終末の∞インフィニティー第一話 神隠しの少年 

大谷歩

第1話

へ、天地未だ剖れず、陰陽の分かれざりし時、混沌たること鶏子の如く、溟涬りて牙を含めりき。その清陽なるもの薄靡きて天と為り、重濁れるもの、淹滞りて地となるに及びて、精妙なるが合ひ搏ぐは易く、重濁れるが凝り塊まるは難ければ、天まづ成りて地、後定まる。然る後に神聖その中に生まれしき。故曰く、開闢の初に洲壌の浮き漂へるは譬へばなほ遊ぶ魚の水の上に泛べる如し。時に天地の中に一つの物生れり。形葦牙の如くにして、すなわち神と化為るを国の常立の尊と号す。


日本書紀の冒頭より


            第一話 神隠しの少年 


 私立学士館高校の次期三年生である高刀渡利は、すっかり嫌気がさしていた。

 頃は三月の初旬である。全国的にも受験の季節だ。ただし、この神戸学園都市においては、その内容について文科省の認めるところにより、全国の一般的な学校とはずいぶんと事情が異なっていた。

 本日は晴天に恵まれ、室内は季節外れのポカポカとした陽気に包まれていた。そのせいもあってか生徒会副会長の高刀とはいえ連発する欠伸に歯止めがきかない。否応なく襲いくる倦怠感に緊張感は欠落していく一方だ。そんな彼の目の前にある机の上ではティーカップがプカプカと宙に浮いていた。どこか、のほほんとした空気を醸しだしている。すぐ隣に座る生徒会長が時折目を細め、顔に不謹慎と書いていたが、どうにも心地よい睡魔にはいかんとも抵抗しがたい。それも証拠に、ほかの試験官たちも一同にしらけたムード。そんな退屈に喘ぐ各校生徒会の幹部たちが着席する机の向こうでは今なお一人の男子生徒が実技の披露に懸命である。

 ここは異能者が多く暮らす街、神戸。一般的には神戸封鎖指定特区と呼ばれる街である。

 その区内にある六甲山は麓、その全域に広がる学園都市内にある合同キャンパス。建物の名は渦が森生徒会館。通称、六校同盟会館と呼ばれている。現在、この館内にある六校会議室では高校進学を決めるうえで重要な実技試験が開催されていた。

 さっきからずっと「うーん」と腹痛にでも耐えるような声が続いている。

 だが、どれほど頑張ろうと宙に浮くカップにそれ以上の変化は見られない。

 かれこれ受験者数は百名近くになるが今のところ際だつ能力を発露する者は現れていない。今年は不作かと高刀は少々不安を感じていたが、ともかく、この先もこの不毛な労働が続くのかと思うとかなり滅入ってしまう。

「あぁ、もうよい・・」

 ついに憐れむような声が隣の席から発せられた。

 私立学士館高校の生徒会長を務める紅鳳玲子の声だ。彼女は目も覚めるような美形だ。恐らく全身が黄金律や白銀率とやらで構成されているのだろう。まさに、そのプロポーションは女子高生とは思えぬ完全無比の四文字を誇っている。神が作りたもうた造形美とは彼女のことを言うのだとは先代生徒会長が思わず漏らした言葉である。

 そんな美少女の口から凛々しい声が生徒に向けて放たれた。それだけで普通の男子生徒なら意識が幽体離脱してしまいかねないが幸か不幸か、そこな少年は試験に集中しているせいか会長の声に意識が向いていない。そんな生徒の上半身からは陽炎のような物が立ちのぼっており、それが肩のあたりで半透明をした亜生物ともいうべき物体を形成している。

 魂魄寄生亜原子体。もしくは『被幽体』と呼ばれる未知の存在だ。

 神戸の封鎖特区内に住む多くの若者がこの未知なる物体に寄生感染されている。

 おかげで様々な異能を開花させることができるようになった。

 その生徒の体から滲み出て淡い光に包んでいる物体も被幽体である。

 ただし、その姿はいかにも弱々しい子犬の姿を連想させた。やはり何度見ても愛くるしい。頭が三つあるのはこのさい無視しても、その可愛らしさはゴールデンレトリバーの子犬三匹分に相当する。男子生徒が力むのに会わせてその被幽体も「くーぅぅん」と顔をしかめている。まことにもって反則だ。さすがの生徒会長もやはり女なのか、この被幽体にはむずむずと食指を刺激されてらっしゃるご様子。最初からほとんど実技披露など見ていない。真剣に査定しているふりをしながらも、その愛くるしい物体に目が釘付けなのはバレバレだ。まぁ、ともかく、ここまで表情が豊かな被幽体も珍しい。宿主である生徒とよほど心が通い合っているのだろう。見てるだけで心が和むが、そんなチャームポイントは残念ながら査定とは無関係。むしろマイナス評価になる。今まで色んな被幽体を見てきたが、こんなに非力そうなのは初めて目にする。しかも、その能力発動光には様々な色が混じっている。被幽体は寄生している人物の性格や潜在力によって形状が決まり、個々の力の在り方によって通常は一色同系統の光を発する。どういう原理でそうなるかは未だ学園都市内にて研究中であるが、それによって寄生者は一様に、といっても個人差はあるが通常一種の特殊能力を発揮する。とはいえ、そこな生徒と被幽体の有り様は明らかに通常では見られない違和感も感じられる。だからか最初は少々驚きもしたが、いかんせん。ほかに興味を覚える部分がまるでない。最初の印象が少々期待されただけに落胆もひとしおだ。

 そう、はっきりいって時間の無駄である。

 会長もさすがに飽きてきたらしい。

「まったく、どいつもこいつも……」

 と、ぼやき、溜息を吐きながら宙に浮くティーカップに象牙細工のような指先を向けた。 持ち手の部分を掴み、それを机の上に置く。シンプルな純白。されど透き通るような光沢はそれが高価な品であることを示している。

「まったくジノリのティーカップだぞ。いくらすると思っているのだ。それをこともなげに宙に浮かべ続けおって・・」

 おやっ、と高藤は目を細めた。今日初めてめぼしい収穫を得たような表情をしてしまう。

 もしかして意外とケチなのかな? 

 と、そこで、ようやく状況を悟ったのか室内の中央に立つ男子生徒が大きく息を吐きながら力を抜いた。同時に全てのカップがヘナヘナと机の上に下りてくる。生徒の背後に控える数名がクスクスと失笑を漏らした。試験の順番待ちをしている他の生徒たちである。そちらを静かに睥睨しながら会長がこの上もなく上品に紅茶を飲み干す。ちょっとした仕草だが、その一挙手一投足にはそこはかとない上品さが滲んでいる。初めて目にする者には全てが完璧に映ることだろう。

「篠原第二中学三年、南雲時継・・」

 名を呼ばれた生徒が強ばった表情をおずおずとあげた。

「講義科目の成績はすべて優。内申書の報告では多少問題のある生徒との交友関係が危惧されてはいるが学校生活は勤勉であり、おおむね真面目ということだが・・」

 今回の合同実技試験の総責任者を務める紅鳳玲子・・学士館の生徒会長が手にしている書類を見ながら言った。手にしている書類は内申書である。それに目を通しながら内容を読みあげていく。そこには、いささか何か疑念を持っているような表情も垣間見え、高刀はまたもや首を傾げてしまった。

「統一筆記試験の結果は大変よろしい。上位に入っている。努力したのだな」

 会長の声がいささか和らいだようにも思えた。会長は努力を惜しまぬ者にはそれなりの敬意を表す。と同時に結果主義者でもある。たちどころに眉間に厳しさが宿る。

「その結果だけを見れば我が学士館か、もしく学術院か・・上層二校のいずれかに入学できる資格はあると見よう」

「…………」

 男子生徒は喋らない。じっと会長の方を見ている。

 緊張しているのか? なにやら不穏な気配も感じるが……いや、それは気のせいだろう。

「しかし、実技の実力がこれではな。試験内容を伝える通知票には目を通したであろう。そこには、この学士館を受けるための資格も記述してあったはずだ。二大神智科学の一つ、超心理科学における顕著なる能力を発揮し、その高き才能の一端を示せと。これが君の才能と声高に主張するは勝手だ。そのうえで学士館を第一志望に選ぶも自由だが、あいにく、その程度ならば珍しくもない。だが恥じることはない。中層区もしくは下層区の高校へ進学することを私は奨める。幽術士の資格を得るには上層二校に進学するのが近道だが他校からも有資格者は出ている。それに技術者や研究者の道へ進むことこそ君には相応しくないだろうか? そのあたりを再考し、今日中に志望校の訂正をするならば協議の結果によっては極智館もしくは極英院への入学許可を出すことになるだろうが、どうか?」

「…………」

 男子生徒は相変わらず無口だが、その肩が心なしか落ちたようにも見えた。そうなのだ。この街の秩序を支え、治安維持に貢献する幽術士への道は、この閉鎖された街に住む多くの若者が持つ唯一憧れの未来像だ。多くの者がその資格を得ようと努力を惜しまない。ただ、どのような環境になろうと常に人の有り様は不公平だ。持って生まれた才能の有無。それがどうしても将来への希望に影を落とす。少年は大人になる過程で現実に突きあたり、いつしか挫折を受け入れるしかない。だが、そこにあるのが落胆なのか諦めなのか、それがどうにも読み取ることができなかった。奇妙な不安も覚えた。さっきから感じている違和感。そう、この生徒は本気で受験しているようで、そうではない感じがしてならない。うまく表現できないが、なぜか自分本来の力を隠し、あえて苦手な科目で試験に臨んでいるような、そんな理不尽さのようなものが漂っていた。その顔がきっと持ち上がった。高刀はおやっと目を細めた。男子生徒は今ある現実に抗おうとするような表情をしていた。それは不屈の精神とでも言うべきか。普段なら褒められるべき部分だ。それこそが厳しい現実を打ち破り、乏しい才能を埋めあわせるただ唯一の才能だ。だが、少年の表情に浮かぶ決意はそういったものとは別のように思えた。そして気づいた。少年が見せた先ほどの異能は微力ながらもその持久力には大いに見るべき部分があるのだと。

 ただし次の言葉を聞いて、そこへの期待も少なからず萎みそうになった。

「僭越ながら、念動のほかにも少々できることが・・」

 やっと口を開いたと思えば何を言い出すのやら。この期に及んでまだ粘るのはいいが、いや、いったい何を言ってるんだ・・こいつは。

「なんだと・・」

 会長の声が一段と強ばる。少年の背後に控える生徒たちもザワザワと波打ちだす。

 当然だ。寄生している被幽体一体につき顕現できる能力は通常一種である。ただし希に例外がないわけでもない。とても希少なケースではあるが複数の力を持つ者はいる。その場合、多くは何体もの被幽体を従えているが、何百人かに一人、たまに単一被幽体から複数の力を引き出す天才がいる。何代か前の学士館生徒会長がそのような能力者だったと記憶している。現生徒会長である紅鳳玲子はもはや呆れているようだが高刀はほかの可能性も視野に入れ、この少年を再度観察することにした。どうも引っかかるのだ。そもそも寄生している被幽体が一体のみという恵まれない才能の土壌で学園都市の最高学府を受験するなど無謀もいいところだ。ただし、そこな男子生徒が従えている被幽体の形状は特殊と言っていいだろう。被幽体の核の部分に相当する頭部が三つもある。すなわち、それは顕現できる力の幅広さを物語っているのではないだろうか。だとすれば得難き才能の持ち主である可能性も否定できない。ただ、やはり理解できないのは・・

「ならば最初からその能力を発揮すればよかろう。順番もつかえておるのだ。これ以上、貴様に付き合っている時間はないぞ」

 会長が憮然と言い放つ。そのとおりだ。時間稼ぎをする必要などどこにもない。

「会長、意見を申し上げてもよろしいですか」

 そこで高刀は丁寧に言葉を挟んだ。

「なんだ?」

「いえ、ただ気になります。微力ではありますが、十分間もカップを浮遊させるだけの念動を維持したのです。その持久力は大したものです。ともかく、もう少し様子を見たいと思うのですが・・」

 少々この生徒に興味が湧いてきたのもあったが恥を掻くのは自分ではない。そんな意地悪い気持ちがあったのも事実である。ただし興味を持ったのは高刀だけではなかったようだ。学士館の生徒会長を挟んで反対側に座る女子生徒が口を開いた。

「そうね。もし、その子の言うとおり、ほかにも能力を発現できるとすれば、それは大いに研究対象にもなるはずだわ。複数の能力を発現できる被幽体・・今までになかったことではないけれど、ただ、同時発動できる者はほとんど希なケース・・」

 そう言ったのは学園都市上層二校のもう一方、学術院高校の生徒会長、蒼玉静琉。

 学士館と双璧をなす学術院は魔術系神智科学の高校である。

 合同実技試験なので、この室内には学園都市六校の生徒会幹部がそれぞれ出席している。ただし体育会系を専門にしている仁徳義塾高校の生徒会だけは例年の如く欠席している。異能レベルの高さや学業成績よりも体力に重点をおいている学校なので実技の査定などする必要性がないからだ。

「私も興味あるわね」

 続けてそう言ったのは慈愛園女子高校の生徒会長、鈴宮雅だ。

 さらに高刀の隣に座る極英院高校の生徒会長と副会長が無言のまま肯いた。

 紅鳳を含め彼らはみな学園都市六校の幹部である。そんな彼らが実技の試験官を務めている。もちろん彼らは教師ではない。あくまで生徒であるが、それはこの神智科学のただ唯一の学府ともいえる神戸学園都市ならではの事情があるからである。

「ちょっとした転移能力と、限定的な予知能力を、ほんのたしなむ程度には・・」

「なんだ、その弱々しい自己ピーアールは?」

 紅鳳会長の声がさらに刺々しくなる。

「いや、その……」

 男子生徒の態度が俄に落ち着かなくなる。何かを躊躇している様子でもある。それが一般的な生徒のごく自然な態度だろうが、いまさらという感じもする。なんだか、よく分からない生徒だ。何を迷っているのだろう?

