相棒殺し

夢綺羅めるへん

相棒殺し

「おはようございます!本日付で特殊任務課に配属となりました志村勇しむらゆうと申します!」

 広くて落ち着いた雰囲気の部署に元気な声が響き渡る。疎らに配置されたデスクにはちらほら人が座っていて皆一様に彼の方を見て呆然としている。

「亡き父に負けぬようこの身を尽くして頑張らせていただきます!」

 勇がビシッと敬礼する。期待と自信に満ちた両目の上でツーブロックで決めた黒髪がふわりと舞う。卸したてのスーツは糊が効いていて眩しい。すらりと伸びた体躯はがっしりとしていて鍛え方が見て取れる、いかにも『若くてできる』男といった装いだ。そして厚い胸板にキラリと光る日章は彼が警察官であることを示している。

「あの人、例の一課の?」

「志村勝昌の息子だろ、そんなエリトクニンなんかに来てんだよ」

「知らないの? 御影さんのバディに選ばれたのよ」

「マジかよ! 相棒殺し御影の? エリート様もお気の毒だな……」

「ちょっとやめなよ!声でかいって」

 亡き父、という単語に反応してオフィスがざわつく。志村勝昌、勇の父でありいくつもの危険な事件を解決し生還した伝説の刑事。署内ではちょっとした有名人だ。

「あの、お話中のところ申し訳ないのですが御影さんはどこに……」

 ドアから覗き込むようにして尋ねる勇。

「ここにいるよ」

「うわっ⁉︎」

 突然後ろから声をかけられ体勢を崩しかける。慌てて振り向くとそこには勇より一回り小さくボサボサの黒髪を肩まで伸ばして警察署には似合わないジャージを着た女性が立っていた。勇とは対照的に気怠げな雰囲気を纏う彼女は隈どられた目で勇の事を真っ直ぐ見つめている。

「話は聞いてるよ志村勇くん。私が御影聡美みかげさとみ、よろしくね。ていうかあなた待ち合わせの十三時まであと三十分もあるじゃない、こちとらまさに今食後のランニングを終えたとこよ」

「も、申し訳ないです。しかしお待たせするわけにも……」

 そこまで言って勇は部署の雰囲気がガラッと変わった事に気がつく。皆一様に御影に冷ややかな視線を浴びせている。来るな、出ていけ、誰一人喋っていないのにそんな声が聞こえて来るようだった。

「外行こっか、ちょっと遠いけどお気にの喫茶店があるのよ」

 御影が助け舟を出した。



 春風に煽られながら二人は肩を並べて歩く。部署から逃げるように外へ出てきたので御影はジャージ姿のままだ。

「その、いいんですか? 勤務時間中に喫茶店なんて」

「いいんじゃない? 今日は挨拶とトクニンの説明をしろとしか言われてないしさ。トクニンの説明ったって多少は調べてきてるんでしょ、勇くん」

「ええ、まあ。一年間二人一組で独自の捜査を行う少数精鋭部署、ですよね?」

「そう! それがわかってたらもう言うことなし! なら喫茶店でゆっくりご挨拶しても問題ナシ! でしょ?」

 御影は口角を上げて見せる。無邪気というかどこか子供っぽいというか、御影は勇が思っていたよりずっと明るい雰囲気の女性だ。故に相棒殺しなんて呼び名や先の部署での扱いが引っかかる。勇はぎゅっと握りしめた拳を見つめながら意を決して口を開いた。

「一つお伺いしてもよろしいですか?」

「ん?」

「“相棒殺し”のこと……なっ!」

 言いながら御影の方を見た勇は仰天して思わず足を止めた。こちらを向いている御影の目は眼力で呪い殺さんとばかりに勇を睨みつけていた。勇がいつかの映画で見た血の涙を流して追ってくる幽霊を連想した数瞬のうちに御影は元の表情に戻っていた。

