ある薬屋が語る話

 ああ~、さっき宿の主人からなんかお前らに面白い話をしてくれって頼まれたが。いやぁ残念だが、おれはその手の職業もんじゃねぇよ。こちとらしがない薬屋なんだ。一応は各地めぐっているが、わざわざそこらに伝わる話なんてもの。いちいちいては回るだとかしたりする理由すらねぇんだな、だから残念だが――あっ。


 いやなんだよ、その目。そんな顔されても話さんからな! だあぁー、分かった、分かった。話せば良いんだろうがってか、当然つまらなかろうが文句とか言うなよ。これは約十五年前に、俺が会った変わり者少年との不思議な体験――



◆・◇・◆・◇



 二十代の薬屋はある小国を目指していた。近年、その小国につきみょううわさが広まっている。良質である紙の原料となる草が小国の特産品であったはず。しかし、別に少量ながら国内でのみ特定品々が産出され消費をされるという。


 それとは見たこともない、羊毛だとか味わったことのない、乳製品であるという。そもそも、畜産ちくさんでも始めたにしては少量がすぎ。元より小国に畜産業を行える土地もないはずであった。それゆえ他国の方からしても目下のなぞである。


 しかして直接薬屋に関係がない事情、当の本人おいて目下な関心事は真夏の炎天下だろうと。薬が売れるのかと以外なく、商売するためにつらくとも歩き続けていた。だが一方で足元ふらついたりする事態も事実には間違いない。


 もう堪えきれずいったん休憩することにして、手ごろである岩を見つけ早速座る。無論で右隣みぎどなりに背負っていた薬箱くすりばこなら大事に置き、そして運良く岩がある場は木陰こかげの内入っている。汗を拭いながらにしばらくのあいだは、とかく頭までボーッとしていた。


 青草あおくさにおいがただよう休息であった、しかし突然とつぜんに激しい音がしたためそれはすぐ終わりを告げ。己自身の右隣みぎどなりを見れば、薬箱が岩の上からに引きずり降ろされて。引き出しまで散乱さんらんをしている始末。しかも、あろうことか二匹の仔山羊こやぎたちにより。


「……こ、こらぁっ! お前ら何してる!」


 大きく戸惑とまどいながらもせいいっぱいで声をあらげた。というのも仔山羊たちの姿が、普通ふつうでなかったからだ。その柔らかそうな毛並には、きりと雨のつぶだという以外例え方ないのが自然と体にまとわりついていたから。本当に異様なる姿で、夏のすごい日照が見せたる幻影げんえいと思いたくなるほど。


 仔山羊たちは一瞬いっしゅんだけこちらの方へ顔を向けたが、すぐさまにひっくり返した薬箱からでてきた。ある乾燥かんそう状の薬草勢いよく食べだす、かつ一番に高価なる品だった。


「おいっ! やめろって言ってんだろ!!」


 あわてて追いはらおうと、うでを大きくる。本気でぶつ気はなかったものの仔山羊らがおびえて去ることを期待していた。しかし相手は全然素知らぬ顔をして、意にすらもかいさず食べ続けている。こういった態度をとられたら本心からこちらとて怒りわく。


 無理にでも引きはなす、必要ありとつかみかかる寸前な。まさしくその際であった。


「――あのっ!」


 年若い男性らしき声。聞こえた方向に振り返れば、まだ十三か十四だと思われる。少年が一人立っていた、その顔はひと目見ただけでも不安ぶりがうかがえた。


「その、仔山羊たちが、何か悪さをしたのでしょうか?」


 たずねられ薬屋は一時動揺どうようしていた。仔山羊たちへ手を出そうとしたところを見られてしまったのではないか。という凄く気まずい的思いが頭の中をけ巡っている、それでも実際自分が悪いわけじゃないとそう結論づけた。


「いや、そいつらに高価な薬草を食われたんだが」

「えっ、そうなんです!? それは申し訳ありませんでした!」


 少年はすぐさま謝罪したかと思うと、仔山羊たちを軽くにらみつけて。二匹の額を同時にそれなり強く小突こづいたのだった。あまりに唐突とうとつで、薬屋もおどろいてしまう。現に仔山羊たちがよろめくぐらい、力はこめられてもいた様子だったから。