「まぁいい、やってみろ。どうせ時間の無駄だろうがな」

 会長はそう言いながら室内の隅に立っている乳白色のブレザーを着た女子生徒に目で合図した。乳白色のブレザーは学士館の制服である。生徒がティーポットを持って会長のほうへ歩みよっていく。なんのことはない。少し気分転換するようだ。その威圧的な態度に男子生徒はさらに萎縮してしまったようだ。

 あぁ、これはもう駄目だな。

 高刀は失念を禁じ得なかった。男子生徒が口にした能力は特に珍しいものではない。それに、こうも萎縮しては力を充分に発揮するなど無理。ましてや同時発動などできはずもない。予想どおり生徒は今度こそ頑張らねばと力みすぎてしまったようだ。

「はぅぅっ!」

 それにしても何て声を出すんだ。びっくりしてティーポットを持ってきた女子生徒が男子生徒のほうへ気を取られてしまっている。その途端、女子生徒が粗相をしたのかティーポットがあらぬ方向へ傾き、紅茶が注がれかけた。傾くティーポット。その注ぎ口は会長の膝に向いていた。誰もが、その後の会長を想像して、もはや男子生徒どころではない。気が付いた時には紅鳳会長の前に男子生徒が立っていて慌ててティーポットを取り上げていた。その勢いでポットの中の紅茶が飛びだしてしまい、会長の胸元を濡らした。外の陽気と室内の暖房も相まって室内はやや蒸し暑かった。会長は制服の上着を脱いでブラウス一枚の状態だ。「あ、熱ぅっ!」と会長の悲鳴。

「貴様、何のつもりだ!」と席から立ちあがる。

「いや、これは、不可抗力でありまして・・」

 会長の顔が激怒に歪む。うっすらと濡れそぼったブラウスが透けて水色のブラジャーの線がくっきりと、あれ? 見えていたはずなのだが・・それが消えて淡い肌色の膨らみがふっくらと・・続いて会長の顔がみるみる赤く染まり、両手で胸元を隠しながら恥じらい全開の様子で席にうずくまる。

「い、いやぁん、それはぁ、だめぇ・・」

 その目にうっすらと涙まで溜めていた。

 いやぁん? それはぁ、だめぇ?

 誰もが耳を疑った。完璧美少女の口から、そんな声が絞り出されるなど想像もできない。 いったい何をされたのか? その答えはすぐに解った。

 最初からこれが狙いだったのだろうか。男子生徒はまず念動力を使ってポットの向きを変え、次に瞬間移動し、立て続けに物体移動の異能を発動させ、誰もが呆気に取られるなか紅鳳会長の胸元からブラジャーを奪ったのである。なぜそんなことをするのか? 実技試験の最中に会長のブラを盗むなど学園都市創始以来の珍事件である。

 しかも現学士館最強と言われている生徒会長に防御する暇も与えず一瞬のうちに奪ったのだ。ただの変質者にしておくにはもったいない腕前だ。これはもう見事と言うしかあるまい。最初に見せた非力な念動力は我々を油断させる計略だったのだろうか。だとすれば完璧に騙されてしまった。まことに畏敬の念すら感じてしまうが、今は余韻に浸っている場合ではない。

「こ、これは! とんだ、ご無礼を! このブラジャーはちゃんと洗濯をしてお返しいたしますから!」

 なんて律儀な犯罪者だ。いや、そういう問題ではない。いったい何が目的だ。男子生徒は右手に会長のブラジャーを、左手にポットを持ち、脱兎の如く駆け出していく。なぜポットまで? いやいや、とどのつまりは下着泥棒だろう。もはや頭の中は混乱しきっていた。誰もがそうだった。あの傲岸不遜を絵に描いたような玲子会長をして、このような醜態をさらけさせるとはあの少年め、ただ者ではない。ほかの生徒会幹部たち一同この場にいる全員が呆気に取られて茫然としている。ここには学園都市に数名しかいないSクラス能力者が一同に揃っていたのだ。そんな状況でこのような犯罪行為をまんまとやり遂げられてしまった。これは学士館高校としては決して口外できない恥である。いや六校同盟の権威と沽券に関わる珍事。絶対に見過ごせるはずがない。もはや試験どころではないだろう。試験官の仕事がこんな愉快なことになるなど想像もしなかった。まことにグッジョブだぞ少年。高刀は心中で喝采を叫びながら立ちあがった。

「ただちに、このエリアを封鎖しろ。何人もこの同盟会館から外へ出すな。学園都市防衛隊を緊急招集。催眠術系異能者も招集しろ。目撃者は全員監禁のうえ記憶を改竄。そのうえで紅鳳会長のブラジャーを奪った不埒者を捕らえよ。ただし、ほかの生徒たちには気取られるな。作戦は極秘裏のうちに行い、闇から闇へと葬り去れ。このような珍事はなんとしても揉み消すのだ。よいな六校同盟の権威と学士館の名誉にかけて会長のブラを回収せよ。命に替えても奪い返すのだ。ちなみに会長のブラジャーは国産下着メーカーが社運を賭けて開発した胸の形を綺麗に補正し、なおかつ清楚可憐に見せるタイプだ。胸の谷間にそこはかとない上品さを醸しだすのが特色である。値段はかなり高価だ。ブラにそこまで金をかけながら、いまだ彼氏の一人もいない苦衷を察すれば、それを奪われたお心はいかばかりの無念であろう。恐らくは、ここぞの勝負下着だったと見てまちがいない。なんとしても我らの手で奪い返してさしあげろ。ちなみにサイズはDカップ・・おぐはっ!」

「や、やめんかぁ!」

 後頭部を思い切り殴られた。紅鳳会長の顔は火がついたように真っ赤である。

 その隣では学術院の生徒会長、蒼玉静琉が腹をかかえて悶絶していた。

 我が敬愛する玲子会長は大粒の涙を浮かべ、蒼玉会長を睨んでいる。

 しまった。ライバルである彼女の前で恥を掻かせてしまった。

 うっ・・怒りに我を忘れておられるようだ。

「貴様、大声でブラ、ブラと連呼するな! しかも、なぜ、そんなプライベートな情報を!ええい忌々しい! なにをしておる。さっさと変質者を捕らえに行け! どいつもこいつも、さっさと出て行けぇ!」

 怒鳴り声を聞きながら学士館の生徒会副会長である高刀渡利はすでに恐怖の場へと変わろうとしている試験会場をさっさと後にするのだった。



 あぁ、どうしてこんなことに・・

 南雲時継は死人のように青ざめた顔で廊下を疾駆していた。

 これで本当によかったのだろうか?

 とにかく悩んだ。実技の試験を受けながら、とりあえず念動異能を披露しながら悩んだが、いい考えなど浮かぶはずもなく、このような結果になってしまった。

 任務とはいえ、いくらなんでもやりすぎだろう。

 あんな綺麗な女の子に恐らく一生恨まれそうな恥をかかせてしまった。

 時継は心の中で謝罪しながら雑踏の中を駆け抜けていく。

 慌てていたので思わずポットまで持ってきてしまった。ブラジャーは無理矢理上着のポケットに押し込んで隠したが、こいつばかりはどうにもならない。ポットを手に疾走する姿は誰の目から見ても異様に映る。廊下にはこの学園都市内にある各高校の募集ポスターが所狭しと張られている。受験者はいずれの学校を志望するのも自由だ。今日はその合同実技試験の日である。本来なら時継もちゃんと志望校を目指して実技試験に臨んでいたはずだ。ところが急遽、その受験の場を任務に利用するよう指令が下ったのである。

 いったい、ぼくはどうなってしまうのか? このままでは高校入学など夢のまた夢にちがいない。いや、それ以前の問題だ。犯罪者として収容所へ送られる可能性もある。すぐに釈放はされるだろうが下着泥棒の容疑で捕まるなんて、これ以上もない人生の汚点だ。

 ……不安が押しよせてくる。

 なんで自分はこんな大事な日に罪を犯し、命からがら逃げなければならないのか?

 理不尽な境遇を呪うほかはない。

 この意味不明な任務を授かったのは昨夜のことだ。

 上司であり、姉のような存在として身許引受人になってくれている十歳も年上の幼なじみから、いつものように任務の内容を告げられたのだ。

 十も年上の女が幼なじみというのも異様なことだが、ただの中学三年生が独立自治政府監査部の特殊任務に従事させられているというのも受け入れがたい状況である。

 おまけに次の日は大事な受験の日。前々から学士館とは双璧をなす学術院の方の試験を受ける決意を固めていたというのに・・。

 当然ながら任務には渋い顔をした。

 合同筆記試験はまずまずのできだった。この分では学術院に受かるのも夢じゃない。

 そんな自信もあったのだ。

 この神戸閉鎖特区でのみ発展している神智の科学。それには二つの派閥がある。

 一つは純粋に科学の分野から寄生者の能力研究を行う超心理学派。

 そしてもう一つが錬金術や霊術などの分野から研究を進める魔術学派である。

 被幽体能力には超心理学的と思われるものと魔術的としか言えない不可解なものが存在するからだ。異能者はいずれかの属性にそった力を身に着けているのが普通である。

 とはいえ、どちらが正当かなど誰にも決められない。なのに、この二つの属性がこの外界から封鎖された街を二つに裂き、互いに主導権をめぐる争いにまで発展させている。

昨夜時継は、当然のことながら抗議した。

『どうして、ぼくが学士館を受験しなきゃならないんだよ。だいたい、ぼくの属性は魔術系のほうが強いし、それに、そんな犯罪行為できるわけないじゃないか・・』

『だいじょうぶ。バックアップは万全だから。それに、ちゃんと入学できる高校も用意するから、あなたは任務の遂行だけを考えなさい』

 年上の幼なじみの口調は毎度のことながら有無を言わせぬものだった。

 すべてにおいて信用のならない言葉でもある。

 いったい、これのどこがだいじょうぶなのか? 

『それに、あんた本来の力は超一級の極秘扱いなのよ。実技試験なんかで衆目の元にさらせていいわけないじゃない。演技なさい。ダメ人間を装いなさい』

 さらに意味不明な・・いや、理不尽な要求が続く。

『そんな無茶な……・・』

『誰に飯を食べさせてもらってると思ってんの?』

 残念なことに抵抗する余地などありはしないのだ。

 それにしても、どうして下着を盗んでこいなどという無茶な命令が出されたのか? 

