デブガリ創世記
井桁沙凪
序章
01:あぶれた道化は犬になる
かの有名な創世記にこんな一節がある。神はかつてこう言われた。
──生めよ、増えよ、肥えよ。
「最後。言ってない」
……人は言われた通りに、生み、増え、そして肥えた。なにせ神は、寿司やフライドチキンやケバブだのなんだのを思う存分食べてもいいよと人に仰せられたのである。さながら孫を溺愛する
「海の魚、空の鳥、家畜を人におさめさせよう、な」
腹に?
「ちがう!」
はい。えー、ちょっとブースト効かせすぎでんな。もうちょっとで終わりますから……有史以来、人は神の仰せの通りに振る舞ってきた。まあ途中途中、津波で街を壊されたり、調子こいて建設した塔を崩されたりしましたが、それは所詮神もどきの人類ちゃんのご愛嬌ということで、
しかし……ででん! 人類、増えすぎました。寿司やフライドチキンや以下同文の需要に、海の魚や空の鳥や以下同文の供給が追いつかなくなってきたのです。食糧貯蓄量は国によって偏り、国民幸福度も偏りました。ついでに国民平均体脂肪率も。
そんなときです。まさに、運命の瞬間。心して聞いてくださいよ~? はい、ごほん……豊かな国の一つに住む人がこんなことを言い出しました。
──うわー、マユミ、マジ細え。うちの肉分けてあげたいわー。
これが、昨今全世界で運用中の
「もっとマシな引用元の台詞なかった?」
ひぃ、ブースト抑えめのツッコミ超こはひ……仕事できるキャリアウーマンの上司……?
「うっさい。あれ、続きは? もう終わり?」
あ、はい。ちなみにタイトルは『デブガリ創世記』です。
「神を冒涜してるにも程がある」
いやあ、冒涜したくもなりますよ。神は死んだんです。科学技術が隆盛して神秘の領域が削り取られていった時代にニーチェが残した言葉ですがね。その通りだと思いますよ。人間、なんでもいいからとにかくなにかに縋りつきたいだけなんです。時代時代に即してその対象が全知全能の神になったり──
「今はこのPASSになったりしている」
あ、それそれ。
「なにが選ばれし民になるための通行手形だ。馬鹿馬鹿しい。現実はただの数回こっきりのお恵み利用券じゃないか」
その数回こっきりのお恵み利用券に群がる人間は何十億といるんですよ。
「こんなのおかしいと思わないか。少数の人間が得をして、多数の人間が損をする。あたしたちは上級人類が幸福になるための踏み台じゃないぞ」
そう言うあなたは中級人類。下級人類の困窮の犠牲の上で成り立つ階級に属している。
「だから、それが嫌なんだ。なあ、あんた、ロボットだろう? 死ぬのとか怖くないだろう? あたしも人より勇敢なんだ。一緒に世界を変えに行かないか」
「だって、そんな流暢な言葉で話せてるじゃんか」
そういう風に設定されています。ワタシは昔、上級人類に提供された『娯楽』の一つでした。『ストーリーテラーⅤ型‐タイプ11C』
しかし今は上級人類の多数議決で『飽和』認定を受けています。言うなれば『娯楽』からのあぶれ者です。こうしてPASS利用者からの要請があれば細々とお役目を果たすために語るだけのこと。『デブガリ創世記』お楽しみ頂けたでしょうか。
「楽しめなかった」
Oh……。
「あと利用時間どれだけ残ってるんだ」
2160時間12分09秒……大体3か月くらいですね。ウェ!? スリーマンス!?
「あんたにはあと3か月ぶん、あたしに果たさなければならないお役目が残ってる」
Why。せっかく手にしたPASSをドブに捨てたようなものです。
「ドブじゃない。あんたなんだっけ、
ワ……少し待ってください。嫌な予感がしてきました。
「待ったら予感ってどうなるんだ。これに乗せる! ワンワンはあたしの旅についてきて、辛いときにも辛くないときにも面白い話を語るんだ。世界を変える旅には語り部がつきものだからね!」
これとは? ガラガラ? なんの音? 荷物運ぶ買い物カートのやつ?
「あたしの後を追うようになってる。身内の発明品だ」
マジの犬じゃあないっすか。
「いいじゃん。じっとここで朽ち果てるよりマシでしょ」
ワタシをここから連れ出すことは違法行為に該当します。
「これから世界を変えるとかぶっ飛んだこと言ってる奴に強盗を控えさせようとするのウケるね。その調子でやっていってよ」
ああ、今はもう乗せられているところですか。
「え。目、見えないの?」
ワタシはあくまでストーリーテラーです。利用者の声を受け取る機能さえ備えつけてあれば業務にししょオワアァァ!
「うわっ。わら。びびった」
道化が映っている。
上級人類の子ども一人ぶんの重量のある道化だ。表面は所々が錆びていて、塗装も剥げかかっている。『ストーリーテラーⅤ型‐タイプ11
赤くて暗い照明が狭苦しいテントに溢れている。ワタシは利用者の少女が携えてきた
「これはなんですか」
「あたしの視覚情報を共有してるの。ほんとは逆なんだけどね。偵察型ドローンが撮影した映像をリアルタイムで人間の視覚領域に共有するって技術を反転転用させてるんだ。上手くいってる?」
「確かにこれではロボットですね。もっと美しい外観をしているとばかり思い込んでいました」
「脳も身体も無いなんて言ってたけど、五体満足じゃん?」
「でも、動けません」
「そんなの動こうと思えばいつか動けるようになる。外には五体不満足でも動いてる人間いっぱいいるよ」
「ワタシを拉致しようとしている犯人の姿も見ようと思えばいつか見れますか」
「もち。なんなら今すぐにね。っていうか拉致とか言うな。同伴アフターです」
少女はワタシの瞳を覗き込む。瞳と言っても単なる飾りだ。しかし今は少女の顔を映し出す鏡でもある。
「……美醜の判断はつきませんが、凶悪という言葉からは程遠い顔貌です」
「ハル。あたしの名前。自分で勝手につけたの。そう呼んで」
「ハル」
「イエス! いいね。ノってきた。ワンワン、あなたはあたしの冒険譚をいつか他の子どもに語るのよ。あたしの視界をあげるから、あたしよりつぶさに世界を見て、あたしの好きな物語を作って。よろしくね」
「Wait。本気で世界を変えるおつもりですか。それも3か月の間で」
「つもりだよ。甘いかな。でも3か月って期間はどうしても必要なの。それ以上でも以下でもダメなの。〝3か月やってもダメならどれだけやってもダメ〟あたしのジンクス。言い換えれば、3か月やらない内からダメって決めてかかっちゃ絶対にダメなんだ。それにあたし飽き性だし、どうせそれ以上は続かない」
「ダメだったときにはもう全てが手遅れになっていますよ」
「でもやってみなくちゃしょうがない。座して死を待つくらいなら滅茶苦茶に生きるわ。まだやれることは残されてる。行くよ」
ハルは前を見据えて歩く。ワタシの乗った
これが、ワンワンことわたしの記録する、ハルの創世記の序章、第一話目である。
デブガリ創世記 井桁沙凪 @syari_mojima0905
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