ふたたびの死神
老虎と千夏そして呼び止めた男は近くの喫茶店に入った。
その男はげっそりと痩せていて時々「こほっ」と小さな咳をした。
千夏はその姿がまるで落語の「死神」だと思うほどの姿であった。
目に生気がなく「消えそうなロウソク」のようなかすかな光があった。
「旦那。私は千葉っていうものです。実は旦那に頼みたいことがあるんです」
男はそういってコーヒーを飲み始めた。
「お願いと言われてもあたしは隠居の身なものでご期待にそえるかどうか。。。」
「立派な若い衆を連れているって噂が広がってましてね。今日ちょうど旦那にお目にかかれたというわけで。まったくこれも神田明神にご利益というものでして。」
「ごほん」っと老虎は咳をして千夏をにらんだ。
「いや。ここだけの話なんですが。。。」と前置きして「実はここらへんで新しくカジノを開く事になりましてね。まああたしはそこの下っ端なんですが。」
「ほう」
「いや、なに最近はコロナのお陰で食えない人間が山ほどおりましてそいつらを食わせるため仕方なくてね」
「ほう。であたしに頼みたいこととは何ですかな?」
「さっすが私が見込んだ旦那だ。いや、大したことはないんです。新しくカジノをオープンするといってもさすがに新聞に公告をうつことはできないしなんとも恥ずかしい話ですが・・・」
「で何人ほどですか?」
「まあ初めは10人。。いや5人くらいで、大丈夫です」
老虎はあごに手を当てる。
「少々癖の強い人間ですが。。それでいいですかい?」
「は、はいっ」
千葉はそう言って小さな咳をまたした。
「でハコ(会場)はどこですかい?」
「はい。ここの近くでして、今ご案内いたします」
3人で喫茶店を出て千葉は会場を案内する。
なるほどそれなりの大きなハコで数十人が遊べるそれなりのものだ。
千葉は自らの連絡先を教え小さな咳をして駅に戻っていった。
「千夏。こまったな」
「困ったじゃありませんよ。大師匠、警察いきましょう。警察。連絡先わかってるんですから逮捕してもらいましょう」
千夏はムキムキな体なのに肝はとても小さいとみえる。
「まあ、おいらに考えがある。とりあえずタクシーでも拾おうか。」
そういって大きな通りに出てタクシーを拾う。
「運ちゃん。直木ビルに行っとくれ」
「わかりました」といって車を出した。
10分ほどして直木ビルに到着した。
老虎は千夏より先にすたすたと前に進む。
雑居ビルの中に「山形興業」と書かれた看板がある。
そのドアを開けると怖いお兄さんたちが一斉ににらんできた。
「ひっ」と千夏は老虎にしがみつく。
「どちらさんで」お兄さんは老虎に尋ねると
「神田の隠居がきたって言ってくれればわかる」
「なんだとこの爺さん」お兄さんたちは笑い始めた。
しばらくすると奥のドアが開いた。
「おい。どうしたんだ?」出てきたのは四十少し過ぎた立派な体格の男である。
「これは神田の師匠」その男は老虎をそう呼んだ。
「ひさしぶりだねぇ。後藤さん」
「兄貴、このお年寄りは?」若いお兄さんは後藤に尋ねる。
「バカ野郎。親父の知り合いの若狭屋老虎師匠だよ。さてはてめぇ寄席にいってねぇな?」後藤がにらむ。
「ひっ。す、すみませんでした。」とお兄さんたちはいっせいに頭を下げる。
「後藤さん親分さんはいらっしゃるかい?」老虎はお兄さんを無視して後藤と話す。
「親父なら奥におります。どうぞ」
後藤は老虎と千夏を案内して部屋にはいっていった。
「親父。お師匠がみえられました」
奥の椅子に座っていた親分が立ち上がって笑顔になった。
この男が山形武。ここら辺を縄張りにしている親分である。年は70ほど体は小さいが目にはどうやっても隠せない「殺気」が光っているようだった。
「お師匠。どうもご無沙汰しておりまして。。。そちらさんは?」
と千夏を見る
「ああこれはあたしの孫弟子で千夏ともうします」
「はっ。ち。千夏と申します」と頭を下げた。
「そいつはどうも。で今日はわざわざお師匠自らお出向きでどうかいたしましたかい?」
「いえね」老虎は言いにくそうに話した。
「親分さんここいらで新しくカジノを開くご予定でも。。。」
「はぁ」突然のことで山形は訳が分からないようだ。
「いや、なに。。。」といって先ほどの千葉という男の事を話した。
「ちょっとお待ちいただけますか?」山形はいった
「おい。後藤」老虎たちと違って大きな声で後藤を呼びつける。
ドアが開き後藤が入ってくる。
「親父どうかしましたか?」
山形は後藤に先ほどの話をしたが
「さあ?うちではありませんね。」
「じゃあ、どこがケツもってんだ?」
「若いもんに調べさせます」
そういって後藤は部屋を出て「おい」というと
ドア越しに話を聞いていたお兄さんたちが一斉に出て行った。
山形は煙草を箱から一本出して火をつける。
「フ~」と煙を吐く。
「こっから先は私たちの問題です。どうぞお師匠は手を引いてください。」そういって山形は頭を下げる。
「しかしなぁ。男が一度引き受けちまった仕事を断るのはなぁ」と老虎はボソッといった。
千夏はもう気絶しそうである。
「お師匠いけませんよ。仮にもカタギなんですから」
「いやなに。暇な知り合いに心当たりあるんでね。」老虎はそう言って笑った。
日々是好日 若狭屋 真夏(九代目) @wakasaya
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