「ご、ごめんなさい。今のはなかったことに……」

「いいよ、教えてあげる」

 何ともないといった顔で御影は答えた。御影の変わりように固まってしまった勇をよそに御影は続ける。

「といってもみんなが想像してるような大層な話じゃないよ。前の相棒と一緒に犯罪組織との内通者を探していて何とか尻尾を掴んだ!ってとこで彼が撃たれて重症を負っちゃってね、いいから行けって言うもんだから必死に追いかけて……後で戻った頃にはもう、遅かった」

 さりげなく出てきた内通者というワードに勇は眉をひそめる。警察に内通者が?

「それで、内通者はどうなったんですか?」

 御影は目を瞑って首を横に振る

「私が追いついた頃には第三者に殺されてた。尻尾切りってやつね。結局そいつも組織の下っ端で情報は得られずじまい。ツーマンセル解散に伴い私は捜査から外されたわ……内通者がいるなんて当然言えない署はこの事件をなかったことにした。結果噂と想像で話が滅茶苦茶になって晴れて私は部署の問題児ってワケ」

「そんな……」

 かける言葉も見つからない。あまりのショックに作り話かと疑いたくなるほどだ。しかし御影はケロッとした様子で歩いている。

「ねえ、私のことなんかより勇くんの話聞かせてよ」

「僕の、ですか」

「そう!不死身刑事と称された志村勝昌の息子は二十五にして一課のエース!私の二コ下なのにすごいよねぇ」

 二コ下、つまり御影は27歳ということになる。御影は十代と言っても十分通じるような容姿だ。

 唐突に褒められ返答に困っていると横を歩いていた御影がひょっこりと顔を見上げてきた。真っ直ぐこちらを見つめてくる黒い瞳は近くで見ると吸い込まれてしまいそうなほど綺麗でドキッと心臓が鳴ったような気がした。