 上司である幼なじみは、その任務の必要性までは教えてくれなかった。しかもバックアップとか都合のいいことを口にしていたが、毎度のことながら、その部分に関してはまったく頼りにならない。自力でなんとかせねばならないことは最初から覚悟していた。

 斯くして、やはりこの状況である。もはや志望校の訂正どころではない。ともかく今は一刻も早くここから脱出することだ。すぐに追っ手がかかるだろう。

 時継はごったがえす廊下を駆けぬけ、渦が森会館の外へ出た。

 やはりというべきか、さすがは学士館と極智館の生徒会が運営している警備隊だ。その名も『神戸学園都市防衛隊』通称KGB。どこぞの国にあったかつての秘密警察みたいな通り名を持つ組織である。すでにそこには屈強な男子生徒が数名配置されている。

 やはり自力でやりすごすしかない。ここで手荒な真似をして事態をややこしくするのは任務の遂行上よろしくない。時継はいきなり警告もなく繰り出してくる相手の攻撃を紙一重でかわしながら学園都市内を下方に向けて全力疾走を続けた。とうぜん向こうも追いかけてくる。異能力でパワーアップされた蹴りと突きが次々と襲ってくる。いくら異能者であろうと並の動体視力と反射神経で避けられるものではない。防衛隊の屈強さは学園都市内でも一二を争う。その勇猛さは下層二校の一つ体育会系専門の仁徳義塾高校の空手部か、もしくは、その荒くれ者どもが集う学校を統率している仁徳新撰組にも匹敵する。そんじょそこらの下着泥棒なら、あっというまに血祭りにあげられていただろう。

 だが時継には学士館の生徒副会長の高刀が予想したとおり、並々ならぬ才能がある。

 動体視力や反射神経や鍛えあげられた格闘術のほかにも使える武器があるのだ。

 先ほど発動した瞬間移動もその一つだ。ほんの半径ニメートル内なら、いくらでも瞬間移動が可能である。ただし、その能力査定はDランク。査定基準としては最低である。ちなみに、その前にやってのけた念動力もDランク。重さ3キログラム以内の物ならいくらでも動きを支配できる。ほかにも二三秒先のことなら連続していくらでも予知力を発揮することもできる。が、やはり、どの能力も最低クラスの役に立たない力である。まさに多芸は無芸に等しきを絵に描いたようなものだが、これらを同時に使いこなせるとなると話は別だ。その能力査定は相乗効果をもって、いきなりAランクへと跳ね上がる。しかも時継に備わる異能は本来はそのような超心理系のものではなく魔術系に属している。ただ、それをここで発動するわけにはいかないのだ。

 こんなくだらないことで正体をばらすなど許されることではない。

 時継は三つの能力を駆使しながら防衛隊の布陣を次々に突破していく。

 相手がどれだけ攻撃してこようと時継にはすべての攻撃を読む力があり、そのすべてを避けるだけの瞬間移動力がある。さらに相手が気づかないだけの念動力をもって攻撃の軌道をずらし、同士討ちにさせることも同時に可能だ。防衛隊員たちは自分たちの攻撃がすべて無効化され、どうして倒されていくのかも解らないまま次々と脱落していく。

 下層エリア内まで逃げ切った頃には、もはや誰一人として追ってくる者はいなかった。

 時継はさらに一気に斜面を下り、学園都市外の下町へ向けて猛ダッシュをかけた。市営電鉄の駅まではまだ随分距離がある。油断はできない。その坂の上から遠く街の景観が見えていた。そこはかつてはファッションの街と呼ばれ、関西屈指のオフィス街であり、鮮やかなネオンに輝く繁華街でもあった場所だ。

 今、その面影はどこにもない。

 あの美しかった海と山に囲まれた観光地の趣もまったくない。

 ほとんどのビルが崩れ、廃墟がそのまま忘れられたように放置されている。

 陽の光を反射して輝く海だけが澄んだ紺色を湛え、それを見ていると時継はいつも悲しくなってしまう。・・二〇二〇年に起きた第二次神戸大地震。

 それが美しかったこの街を再び破壊し、多くの人の命を奪い、今なおこの地に住む多くの若者の人生を翻弄し続けているのだ。

 

 二〇二〇年の五月五日。

 今から二十年前のゴールデンウィーク。その日、時継と、その家族は六甲山へハイキングに出かけていた。

 六甲山へのハイキングは阪神間に住む人々にとって最も手近で気軽なレジャーの一つと言えるだろう。時継の家族はみな仕事で忙しく、ゴールデンウィークに旅行へ出かける暇がなかったため父の提案により、そんな行楽が急遽決まったのだった。

 時継の家族は祖父と父母あわせての四人家族だった。

 祖父は大学教授。母は中学の音楽教師。父は医者だった。

 そんなめぐまれた家庭環境で育った時継だったが、いつも寂しい思いをしていた。

 父も母も祖父もみな毎日仕事で忙しく、いつも一人留守番をしていたからだ。

 そんな時継にとって両親と出かけるのは久しぶりのことだった。

 たかが日帰りの、ちょっとしたハイキングでも嬉しく思えるものだった。

 芦屋市側のロックガーデンから風吹岩を通り七曲がりを越えて山頂へ至るコースは一般的な日帰り登山コースとして有名だ。そして山頂から有馬へ抜けるのもお決まりのパターンである。だが、その日、家族は山頂で昼のお弁当を食べたあと、紅葉谷のほうへ向かうコースを進んだ。そして昼過ぎ、ちょうど紅葉谷付近へ差しかかったところで大きな地震に遭遇したのだった。それは今思いだしても、とても恐ろしい出来事だった。いきなり山肌が削れ、大地が陥没し、突如多くの木々が倒れてきたのだ。時継は為す術もなく地割れに飲まれ、地中深くへと落ちていった。

 

 当時八歳だった時継は山中で地震に遭遇した。突然起きた土砂崩れに飲まれ、両親と引き離され、割れた谷底へ落ちていったのである。当然、死んで当たり前の状況だった。とても怖い思いをしたからだろうか、その時の記憶はどうも曖昧である。気づいた時には、冷たく硬い床の上に寝そべっていた。ひとりぼっちだった。そこは人工的な空間だった。驚くほど広く、美しく。中央に巨大な塔がそびえていたのを微かに覚えている。地割れが起き、地底へ飲まれたと思っていたのに、なぜ生きてるのか不思議に感じたものだった。

 もしかすると、この不思議な建物の中に父と母もいるのかもしれない。

 そう思い、この施設の中を探すことにしたような・・記憶だけが残っている。

 確か、塔の下部へ向かって螺旋状の階段を下りていったはずだ。驚いたことに、塔の底の部分は見えなかった。そこは暗黒の世界へと続いていたように思う。

 それ以外は、やはりどうも記憶が曖昧だ。

 ただ、「これより先へ行ってはならぬ」そんな声の記憶だけが鮮明に耳に残っている。

 何者の声だったのかは今をもって解らない。その声とともに周囲に光が満ちていたはずだ。無数の変な生き物たち。半透明な形もあやふやな、ただ翼だけがくっきりとしている不可思議な存在。そんなのが無数に現れ、まとわりつくようにすりよってきた。

 不思議と怖くなかった。なんだか、なつかしい記憶が途方もない時間を得て甦ってくるような感覚に心が安堵に包まれる夢をずっと見ていた気がする。

 ここにずっといたいと思った。ただ、それだけだった。

 その穏やかな眠りを突然の声が切り裂いた。

「時を止めるでない・・そのままではいかん・・新たな時を紡ぐ者となれ・・新しい時代へ人類の記憶を伝えられるのは・・おまえしかいない・・時継よ・・目覚めておくれ・・おまえまで失うわけにはいかん・・わしの命に替えてもな・・」

 突如そんな声が降り注いできた。懐かしく、聞き慣れていた・・温かい声・・周囲に反響する声。それは地下空間の全体から発せられていたように思う。そこで、ぽっかりと空間が避け、気づいた時には山中にもどされていた。

 当然、そこには父も母もいなかった。また、ひとりぽっちだった。

 不思議と涙は出なかった。心細くて悲しくて、こんなのただの夢だと思った。

 がんばって山を下りることができたら、きっと父も母も褒めてくれるにちがいない。

 だから泣けなかった。

 その後は、どこをどう彷徨ったのかは覚えていない。

 とにかく必死で山を下りていった。

 すると、いきなり街が開けた。

 見たことがあるような、ないような風景。

 それは記憶にある街に似ていたが、大きく変貌を遂げていた。あの地震のせいだと思った。破壊された街がそこにあったからだ。そして、ぽつぽつと新たな街が造られようとしていた。そこは、まったく自分の知らない異世界に等しかった。

 そして時継は十三年ぶりに現実の世界へと戻ってきたのだった。


 そこにいた女の人は自分のよく知る人物にとてもよく似ていた。

 確かな面影もあったからだ。ただし彼女はどう見ても自分のよく知る人物よりも遙かに大人になっていた。いや、それより、ここはいったいどこなんだ? 

 ・・当然の疑問だった。

 じょじょに人が集まり、森の中から出てきたばかりの時継の周りを囲み始めた。時継は恐る恐る集まってきた人たちを観察した。学生らしいことがなんとなく雰囲気で解った。制服を着てるわけではない。みな私服である。中には分厚い書物を抱えている人もいる。なので大学生なんだろうと子供ながらに思っただけである。でも、そう思うと疑問が浮かぶ。つい数日前に大きな地震が起きたはずなのに平然と学校へ通う余裕があるのか? 街のほうは無事だったのか? とても大きな地震だったのに? 何か嫌な違和感を感じた。自分一人だけ途方もなく取り残されているような凄まじい心細さだった。そんな不安を浮かべて戸惑ってると目の前の女性が目を見開き、大きな声を張りあげた。

「時継かっ! おまえ時継だよなっ!」

 女の人がぼくの名を叫んだ。それで彼女が何者なのか解ってしまった。

 時継は腰が抜けるほど驚いた。やっぱり隣の神社に住んでる桜ちゃんだ。

 でも、どうして、こんなに大きくなってんだろう。 

「なんで、あん時のままや! ずっとどこへ行っとたんや! もう死んだもんや思てたのに。って・・まさか、もしかして化けて出てきよったか!」

 お化け呼ばわりされた。唖然としていると彼女のそばへ駆け寄ってきたもう一人も驚きを顔で絶句。時継は恐る恐る口にしてみた。

「も、もしかして、今度は朔夜ちゃん?」

「まちがいない、時継だ。でも、なんで、まだ、こんな子供のまま・・こういうのをなんて言うんだっけ・・えっ、お化けやないってぇ・・こんなビクビクしとる幽霊いるかいな。そうそう、神隠しっつうやつやなぁ」

 彼女は暢気な口調でそう言った。

 

 頭の中は真っ白だった。そこは学園都市と呼ばれる施設だった。その広大なキャンパス内にある病院に連れて行かれ、学食のパンを餌のように与えられた。

 腹が空いていたので、それを食べながら説明を聞いた時継は叫びたくなった。まったく冗談じゃないっ! 八歳の子供だってパニックになる。わぁい、浦島太郎だぁなんて無垢になれるはずもない。子供にも常識はある。ありえない。あっても喜べない。なんという非常識。神様は子供だからと馬鹿にしすぎてる。つい二、三日前のことと思ってたあの地震からすでに何年も経過してるなんて。あれが十三年前に起きた悲劇と告げられた時は途方に暮れた。まだ八歳だったから、かろうじて心が順応できたのだ。いい大人だったら恐らくおかしくなっていただろう。運良く保護されたのは山中を迷ってるうちに学園都市内に紛れてしまったからということも後で解った。彼女らはそこに在する大学の学生だった。保護された後に運び込まれた病院で教えられた。そして彼女たちは確かに知り合いだった。近所に住んでた友達というより、いじめっ子の二人組。桜ちゃんと朔夜ちゃんの二人。よりによって、この二人に助けられるなんて。しかも二人とも、すごいお姉さんになっている。身の危険を感じた。これは命に関わるかもしれない。きっと今まで以上の虐待を受けるにちがいない。冗談ではなく、その時はそんな不安のほうが強かった。

「時継・・落ち着いて聞くがいい」

 大人っぽく凶悪に色気も増した朔夜ちゃんが言った。

「おまえは、もう十三年前に死んだことになってんだ。これから先どうする?」

 ・・って言われてもぉ。

 八歳の頭では考えられる許容範囲を超えていた。

 彼女らの話を総合すると時継は十三年もの間、山中を彷徨っていたことになる。

 しかも悲しいことに、まるで成長していなかったのである。


 時継は急な坂道を下っていた。途中ちらりと後を振り向いてみたが、もう追っ手はいなかった。完全に振り切ったらしい。神戸学園都市の下層エリアにある仁徳義塾高校の校舎から続く道路上に人影はない。上層エリアにそびえた立つ学士館高校と学術院高校の校舎が、その向こうにひっそりとたたずんでいる。さらに、そこから遠く長峰山を仰ぎ見ると、地獄谷尾根にかけて裾野が広がり、そこに点在する最上層部の校舎群も垣間見えた。

