Mission-02 運命の女神
「エントランス・コントロールよりグレイヴ・キーパー。先方との話し合いのケリがついた。該当空域への増援が到着するのは約600秒後だ、F-16Cが7機、全て対空装備」
『グレイヴ・キーパーよりコントロール。増援はともかく奴さんが出し渋ってる
「残念ながら、色よい返事は貰えなかった。戦域が近すぎるんだとさ。契約違反ではないが、割引対象ではあるな」
『
「エントランス・グラウンドよりズメイ隊、誘導路A2上の防風魔術展開完了、22Rへのタキシングを許可」
『ズメイ・リーダー了解』
『カーバンクル・リーダーよりタワー、着艦許可を要請する。ただ、カーバンクル2が被弾している。こちらを優先してもらいたい』
「エントランス・タワーよりカーバンクル・リーダー、カーバンクル2のみ着艦を許可。だが、他はグーロ隊の着艦が終わるまで待機だ、順番は守れ。グーロ・リーダー、カーバンクル2が先に降りる、すまんが現高度、速度を維持」
『チッ、手早く頼むぜ。グーロ・リーダー了解。待機する』
「スキュラ3、5時方向よりSu-30が1機接近中、援護は間に合わない。攻撃中止、右へ回避だ」
『クソッタレ! スキュラ4はどこ行きやがった!?』
「コカトリス7、機体から出火しているぞ。おい何をしている!?
「グッキル、シリウス・リーダー。どうした? D型に乗り換えてから、やけに調子がいいじゃないか」
『ドラ猫とは違うのだよ、ドラ猫とは』
「オーディエンス1、任務終了。オーディエンス3と交代だ」
『オーディエンス1、了解。任務終了、帰投する』
無数の指揮卓と魔術による立体映像の光が、薄暗い空間と鋼鉄のハゲワシ達を見つめる魔術師の群れを辛うじて照らしている。
オペレーターを務める魔術師の正面には大判の結晶板。そこにレーダー画面や空域図が映し出され、手前には各種操作に用いるコンソールキー。更に管制している機体の周辺を立体表示する空中投影の映像。傍から見ればゲームか何かの様な光景だが、そこに映しだされる紅蓮は、敵も味方も区別なく、ことごとくが現実だった。
そんな彼ら彼女らを見下ろすように、この巨大な管制室壁面を構成する超大型モニターには、拠点を中心とした空域図が映し出され、敵味方を示すアイコンが刻々と位置を変えている。
場所は【エントランス】の一際巨大な中央翼内部。ジャガーノートを貫く滑走路直上の空間に作られた、作戦管制司令室。
【エントランス】が掌握する空域全体の指揮、本来の航空基地としての発着管制、各戦場で火花を散らせる味方機の支援、更に情報の収集までをも引き受ける、正しく頭脳中枢と呼べる場所だ。
全体的に薄暗く、肌寒い。しかし、味方機と交信するオペレーターや司令部要員たちの話声の影響か、眼で見る印象よりも活気にあふれていた。
作戦司令室のメインモニターと対面する壁には中二階とも表現できる空間が用意されており、階下よりも全般的な指揮に必要な設備や人員が集められている。
その隅に、ガラスで囲われ十数人程度が集まれる簡易会議室が設けられている。すりガラスで覆われてはいるものの、室内が管制室よりも若干明るいせいか、2人分の人影を見ることができた。
「貴様がレーヴァンだな?」
【エントランス】への着艦を成功させ、愛機を雑多な航空機が犇く格納庫の一角に押し込んでから1時間後。新参者はこのガラスの牢獄の中で、巨大航空機の主とも呼べる男の眼前に立っていた。
一見上等そうな椅子に深く腰掛けた男は、ようやく壮年に差し掛かった程度で、組織の規模に比してみれば驚くほど若い。
しかしその眉間に刻まれた不機嫌そうな皺や、色の浅いサングラスの奥の鋭い瞳は、成るべくしてこの座に至ったもの特有の覇気や威圧感と言うモノを感じさせた。
「よく来た、楽にしろ」歓迎の欠片もない声色と共に向き直りつつ、傍らの椅子をこちらへ蹴飛ばす。年代物であるのか、ガラガラとキャスターを鳴らし、無様に座面を回転させながら手前に滑ってきたところを捕まえた。
「いつも此処で執務を?」
「あいにくガキよりも目が離せん連中ばかりでな。ま、今日は8人減って1人増えたから、少しは静かになる」
