緋色の鳥は戦禍を謳う

クレイドル501

Mission-01 最前線


 抜けるような青空の下、純白の雲が広がる世界。飛翔能力に優れた飛龍ですらも、おいそれとは上がってこれない天空の世界を、4つの影が轟音を引きずりながら横切っていく。

 フィンガー・フォーと呼ばれる編隊飛行において一般的な陣形を形作るのは、一世紀前には主流だった飛竜や、ましてや空飛ぶ箒や絨毯でもない。

 小柄な機体から伸びた直線翼に近い後退翼、後部に2発装備された小型の魔導ジェットエンジン、サメの背びれの様にピンと立った垂直尾翼に前方へ長く伸びたフロントノーズでは、槍と兜のエンブレムが陽光を反射している。

 その操縦性の高さは『教養ある婦人well-educated lady』とも表現され、ヴァルチャーや地上国家で長年愛されてきた小型軽量戦闘機、F-5Aフリーダム・ファイター。

 一糸乱れぬ編隊飛行を続けるウィザードたちに、聞き成れた声が響いた。


『グレイヴ・キーパーよりアイアス隊。そろそろ正面に目標が見えてくるころだ』

「こちらアイアス・リーダー。レーダー上では確認済みだ」


 正面のディスプレイ上では、魔力波を放ちその反射波を収集することで物体の存在を感知する機首のレーダーが、自機の進行方向に飛行物体が存在している事を示し続けている。

 味方ならば青、敵ならば赤で表示されるはずの輝点は、敵味方不明UNKOWNを意味する黄色に輝いている。一応危険はない筈ではあるが、空飛ぶ傭兵ヴァルチャーにとって真に信じられるのは己の目と耳と勘だけだった。


『アイアス2よりアイアス・リーダー。正面に機影を確認』

「アイアス・リーダー了解。――オーケー、こっちも確認した」


 2番機の報告とほぼ同時に、魔術で自己強化を施したアイアス・リーダーの目にも《目標》の姿が青い空の中に浮かび上がった。

 巡航速度とはいえ、対面する彼我の相対速度は音速に近い。最初、黒いゴマ粒の様にしか見えなかった影は、急速にその姿を鮮明に浮かび上がらせていった。

 大口を開けた吹き流しの両側面に三角定規を突き刺したかのような特徴的な姿、彼らが所属する傭兵組織【エントランス】においては、ある意味で馴染みの機体――Mig-21だ。


「全機、ミグだからっておっぱじめるなよ。奴さんは一応新入りって事になってるからな。久方振りのお客さんだぞ」

『新入りっつっても、機体はオンボロベテランでしょう?』

『こっちも人の事言えんですがね』


 まぜっかえした僚機とそれにつられて笑う僚機にコクピットの中で肩を竦める。

 確かに自分たちが乗っているのはF-5とはいえ初期型のA型だ。F-15やF-16とまでは言わないにしても、せめて改良が施されたE型が欲しいと言うのが本音だった。


「下らん仕事をとっとと終えて、稼げばいいだけの話だ。北の方でまたぞろきな臭くなってきたらしいからな。ノルンに楽で稼げる奴を見繕ってもらってるところだ」

『3よりリーダー。ノルンと言えば、噂は本当なんですかね?』

「さあな。まあ、この調子じゃあ単に運がなかっただけって話になりそうだが」


 前回から新しくアイアス隊に加わるようになった、訳アリのオペレーターに意識を振り分けてしまいそうになるが、急速に接近する機影を目にして本来の任務へ意識を引き戻す。

 なにやら不吉なジンクスを持っているそうだが、今のところ自分たちに災難が降りかかる兆候は見えない。考えるのは、このお客さんをエントランスへ送り届けてからでもいいだろう。


「よし、全機手はず通りに頼む」


 翼を振って合図を送り、編隊を解く。機体を傾けそれぞれが緩旋回しながら、正面から侵入するMig-21の左右と後方へと回り込んでいく。

 練度と言う点で見れば【エントランス】でも上から数える方がギリギリ早い隊であることもあり、誘導体制に移るのに大きな混乱はない。アイアス3と4がそれぞれMig-21の左右に陣取り、後方のいつでも機銃を叩き込める位置にアイアス2が、そこから更に後方上空にアイアス・リーダーが位置する。