 それは神戸封鎖特区を支配する学生連合の二頂点である。司法庁を管轄する神学館と、行政庁を管轄する神英館の二大学だ。

 七年前の春の日・・時継はその大学校舎のそばで大人になった幼なじみの二人と再会したのだった。

 やがて時継は鴨子ヶ原の街中までやってきた所で走る速度をゆるめた。ここは震災前は高級住宅街であった場所だが今は見る影もないほど廃れている。その坂の上から遠く神戸封鎖特区を取り囲む巨大な壁も見えていた。日本政府は震災後不可思議な現象に見舞われ、多くの異能者を誕生させた忌まわしき地を封鎖し、世界の目から隠し続けることを決定した。特区内に住む異能者たちは許可なく壁の向こうへ出て行くことは許されない。壁の周囲には自衛隊が常に常駐し、監視している。六年前に起きた神戸革命によって、ささやかな独立自治権は確保したものの依然と特区内に住む者に真の自由はない。

 時継は鴨子ヶ原のバス停に到着した。ちょうどやって来た落書きだらけのバスに乗る。ラッカースプレーに彩られたポップアートなバスだ。デザインの出来は上々だ。褒められた行為ではないが書いた者のセンスが光っている。学園都市外は至る所が廃墟なので退廃的に周囲に溶けこんでいる。なので、これはこれでいいのかもしれない。落書きを注意する大人も街にはほとんどいないし、それを取り締まる法令もない。そんな無法の街をバスはゆっくりと走っていく。やがて数分後、バスは駅に到着した。駅前も閑散として何もない。復興など夢のまた夢。駅舎を囲む壁も落書きだらけ。フェンスも所々破られている。かつては私鉄駅として賑わっていたが、その面影はない。荒れ放題の駅舎内も無人である。

 そんな自動発券機の前に一人の少女が立っていた。自分と同じ学連監査員の不知火伊織である。時継は先に切符を購入してから例のブツを彼女に手渡した。ティーポットとブラジャーだ。不知火は黙したまま受け取り、ティーポットをじっと睨んでいた。

「いや、それは、つい勢いで持ってきちゃって」

 ティーポットは余計だったはずだ。でも、そんな物を持ってウロウロしたくないので押しつけることにした。きっと彼女は文句など言わないし、それが彼女の仕事なのだ。

「ご苦労様です」

 あまり労っているようには感じない抑揚のない口調で彼女は頭をさげた。いつのまにかティーポットにブラジャーをグルグル巻きつけて両手で抱えている。とてもシュールな絵図だ。彼女は同じ家に下宿する同居人である。長年の付き合いなので、この不思議ちゃんぶりにも慣れてきたが、いまだに何を考えているのかは予測不能だ。表情は電源を落とされたロボットのように微動だにしない。それでも、それが驚くほどの均整な顔立ちであることは朴念仁の時継にも理解できる。ただ、いかんせん、そこには笑顔の欠片もない。いつもにも増して冷ややかな視線を感じるのは気のせいか。やはり嫌われてるのかもしれない。そりゃそうだ。白昼堂々、奪ってきた女性物下着を手渡すような男に好感が持てるはずもない。その冷ややかな彼女の口もとから次の指示が伝えられた。

「この後は、いつもどおり、例のポイントで待機を」

 時継はその指示に頷きながら駅の改札を潜った。

 そして三宮方面へ向かうプラットホームを溜息きを吐きながら歩いていく。

 そのがくりと落ちた肩を見つめながら不知火が小さく首を傾げていた。


 中華街と元町商店街の間に挟まれた裏通りにある古書店『曾呂紋堂』で時継がバイトをするようになったのは一ヶ月ほど前からのことだった。

 店主とは以前からの顔見知りだ。祖父の古い知り合いで、小さい頃にほんの数回だが、その店へ一緒に行ったことがあるからだ。

 店主の名は曾呂利紋次郎といった。

 六十代の初老で、先祖が秀吉に仕えていたのが自慢である。遅ればせながら時継が人生を再スタートさせ始めた時も、なにくれとなく世話を焼いてくれた人である。再会できたのは小学五年生の時。とても懐かしい思いがした。時継には十三年もの空白期間があるからしかたがないが、再会した紋次郎はだいぶ白髪が増えていた。でも幼い頃の記憶にある穏やかな笑顔は変わってなかった。最近足腰が弱ったとかで重い書物を持ち運ぶのも難儀すると言っていた。その紋次郎さんが久しぶりに時継の姉代わりで上司でもある神無備桜子を訪ねて来たのは、ある悩みごとを抱えてのことだった。

 紋次郎の話によると、最近、雑貨屋が店の前にオープンしたそうだ。それだけを聞けば得に怪しい話というわけでもない。街が賑わいを取り戻していくことは商売を営む者にとっても喜ばしいことだ。店の雰囲気も女性客を対象にした可愛らしい造りで、普通の雑貨屋にしか見えない。ただし裏通りに、そんな店がオープンしたところで客足はわずかである。そのうえ夜な夜な怪しげな連中が出入りしているらしいとのこと。どう見てもファンシーグッズや可愛らしいアクセサリーなどとは遠遠そうな柄の悪い連中だったという。

 古書店曾呂紋堂の周辺はお世辞にも治安がいいとは言えない。三宮、元町を含めた都心界隈では毎日のように乱闘事件が起きている。学校にも通わず、働き口もないあぶれた異能者たちが徒党を組み、様々な犯罪に手を染め、しかも互いに縄張り争いをしているからだ。そのため学園都市の六高校において同盟協議が持たれ、いくつかの自衛組織が創設された。各組織は暗黙の了解で、それぞれの持ち場が決まり、治安維持活動に従事している。

 その業績次第では、行政司法を司る学生連合から下りる学校運営予算の額にもちがいが出てるため各組織は熾烈な手柄争いをしている。

 街で商売をしている人たちにとっては迷惑な話だが、これも特区内の事情があるのでしかたがない。・・なので・・

「警備もかねた従業員がいてくれると、すごく助かるんだが・・」

 という話だった。

 そこで次の日から時継がアルバイトとして『曾呂紋堂』へ送り込まれることになった。

 与えられた仕事は店の警護も当然ながら怪しげな雑貨屋を監視すること。

 それが第一の目的である。つまり、これも任務の一環なのである。

 

 バイトは楽だった。売り物である古本を読みながら店番してればいいだけだからだ。店の古書は魔術や超心理学関連の物がほとんど。いわゆる神智科学に関する書物である。といっても世界的な基準で言えばただのオカルト本だ。二束三文の紙屑として一般常識からすれば無価値な物に分類される。だが、それは外の世界においてである。この特区内では重要な資料として扱われる。中には古代の魔術書なども置いてあるので神智学研究者や技術者が時折足を運んできた。店が表通りにあればもっと繁盛してたにちがいない。

 そんな貴重な資料に囲まれているのだ。受験勉強をするにもいささか役には立った。

 ただし、それが本来の目的ではない。任務内容はこの店前にオープンした雑貨店を監視すること。やはり見た目はどうってことない店だ。アクセサリー類が綺麗に陳列してあり、カジュアルな小物なども販売している。かつては私鉄やJRが走っていた特区市営電鉄の高架下に行けば同じような店をいくらでも目にすることができるだろう。そんな店を見張り、出入りする客や業者をチェックするのがもっぱらの任務なのだ。

 案の定、出入りしている人間の大半が場違いな連中だった。金髪ピアス男に派手なパンクファッションに身を包んだ若い女。見るからにヤクザ風のおっさんに、パチンコ帰りらしいチンピラなど、可愛らしい小物を求める客層とはとても思えない。見た目からして違法薬物や違法術具などを買い求めそうな連中だ。特区内ではよくある話である。普通の店に偽装した違法物ディーラーの店である。なので、すぐに監査部に打診した。わざわざ監査部が出張るほどの仕事とも思えないが知り合いの身が危険に曝される恐れもある。ここは頑張ろうと、いつでも店へ踏み込む心の準備はすっかり整えていた。

 なのに上からは「待機せよ」との返事ばかりで、待てども待てども次の命令は出されない。おかげで暇を持て余し、筆記試験用の勉強だけはたっぷりすることができた。

「それも今となっては無駄になってしまったけど・・」

 あまりのけだるさに一人ぼやく。そんな暇を持てあます数週間の中で唯一心のオアシスになっていたのが雑貨店の二件隣にある洋菓子店だ。そこはシュークリームが人気の隠れた名店だ。時継は甘い物は嫌いではない。むしろ勉強の合間の甘味摂取は疲れも取れて重宝する。が、それだけのことで毎日は買わない。動機は極めて不純。つまり、その店に可愛い女の子が働いていたからだ。知らず知らず洋菓子店の虜になるのも男子なら当然だ。ただ、まさか、その子と試験会場で、あのような場面で出くわすとは思わなかった。オアシスは見事に枯れはて、心の中には青春の廃墟が残されている。今日はなんという厄日だ。そんなわけで今日のおやつはシュークリームではない。かわりに紋次郎さんが差し入れてくれた大福が皿に載っている。ただいま紋次郎さんは古書の仕入れで留守にしていた。

「この歳にして、めっきりふけこんでしまうのはなぜだろう・・」

 と、他人が聞いたら意味不明な呟きを漏らしながらカウンター下の棚から湯飲みと急須を取り出し、お茶を入れることにした。しょんぼりと湯沸かしポッドのボタンを押して茶葉を入れた急須に注ぐ。そこで勢いよく店の扉が開かれた。

「・・あっ、いらっしゃいませ・・」

 食べようとしていた大福が手から落ちた。慌てて入口から顔を背けたがもう遅い。背後に屈強な護衛を引きつれた女子高生が憤怒の形相で立っていた。みるみる血の気が引く。

 どうして、こんなにも早く、さっさと居場所がばれてしまったのか?

 そこに立っていたのは学士館の生徒会長・・あの紅鳳玲子、その人である。

「やっと見付けたぞ、変質者め! 覚悟しろ!」

 玲子会長はズカズカと店内に入ってきた。店の周囲が騒がしくなる。見れば学士館の制服にKGBの腕章を着けた学生たちが取り囲んでいる。店内に入ってきたのは他に副会長である高刀と試験会場でお茶汲みをしていた女生徒の三人だけだ。

「さっさと私のブラを返せ!」

 カウンターに歩みより怒鳴りつける。

「お姉ちゃん。もう少し冷静に・・下着泥棒さんに失礼ですよ」

 下着泥棒に人権を認めてくれるのはありがたいが、それよりも、今なんと言いましたか?そう、たしか、お姉ちゃんと・・たったいま何かが完全に終わった気がした。玲子会長のすぐ横にいたのは洋菓子店でバイトしていた女の子だ。そうか、それで足が着いたのか。

「ここにはないです。でも、ちゃんと洗って返しますから・・」

 そう言うのがやっとだった。

 玲子会長が何かを言いかけたが、それはつんざくような排気音に掻き消された。外から強烈な光が入り込んできた。店のガラス越しに見ると無数のヘッドライトが向けられている。さらに騒がしくなった原因は数台のオートバイが現れたせいである。それらが店の前に停車し、次々と裏通りを占拠し始めた。一見暴走族かとも見紛う集団は黒いガクランの上に白と青の羽織を身に着け、額当てをし、みな背に日本刀を背負っている。物々しい格好だ。バイクはいずれも違法改造。その先頭集団にいるひときわ大きなバイクのタンデムシートには旗を持った女が座しており、その大きな旗には誠の一字が描かれている。幕末好きのコスプレ集団かとも思うが、そうではない。連中は仁徳義塾高校の生徒会治安部隊だ。通称、仁徳新撰組。その面々である。学園都市防衛隊の連中と押し問答をし始めた。その騒ぎを押しのけ、ひときわでかいバイクから巨体が近づいてくる。時継もよく知る人物だ。店の扉が開き、のそりと前屈みに男が入ってきた。