言葉の意味とは真逆の感情を微かに瞳に浮かべる司令に、彼に対する印象の変化を悟られないように注意しつつ腰を下ろす。
会議室に据えられた長楕円形の机には、今時珍しい書類の束が山積みになっており、傍らの灰皿には細巻の吸い殻が山を成していた。
「私はラルフ。傭兵組織【エントランス】司令、兼ジャガーノート【エントランス】艦長。要するにこの艦のボスで、これから貴様の飼い主になる」
「よろしくお願いします、司令」
「ここは軍隊じゃない、下の流儀は持ち込むな。私は好きにするし、貴様もそうしろ。無論、命令の及ぶところ以外では――あと二度と司令と呼ぶな」
最期の一言だけ露骨な不快感をにじませたラルフに「了解、ラルフ」とラフに返す。本人は「呑み込みが早くて結構」などと投げやりに返しながら書類の山を漁り、くたびれた束を引きずり出して此方に放り投げた。
「貴様の経歴には目を通した。退屈極まりない出自とミミタコな経緯、特にコメントはないし詮索する気もおきん」
手に収まったのは先日送っていた自分の簡単な経歴書、特に訂正すべき点も見当たらない。
「ソイツはもう用済みだ、問題が無ければ捨てておけ」
経歴書から興味を失わせたラルフはダークスーツの内ポケットから細巻を取り出すと、フィンガースナップで蝋燭程度の火を起こしで先端を焙る。広くはない会議室に紫煙が渦を巻き始めた。
それと同時に、会議机の上に浮かんでいた立体映像に変化が起こる。株価の変動や各所のニュース映像をたれ流していた領域が急速に小さくなり、端の方に縮小表示されていた情報――先ほどここに来る前にチラリと目にした、メインスクリーンに表示されていたものと同じものが拡大された。
「ごく簡単に状況を説明してやる。本艦はロージアン王国北西部、ハイラテラ山脈近郊を航行中だ。王国は半年前に北方のノヴォロミネ連邦の侵攻を受け、我々を援軍として雇った。王国軍と共同し前線の崩壊は食い止めたが、連邦も同業者の【メチニク】を雇い、今となっては膠着状態に陥っている」
ロージアンとノヴォロミネは共に、列強には見劣りするが、この地方における影響力は無視できない、中堅国と呼べる程度の国力を持ちあわせている。
彼らにそこまで大きな軍事力の差は無いが、北部に位置するノヴォロミネは気候の穏やかなロージアンを狙い、度々南進を計っていた。
「半年前は両国共に張り切って正規軍を送り込んだが、当然のように景気よく消耗した、特に航空戦力をな。代わりにヴァルチャーを前面に押し出し、最近では専ら代理戦争と化しつつある――何時もの事だ」
「こっちに金を払いすぎて正規軍の再編成が遅れてると?」
「それもあるし、何も世界はこの2国だけじゃない。漁夫の利狙いの
細巻を軽く振ると映像の中で、幾つかの個所が赤く囲まれ強調される。
特に最も南側の赤囲いは敵味方のアイコンが特に密集していた。【エントランス】や周辺の航空基地から増援に向かうのであろうアイコンや、這う這うの体で戦域を離脱し帰還の途につくアイコンが一種の流れを形作っているほどだ。
「現状で特に大きな戦闘が起こっているのは、マーティオラ平原北部を東西に流れるリスタ川近辺。北岸を制圧した連邦が渡河を仕掛けてきている。王国はヴァルチャーの航空支援の下で防御戦闘を実行中だ。だが、舐め腐った正面渡河攻勢など成功せん。王国側は向こうの渡河作戦を破砕した直後、再編成を完了した師団で逆襲を駆ける予定だ。無論、我々も参加する事になる。また、連邦や【メチニク】が我が艦へ殴りこんでくることも良くある」
「つまり、仕事は山ほどあるってことだ」椅子に深く腰掛け、溜息混じりの紫煙を吐き出す。
「貴様のオペレーターの件でクリプト、ああ、グレイヴ・キーパーから話を聞いている。私は貴様が誰と組もうが感知はしない、くだらんイザコザを起こさない限りは好きにしろ。ノルンならばD4デッキのセピアにいる筈だ、面談は其処でやれ」
ノルン――確か、北の方の神話で運命を司る女神のことだっただろうか。
「セピア?」
「
「ノンビリできそうだ」
「最後の晩餐には釣り合わんがな。――詳しい説明はセピアで受けろ、小娘だがそれなりに場数も修羅場も踏んでいる」