「おい、そいつら大丈夫なのか……?」

「一般的な人間の力でどうにかなるほど動物はやわじゃないですからね。むしろこうしなければ調子に乗ってもしまいます」


 しかもただの動物じゃありませんし、と少年は軽く笑いながら言ってみせた。どうにもちょっとした、仕置のつもりであるらしい。

 少年の言う通り、仔山羊たちはすぐに立ち直りしたご様子だ。そしてある方向へと頭を向けたらまるでついてこいと言わんばかり、頭部二つこちら側にと向けた。


「どうもお詫びに、その薬草が生えてる場所へと案内してくれるみたいです」

「なんでそんなこと分かるんだ? そもそもその二匹が、食った薬草は高価なせいでなかなか手に入らんものだが」

「大丈夫ですって、まず動物は一度たりとて食していないものを口にもしませんし。普段から食べているので貴方の薬草も食べたわけですよ」


 そうと言うから、疑いつつも先頭いく仔山羊たちのあとをついてく少年に導かれ。しぶしぶついていったらそこは例の山の麓であった。そしてその一部木陰に確かに、高価なるあの薬草がまさかにて群生していたわけだ。

 無論、もう夢中で採取したというのはもはや述べる必要もあらずであっただろう。しかし、それゆえに少年からは真剣なる表情を向けられる。


「ここに生える草は皆、山羊たちと分けあっているので食べられた分以上はどうか。採取することを遠慮えんりょしてくださると幸いです」


 そうと云われ我に返り思わずに、己の顔面が熱くなる感覚しっかり覚えてしまう。十以上も年下と分かる、少年からにいさめられるとはなんたるか。すぐ例の薬草に手がびそうなのを引いて、もうとかく話を変えるべきではと考えて山のあちこちにいる山羊へと視線を移しただ思うことを率直口だした。


「それにしてもいったいこの山羊はなんだってんだ? 霧と雨粒あまつぶを体にまとってるし見たとこ空中を翔けるということも可能だし、そんなのもう動物と正直言えるかすら分からんだろ。ましてや確実密猟者みつりょうしゃにもねらわれてんじゃないか?」


 すると少年は神妙的な顔をしつつこちらの方へ目線を移動する。その顔つきたるや一瞬だけ同性な自分さえ胸が高鳴るほどなぜか、美しいとも感じてしまった。


「そんなことになったら絶対山羊の群はこの地を去るのでしょう。なんとなく察しがつきますから、良い食料より安全をとるのは当然かと。山羊たちが実際何者かなんてぼくにも全然で分からないですよ。ただ確かであるのは人間たちとおたがゆずり合って現在まで関係が保たれていること、それだけですから。おそらくはきっとね」


 少年はそうと言い終え摩訶不思議まかふしぎたる山羊らをどこか切なげに、見つめつつさらにその先の遠くを見ているようでもあり。薬屋自身なんと返答したら良いか見当つかず状態で、思わず突拍子とっぴょうしもない言葉こそが口をつきこぼれでてくる。


「はぁ~そんな生き物が現実にもいるんならば、もしや『りゅう』までいたりこいつらも案外龍と関係があったりしてな。お前もそう想ったりはするか?」


 冗談を言ってみれば、少年側はきょとんとしたあとに「もしそうだったら、本当に素敵だと思っています」と。ひと言だけ答えた、まさにそのときでその瞬間しゅんかん。山羊の群がおそらくは全員でいっせいに天空を見上げ、まるで至極真剣さまで感じられる。


 その際空模様そらもよう自体に、異様なる変化がはっきりあり。巨大でとかく分厚くもある、入道雲がありえないほど勢いよく流れてきたかと思えば雲間に一瞬。うろこおおわれて、するどい爪まで生えた。トカゲのような巨大たるあしが、垣間かいまに見えた気がしたのだ。


 しかしそれもほんの、わずかなことでしかなかった。それを視線で追い続けていた山羊たちだって入道雲がさっさと流され去ったらもう、一切で気にもしていないかのようなる素振りであっておのおの今まで通りへと戻る。薬屋と少年はひたすら呆然としつつ、衝撃しょうげきのあまりにどちらも言葉をしばらく発せやしないままであった。



◆・◇・◆・◇



 まぁ、改めてくだらんだろうがこれが俺の経験話だ。ああ、少年とそれから以降はどうなったかだって? 特に何もありはしなかったぜ、そのあとすぐに別れたしそれっきりさ。今から十何年前もな昔の話だから、相手の方もとうに忘れてんだろう……。


 なに、この間宿へきて先日までここにいた旅の男が、小国のとても不思議な山羊の話語っていった? 例の少年なんじゃあないのかだと、そりゃ本当にそうなのか!? 

そうか、あいつが。まさかだが、旅人になりやがって。いや、会えずじまいはさびしいけどよ。いっそ互い会えんのならその方が良いのかも、しれんかとはおもったな……。


 あと、お前らここくる客にいちいちと何かしら面白いお話をねだるのもな。本当にいい加減しとけよ、あの男主人は俺へと頼みきたときに初老顔ゆがめてたぞ。いつも言うこと聞いてもらえたりするとか思わんことだ。

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語り部お宿の一夜集 見地話せんり @michiwa-senri

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