「相変わらず狭い店だな」

 言いながら近づいてくる背後には新撰組の一番隊長と二番隊長が従っていた。

「お前、何やらかした? 防衛隊の連中が押しかけて邪魔になってしゃぁない」

「なんで、お前まで出てくんだ・・」

「そない邪険にせんでもええがな・・防衛隊の連中に、このへんウロチョロされるんは、仁徳義塾としては看過できん。このへんは、わいらの縄張りやさかいのぉ」

 学士館の生徒会長を睥睨しながら牽制の一言を発したのは新撰組の四代目組頭・・黒弦不動だ。

「南雲の兄貴に何かあったんじゃねぇかと頭は心配して押しかけてきたんでさぁ」

 そう捕捉したのは二番隊長だ。・・えっと名前は忘れました。

「相手が防衛隊だろうが、頭の弟分でらっしゃる南雲さんに危害を食えるとあっちゃ我ら新撰組も黙っちゃいられねぇ」

 一番隊長も背負っている日本刀の鯉口を切る。おいおい物騒だからやめてくれ。しかも、あんたらいつの時代の人間だ。ここは関西だぞ。なんだ、その江戸っ子な口調は? わざとやってるにしても組織のネーミングとは何の関連性もないだろう。まったく、いつ遭遇しても不可解な連中だ。それに・・

「誰が不動の弟分だ! 勝手にポジションを決めないでくれ!」

「へぇ・・仁徳義塾の不動くん・・彼がきみの弟分って、どういうこと?」

 興味本位の口調で聞いてきたのは高刀である。

「おう、久しぶりやな高刀。で、こんな下町に上層校のエリートが何の用や。おれの弟分に手ぇ出すちゅうんなら、それなりの理由があるんやろな」

「だから弟分じゃないって!」

「理由は、あるにはあるんだけど・・」

 困った様子で高刀は玲子会長の方を見た。

 会長は「喋るな!」の一言。「その理由を口にしたら瞬殺するぞ」と不機嫌をまき散らした。

「なんや、えらいご立腹やないか?」

「そりゃ、そこにいる南雲くんに、みすみす生下着を奪われたんですから」

「あぁぁ・・いとも簡単にポロリか!」

「そうなんか? 時継・・」不動はどこかワクワクした顔だ。

「貴様ら、私を無視するな!」玲子会長はさらに激怒。

「それで臭いとか嗅いだり、頭に被ってみたり・・」

 してません。してません・・。不動が身を乗り出す。おいおい、話を膨らませるな。

「貴様ぁ・・まさか、そんなえげつないことを!」

「お姉ちゃん、冷静にっ!」

 そりゃぁ冷静になれるわけないですよね。

 ぼくも冷静じゃいられません。誰かどうにかしてください、この混沌を。

「仕方なかったんです。任務だったんで・・」

「任務? 何だそれは! 私を辱めるのが貴様の目的か!」

「はい、そこまで。双方引け。新撰組と防衛隊が街中で何やっている? 外は大騒ぎだぞ」

 突如聞こえた声に全員がそちらを向く。黒いコートに黒いブラウス。そして細い足には黒いハイヒール。背中には黒漆拵えの鞘に収めた物干し竿のような長刀だ。

「あ、姉貴・・」不動が顔を強ばらせた。不動の後ろに控えていた隊長どもが慌てて頭をさげる。「姉さん!」

「なっ・・黒弦事務次官が・・どうしてここに・・」

 玲子会長の表情は一転して驚愕にかわり、すぐに怪訝さを浮かべた。

 そこにいたのは不動の姉である黒弦朔夜だった。


 朔夜は特区行政司法局の事務次官である。

 つまり特区内の司法を司る者のナンバー2に席を置いている。神戸特区内は魔術学派と超心理科学派とに大きく二分され、正当性を巡る派閥争いをしている。本来は中立派である仁徳新撰組は三宮、元町などの特区下町中心部の治安維持を主に担当しており、縄張り意識も強い。とうぜん、学士館の生徒会幹部と学園都市防衛隊の面々に睨みをきかせ、無言の抗議。不動は司法庁から協力を依頼され、密かに時継のバックアップをしていた。この周辺をバイクで巡回中だった。朔夜が状況を説明。時継は監査部の人間であること、会長のブラから遅延性の呪いが・・ポットの中の紅茶にも薬物が混入されていたことを告げる。そればかりか会長の身の周りの品から同じように呪いをかけられた物が多数見つかったとのこと。命のかかわるほどのものではないが、何者かが紅鳳会長に危害を加えようとしているのは明白なのである。それらの説明をする朔夜。ただし、この場での任務とは無関係だ。


□突然、道向こうの雑貨店から武器を持った男が数名飛びだしてきた。男たちはみな三十代前後と見られた。神戸特区内に二十代以上の大人は殆どいない。彼らは第二震災の数少ない生き残りだろう。その多くが闇社会に属している。異常異能者。彼らはそう呼ばれている。異能の力を身に宿しながらも、その多くが精神を狂わせ、異能の力を制御できず、自滅するように命を落としていった人たちがいた。飛びだしてきた男たちはその生き残りである。被幽体に寄生されても正気を保ち、その力を制御できたのは第一次神戸震災以降に生まれた者がほとんどだ。その前に生まれた年配者の多くは被幽体に体も心も乗っ取られるかして、ほとんどが命を落としてしまった。運良く被幽体に寄生されずに生き残った大人たちも自分たちの子供を見捨てて多くがこの街を去っていった。この街がほとんど学生らによって運営されている理由がここにある。ただし被幽体に感染された者はこの街から出て行くことはできない。そして街を脱出できなかった異常感染者の多くがやはり力を制御できず、精神を蝕まれ、さらに多くの犠牲が出てしまった。そう言う人たちを異常異能者と呼んだ。正式な病名は被幽体寄生異常という。今では薬物や術具を用いて正常を保つことも可能だが現状はさほど好転してはいない。政府によって認可されている抗生剤や術具の数は希少で値段も高い。だから異常異能者たちは自らの命を守るために否認可の薬物や術具に手を出すほかなかったのだ。さらに、それにつけ込んだのが暴力団などの闇社会である。彼らは自らの命を守るためにも違法薬を製造し、販売するしかなかったのだ。もちろん、その効能レベルは正規薬には及ばない。どころか、一時的な精神安定と引き替えに幻覚を伴う強い禁断症状や内臓疾患など、あらゆる弊害を伴う。それが、この街の闇をますます深めることになっていった。店から出てきた連中は間違いなくそんな哀れな異常者たちであり、闇社会に属する者たちだ。それは一目見れば解る。なぜ解るのか。身体に異常な部分が見られるからだ。彼らは一様に耳が尖っていたり、目が異常に大きかったり、眼球の色が血のように赤かったり、牙が生えていたり、爪が伸びていたりと、体の一部がなかば獣じみてしまっている。神によって否適合者とみなされてしまった者たち。彼らは等しく自分たち以外の人間を憎み、その憎悪を暴力へと転換させる。特区内で起きる犯罪のほとんどが、そんな異常者による事件ばかりだ。ただし彼らの多くはいまや六甲アルカトラズという別称で呼ばれるようになった六甲アイランド内にある施設に収容されている。そこを管轄支配しているのは特区行政機関でも特区を隔離防衛している自衛隊でもない。内閣公安委員会直属の機関だ。部署名は国策衛生委員会。ネーミングの聞こえはいいが、彼らの仕事は特区市民の健康を守ることではない。問題のある異能者を監視し、あまつさえ、こちらの隙をついては自治権を剥奪しようと暗躍する。まるで市民を害虫のように扱う連中だ。政府からは害虫駆除部隊という別名が付けられている。なので特区に住む住民は自ら治安維持と防衛に努めなければならない。そのための部署は幾つか存在する。それらが、それぞれ競い合いながら日夜治安維持に貢献している。分かり易く言えば統一されていない権力がそれぞれ縄張り争いをしながら暴走していると言っても過言ではない。とにかく色々と事態はややこしい。手に日本刀などの武器を持つ異常異能者たちは、そういった連中の目を逃れ、違法薬物や術具に頼り、今日まで生き残ってきた人たちでもある。同情もするが、しかし放置できない。違法薬物の蔓延は正常な者たちにも及ぶ。正常な者がこの薬を使えば力を高めることができるし、凄まじい高揚感を味わうことができる。強い抗鬱効果を得られる代わりに反動も大きい。そしてなによりも薬物依存度が高い。使用した者の多くが間違いなく廃人の道を辿る。つまり覚醒剤や麻薬などとなんら変わらないのだ。これを野放しにしていると特区内の治安はますます乱れてしまう。だから、あらゆる手段を用いて取り締まらねばならない。そして、これは予想していた通りの展開だ。ただし上からの指示はまだ出ていない。


□飛び交う怒号。抜刀する新撰組。街中での異能力戦が始まった。異常者はその凶暴さは変わらないが、ちゃんと意識を保ち、組織だって戦っている。その強さは生半可ではない。このままでは一般市民にまで被害が及びかねない。いつのまにか現れた不知火伊織。彼女には相手の異能にリンクし、その者が発動する魔法を書き換え、超能力を変質させる力がある。時継の真の力は彼女の異能を封じ込める術具によって変質させられている。つまり真の力を封印させられているようなものだ。不知火は術具の力を解除し、時継の能力を開放する。突如鳥と獣を合体させたような怪物が数体現れ、三頭犬の前に平伏した。

「霊門開放・・」時継がそう言った瞬間、魔法陣が現れる。

「なんだ、この巨大な魔法・・」

 紅鳳会長の声は突如現れた異空間に飲まれるようにして消え、そして停止した。

 時継の体内に溶けこんでいく鳥の怪物。片目が赤く輝き、両腕が金色に光る。三頭の犬はいまや巨大な狼と化している。

「時の門番ヒュプノスよ、門の向こうより呼び出すは時空の王たるヨグソトスの力。・・我の肉体を借り、その力を持ってすべてを支配せしめん。時を食らえ!」

 時が停止する。男たちや学士館の生徒会役員、学園都市防衛隊の面々が凍りついた氷像のようにその動きを止めた。魔法陣の外にいる新撰組の面々には影響が及んでいない。

「不知火・・」

「はっ!」不知火の体から蒼暗い炎を纏いし巨大な黒豹が現れる。

 時継が発動させた彼岸同調空間内で動けるのは不知火だけである。

「陽始は陰始へとかえり、相生、相剋は三合の理をもって太極となす」

 不知火の体から蒼暗い炎が立ちのぼり、それが幾つかの魔法陣を形造って空中に停滞する。それらが瞬時に炎とともに男たちの体へ撃ち込まれていった。不知火の力は相手の力を変質させる。不知火は異常者それぞれの力が本人に影響するよう書き換えた。いまいちど時が復活し、動きがもどれば異常者たちは自らの力の影響によって自滅することになるだろう。


□紅鳳会長が目にした光景。

 巨大な魔法陣が現れた瞬間、意識が途切れていたように思える。魔法陣? いや、あれはそんなレベルのものではない。気が付けば異常者の男どもは倒れ、不動ら新撰組が彼らに手錠をかけ、連行していく準備をしている。南雲時継という名の少年はすでにいなくなっていた。不動の姉である黒弦朔夜が怯える雑貨店の店主に逮捕状を突き付けていた。

「違法薬および違法術具の販売容疑で貴様の身柄を司法局の名において拘束する。衛生委員会に引き渡されたくなくば全てを話すことだな。ほかにも違法呪物なども扱っていそうだな。ここにある商品はすべて押収させてもらうぞ」

「どういうことです?! 司法局が自らこんな小さな違法薬事件に乗り出してくるなんて!」

「違法薬ばかりではない。ほかにも怪しげな物が販売されていそうだ。それに違法薬に関しては司法局が乗り出す充分な理由がある。違法薬の蔓延は、すなわち特区内の治安の乱れに繋がる。治安の乱れは衛生委員会に好機を与えることになる」