グレイヴ・キーパーが「上玉」と評していたことからまさかとは思っていたが、どうやら彼が斡旋しようとしているオペレーター――ノルンは女性らしい。自然と、先の空戦の後に割り込んできた声の主を思い浮かべる。いや、それこそまさかだ。馬鹿らしい。
「で、他に何か質問は?」
「無い」
「結構、退室してよろしい」
立ち上がりラフに敬礼、ラルフも椅子に深く腰掛けたまま同じように答礼を返す。もしかして、彼も元はパイロットだったのではないかと、ほぼ直感で構成された胡乱な予想が浮かんでは消える。
「ああ、それと」
会議室のドアに手を掛けた時、後ろから聞こえて来た声に振り返る。視線の先には、2本目の細巻に火をつけ、視線を此方では無く天井に向けて紫煙を吐き出す基地司令の姿。
「無傷で辿り着いたのは見事だ――今後も期待する」
ほぼ独白の様な賞賛。返答の代わりに、今度は背筋を伸ばして敬礼を送り退室した。
次なる目的地は確かに目立たない場所にあった。
倉庫区画が並んでいるせいか、もともと人気のないD4デッキ。人一人が通れる程度の無機質なハッチが並ぶ中、一つだけ開け放された扉がある。そこを潜り、下階に向けて伸びる薄暗い非常階段をたっぷり3階分程度降りた先に、目的地は有った。
何をどう考えても利便性の欠片もない、ここまでくるといっその事わざとやってるのでは無かろうかとすら思えてくる。
ようやくたどり着いた灰色の重厚なハッチには白い耐熱塗料で【Sepia】と筆書きされ、ハンドルにぶら下がった木製のプレートにOPENの文字が踊っている。ドアの材質を無視すれば、酒保と言うよりも場末のパブかバーと言った趣だ。
予想外の佇まいに呆れつつ、見かけ通りの質量を持つハッチを開けて中へ足を進める。頭上でカランとベルが鳴り、続いて室内に流れている音楽――数十年ほど時を遡ったかのようなジャズが耳に届き始めた。
暖色系のライトが照らし出す室内は其処まで広くはないが、ハッチを開く前に予想した店内そのままの様相。向かって右側の壁面には奥へと続くL字型のカウンター、左側には幾つかの丸テーブルと椅子が並んでいる。
店内でまず異彩を放つのはカウンターの最も奥側に座る少女。
背中を流れる淡い赤金色の長髪は、ランプの光と店内の雰囲気に良く合っている。しかし、年の頃は何とか上に見積もってもハイティーンの前半であり、バーじみたこの場所以前に、ヴァルチャーの巣窟にいる時点で何かがおかしい。
「いらっしゃい、見ない顔だネ」
そして新参者へ一早く視線と穏やかな声を投げかけたのは、カウンターの奥でグラスを磨いていたマスターらしき老人。
オールバックに撫でつけた髪も、品よく整えられた口髭も白く染まり、顔に刻まれた皺は深い。しかし、背筋はピンと伸びており、老いは全く感じられなかった。名家の執事か、王立大学の教授と言った印象を受ける。
「今日から【エントランス】に来た者でね。レーヴァンだ、よろしく」
「ほぅ、新参者でここに来るとは変た、いや見どころがある。私は、トロイアと呼ばれている。どうぞよろしく」
慇懃に礼をする男に、なんだかとんでもない烙印を押されかけた様な気がする。直後、黒縁眼鏡の向こうの蒼氷色が興味深そうに細められたのを見て、固まりかけた思考を修正した。
この老人、どうにもただモノではなさそうだ。岩陰の奥から一挙手一投足を観察されているかの様な、得体の知れない感覚を一先ず頭の片隅に追いやっておく。
「”マスター”では無く?」
「それがねぇ、他の酒保に取られちゃったのサ。これでも【エントランス】では新顔の方だから、売り切れだったんだよ」
基本的に、この世界において本名は秘匿されるべきものだった。
魔術において自らの本名――真名は魂に深く結びつくモノであり、それを明かすことは他者に自分の魂を開くマスターキーの一部を渡す行為に等しい。
真名をビーコンとした呪詛等により、迂闊な人間が命を落とす。なんて話は、決して珍しくはなかった。
そのため、この世における知的生命体は社会活動において基本的に偽名を用いる。
特に、ウィザードやウィッチ、彼らと深く関わり戦場の近くに居る者達は、戦場で飛び交うその偽名をTACネームと呼んでいた。
また部隊ごとの