 陣形を整える中で、アイアス・リーダーは自分たちが目標としていた機に視線を走らせる。

【エントランス】で主に使用されている、明るい灰色の濃淡のみを用いたシンプルな迷彩。改良されるごとに大型化されていった背部の膨らみを見るに、Mig-21の一つの完成系とも呼ばれるMig21-bisか93だろう。尾翼と機首には部隊章の代わりに剣を抱えた赤い鳥のエンブレム。烏だろうか?


「こちら【エントランス】所属、第80戦術戦闘飛行隊『アイアス』。アイアス・リーダーだ。所属とコールサイン、目的を述べよ」


 繋げた通信機から響いてきたのは、まだ年若い男の声だった。





 周囲を威圧するように取り囲んだF-5Aの内、隊長機と思われる機体からの問いかけに少し困りつつ返答を返す。


「こちらコールサイン、レーヴァン。目的は【エントランス】への合流。所属についてはと言う他無い」

『了解、確認した。これより我が隊は貴機を先導する。着艦するまでは、こちらの指示に従え』

「了解、先導に感謝する」

『ったく若い身空でコネも無しにヴァルチャーなんぞになろうたぁ、大した野郎というか大馬鹿野郎と言うか。念のために聞くが、今から帰ってに降りようって気はねぇのか?』


 型通りのやり取りが終わった直後、別の声が飛んでくる。チラリと左を見ると、そちらの方を飛行するF-5Aのウィザードがバイザーを上げてこちらを見ているのが見えた。どうやら会話に割り込んできたのは彼らしい。


「それについては、まあ、半分成り行きみたいなものだ。想像に任せる」

『成り行きねぇ。親兄弟丸ごとくたばって、喰い詰めるよりはってとこか?』

『キャンバー、その辺にしておけ。傭兵の過去が碌なもんじゃないことぐらい、お前も知ってるだろう』

『へいへい』と不服そうな声で引き下がる。別に知られたところで如何と言うことは無い理由だが、実際の所、”ろくでもない”事情で操縦桿を握る事になったのは事実だ。


『アイアス・リーダーよりレーヴァン、僚機が済まなかったな。悪い奴じゃないんだ』

「お気遣いなく、アイアス・リーダー。探られて痛くなるような腹は持ち合わせてな」


 そう言いつつ首を捻じ曲げ後方上空を飛行するF-5Aへ視線を向けた瞬間、背中に悪寒が走り抜け、とっさにスロットルを全開へと叩き込み操縦桿を引いた。

 R-25マナ・ターボジェットエンジンがアフターバーナーの青白い火焔を伸ばし、軽量な機体が水面から飛びあがる魚の様に身を躍らせる。現代の最新鋭エンジンと比較すれば決して高出力と言うわけではないが、跳ね上げられた軽い機体は速度を増しながら上昇に移る。


「アイアス・リーダー、チェックシックス!――敵だ!」

『何を、っ!?』


 刹那、上昇中のコクピットから見て上方――アイアス・リーダーが存在していた空間に火球が膨れ上がる。火球から伸びる2条の薄い煙の向こうに、深い緑を基調とした3色迷彩に身を包む4つの機影が見えた。

 その全てが急降下の体勢、狙いは勿論、まんまと奇襲を喰らって1番機を失ったアイアス隊の3機。


『クソッ! 敵だ! 隊長がやられたぞ!』

『グレイヴ・キーパー! テメェ何処見てやがった!?』

『固まるな! 散開しろ!』

《逃がすな! 撃て!》


 慌てて編隊を解こうとするアイアス隊に4機の敵機――Mig-21が23㎜機関砲のシャワーを浴びせかけた。空から降りかかる曳光弾の雨を縫うように、翼を立てた3機のF-5Aがブレイク、回避機動を開始。翼端から伸びるヴェイパートレイルが空にエッジを刻み始める。

