訓練もまた特殊

 騎士に必要なものはなんであろうか?


 騎士とは治安を守り王に奉仕する者である。求められるのは学問等よりも武芸と宮廷作法。


 無論、無教養で良いというわけではないが、君主の剣であり顔である騎士にはその二つが最も求められるのだ。


 騎士見習いとなった私は、騎士となるための鍛錬の日々を送った。


 先達の方らから作法の所作を学び、騎士団の所有する馬たちの世話などの雑用をこなす。


 戦闘訓練に加わることはあまりない。騎士も時代にそぐう魔法を主体とする戦法をとる。集団としての連携を求められる騎士団において、やはり魔法が使えない私がいてもどうにもならないのだ。


「ドラングル!そろそろ入ってくれ!」

「……ただいま参ります」


 しかし冷遇されている訳ではない。騎士団は罪人などを想定した対人の他に、対魔物を想定した訓練もする。


 先の魔闘会での事件によって、魔物の対処が重要視された。これによって騎士団の訓練メニューに対魔物の訓練が通常よりも多く追加されたらしい。


 そこで活きるのが私の戦い方だ。獣のように駆け、攻撃を受け止める動きは訓練相手に適しているという。


 私も対集団の戦い方の勉強になるし、先日届いたこの大剣を用いた動きの鍛錬にもなる。サンドバッグと捉えられそうではあるが、皆善い性格の持ち主である。訓練が終われば、笑顔で食事などに誘ってくれた。


 私のような''なりそこない''には過ぎたる居場所だ。いや、騎士として己を''なりそこない''だなどと卑下することはあってはならないことだな。ただ感謝するのみ、それが正解か。


「ドラーン!」

「来たぞ〜!」


 活気のある声が聞こえる。クロエとカムイだ。やはり魔物である二人は訓練に何かと都合が良く、上級クラスとの戦闘ともなれば良い経験が得られる。


 ヨルン団長からの要請で週に一度、二人には訓練に参加してもらうことになっている。クロエとカムイも、騎士団との戦いでストレスや戦闘欲求の発散になるため乗り気だった。


「にしても、オレら三人を相手にするって大丈夫なんかね?」

「魔闘会に出てきた悪魔と同等かそれ以上の相手と鍛錬できるっていい経験になるからね」

「……決められたことだ。暴れていいが死者は出すなよ」

「わかってるよ」


 そう、悪魔。あれらについても調査が行われた。魔物とは異なり身体が魔力によって構成されていたらしく、現場には色濃く魔力が残っていたという。今まで悪魔というものは神出鬼没でほとんど確認されておらず、未だ生態もわかっていなかった。


 今回の一件で様々な調査が行われていると聞くが、それも難航しているらしく何も手がかりが見つけられていないらしい。


 不安も疑問も溢れ出てくる。私もこうして一人前の騎士となるために鍛錬を重ねているが、果たして悪魔らの襲撃に十全に対応できるのだろうか。


「ドラングル、考え事か!?今は訓練に集中してくれ!始めるぞ!」

「っ!……はい!」


 そうだ、未来を案じてばかりで今を軽んじてはならない。まずは騎士を目指し精進しなくては。


 さて、ここで今私が所属しているヨルン騎士団について少し話をしよう。


 元々このマヌカンドラ帝国にある騎士団はこのヨルン騎士団のみであった。しかし、数年前に起こった隣国との小競り合いにて、乱入してきた魔物の大群を見事退けたのがクリスティーヌ様であった。


 元々魔法の扱いに長け様々な功を上げていたクリスティーヌ様は、その大層な武功によって帝王様より一個騎士団を持つ地位を授けられたのだ。


 さて、ヨルン騎士団は長くマヌカンドラ帝国を守ってきたためその練度も結束力も桁違いだ。特に結束力に関してはクリスティーヌ騎士団をも上回り、いかなる任務においても生還率は90%を超えるという。


妨害ジャミングだ!ダークホーンウルフの速さを封じにかかれ!」

強化エンハンスは防御力を底上げしろ!相手は肉弾戦が主体、可能な限りダメージを下げるんだ!」


 現に、ヨルン騎士団は私たち三人の攻撃力をもってしてなお攻めきれない。弱体魔法と強化魔法による支援が飛び交い、中級魔法がこちらの隙を狙って飛んでくる。


 鎧が全員違ったりと統一感の欠けらも無い騎士団ではあるが、彼らは外見に反し連携を織り交ぜた堅実な戦法を得意とするのだ。


「はっ!いいのかよ、近接にばっか対策しちゃってさあ!!中級土魔術『グラウンドインパクト』!!」

「地面を警戒しろ!土柱が……ぐあぁっ!?」


 しかし個々の実力でいえばやはりクリスティーヌ騎士団には劣り、故にこそ私たちとの模擬戦によってさらなる個々の能力を磨きつつ、得意分野である連携を強める方針のようだ。