ただしヴァルチャーや各国軍などでは、混同されやすい名前や重複する名前は避けられるため、場合によっては本来の偽名とは異なる名前を名乗らざるを得なくなった。
トロイアは「ま、名前なんてただの記号さ。そもマスターなんて柄じゃないしね」と大げさに一つ肩を竦めて見せた。
「それで、何にするね? 出せぬものはあんまりないとは自負しているよ」
「1杯貰う前に、一つだけ。ノルンと言うオペレーターを探しているんだが……」
言葉にする途中で顔に視線を感じ、思わずそちらに目を向ける。
カウンターの奥で頬杖をついてニマニマと薄く笑いながら、興味深そうにこちらを見る少女と目が合った。上質のパイロープを思わせる深い赤色が、上等なビスクドールと形容できる美貌の中で輝いている。
可愛らしくは有る。が、天使よりも”悪魔の様な”と形容するのが適当だ。ジャガーノートの腹の中に、真面な少女がいる筈もないと言う真っ当に過ぎる
「ノルンか! 彼女なら、ほら、そこにいるよ」
幸か不幸か、トロイアの骨ばった指が指示したのは件の赤金の少女の方では無く、今の自分の立ち位置では観葉植物の影に隠れていた丸テーブルの方。
よくよく見てみれば、ドラセナの葉の向こうに誰かが背を向けて座っているのが見えた。
彼に礼を言い、一抱えほどもある鉢植えを回り込んで探し人を視界に収める。グラスが2つ置かれたテーブルに腰を降ろし、
第一印象は、恐らく同年代ぐらいの清楚な佳人と言ったところ。
暗い色のジャケットは平均以上の
「なんだ、漸く来たか」
赤銅色のアンダーリムを盾にする群青が、値踏みをするかのように細められる。この様子だと、自分の事を全く知らないというわけでは無いらしい。
「話は通っているようだな。レーヴァンだ」
「経緯はさっき聞こえていた。まあ座れ」
つっけんどんな、聞き覚えのある声に、内心で「妙な予想ほど当たる物だ」と苦笑してしまう。
「あの不良墓守から大体は聞いている。昼の奇襲といい私といい、立て続けに貧乏くじを引くな、貴様」
貧乏くじ、という表現に少々の違和感。昼の奇襲は確かにそう表現しても良いだろうが、今回のお膳立てはキナ臭いモノを感じはするものの、願ったり叶ったりの申し出だ。
納得がいかなそうな顔をしているレーヴァンに、ノルンは不貞腐れた様なため息を微かに零した。
「まあ、確かに。都市伝説じみた呪いや馬鹿げたジンクスの類ではある」
「ジンクス?」
「下らん話だ」今度こそ不機嫌そうに返し、前髪を苛立たし気にかきあげ、ミドルポニーにした長い紫黒が揺れる。
「”私と組んだヴァルチャーは2回目の出撃で全滅する”。平たく言えばこんな貧乏くじだ。どうだ?くだらんだろう」
「フムン。そのジンクスとやらが当てはまったのは、何組ぐらいなんだ?」
「今日のアイアス隊で、えー……12?いや13、いやいや個人や訳アリを合わせれば16か」
それは呪いと言うよりも歴とした統計では無かろうか――。口には出さないモノの、グレイヴ・キーパーがこれ幸いと自分と彼女を引き合わせた、もう一つの理由に思い至る。
やはり、墓守殿は一筋縄ではいかないらしい。
「原因は様々だ。想定外の増援で全滅、深追いしてSAM陣地に突っ込む、金をケチって整備不良、雲に突っ込んで
「馬鹿共が」と今は無きアイアス隊の面々に吐き捨てる彼女だったが、ダークブルーの双眸に侮蔑の色は見られない。それどころか、自らを責め立てるような意志すら込められていた。
「――決して、腕の無い奴らでは無かった。私も、いざという時に無理やり回線を開けるようにしておくとか、何かしらの安全策を施しておくべきだった。そうしておけば、このクソまずいボトルも、もう空になっていただろう」
手前のグラスに注がれていた琥珀色の液体を一息に飲み干す。傍らに置いてあるザーロピア・モルトは既に半分ほど空いていた。だと言うのに、酔った気配は微塵も感じられない。
「つまるところ。貴様が今まさに組もうとしている女は、世間一般に照らし合わせれば、疫病神とタグ付けされる輩だ」
「
「一つ聞くが、君のそのジンクスは他所でも合わせてか?」
「いいや、【エントランス】だけだ。そもそもの話、ここで商売を始めた後、他所へ行ったことは無い」