 眼下で戦闘が始まっている間にマスターアーム・スイッチをON。残弾は機関砲弾453発に短距離対空ミサイルが不可知領域魔術による再装填分も含めて6発。燃料は巡航用のマナ・フュエルが心もとないが、いざとなれば昔ながらの自分の魔力オドも使える、が戦闘に支障はない。


『こちらグレイヴ・キーパー。敵機を確認した、所属は現状不明、恐らく簡易的な認識阻害の呪符だ。その空域に居るのはその4機のみ。迎撃せよ』


 この空域を担当している早期警戒管制機AWACSからの通信にアイアス隊の生き残りから幾らかの罵倒が返される。しかし、簡易的な認識阻害の呪符とはいえ巨大かつ強力なレーダーを持つAWACSの目から逃れられるのだろうか。


『なお、此方は別の作戦にかかりきりだ。レーダーもそちらに対して重点的に使用している。これ以上の支援は期待するな』


 人手が足りないのはどこも同じらしい。


「レーヴァンよりグレイヴ・キーパー、『エントランス』所属機と合流後の発砲は無しとの取り決めだが、これは正当防衛に入るよな?」

『なんだ、まだ生きていたのか小僧。それぐらい貴様自身で判断しろ。ただし、貴様はまだ【エントランス】所属機ではない――報酬は期待するな』

「了解」


 傭兵らしい言い草にマスクの下で知らず獰猛な苦笑を浮かべつつ、操縦桿を更に引き背面飛行。眼下ではF-5Aに喰らいつくMig-21の姿。さらに1機のF-5Aがミサイルの直撃を喰らって四散するところだった。


『畜生、キャンバーがやられた!』

《グッキル! ヤーガ2》

『く、このぉ!』

《ヤーガ3! ケツにつかれてるぞ、援護する!》


 状況は既に劣勢。とっとと逃げだすのもアリかもしれないが、行先は眼下でいい様に貪られている連中が所属する組織だ。流石に、それでは外聞が悪い様に思える。


《こちらヤーガ1、上に逃げた奴を抑える! さっさと片付けろ!》


 隊長機と思しき機体がスナップアップ、此方に向けて垂直上昇。同時にヘルメット内にレーダー照射を受けた事を示す不快なアラートが鳴り始める。


「レーヴァン、エンゲージ」


 どうせ誰も聞いてはいないが、毎度のルーティンとなっている宣言を一つ残し、操縦桿を更に引いて機首を上昇する敵機へ向け急降下。パワーダイブにより高度計の針が狂ったように回り始め、急速に敵の姿が大きくなる。

 この速度ではミサイルのロックは間に合わない、ガンモードを選択。向こうも同じことを考えたのか、大口を開けたエアインテークの下部に閃光が走る。

 直後、レーヴァンのMig-21は弾かれたように右にロールを打った。デルタ翼の鋭い翼端からヴェイパーが流れ、右翼の上を曳光弾のシャワーが流れていく。ほぼ同時にトリガーを握りこむと、機体の腹部に装備されたGSh-23L機関砲が咆え23㎜の大口径砲弾を打ち出した。


《嘘だゲハッ!》


 吐き出された凶弾は運悪くコクピットを含む機首に直撃したらしい。キャノピーが砕け無数の破片が飛び散り、ノーズコーンの奥で火焔が踊った。

 推力と主を失い惰性で上昇する他無くなった敵機ガラクタの脇を押しのけるように急降下を続ける。一連の攻防の間に、既にアイアス隊は残り1機にまで打ち減らされていた。

 最後の1機を追い掛け回している内の、最も近くの1機を獲物に定める。HUD上をミサイルシーカーが滑り、ロックオンを知らせる音が続く。


「レーヴァン、FOX2」


 両翼から時間差を置いて2発の短距離対空ミサイルが打ち出される。薄い白煙を曳いて伸びていく音速の槍に気が付いた敵機が、慌てて回避機動をとろうと翼を立てるがもう遅い。