 しかしそれは団員たちの話。


「上級氷結魔法『ブリザード』」

「上級火炎魔法『ヘルファイア』」


 魔法連携『アイスフレイム』


 ヨルン団長の氷結魔法とマリン副団長の火炎魔法が融合。冷気を纏う青い炎の波が地面を舐め、氷結によって土柱の発生を防ぎながら私たちに襲いかかった。


 クロエはその速度で即座に範囲内から離脱し、カムイは魔術で土壁を作ることで防ぐ。私もスキル『魔法防御壁』『状態異常無効』を発動させ受け止めた。


「……っ!今のうちに防御系の強化魔法をかけ直しておきなさい!障壁を張るのよ!」


 さすがヨルン団長、勘が鋭い。私はいま青い炎によって騎士団の方々を視認できない状態。彼らからすれば、一見は魔法連携のダメージを予想し次の手を準備する場面である。しかし、この状況は私が彼らを視認できないのと同じく、彼らも私を見つけられない。


 であれば、全方位へと攻撃ができるスキル『振動』を持つ私の独壇場となる。


「……フンッ!!」

「なっ!?ぐぁぁあああ!!?」


 スキルを発動し大きく踏み込めば、それは周囲の炎すら吹き飛ばす衝撃波となる。防御の姿勢をとっていたヨルン騎士団であったが、その大部分が堪えきれずその身を後方へと飛ばすことになった。


 しかしヨルン団長の一喝もあってかその場に留まれている者たちも多かった。


「ふぅ、まったく。一手で覆されちゃたまったもんじゃないわね。みんなお疲れ様!今回の戦闘訓練はここまでよ!」


 ヨルン団長が手を叩いて終了の合図を出した。戦いの緊張感が途切れ、立っていた団員たちもその場へ腰を落ち着けていく。


 そんな中、ヨルン団長のみが私たちの元へと歩を進めてきた。その顔は笑顔で、先頭の疲れを一切見せないのはさすがとしか言いようがない。


「ドラングルくん、クロエちゃん、カムイちゃん、訓練お疲れ様。あたしたちの対魔物への経験もだんだんとついてきたわぁ」

「……お役に立てたならばなによりです」

「ボクたちも楽しかったしね!いつでもウェルカムだよ!」

「ま、思い切りやれてスカッとするのは否定しねーよ」


 カムイとクロエも、この訓練に来るようになってからは晴れやかな表情が増えた。二人も魔物としての闘争本能を発揮できて良い刺激になっている事だろう。


「そう、それは良かったわ。それじゃあ……ヨルン騎士団!!!」


 ヨルン団長の一喝で全員が立ち上がる。来るのか、毎度恒例の行事が…!


「装備の洗浄・修復!埃一つも許さないわ、掛かりなさい!!」


 神経質とも言える装備の手入れ。それが有名なヨルン騎士団は訓練後にすぐさま装備の状態を良好にすべく取り掛かるのだ。少しでも遅れることは決して許されない。


「ああ、ドラングルくん。ちょっといい?」

「……はい」


 私も団員たちに続こうとするも、ヨルン団長に呼び止められた。真剣な表情を見るに真面目な案件らしい。


「ロンドール近くにある『アマナの森』を知っているかしらぁ?」

「……はい」


 マヌカンドラ帝国の北西に位置する従属国ロンドール。その南西にはマナが豊富に観測されている神秘の森『アマナの森』が存在する。


 名前に付くアマナとは、かつて女神オーファンが生み出したとされる癒しの天使アマナから取られている。


 森の最奥には天使アマナが宿るとされる大樹が聳え、その麓にはあらゆる知識を持つ森の賢者『ドルイド』の里があると言われている。


 しかし迷いやすい構造と森のマナによるためか、誰も大樹の元へと辿り着いた者はおらず、ドルイドの存在も確認された訳では無い。さらには神聖な森であるはずであるのに魔物が出現するため、今では危険な森として世に知られている。


「最近入った情報なのだけど、どうやらアマナの森で、魔物のスタンピードの兆候が見られたそうなのよぅ」


 スタンピード。それは魔物たちが何らかの原因によって群れをなして行う大暴走だ。


 その道中にあるものは残らず踏み潰され、尽く破壊されてしまうという災害と言っても過言ではない現象だ。


「……この話が出るということは…」

「そう。あたしらヨルン騎士団が遠征し、スタンピードの原因を調査することになったわ」




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パッシブスキル『スーパーアーマー』を手に入れた我氏、いつの間にか龍騎士団の長になってました サンサソー @sansaso

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