「でもさ、そういう肩書きって勇くんにとっては鬱陶しいだけの足枷だよね」

 今度は違う意味でドキッとした。思い当たる節がある。

「何をしても勝昌がどうとかエリートの血がどうとか、嫌になっちゃうよね。こっちの努力はどこにいったんだよーって話」

「仰る通りです……何を言われてもなんだか自分に対して言われている気がしなくて」

「あー! わかる、わかるわーそれ。って私に共感されても嬉しくないか」

 身を削った冗談に長い間暗い顔をしていた勇から笑みが溢れた。

「でも……だからこそ、僕は父を超えるような刑事になろうって思うんです。勝昌の子ではなく志村勇として認めてもらいたいんです」

 次々と溢れる本音に内心驚きつつも勇は胸を張って宣言した。そんな勇の顔を見て御影は目を細める。

「素敵な目標だね。私にはわかる、勇くんだからこそできることがある筈だよ」

 言いながらクルッと勇の方に体を向けてさらに続ける。

「私達、何となくだけど共通点があって分かり合えて……意外と良いコンビかもね!」

 満面の笑みでそう言う御影は太陽のように眩しかった。



 すっかり打ち解けて談笑していると道沿いに古ぼけた看板が掛けられた西洋風の小洒落た一軒家が目に入った。

「ここだよ、“喫茶メロン”おじいちゃんマスターが一人でやっててお客さんもほとんどいない私の秘密基地」

 御影は陽気な足取りで入口に近寄り引き戸に手を掛け……止まった。

「御影さん?」

「しっ。こっちに」

 御影に言われるがまま勇はドアに張り付く。すると僅かにだが中の様子が伺えた。

「いいからレジと金庫の金全部その袋に入れろ! もたもたしてると撃つぞ!」

 乱暴な男の声が聞こえてきて勇は目を見開く。

「これって……」

「ああ、強盗だね。恐らく銃火器を携帯してる。店員は老人一人で客はほぼ来ない、前から危ないとは思ってたけどまさかこんな……」

 ジャージ姿でも冷静な御影を見て勇も一度頭を冷やす。

「応援を呼んで待ちますか?」

「いや、下手に刺激すれば立て篭もりに移行する恐れがある」

 一理ある。が、この状況を二人で打開できるのか?当然お互い拳銃の装備などは無い。勝昌なら単身乗り込んで解決してしまうだろうか。焦燥感で思考が纏まらなくなる。

「勇くん?」

 はっとして顔を上げると御影が怪訝そうな表情でこちらを見つめている。おかげでぐちゃぐちゃだった頭の中が一瞬リセットされた。フラットな頭で御影の顔を見ていると無意識のうちに印象に残っていた彼女の言葉を思い出す。

「私にはわかる、勇くんだからこそできることがある筈だよ」

自分の愚かさが悔しくて奥歯を噛み締める。どうして父の事を考えたんだ。今ここにいるのは誰だ。僕と……御影さんじゃないか!

「御影さん、僕が合図したらマスターの子供を装って玄関から入る事ってできますか?」

「え?わ、わかった」

 呆気に取られている様子の御影を置いて店の窓に張り付くと強盗らしき男の後ろ姿が確認できた。ここなら……! 手を振って御影に合図を送る。

「おじいちゃん!」

 勢いよく引き戸を開けて御影が叫ぶ。強盗とマスターの視線が一気に玄関へと集中する。

「ガキか⁉︎ お、お前……!」

 強盗は御影の顔を見て狼狽える。右手の拳銃へ視線を動かすもジャージ姿の子供を即座に撃とうという発想には至らない。

 そして、その隙を逃す勇ではない。窓から飛び込むと勢いのまま強盗の手を捻り拳銃を取り上げる。圧倒的な身のこなしで一課のエースたる所以を見せつける。

「クソが! 話が違うぞ……!」

 吠える強盗の手をさらに強く捻って黙らせると目を点にしているマスターと御影の方を向いて安堵の笑みを浮かべた。

「危ない事をさせてごめんなさい……でもなんとか解決、ですね」



 夕暮れ時に差し掛かり、格子から漏れる夕日で白い部屋は真っ赤にライトアップされていた。

「どうして私がこんなこと……」

 一連の騒動の後、事件の後処理を任された御影は発見から即時解決という異例の事態のせいで遅れている書類の処理が終わるまで誰も見ていない取調室で件の犯人と二人待たされていた。勇は事情聴取等の別件で呼ばれ現地解散のような形になってしまったが解決後の彼の誇らしげな姿は強く印象に残っていた。

 部屋に漂う気まずい空気を切り裂くように終始物言いたげな様子だった犯人の男が口を開いた。

「御影、裏切りやがったな……! あの店にはほとんど客は来ないって言ってただろ! まさかお前がいるなんて聞いてない、それにあの男だって……」

「黙れよ」

 男がピタリと止まる。御影と目があってしまったからだ。見るだけで人を呪い殺してしまいそうな、あの目と。男を黙らせた御影は徐に頬に両手を当てると空を見つめて夕日に染まって赤い顔をさらに赤らめた。

「はぁ、勇くんカッコ良かったなあ……あの顔たまんないよ」

 御影は足をパタパタ動かして悦に浸っている。 

「前の彼も悪くなかったけど……」

 瞬間、御影の雰囲気が一変する。例の目とは違い今度は酷く冷たく、一切の感情も感じさせないような真顔になる。男は酷く怯えながらも必死に声を出さないよう耐える。

「私の正体に気がつけないクズだったから殺しちゃった。危うく捕まりそうになった組織のゴミもついでに始末して正解だったわ」

 そこまで言うと御影はさっきまでの恋する乙女のような顔に戻って続けた。

「タイムリミットは一年。それまでに……私のことを捕まえてね、勇くん……」

 勇と御影。光と闇が交わる時、二人と警察を巻き込んで『最悪の一年』が幕を開けるのだった。






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