「我々では頼りにならないと言いたいわけですか。それで監査部までが動いていると・・あんな政府の犬と組むなんて司法局も墜ちたものですね」

「監査部の狙いまでは知らん。我々は任務を遂行したまでだ」

 噛みついく生徒会長紅鳳玲子に対し、あくまで冷静に言い放つ朔夜。

 玲子は唇を噛みしめると今度は朔夜の弟である不動を睨み付けた。

「おいおい、俺らは上から命じられたまま動いただけや。それに俺ら仁徳新撰組は中立派なんやで。お前ら防衛隊の連中にとやかく言われる筋合いもねぇよ」

「わ、解ってますわよ。そのことはそれでいいでしょう。ですが、それより、なんですの、あの南雲時継という男は・・」

 玲子が不動の胸ぐらを掴む。不動は気まずそうに目をそらした。そのことに関しては何も言いたくないと言外に語っている。

「彼はどこへ消えたんですの。言いなさいよ! 一瞬の間にこんなことが起きるなんて・・どのような異能を使ったのです!」

「そ、それは俺の口からは言えねぇ・・」

 埒が開かないと悟った玲子は朔夜を睨む。

「極秘事項です。彼については何も見ない、聞かない、語らないを徹底することを強制します。これは特区行政の意向であり、学連監査部による箝口令と思ってください」

「な、なんだそれは! どういうことか説明してもらいたい」

「彼は魔術系の異能者だったのかい? でも実技試験では超心理学系の能力を使っていたね。彼は重複異能者ですね・・朔夜さん・・」

 それまで黙し、静かに状況を観察していた高刀渡利が口を開いた。

「初めてこの目で重複異能者を見ました。だとすれば、ぜひとも我が校への入学をお奨めしたい」

「なにを言ってるのだ高刀。あの男は、あろうことか私の下着を盗んだ不届者だぞ!!」

「ですから会長、それは彼の任務だったと先ほど黒弦次官どのが説明されたではありませんか」

「だが、やつは犬だぞ。我らを害虫のような目で見る政府の犬だ。それに、あんな得体の知れない能力を使う重複異能者など危険極まりない。厄介事はごめんだ。それに南雲といえば例の神隠しにあったとういう忌まれし存在ではないか!」

「それを会長の口から仰られるのはどうかと思います。彼の名を聞いた時に私もそのことは思い出しました。ですが、その過去は彼のせいではありません。彼には何の罪もない。彼には責められるべき何の重荷もないはずです。むしろ彼を労る心を持つべきでは・・」

「むうう・・」

 紅鳳会長は苦虫を噛みつぶしたような顔をする。

「彼の学士館への入学など私は認めんぞ。それに奴は重複異能者といえど、どちらかといえば魔術系のほうに能力が傾いているようではないか。なぜに我が学園に合格させる必要がある。学術院にでも引き取ってもらえばよいではないか」

「そのとおりですわ! おほほほほほほっ!」

 突如響く胸くそ悪い高笑いに玲子の顔が引きつった。そちらを向くと縦巻きにロールさせた艶やかな黒髪がゆったりとなびいていた。口に手を当てながら上品に微笑んでいるが、そこには敵意が剥き出しになっている。青いアイライナーを引いた目尻はややたれぎみだが細く鋭利で見つめる者をそれだけで凍らせてしまうような魔力が宿っていそうだ。冷たく凛とした華麗な少女がそこに立っていた。

「くっ・・蒼玉静琉か・・何をしに来た?」

 玲子の口から忌々しげに少女の名が漏れた。

「南雲時継は我が学術院が引き取らせていただきましてよ。神智科学の正当なる探求者が集う学術院こそ彼の入学する学舎に相応しき場所。汚らわしき学士館になど誇り高き魔導士を取られてなるものですか」


□ここで明かされる時継の立場と任務。時継は学連監査部の工作員である。

 生徒会長が狙われていることなども話される。遅延性の呪いについて。


□夜の三宮を駆け抜けていく不知火。時継は不知火に抱えられている。その姿は先ほどの十五歳の姿ではなく八歳くらいの少年となっていた。

「いつも面倒かけて悪いな・・」と謝る時継。

「私は桜姉様から大切なあなたを御守りするよう厳命されているだけですから・・」


□次の日の朝である。

 神無備神社の前を掃除している不知火。神社の前にリムジンが停車する。

「むっ、貴様は昨夜の女か。・・まぁ、よい。この神社が特区管轄司令部長殿のご実家とお聞きした。朝から無礼とは存じたが黄冥院二等陸佐殿にお話がある。取り次ぎ願いたい」


□一つのちゃぶ台を囲んで座っているのは時継。朔夜。不動。そして陸上自衛隊高官の制服を着た黄冥院桜である。黄冥院桜の説明。

「なんで、あんたたちまで、うちん家で堂々と朝飯食ってんのよ」

「おまえが出て行っていた八年もの間、私がずっと時継と不知火の世話をしてきたのだぞ。その恩を思えば、このくらいのこと・・」

「だから、それは、忠時じっちゃんの知人に預ける予定だったのに、あんたが無理矢理面倒を見るって言い切ったんじゃない」

「うるさい! この裏切り者。じーさんのコネを使って特区を出ていったと思えば何年も帰らず、神社も時継と不知火に任せっきり。あげくは意地汚く異例の出世をはたし。めでたく凱旋ですか。そんな制服を着て帰ってきた時は殺してやろうかと思ったわね」

 桜は防衛大に中途入学し、主席で卒業している。もと東都大教授で西都大の学長をも務め、文科省顧問をも務めていたこともあるじーさんは政府の各省庁に色々なパイプを持っている。その人脈を使って特別に東京留学し、防衛大に転入。首席で卒業。防衛省にてエリート街道をまっしぐら。三年という短期間で驚くほどの異例昇進を果たし、晴れてめでたく自衛隊神戸封鎖特区管轄司令部長の椅子を射止めたというわけだ。階級は二等陸佐。防衛省制服組のエリートである。まさしく高級官僚だ。そして管轄司令部は特区内を武力をもって封鎖し、特区内住民を監視する部署である。特区内に生まれ、同じく異能者であるのに自衛官の制服を着る彼女はこの街に住む者から見れば政府の犬に成り下がった裏切り者でしかない。たとえ、それがこの街の住民を守るために敢えて辛い道を歩んでいるとしても誰もそんなことには気づかない。他にも政府の人間は多くいる。特区外から街へ入ってきている異能者でない大人はほとんどがそうだ。しかし、彼女はそんな彼らよりも嫌われている。だから、せめてぼくらだけでもと時継は思うのである。

彼女から手渡された学士館の合格通知。そこへ不知火が「お客様をお連れしました」と紅鳳会長を連れてきた。


□時継たちを見て、そして桜を見て会長の顔が不快に歪んだ。

「なぜここにおまえがいる。不動・・貴様らまでがよりにもよって、こんな政府の犬どもと朝食をともにしているとは、どういうことだ・・」


□神社の説明。桜の経緯説明。生徒会長の安全対策について。

□上からの圧力により時継を入学させることになったことに会長は抗議した。

□そして改めて時継に命令が下る。

□すなわち生徒会長を狙っていた人物を割り出す捜査である。


□それから三週間後□

□生徒会長の身辺を警護する日々が続いていた。

 入学式も終わり、授業が始まっている。その朝の教室。洋菓子店で働いていた子はじつは同じ学年だった。推薦入学だったので先に制服を受けとっていた。会長の妹なので実技試験を手伝っていたなどの説明。


□そして午前の授業が始まる。

□講義の出来はまずまずだったが実技講習は散々だった。

□そして昼休み、時継の身の回りの世話をしようと不知火が教室にやってくる。

 不知火はミス三年生に選ばれるほどの才媛かつ有名人である。

 ざわめく教室。そこへ意識が剥いてしまう紅鳳会長の妹・・麗奈。


□昼休み、不知火の前で、周囲の痛い視線を浴びながら弁当を食べていると放送が鳴った。「裏口入学した一年の南雲時継くん。至急、生徒会室へ」の呼出。

 さらに、ざわつく教室内。


□生徒会室にて会長から、その日の予定変更が告げられた。

「午後から行われる会議の場所が変更になった。渦が森会館で行われる予定だったが、急遽、慈愛園に変更になった。残念だったな。あそこは各学校の生徒会メンバーだけが持つ学連IDカードがないかぎり一般男子生徒の立ち入りは禁じられている」


□生徒会室を出て廊下。いつのまにか不知火が背後に立っている。

□不知火はすでに防衛隊の動きを察知している。どういたしますか・・少し考える。会長は何かを隠している。そして教室へ。ここで他の生徒と一悶着あり。殴らせるだけ殴らせておく時継。こんなのには慣れている。ここで時継のこれまでの辛い経緯。

□時継の生還には多くの謎が秘められている。それは特区が抱える秘密と重要な問題に直結している。いまだ謎は解明されていないが、それだけに時継の経歴は極秘にされるしかなかった。しかし、すべてを隠し仰せるはずもなく、どこで嗅ぎつけたのかマスコミが大々的に時継を取り上げ、生きる都市伝説、神隠しの少年と題し、執拗に追い回した。そのため生還してからの一年は中枢研究所の中から一歩も外へ出ることが出来なかった。時継が社会復帰したのはマスコミ熱も鎮火した一年後のことだ。その頃から黄冥院家に引き取られ、再び小学校に通うようになった。ただ、それでも常に周囲からは奇異の目を向けられ、避けられ続けてきた。中学に上がれば、それはもっと酷くなり、あからさまに敵意を向けられることはもはや日常的だった。すでに、その頃、時継は特異な能力を発揮できるようになっていたが、その存在自体を極秘にされている彼にその力を発揮することは許されなかった。そんなことをすれば、また研究所の中に逆戻りさせれ、今度こそ二度と外には出してもらえないと解っていたからだ。だから時継はただの落ちこぼれを装い、無能ないじめられっ子として中学時代を過ごすしかなかった。毎日のように虐待を受け続けた時継の体には生傷が絶えなかった。人は奇異なる存在を許さない。それは特区内の人間も同じだ。自分たちが外の世界から隔絶されているがゆえ余計にその怒りが時継という存在に向けられ、苛立ちのはけ口にされてきたのである。

□麗奈が担任教師を呼んできた。文科省から派遣されている教師の一人。水野陽子である。

□怪我をした時継は水野と保健室へ。

□あまりにも静かすぎる廊下を歩きながら考える。罠か・・わざわざ会長が予定変更を告げる意図を図りかねる時継。学士館内に隙を造っているのはなぜだろう。

□保健室にて水野との会話。色々と慰められる。大人な色気にちょっと目眩が・・

 なぜか不知火が、じとーっとした目で時継を見ていた。

□「今日はちょっと早退します!」と言って保健室を後にする。

「ちょ、ちょっと! もう、しょうがないんだから・・」と水野教諭。

□廊下を歩きながら考えを話す時継。不知火に慈愛園に言ってもらおうと思っていたのだが、なぜか不知火はすでに慈愛園の制服を用意していた。協力者もいるとのこと。いったい何を言っているのか? 協力者とは?・・それは麗奈だった。

「午後からの家庭科はさっさと料理を作って提出し、抜け出してきたの・・この後の選択科目はとってないし・・お姉ちゃんを守ってくれるんでしょ?」

□でも、なんでぼくが女装をしないと・・と反発する時継。

□桜の命令だと冷ややかに言い張る不知火。

 いや、しかしなぜ?・・「ちゃんと写真も撮ってこいと言われた」と告げる不知火。

いや、考えるまでもなかった。ただの嫌がらせだ。後日ゆすりのネタに使うつもりだ。やはり裏で桜が命令している。だから不知火はぼくを守ってくれる。そこに寂しさを感じる時継。不知火は渦が森会館を調べる使命があるとも言う。


□ここで黄冥院桜の狙いが説明される。

最近磁界石の流通にも変化が起きている。うまく改竄されているが、中枢研究所ではそれほど磁界石は必要ない。各学校の研究目的にしても多すぎる。裏社会の動きも活発で奴らは何かを探している様子だ。


□すなわち学士館は囮なのか・・六校会館にこそ秘密があるのかもしれない。すでにマークされているだろう時継よりも不知火が密かに会館を調べたほうがいい。


□慈愛園にて・・その描写。麗奈はカードを持っている。カードを持っていない時継は慈愛園の制服を着て女装。つまり変装するしかなかった。やぼったいナイキの鞄が違和感まるだしだが仕方がない。さて・・どうするか・・生徒会室で会議が行われているのは解っているが・・ものものしい雰囲気で、とても近づけやしない。


□会議の様子。学連や特区監査部が動いていることへの懸念など。例の実験のこと。ヤヌスプロジェクトのこと。すでに渦が森の六校会館も危ない。学士館生徒会分所に鍵を保管していた。この慈愛園の地下にある迷宮内にラボを造り、そこにアマテラスのサブシステムを造りだす実験中だ。

「中止されたヤヌスプロジェクトを継続することが我らの目できだが・・まちがっても、かつてのような霊種を生み出すことではない」

「でも、誤解は招くでしょう。見つかれば顕現剥奪、即刻、収容所に軟禁されてしまいますわよ」

「今のままでは、そうだろう。もう少し研究を進め、成果を出さなければ理解は得られないと思う・・だが、もう隠し通すことは限界かもしれない。学連も監査部も動いている。

奴らが何か感づいているのは間違いない。このことは高刀にも知らせていないのだが・・どこで感づかれたのか、ともかくラボの鍵は預ける」と玲子会長。

「なんとか隠し通し、研究を続けてくれ、私は急いでこれまでの研究成果だけでも報告書にまとめ、学連上層部に陳情する準備をしておくつもりだ」

□と、そこへ乱入者が・・黒ずくめの男と裏社会の人間らしき人物である。(実は死んだはずの高刀の兄)どうして、この場所が知れたのか。・・応戦する紅鳳会長。慈愛園の会長に戦闘力はない。相手はもの凄い手練れだった。敢えなく会長を人質を取られ、まごつく紅鳳玲子は黒ずくめの男と対峙する。

□騒ぎを聞きつける時継たち。無理矢理乱入。すると裏社会の者が銃を向けてアタッシュケースを奪おうとしていた。人質になっているのは慈愛園の女学生である。

□時継は女学生を助けようとする。襲撃者が銃を発砲。その弾を止める時継。すでにその足下には魔法陣が描かれている。そのくらいのことなら封印を外さなくてもできる。が、体には悪いし、このことが上層部に知れると大問題だ。しかし躊躇っている場合ではなかったのだ。襲撃者は取り押さえられ、駆け付けてきた防衛隊の御用となる。黒ずくめの男は逃げていった。裏社会の人間と思しき女は面倒が知れるといけないのか、紅鳳会長の命令で防衛隊が監禁することになる。

□アタッシュケースの中はただの同盟会議の運用資金だと言い張る紅鳳会長。

□紅鳳会長の目的・・ヤヌスプロジェクトの安全なる再開。遺伝子レベルでの人体改造。人体の異能適合能力増幅に関する研究などを極秘に行っている。

□ここに仁徳義塾や学術院の生徒会側が居ないことに疑問を持つ時継。

 なぜ中立派の慈愛園がこの場を提供しているのか?

