暇な老人の相手をするお仕事
前の話から二年後。やってきたのはコロナの大流行だった。
飲食店や観光業そして娯楽産業のすべてが御法度のご時世がやってきた。
当然寄席もしばらくの間営業を自粛することとなった。
人々はコロナに恐怖を覚え自粛という我慢がまっていた。
しかしそんな世の中になっても若狭屋老虎は(とその妻は)元気だった。
今年八八歳になるのに頭も体も非常に元気。
とは言え寄席が閉まってしまい、ホールの落語会も延期になってしまった現在老虎は暇で仕方なかった。
芸人というものは自分で芸が出来なくなったら自ら引退するものだが老虎はまだ自分の引き際を自覚していないし周囲も同じ意見だった。
神田の老虎の屋敷の庭に老虎がいた。
「367.。368」と何かを数えている。
それをみたおかみさんである玲子が
「あんた何してんのよ?」と聞くと
「あんまり暇だからよ、庭にいるアリの数数えてんだよ」
「まぁーあきれた」
といって玲子は酒を飲み始めた。
老虎はアリの数を数えるのをやめ庭から家に入ってお茶をすすった。
「あー暇だな」
「そうね」
珍しく気が合う夫婦だった。
「真夏に稽古つけたらいいんじゃない?」
「馬鹿いえ。あいつも協会じゃそこそこの地位だぞ。今回のコロナの寄席の休業の話し合いに雁首そろえて相談してんだよ。俺みたいな隠居じゃんぇんだ」
「じゃあ千夏は?」
「あいつも弟子とったばっかりで稽古に忙しいんだ。」
「そうか。どっかに暇な弟子はいないもんかねぇ」
と二人でため息をつく。
「あっ」とおかみさんは何か気が付いたようだ。
「千夏はまだ前座だよね」
「あっそうか、あいつに稽古つければいいんだ」
「そうだな、どうせあいつも暇だしな」そういって老虎は電話を取った
「はい、若狭屋真夏ですが」と出たのは真夏の奥さんの薫だった
「あ、薫さん?わしだ。神田のじじぃだ」
「あら師匠、うちのでしたら協会にでてますけど」
「そうじゃない。お前さん所の千夏な。あれ。どうしてる?」
「どうしてるといわれましても今はうちのが忙しいものでして自宅におりますよ」
「そうか。真夏が忙しくて稽古がつけられないのならおいらがつけてやるよ」
「そういわれましても。うちのと相談しませんと」
「わかってる。とりあえず暇で死にそうなんで千夏を家によこせと言っといてくれ」
「死にそう、なんですか?わかりました。うちのと相談してお返事をいたしますので」ただでさえ高齢な師匠が死にそうな状態だと勘違いした薫
それから真夏の承諾を得て千夏は「大師匠」のもとへ通うことが決まった。
千夏がやってくると決まった日老虎夫婦はどこか落ち着かなかった。
チャイムがなると二人とも玄関で並んだ。
それをみて千夏はびっくりしたが
「よろしくお願いいたします」と深々と頭を下げた。
師匠のおかみさん(薫)からは「大師匠が死にそうな状態だからお前がお手伝いに行け」と言われていたが元気そうなのにまずびっくりした。
「おい。ばあさん。今日は寿司にするか?」
「えぇ。上を三人前頼んどくわ。千夏寿司は好きかい?」
「は、はい」まさか稽古をつけてもらいにいったのに寿司をおごってもらえるとおもっていなかった。ここで二度驚いた。
「ですが、私の分はいりませんので。。」と千夏は断ったが
「いいじゃないか。孫弟子とはいってもいわば客分みたいなもんなんだから」
といって奥に招いた。
「これでアリの数を数える日々から解消されるもんなら安い事だ」
と老虎は独り言を言った。
さて老虎と千夏の関係は師匠の師匠つまりは大師匠にあたる。
師匠の言うことが絶対なのにさらにその師匠がいうのはもう神の指示としか言いようがない。
最初の一週間くらいは千夏に稽古をつけていたがそのうち散歩の付き合いから始まって買い物の荷物持ち土日以外はほとんど千夏を連れて歩いていた。
そのたびにご飯をごちそうするしお小遣いを渡すしで千夏にとっては万々歳な日々だった。
それは老虎夫婦も一緒で孫のように思えてくる。
千夏はバリバリの体育会系のマッチョだから上下関係には厳しい。
どんなにやさしくされても大師匠として尊敬して接していた。
ただでさえ隠居の身でありマスコミに顔がでないからムキムキの孫弟子を連れて歩いている老虎が知らない人から見れば子分をつれてる大親分に見えても不思議はなかった
ある日隣町を二人してあるいていると
「ちょっとそこの旦那」と老虎を呼ぶ怪しい男が老虎を呼び止めた。
「旦那、いい儲け話があるんですがね」
と男は言った。
「儲け話 ねぇ」と二人は困惑していた。
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