 横倒しになった左翼の至近で1発が爆発。吹き飛ばされた破片が鋭利な主翼の3分の1とエルロンを吹き飛ばす。そうしてバランスを崩したところへ、2発目が真面に飛び込んだ。機体の中央部で火球と黒煙が膨れ、機体の破片が無数の黒条を曳きながら落ちていく。

 だが、その攻撃は僅かに遅かった。爆散した敵機の後を追うように、アイアス隊最後の1機が真っ黒な黒煙をエンジンから棚引かせ、まっすぐ地上へと落ちていく。脱出する気配はない。脱出装置、もしくはウィザード本人が死んだか。


《よくも隊長とヤーガ2を!》

《アイツは尋常じゃない! 気を付けろ!》


「買いかぶりすぎだ」と独り言ちながら、急降下の速度のまま引き起こし一旦離脱する。向こうは逃す気はさらさら無いのか、2機とも背後に喰らいついてきた。

 途端に鳴り響くレーダー照射を知らせる警報。のんびりしていれば、自分も彼らの後を負いかねない。

 機体を倒し、手近な雲の中へ躊躇なく突っ込んだ。途端にキャノピーに大粒の雨が叩き付けられ、軽い機体は暴風に弄ばれ始める。

 しかし、レーダー照射の警報は消える。大気に満ち溢れるマナは空気中の水分量に大きく左右される。早い話が、雲はレーダーの性能を著しく落とすのだった。

 さて、これで振り切れれば良いが、そう考えて碌なことになった試しが無い。経験則を裏付けるかのように鈍色の暴風の中を曳光弾が後ろから前へと駆け抜けていく。機体を僅かに滑らせていなかったら、直撃を貰っていたかもしれない。

 執拗な追撃に付き合うのもバカらしい。アフターバーナー点火、ズーム上昇。水平方向の速度を垂直方向へと変換し雲海の上層を目指す。

 エンジンの閃光を目にした後ろの2機も好機とばかりにダッシュ。ノイズ塗れのレーダー上で、徐々に距離が縮まるのを見るに、どうやら彼らはエンジン出力を強化しているようだ。

 不意に前方が明るくなったと見えた直後、レーヴァンのMig-21は雲海を引き千切り蒼空の下へ踊りあがる。

 間髪入れずにスロットルを絞り、エアブレーキを展開、右へのロールと共にピッチアップも行いバレルロール開始。急制動によりガクンと機速が落ち、骨の軋み音と共にハーネスが肩に食い込む。

 一瞬遅れて頭上を2つの影が上空へ向けて追い抜いていく。勝負を決めようと全速で追いかけていた2機は急制動に対処しきれなかった。それどころか、オーバーシュートを避けるため反射的に速度を殺そうとして、中途半端な速度のまま後背を晒す格好になってしまう。


《しまっ》


 混線する焦燥した声をロックオンを告げる無情な連続音と、23㎜機関砲の咆哮が押し潰した。胴体下から火箭を吹き延ばす明灰色のMig-21の両翼が白煙に包まれ、2発の短距離空対空ミサイルが獲物めがけて空を貫いていく。

 彼我の距離は最短射程をわずかに超えた程度の距離、回避行動をとる間も、脱出する猶予もなく白い槍が獲物へと食らいついた。

 主翼が割け、エンジンが吹き飛び、朱に縁どられた黒煙が花開く。もう一方では、至近距離からの機銃掃射によって尾翼をもぎ取られた機体が太い黒煙の帯を引きずって雲の海へと消えていった。

 5分の狂乱を経て、再び蒼空に静寂が戻る。

 スロットルを戻し高度をとって再び水平飛行。緩やかに旋回しながら機体の針路を本来の方位へと向ける。見える範囲でぐるりと機体を見渡すが、損傷らしい損傷は見られなかった。


「レーヴァンよりグレイヴ・キーパー。戦闘終了、アイアス隊は残念だが壊滅したようだ」


 通信機からの返答はない。こちらに気を回している余裕はないと言う事か、と自分を納得させる。

 自動操縦を起動し、地図を引っ張り出して現在地を確認。戦闘に寄って少々移動したが、この程度は誤差の範囲内だ。それに目標とする【エントランス】は、航法さえあっていれば見失う様な代物ではない。