「これは正式な六校同盟会議ではありませんね」

 だが、その質問に紅鳳玲子会長は答えない。慈愛園の生徒会長伯雄院響子もばつの悪そうな顔でだんまりを決め込んでいる。この場に高刀はいない。あなたも違法侵入者として捕縛すると会長に言われ、すごすごと引き下がることになる時継。

 妹の麗奈は姉である玲子会長の強硬な姿勢に詰め寄るが、

「あなたは何も知らなくていいのです」とあしらわれる。ここはいったん引くことに。

□慈愛園の生徒会室に残された生徒会長たち。さらに危機感を強める生徒会長たち。電話をする玲子会長。次の手を打つ。少しの間静かにして頂こうということ。

□と、その帰り道。力を使った事への反動が・・玲奈が心配する。体に浮き上がる魔法陣。その魔法陣は本来発動すべき魔法陣に異常を与える固定呪縛である。その呪いは不知火の力によって造りだされている。それを打ち破っての能力発動が時継の体に異常をもたらしていた。すでに学士館の制服に着替えているが、フラフラの状態で坂道を下りていく。

□そこへ学士館、極智館の学生たちが・・つまり神戸学園都市防衛隊である。

□その中にはクラスメートもいた。真っ青になる玲奈。

□会長の話では手荒な真似はするな。防衛隊本部に拘留し、数日間取り調べをするとの名目で軟禁しろとのこと。・・「なんだ、こいつ、体に呪いをかけられてるぞ」

「気にくわないので、抵抗されたということで多少はボコボコにしても問題ないよな」

と蹴りを入れられる時継。

 魔術側の能力が発動しているので今は超心理学系の力も使えない。

時継を守ろうと抵抗する玲奈。危険が玲奈にも及ぼうとしているので、さらに無理をして力を発動。地面に浮き上がる魔法陣。それは時間を制御する力。敵は魔法陣内で動きを止める。「今のうちに逃げましょう」と時継。「今の状態では、ほんの少しの間しか時間を止めることができません」と驚く玲奈に肩を貸してもらいながら坂を下りる時継。

□だが、またしても追っ手が、右から学園都市防衛隊。左からは魔術学派中央情報局を率いた蒼玉会長。どちらも時継の身柄を抑えようとしている。防衛隊の先陣が竹刀を構えて踏み込んできた。「待てぇっ!」と声がかかり、何者かがその間に割り込んできた。

意識が朦朧とする時継。突貫してきた三人の防衛隊は一瞬のうちに竹刀を焼かれ、その反動で尻餅をついた。現れたのは高刀である。高刀の肩の辺に現れた被幽体は炎を纏った鶏のような形である。その手から炎が立ちのぼり、それが剣の形へと変わる。パイロキアン・・それが高刀の能力。右手、左手、両方に炎の壁が立ちあがる。「ここは、学士館副会長、防衛一番隊長の名において双方に引くことを要求する」

□防衛隊は引き下がり、蒼玉は争う意思はないことを伝えた。

□「どうして、あなたが助けてくれる?」と高刀に疑問を投げかける時継。

「副会長として玲子会長の行動に危惧を抱き、心配するのは当然のこと」

 と答える高刀。

□完全に意識を失った時継の体に異変が起きる。こ、これは・・


□神無備神社・・そこにいるのは不動たち新撰組のメンバーと不知火、そして玲奈、高刀、蒼玉、不動の姉、朔夜である。明かされる時継と不知火の秘密。ただし、少し嘘も交えて。時継の被幽体は特別であること。地下迷宮の奥で感染したことが原因かも知れない。救助されてからはしばらくはアルカトラズにて治療と研究が行われた。不知火もそこにいた。不知火の異能力制御の力が時継の異常現象にも有効であり、その魔法陣を体に刺青することで、時継の時間を進めることが出来る。ただし力を使用すると副作用で一時的にもとの七歳にもどってしまう。その時点で時継の能力は研究しつくされていた。桜が自分の力を国防に役立てるという条件で慈愛園の病院に移し、そのあとは普通に学校へ通わせる約束を取り付けた。力を使えば、その反動で七歳の少年になってしまうこと。ただし少年の姿になった時こそが真の力の開放ができるのである。そうなれば魔術系、超心理科学系の両方の力が使える。が、ここでは、その話をしない。ともかく無事で良かったです・・と麗奈。その膝の上にちょこんと時継が仏頂面で座っている。

「かわぃぃぃ! お持ち帰りしても良いですか」

「勝手なこと言ってんじゃねぇ!」「姿は小さくなっても中身は同じだぜ」「そこが、またかわぃぃです」とスリスリする麗奈。ぶすっとする不知火。

「と、時継様から離れてください・・」

□ここで話の整理がなされる。六校会館には何もなかった。高刀は何も知らされていない様子。会長の不穏な動きに心配な様子。会長が高刀に報せていないのは確かだった。しかし、すでに高刀はこの時霊種を持っていた。天使のペンダントに入れている。天使のペンダント慈愛園が販売している被幽開放形(アバター)を癒すカプセル。それは、彼女・・実は昔、死んだとされる高刀の兄の恋人であった水野先生からもらったもの。いま、二人は手を組んでいる。とりあえず次の日の放課後、夜遅くにでも生徒会室を一緒に探ろうということになった。とりあえず飯でも食っていくか・・不知火の飯はうまいぞ。

「・・って、おい! 何を勝手に家で飯食うことにしてんだ」

「おまえも居候じゃねぇか・・」

□そして次の日の朝である・・学校へ登校。クラスメートは関わりたくないとのことで遠巻きにしている。こんなのには慣れている時継。麗奈が近づいて話しかけてくる。

□そして夜の生徒会室。いくつものセキュリティーを抜けて幹部しか入れない会長執務室の金庫。高刀と、教師の許可もいるので水野教諭が同伴。そこにあったレポートを読む。その研究内容には驚きだが、報告する準備がされているらしい。「これ以外は何もないか・・」「慈愛園の地下にも迷宮ラボがあるんですね・・」「異能医療関係や被幽体異常の研究は慈愛園のほうが専門だからな」「副会長にも知らせていないなんて。どうも、おかしくないです?」「実際に見て確かめる必要があるが・・ラボの位置が掴めていない。案内役の霊が必要だ。そいつが鍵になる。慈愛園の会長に直談判しても無駄だろうな・・どうするか?」「このレポートを読む限りは研究に危険な部分はない」と水野は判断。「学連に報告をあげるべきじゃないかしら・・文科省から代表赴任官であるわたしの推薦もあれば、ちゃんとした予算もおりると思うんだけど・・とにかく慈愛園の会長に会ってみましょう」

□慈愛園学園と病院を繋ぐ生徒会棟、その奥深く・・生徒会研究室にこもって悩み続ける慈愛園の会長。学連上層部に話を持ちかけても、また危険と見なされて研究中止に追い込まれてしまうかもしれない。どうすればいいのか・・突如、響く警報。

「なにごとか!」・・すぐに襲撃されていることが解る。

部屋の外に出る。防衛隊が為す術もなく倒されていく。襲ってきたのは昨日の昼間の男。(実は高刀の兄)男は様々なガードを突破し、ここに現れた。今度は異能を使う。その能力は異常者の力だ。ここから先へ通すわけにはいかない。鍵を守らねば・・しかし敵は鍵を奪わず、生徒会長を気絶させる。

□慈愛園を訪れた時継、高刀、水野たち。目にしたのは荒らされた生徒会棟。そこに呆然とたたずむ生徒会長。何があったのかを聞く。どうやら第一階層へ続く扉が開けられたらしい。そして会長のペンダントから案内役の霊が出現。扉は開けられて第一階層へ。ラボへと続く回廊を行く。地下迷宮の第一階層。そこで行われていた実験。小型のアマテラスシステムのようなもの・・敵はそれを破壊し暴れたようだ。そこに倒れていたのは玲子会長、ほかに研究員がみな負傷して倒れていた。ここで何かがあったことは明白。さらに地下へと下りていく扉がある。そこは地下迷宮への扉。何人たりとも、そこから先へは入っていくことはできない。そこは生徒会長たちが持つ第一階層の鍵では開けられない。犯人は難なくその扉を開けて地下迷宮の最深部へと下りていったそうだ。何が目的なのか・・なぜ、ここから侵入したのか・・なぜ小型アマテラスシステムを破壊したのか。


□その夜・・学連中枢研究所を訪ねた時継たち。水野に付き添われてのこと。

これまでのことを報告した上で呼びだされた。

中枢研究所とは二大学の合同研究所でもあり、そこには行政局、司法局、監査部などの庁舎が置かれている。特区の心臓部である。そこには司法局と行政局それぞれの長と次官がいる。桜は忙しいとのこと。水野の案内でアマテラス中枢システムへとエレベーターを下りていく。ここへ来るのは久しぶりのこと。システムの説明。各学校の生徒会メンバーも研究員として出入りしている。蒼玉静琉にも出会う。水野先生は文科省の推薦状があってここでの研究を許されている。政府の人間も数名出入りしているが、管理しているのは学連である。中枢研究室のとある一室。厳重に隔離されている研究資料室。そこは、ヤヌスプロジェクトの秘密を保管している部屋である。朔夜から語られる過去の不幸な出来事。ヤヌスプロジェクト。高刀渡利の兄である須玖留がそのプロジェクトの責任者であった。そのプロジェクトを中止させたのが桜だった。過去に作られた霊種のいくつかは衛生委員会に奪われたが、将来の研究用にと極秘のうちにここに保管されていた。この部屋に保管されていた霊種が何者かによって盗まれた。残りは一つだけ。ここの警備システムをいじれるのは数名しかいない。文科省の代表として派遣されている水野、桜、司法局、行政局の幹部などである。

□国策衛生委員会の本部長。警察庁の幹部。内閣調査室副部長の綺堂孝義の訪問を受け、色々と尋問される桜。綺堂はアルカトラズの所長である。その場には厚労省の笹川もいる。衛生委員会は公安員会と厚労省の出先機関であり、内閣調査室がこれを管理している。ここの秘密が全世界に知れるとどうなるかお解りですよね? と釘を刺される。

「そっちも何か隠し事してるんじゃない。裏社会を動かして何してるの? そんなことができるのは特区外部に権力を持つ、あんたたちしかいないじゃない。裏社会の利権範囲はなにも特区内だけに限らないものね。特区外にしがらみの多い裏社会の方がむしろ学生達よりも政府に弱いはずよ・・」

