水をどうぞ(落語調1)

MenuetSE

 

「熊さん、俺よ、水を売ることにしたんだ」

「八っつぁん、水ってえのは、あのH2Oのか?」

「そうだよ、ペットボトルに入れて売るんだ」

「えっ、水をペットボトルで売るのかい。 誰も買わないよ。だって水道の蛇口を捻れば、水なんてジャブジャブ出てくるだろ。水道水なら、1リットルで1円もしないしさ」

「1本500ミリリットル入りで、100円で売るつもりさ」

「冗談はやめねえか。同じ水なのに何百倍もの値段付けて、誰が買う? ペットボトルってえのはだなぁ、ジュースなんかを入れて売るもんだ。『はい、水です、100円です』って言ったって買う馬鹿なんざいないさ。それにだなぁ、日本は『湯水のように』っていう言葉があるくらい綺麗な水が豊富だ。俺なんざ、山じゃあいつも清水や沢の水をガブガブ飲んでるよ。もちろんタダさ」


「そこでだ、熊さん。俺は謀略を考えたよ。おっと、謀略ってえのは聞こえが悪い。じゃあ、作戦って呼ぼうか。その作戦だがな、『水道の水は健康に良くない』と言いふらすんだ」

「そりゃあ、困るな。俺、毎日水道の水を飲んでるよ。悪いなんて言うなよ」

「実際には健康に全然悪くないさ。熊さん、安心しな。ご隠居さんに聞いたんだが、なんでも水道水の水質基準は、ペットボトル飲料よりも厳しいらしいって事よ」

「へぇー、そりゃあ安心した。東京の水道局も『安全でおいしい水』って宣伝しているもんな」

「だから、嘘になるから一寸気が引けるんだが、水道水の悪口をネットなんかでパーと流すんだ。水質の事なんか、一部の知識人くらいしか知らねえだろうからね。一旦『水道水は良くない』って噂が流れたらこっちのもんでさぁ」

「おっ、八っつぁん。ネットだなんて最先端を行ってるねえ。てえしたもんだ」

「ペットボトルには『八っつぁんの水』っていうラベルを貼るんだ」

「『八っつぁんの水』? なんだか汚ねえなぁ。鼻水か涎かなんかを想像しちまうよ」

「もうラベル準備しちゃったから、『八っつぁんの水』で行かぁな。ピッカピカのペットボトルに入っていれば、清潔に見えるだろ。保存もできるからな」

「ああ、見た目はいいな、確かに。でも、そんなんでみんな騙されてくれるかなぁ」


◇ ◇ ◇


「八っつぁん、久しぶり。で、『八っつぁんの水』はどうだ? うまく行ってるかい?」

「熊さん、聞いてくれよ。それが飛ぶように売れてるんだ。おらあびっくりさ。俺の成功を見て、大手の飲料メーカーも真似しようと動き始めてるくらいだ」

「そりゃあ、嬉しいなあ。待てよ、あんまり売れると、てめえは金持ちになって、この長屋を出て行っちまうんじゃねえのか。タワマンかなんかに住むんだろ。水くせえなぁ」

「おいおい、熊さん。俺は出て行かないよ。安心しな。それでだな、もっとすごいことを考えたんだ」

「へっー。で、なんでさあ、それは」

「外国から水を持って来て売るんだ」

「おめえ、また馬鹿な事考えたなぁ。で、どこの国から水持ってくるんだ?」

「フランスさ。『八っつぁんのおフランスの水』って名前つけて売るんだ」

「また『八っつぁん』か。八っつぁん、俺はこう見えても、少しはヨーロッパの事を知ってるんだ。あっちの水は『硬水』って言って、日本人には合わねえんだ。旅行者がお腹を壊したっていう話し聞くだろ」

「ああ、ご隠居さんも同じ事言ってた。でも、『南蛮からの水』というだけで売れると思うんだ」

「おいおい、出島で交易してた時代とは違うんだぞ。それにだ、本当に1万キロも『水』を運んでくるのかい。日本で採れないとか作れないって言うんなら分かるけど、水なんて日本にはいくらでもあるじゃねえか。こんなに水に恵まれている国なんざぁ、世界でも珍しいくらいだ。しかも、おフランスよりおいしい水だ。外国の水なんて売れるはずねえさ」


◇ ◇ ◇


「熊さん、やったよ。『八っつぁんのおフランスの水』も順調だ。正直、今度は俺も失敗すると思っていたんだが、不思議なもんだなぁ」

「おいおい、売っている本人が『不思議』ってえのはいただけないな。ともかく八っつぁん、おめでとうよ。それにしても世の中、何が売れるか分かんねえなぁ。俺は商売のセンスなさそうだ。おめえの方が商いに向いているよ」

「それでだ、熊さん。また新しい商売考えたんだ。『ダイエット食品』さ」

「なんだあね、その『ダイエット』ってえのは」

「カロリーを半分にした食べ物さ。カロリーってえのは人間が仕事するのに必要な燃料みてえなもんだ」

「すると何かい、そのダイエットやらを食べると、同じ量を食べても燃料としては半分になっちゃうって事かい。馬鹿を言っちゃあいけねえ。そんなもん誰が買うってえんだ。そんなもん食ってりゃあ、今までの半分しか仕事ができねえ。逆なら分かるよ。これを食べれば2倍の仕事ができるって。そういうんだったら俺だって買わあな」

「熊さん、これは食べ過ぎに注意している人たち向けなんだよ。普通に食べていても、燃料としては半分だから、太らねえという訳さ」

「八っつぁん、なんでそんな、しち面倒くさい事するんだい。半分の燃料にしたければ、半分の量だけ食べれば済む事だろ」

「それができない人が多いから、これは商売になるんだ」

「で、八っつぁん、何かい、燃料が半分なんだから、もちろん値段も半分なんだろうな」

「いや、燃料は半分でも同じ値段で売るさ」

「それじゃあ、まるで人を騙してるみてえだ。いや、それにしても水といい、そのダイエット何とかといい、八っつぁんのやることは俺には思いもつかねえ。良くそんな奇抜な事、次々と考えるもんだ。ダイエットなんとかが成功したら今度こそ長屋を出て、タワマンに行っちまうんだろ。いや、残念だなぁ」

「おいおい熊さん、おれはいつだってお前のダチよ。タワマンになんか行くもんか」

「おっ、八っつぁん、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」


 こうして熊五郎と八五郎は、相変わらず長屋で仲良く暮らしたという事です。

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