愛おしい君の光

桜染

君の光

 人が光って消えた後、その光は次元の縛りから解き放たれて飛んで行ってしまうという。そうした光が集まる高次元を、人は「天国」とか「意識が存在する場所」と呼ぶ。

 光は消えることなく旅をして、長い間戻ってくることはない。だけど時折気まぐれのように三次元に顔を出したりする。


 彼女が光となったのは五十年前。僕の目の前でだった。

 僕は二十三歳で、大学院での研究のレポートに手こずっていて、ちょっと息抜きで数時間の旅に出た。ふらりと立ち寄った海岸で、その現象は起こった。


 潮風を感じながら夜の海岸を散歩をした。

 月が反射する海を眺めながら、ホテルの近くのコンビニで何か甘いものでも買っていこうかと考えていたら、突然目の前が光った。

 唐突なことに僕は驚きすぎて、何もできずにただ、彼女の身体の形をした光が散っていくのを見ていた。

 その光が致死性発光だと気がついたのは、もう光が全て発散してしまってからだった。僕は彼女を捕捉することが出来ず、光は解き放たれた。「人は死んだら星になる」なんて絵空事が真実に聞こえるほど、彼女はあっけなく散った。


 一目惚れだった。

 もう一度彼女に会いたいと思った。

 素粒子保存の法則が機能するのなら、彼女が放った光はこの宇宙のどこかにあるはずだと考え、それから名も知らない彼女を探した。

 専攻を宇宙物理に切り替え、大学院に入り直した。教授は驚いていたけれど、「君ならきっと成功できる」と太鼓判を押してくれた。

 無我夢中で光子を追い、蛇のような数式と格闘しながらいくつか論文を書き、他の研究者と意見交流をしていたら、知らないうちに五十年経っていた。

 致死性発光により僕たちが住む次元を飛び出した光が、時折また地球に戻ってくることに気がついたのは、今から十年も前の話だ。僕は論文を出して、国の支援のもと研究施設を設立した。

 五十年経った今も、僕は研究施設の所長でいる。


 ある日、高次元から戻ってきた光が観測された。

 所員総出で光の解析が行われ、結果その光は、三次元に存在する他の光と何ら変わりもないことがわかった。

 みんな肩を下げて実験室を後にした。いくら特別性がなくとも、論文にはしなくてはいけない。僕は一人残って捕捉された光を見つめた。

 光の総量から演算するに、元は五十kg前後の人間だったのだろうと思われる。それ以外はわからない。わからないけど、僕はどこか確信していた。この光は彼女だと。僕はついに彼女を捕捉したのだと。

 すぐさま引き取りの申請を出した。実験的に価値がなくなっても光は保存しておくべきだが、しかし再捕捉された光はすでに多く保存されており、これ以上の保存は財政的に苦しくなっている。

 僕が論文を公開した後、すぐに引き取りの許可が出た。


 彼女の光を引き取って、僕はそれを瓶に入れ、自室の本棚へと飾った。

 あの日見た光。あの日から僕を捉えて離さない光。

 君が発した、君の生きた証。

 僕はそっと瓶にキスを落とした。興奮で涙が溢れ出しそうだった。何度もなんども、キスを落とし抱きしめる。


 しばらく経ってから、僕は瓶を本棚に戻し、机に向かった。引き出しから、万年筆と一枚の紙を取り出す。


『僕が死んだと同時に、同じ場所でこの光を放ってください』


 紙にそう綴って、遺書と記した封筒の中に入れる。それから、もう一度彼女を眺めた。

 彼女は僕が死ぬまで、ずっとここにいてくれる。

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愛おしい君の光 桜染 @sakura_zome

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