「ま、すでにご存じとは思ってましたが、詳しい話は後ほど。我々衛生員会は特区内での捜査権はありませんから・・折を見て監査部にお願いしようと思っていたんですよ」

「なにそれ・・自分たちの手に終えなくなったからって、私のところに尻ぬぐいを持ってきたわけ・・それで大人しく協力する気になったんだ・・なるほどね・・時間がないわ。慈愛園の生徒会が襲撃された。しかも、たった一人の者によって。防衛隊が壊滅的な被害を受けたわ。犯人は慈愛園の地下にある研究ラボ・・そこではアマテラスのサブシステム・・といっても予算も少ない高校生がやることだもん。可愛らしいものよ。犯人の目的はそこじゃないわ。あんたたちも一枚噛んでるでしょ・・地下迷宮都市で何をやってるの? いいなさい」

「いや、ま、そうなんですけど・・南雲忠時老人に堅く口止めされていましてね」

「やっぱり、あの、くそじじいが関わってるのね・・つまり、本当のサブシステムを造り、密かにヤヌスプロジェクトを進めていたというわけ・・あの、じじい・・私に黙ってそんなことを・・迷宮都市へのマスターキーを持ってるのはあのじじいだけだもの・・で、いつ、あのじじい・・と接触したの・・あの、じいさんに接触するには・・迷宮の深部にまで潜らないと・・なんてたって、あのじいさんは死んだことになってんだから・・」

「いや、私の携帯に電話かかってきまして・・」

「電話?」「そりゃもう、びっくりしましたよ。何しろこれこそ怪奇現象・・」

「・・それで、話の内容はどうだったの・・」

「ヤヌスプロジェクトの続行を求められました。それに関する資料を手渡し、計画に必要な場所も提供するから地下に下りてこいと。迷宮都市の一部はアルカトラズにまで繋がっているのはご存じですよね。最深部まで行くには扉を破る鍵が必要ですけど・・」

「あんたの口からアルカトラズなんて言葉。よく出てくるわね。六甲アイランド特別研究所と言いなさい・・それで・・」

「ご老人が鍵・・つまり次元霊を使って・・中から扉を開けてくれました」

「なんてことを・・あのじじい・・」

「まあ時間がないわ。下に下りるわよ。道すがら話なさい」資料保管室を後にする。さらにシステムの深部へと下りていく。学士館と慈愛園が組んで何をしているのか・・だいたい想像は付いている。桜の目的はそれを衛生員会に知られることなく止めること。政府の介入をこれ以上は強くしたくない。そのために桜は存在する。過激な衛生委員会に知られるとどのような越権行為が行われるかしれたものではい。かつてプロジェクトに参加し、事故に巻き込まれ、異常者となった者たちはみなアルカトラズ送りにされた。そこで、どのような実験が継続されているか知れたものではない。

□今から目にすることは決して口外してはならない。

□そこへやってきた桜、水野、綺堂、そして厚労省の事務次官笹川がやってきて封印を解く。システムの最深部・・巨大な扉の向こう・・そこは迷宮都市である。桜の持つ防衛省の鍵、厚労省の鍵、公安委員会の鍵、文科省の鍵のうち二つ以上がないと入れない。その迷宮へ入り、探査してもらいたいのが今回の任務。学生どもに不穏な動きがある。過去のプロジェクトの二の舞はご免ですからね。そして迷宮へ入れるのは異能者のみである。

□迷宮を進む朔夜、不動、時継、不知火・・巨大都市と軌道、そして幽霊が実体化して徘徊する街。至る所に異空間への道があり、調査積みの安全ルートを通らなければ二度と戻って来られない。なぜ、こんなものが突如出現したのかはよく分かっていない。マヤ歴が終わってから以降続く地球上での不可思議な天変地異に関係しているのか、以前より六甲山は正体不明の物体に遭遇することがあったという。人々はフライフィッシュと呼んでいたらしいが、それが被幽体であるのは明白だ。被幽体には二種類のものがある。この街が不完全であること。死んだ者の魂が霊的存在となって、曖昧模糊ながらも実体化している現象も、異空間の口が開き、時空曲解が存在するのも、磁界石の鉱脈が出現したのも、すべてアマテラスシステムの出現に原因があるとされている。


□迷宮内を行く時継たち。


□高刀の立場と目的。

 高刀兄が生きていることを水野物理学教諭から知らされ、霊種の宿ったペンダントを預かる。水野教諭は高刀兄のかつての恋人。今はアルカトラズにも出入りできる研究員だが、裏では、すべてをあざむき、今回のシナリオを作成した人物。高刀に霊種を預けたのは、そこが一番安全だからだ。長年の次元霊寄生によって人格が崩壊し掛かっている高刀兄はかつての恋人も忘れている。ただ弟だけはなんとか認識しているようだった。弟のことだけは常に気懸かりで写真をもっていたから。そこに嫉妬心がないわけではなかったが、高刀が襲われることはないだろうという予測だった。高刀は兄を救うため、アマテラス迷宮の最深部で南雲、不知火の根源能力を発動させ、安定した霊磁場を築き、そこで霊種を発動。兄に寄生している次元霊を引きはがすしかないと水野先生から持ち掛けられる。



□国策衛生委員会の部長綺堂隆児の目的。

 表向きは・・盗まれた霊種の奪還を極秘に行っているように見せかけている。そのために裏社会の者まで動員している。

 真の目的は・・すべてを白紙にすること。紅鳳会長らの極秘研究に関しても知っている。そのことを監査部に認めさせるわけにはいかない。特区住民の能力増幅など言語道断。さらに監査部の権限を弱め、衛生委員会の特区内介入を認めさせること。

 水野教諭こと文科省特別派遣員が描いたレポートを利用する。うまくいけば高刀兄の問題を解決できる。そのような状況を造りだすために高刀兄をわざと脱獄させ、保管中の霊種を持ち出させた。そして高刀兄は裏社会の者どもに預けた。それは監視するためでもあるし、万が一のことが起きても裏社会組織の一つが壊滅するだけである。裏社会組織に霊種の奪還を依頼しているのも、それを餌に問題を拡大させるためである。問題が大きくなり、監査部が失敗すれば衛生委員会の権限が大きくなる。そのような漁夫の利を企んでいる。

□高刀兄は過去に移植された霊種が発芽し、次元霊に体を乗っ取られつつある。長らく研究してきたが解決策が見当たらない。もし次元霊に乗っ取られた高刀兄が暴走すれば壊滅的な被害になる。アルカトラズ内でそんなことが起きては綺堂の責任問題になる。

 水野が高刀兄を脱獄させるのをわざと見逃す。

 霊種も水野に預け、盗まれたことにして、すべての責任を水野に背負わせる。

 水野は高刀兄を助けるためにそうするしかなかった。

 そのために紅鳳会長らの秘密実験が裏社会に狙われているように見せかけて監査部を引きずり出し、南雲の力を借りようとした。高刀兄を恐らく救えるのは不知火と南雲だけだからだ。


□高刀兄の目的。

 アマテラス迷宮の深部にて完全なる力を得ること。そのためには迷宮の案内者が必要。つまり迷宮都市内の住人である霊命体・・その多くは地震で亡くなった人々。ただし、彼らの存在もまたあやふやである。




□神戸神智科学学園都市。

   自衛隊神戸封鎖特区管轄司令部・・特区監査部

  上層エリア・・神学館大学(司法庁)、神英館大学(行政庁)・・学生連合。

中層エリア・・学士館高校、極智館高校、慈愛園女子高校、

  下層エリア・・学術院高校、極英院高校、仁徳義塾高校、


□超心理科学派・・神学館大学(司法庁)、学士館高校、極智館高校

□魔術科学派・・神英館大学(行政庁)、学術院高校、極英院高校

□中立派・・慈愛園女子高校、仁徳義塾高校


□学生連合・・行政省、司法省を束ね、閉鎖特区内の自治権を掌握。主に大学生や院生らによって運営される。


□学連監査部・・特区内の治安維持を目的とした秘密組織。スカウトされた、問題ありの高校生や中学生が活躍している。主人公はこの組織に所属している。


□極智学士館防衛隊・・通称KGB。学士館、極智館の生徒会によって組織された治安部隊。超心理科学派である。学士館の生徒会長、紅鳳玲子が隊長を務める。


□魔術学派中央情報局・・通称CIA。学術院、極英院の生徒会によって運営される安全保障を目的とした情報機関。学術院の生徒会長、蒼玉静琉が局長。


□仁徳新撰組・・仁徳義塾高校を支配している自警組織。生徒会と同じような組織だが、やたらと体育会系で見た目は不良っぽい。なぜか新撰組の格好をしている。中立派だが神戸守護職である黄冥院椿、学連監査部長の黄冥院桜、司法庁事務次官の黒弦朔夜には絶対服従。現在の局長は黒弦伊織十七歳。主人公の南雲時継の兄を自称。



□AMATERAS・SYSTEM「AnotherMatterAndTransErgogateRadicalAssimilationStabilizer」

 アナザーマター・アンド・トランス・エルゴゲート・ラディカル・アシミレイション・スタビライザー。被幽体同調時空曲解浸食現象を調節するシステム。通称、アマテラスシステム。第二次神戸震災によって地中に裂け目ができ、それによって発見された古代遺跡群の最深部に存在するオーパーツの塊。その巨大装置は迷宮都市に囲まれており、霊的な存在が顕在化し、異能の力を得た、文字通り怨霊どもが守っている。その地盤の下から地球には存在しないはずの未知なる鉱石も発見され、霊電磁界石と名付けられた。その鉱脈から霊電という未知エネルギーを吸収し、装置は稼働する。それらは装置を復元したことによって明らかになった。当初、数々の謎の現象。異能者の誕生。被幽体の異常感染による様々な肉体的、精神的疾患はこの装置が原因とされていたが、後にこの装置によって安定が保たれていると判明した。装置よりもさらに深部にあるダークマターエリアは完全に異空間化しており、被幽体はそこから出現していたと思われるからである。装置はその浸食を防いでいると考えられる。古代に存在したであろう謎の前文明が異空間内に封印していた遺跡であると考えられる。













大叫喚の塔


 聖帝国栄留詩音の皇居に隣接する帝国聖医学院の最も高い塔を人々はいつの頃からか大叫喚の塔と呼ぶようになった。

「ぎゃー! 妾を放せ、いやじゃー!」

 その最上階に響く、塔の異名のもとにもなっている絶叫。その声の主はこの大陸に覇を唱える大帝国の支配者。うら若き乙女、女帝、亜琉魔のものである。毎月恒例の惨事なので、すっかり慣れてしまい、誰も女帝を気遣う者はいない。心配なのは、この塔での凄絶なる治療に苦しみ抜いた後の女帝が八つ当たりとして行う無体のほうである。

 だが、女帝の持病を治療できる医師はこの塔の最上階に居座り、学院主席の院生としての地位を持っており、その者もまた厄介な人物であった。年は若い。うら若き女帝よりも若い。今年で十五歳になる少年である。いや、少女ともいえる。この塔の最上階の住人である、その聖医師たる悲慧手には性別というものがないのだ。

 目に涙を溜める女帝は数人もの屈強な衛兵に腕を掴まれ、真っ青な顔で最上階に辿り着いた。目の前の扉が開かれる。「いやじゃー、放せ! こんちくしょう!」

 もはや女帝としての威厳もあったものではない。

 ぎーっと音を立てて開かれる恐怖の扉の向こうに立っていたのは悲慧手である。

「ご機嫌麗しく、亜琉魔さま。さて、毎月恒例の持病・・いや、失礼、痔病の治療を行いましょうか。私はこれが楽しみで楽しみで・・退屈な象牙の塔での隠棲もこれがあるからやめれません」

「なんという不埒者か! 放せ! 即刻、妾を開放せよ! この悪魔に妾を生贄に差し出すなどお前たちには忠誠心というものがないのか」

「とは、もうせ、陛下、陛下の痔病・・いえ、失礼、持病を治癒できるは、この大陸広しといえど、この者しかおりませぬ。陛下の痔病・・いえ、失礼、持病は妖精族の血による特殊な難病。同じく妖精族の血を受け継ぐ、この者の医療魔術でしか治癒は叶いません。それは陛下もお分かりでしょう。大黒堂の黄金軟膏も、英剤堂の菩楽技濃留も、国中あらゆる痔薬をお試しになりましたが、今まで効果があった試しはございません」

「えーい、うら若き乙女の前で、痔病、痔病と! 妾の羞恥心はもはや木っ端微塵ぞ。痔という言葉は禁句じゃ! 我が

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終末の∞インフィニティー第一話 神隠しの少年  大谷歩 @41394oayumu

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