「ああ、なるほど――じゃあ、よろしく頼む」
「――は?」
初めて彼女の
身に纏う雰囲気のせいか若くして老成している様な印象を受けるが、こうしてみると、なるほど、グレイヴ・キーパーやラルフが”小娘”と評するのも頷けた。
もっとも、その等身大の印象は膨れ上がった静かな怒りによって、すぐさま鳴りを潜めてしまう。
「貴様、話を聞いていなかったのか?自殺志願ならば、もっと楽な死に方はいくらでもあるぞ」
「別に死ぬ気は無いし、勿論、話を聞いていなかったわけでもない。それとも、君の方で先約があったりするのか?」
「あるわけない。だがな、貴様が17番目に」
「君もさっき言ったはずだ、くだらん
彼女を遮って放たれた言葉に、ピクリとノルンの眉が痙攣する。責任と言う単語に特に反応したようだ。
「納得できないか?ならウィザード、いや君の場合はウィッチか。ともかく空を飛ぶ者の鉄則があるだろう?――【地上を離れた時点で、自分の身に起こる全ての事象に対する責任は自らが負う、神であってもこの理に従うべし】」
航空機が発達する以前、人間は魔術や魔術を通した道具を座席に空を飛んでいた。
当然、安全装置の欠片もない代物であり、死傷者が出るのは日常茶飯事。だからこそ、人は空を飛ぶ前に先人から繰り返し学ぶようになった――”飛ぶのは勝手だが、すべては自己責任だ”と。
古くから慣習となっている話だ。当然、彼女も知っている。怒りの次に浮かんできたのは、侮蔑と諦観の感情だった。
「耳慣れた台詞だな。”自分だけは大丈夫”とでも思っているのか?思い上がりも甚だしい。――今まで見てきた中で半数は同じセリフを吐き、そして全員が死んでいった」
「自分だけは落ちやしない、なんて欠片も思わない人間が空なんか飛ぶかよ。ただ、僕は臆病でね、有能なオペレーターを逃したくはない」
「有能だと?」
群青の瞳に今度は不信感が宿る。詐欺師でも見るような目を向けられたレーヴァンは、特に意に介した様子も無く言葉を続けた。
「普通は2,3回も続けば、気味悪がって近づかなくなる。ヴァルチャーは確かに頭の螺子が外れちゃいるが、最前線にいる分だけ、無能をかぎ分ける能力は高い。担当していた飛行隊が15回全滅しながらも、16組目と組むに至ったと言う事は、その薄気味の悪いジンクスをくだらないと思いこめるほど、その疫病神が有能だったって事だろう? ――君が単なる疫病神か、その名の通り運命の女神なのかを判断するのは、僕だ」
手を差し出せば、息をのむ音が微かに聞こえた。
「――何度でも言おう。君に、オペレーターをお願いしたい」
実際の所、レーヴァンは彼女の能力について確信が持てる証拠を見つけていたわけではない。
どれもこれも、所詮は状況証拠。実は何か隠れたとんでもない欠陥を抱えていた、なんてオチが待っていない保証はないのだ。
しかし――と、彼女が飲み干したグラスの対面に置かれた、なみなみと琥珀を湛えるグラスが視界の端に映る。
例え自分が17番目になったとして、高々2回しか共に仕事をしていないにも関わらず、その死を本気で悼んでくれる相方が居ると言うのは悪くない。どちらに転んだとしても、少なくとも自分自身は納得できる。
いざとなれば薄紙の様に燃え尽きる命だ、どのように使うかは自分で決める。
良く晴れた日に限界高度ギリギリまで駆け上がった先の空、何処までも深く遠く高いダーク・ブルーを湛えた瞳が微かに揺れ、そして観念したように伏せられた。アルコール交じりの細い溜息が吐き出される。
「――大馬鹿野郎に付ける薬は無い、か。いいだろう、せいぜい後ろには注意する事だ。死神がどんな姿をしているか、私には見えんからな」
ぶっきらぼうな返答と共に、自分が差し出した手が握り返される。堅い口調とは裏腹に、その中に収められた人間性を象徴する、柔らかく暖かな手だった。
「どうかな。案外、スコップ抱えた墓守だったりするかもしれん」
そんな軽口を叩いた直後、鈴を転がしたかのような可憐な声と共に、背中に重量、というよりも衝撃が走る。
「いやいや、飛び切りキュートな
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