『レーヴァン、応答せよ』


 不意に耳朶を打った声に目を瞬かせる。落ち着いたアルトは深く穏やかな海を連想させる、若い女性の声だ。女性のヴァルチャーは少ないが、珍しくはない。しかし、不意打ち気味だったという事もあり、一瞬答えに窮してしまう。


艦対空ミサイルSAMを叩きこまれたくなかったら、2秒以内に応答しろ』


 前言撤回。海は海でも物騒な大時化の部類だった。


「こちらレーヴァン、失礼した。グレイヴ・キーパーの代理か?」

『違う。――アイアス隊の中で脱出に成功した者は居るか?』

「残念だが、敵味方共に脱出に成功した者は居ないようだ。救難信号も確認できない」

『そうか、ご苦労』


 素っ気なく言葉を残し通信が途切れる。

 名前どころか所属も尋ねられなかったが、一体何者だろうか。受信状況からして何時もの混線ではなくグレイヴ・キーパーの機上員でもない、となると戦闘を見物していた【エントランス】の人間だろうか。

 考えてみたところで仕方がない、目的地に着いた後で調べればいいだけの事だ。




 日が傾くにつれて雲の量が徐々に多くなり始めた。キャノピーの向こうには発達した雲の山が、西日を浴びて赤く染められながら数多く漂っている。高度28000フィートだと言うのに、無数に立ち並ぶ雲の山は地上の巨岩地帯を連想させる。

 そろそろ見えてくるかと思いつつ時間を確認しようとした時、通信が入る。


『こちらグレイヴ・キーパー。どうやら死にぞこなったらしいな、若造』


 通信の主は先ほどからレーダー上に映りこんでいた同航する輝点、空を見上げれば3000フィートほど上空に皿の様な円盤を担いだ大型機――E-767の姿が小さく見えた。


「御陰様、と言うべきか判らんがね。アイアス隊は残念だった」

『フン、周辺警戒を怠った連中の自業自得だ。貴様もよく覚えておけ、空での最期は大体あんなモンだ』

「”英雄の如く戦い、犬のように死ね”ってやつか」

『だとしたら、呑気な英雄も居たものだな。そう言えば貴様、オペレーターは居なかったな?』


 オペレーターとはヴァルチャーの飛行隊単位で付く後方支援要員の事だ。基本的にヴァルチャーの実働部隊とそれらが所属する傭兵組織の間に立ち、依頼の仲介や資材の調達、果ては戦闘中の支援も行う。

 ヴァルチャーにとっては居るのと居ないのとでは仕事の能率に大きな差があり、ある程度以上の規模を持つ部隊であるのなら必ず一人は雇うのが一般的だった。


「ああ。だが、まだ一人で何とかやれる」

『他所で個人傭兵をやっているのならば構わんが、【エントランス】ではそうはいかない。信用もクソもない新人に仕事が回ってくると思うか?』

「痛い所を突いて来るな」

『それにだ、ウチは他よりも部隊ごとの繋がりが強い。裏を返せば、共同作戦ならともかく、余所者を部隊に招き入れるモノ好きは居ないってことだ』

「つまり、僕が【エントランス】でまずやることは、オペレーターを見つけることだと?」

『ああ、だがさっきも言ったように信用ゼロの新人と組むオペレーターもほぼ居ない』


 ほぼ、と言う点に引っかかる。単に傭兵の現実を叩き付ける気だけではないようだ。


『そこでだ、先ほど4機撃墜した報酬替わりと言っては何だが、飛び切りの上玉が丁度良く空いている。貴様のオペレーターに付くよう一筆書いてやろう。悪い話ではないはずだ』

「それは願ったり叶ったりだが――」


 これまでの会話の内容から、このグレイヴ・キーパー墓守と言うコールサインをもつ男が聖人君子の類ではない事は解り切っている。もろ手を挙げた結果、自分専用の墓が掘られてました、というオチになりかねない。


