそうだ。

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