『なに、このまま貴様が何事も無く到着すると臨時収入が入る予定なんでな。分け前をくれてやるつもりは無いが、だからと言って立役者に何も無しでは収まりが悪い』


 正直言って話が旨すぎて不信感しか抱かない。しかし、だからと言って拒否できるような立場にあると言うわけではない。ここは大人しく好意に――と言う事にしておく――甘えるのが無難だろう。


「――了解した。心遣いに感謝するよ墓守殿」

『裏を一つ返すとだな、奇襲を躱して1機で4機を片付けるような大馬鹿野郎を遊ばせる手はない。このところ【エントランス】の周りが騒がしくなってきてる。頭数は多ければ多い方が良いのさ』

「つまり、扱き使われるわけだ」

『ヴァルチャーは飛ぶのが商売だ。俺の目が黒い内は、開店休業は許さん――と、見えて来たぞ、12時方向だ』


 レーダー上で進行方向を横切ろうとする巨大な輝点。正面のHUDの向こうに聳え立っていた、巨大なかなとこ雲の横腹がぐにゃりと大きく歪み、盛り上がる。

 朱く染まった雲を引き千切り、突き出したのは冗談かと思うほど巨大な主翼。大きなアスペクト比を持っているようだが、そのサイズ感と厚みは翼と言うよりも鉄塊に等しい大剣を連想させる。

 長大な主翼を持つ全翼機が複数折り重なり、その中央にメインデッキらしき構造物と複数本の滑走路が貫いていた。揚力よりも魔術によって飛行する事を主眼とした結果、桁外れの図体を持つに至った超巨大航空機――ジャガーノートを見るのは初めてではないが、いつ見てもこの巨体には圧倒される。

 夕日を受けたジャガーノートに接近するが、巨大すぎる故かどうにも距離感を掴みづらい。


『貴様が着艦に失敗したら最後の最後で大損だ、まずは真面に着艦して見せろ』

「了解」


 入れ替わるように目の前のジャガーノート――【エントランス】から通信が入る。


『こちらエントランスタワー、レーヴァン応答せよ』

「レーヴァン、感度良好。着艦許可を要請する」

『着艦許可。精密誘導開始』


【エントランス】からの信号を受け取った機体は、この時代の航空機には標準装備となっているアレスティング・フックを自動で下ろす。

 オートパイロット解除、着艦支援装置起動。燃料総量、重量、重心位置確認。ギア・ダウン、フラップ・ダウン、エアブレーキ展開。

 約100ktで航行する【エントランス】に対し軸線を合わせて後方から侵入していく。巨大な鉄塊が航行する事によって生じる乱気流は、その広大な主翼に刻まれた魔術によって整流され、静謐とすらいえるほど均一な気流を作り出していた。さらに【エントランス】とリンクした着艦支援装置は、最適な速度と降下角をHUD上に表示し続けている。


『着艦には35Lを使用、降下を開始せよ』


 目の前には3段に分かれた滑走路が見える。1段は左右1本ずつの滑走路に分かれており、合わせて6本。この場合、上から3段目の左側の滑走路に、【エントランス】後方から侵入せよと言う事になる。

 毎分60フィートで降下を開始、滑走路35L上に光学着艦装置ミートボールを視認。理想的な着艦コースであるグライドスロープに上手く乗っていることを確認し宣言する。


「レーヴァン、ミートボール」

『確認した。速度、降下率を維持』


 そのままゆっくりと接近しつつ降下していく。相対速度は16kt程度にまで落ち込んでいるが、機体にふらつきは無い。屋根の様な後方の主翼が覆いかぶさるように近づき、滑走路の手前で明るく輝く進入灯の列が眼下へ飲み込まれていく。

 1㎞近い滑走路の後端に車輪が設地した直後、アレスティング・フックが滑走路上に張られている魔力で編まれたアレスティング・ワイヤーを次々と絡めとり、残っていた速度を落とすと共に、吹き荒れる風の中で機体が浮き上がらないように固定する。




『御見事、完璧だレーヴァン。――最前線エントランスへようこそ』


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