ある薬屋が語る話
ああ~、さっき宿の主人からなんかお前らに面白い話をしてくれって頼まれたが。いやぁ残念だが、
いやなんだよ、その目。そんな顔されても話さんからな! だあぁー、分かった、分かった。話せば良いんだろうがってか、当然つまらなかろうが文句とか言うなよ。これは約十五年前に、俺が会った変わり者少年との不思議な体験――
◆・◇・◆・◇
二十代の薬屋はある小国を目指していた。近年、その小国につき
それとは見たこともない、羊毛だとか味わったことのない、乳製品であるという。そもそも、
しかして直接薬屋に関係がない事情、当の本人おいて目下な関心事は真夏の炎天下だろうと。薬が売れるのかと以外なく、商売するためにつらくとも歩き続けていた。だが一方で足元ふらついたりする事態も事実には間違いない。
もう堪えきれずいったん休憩することにして、手ごろである岩を見つけ早速座る。無論で
「……こ、こらぁっ! お前ら何してる!」
大きく
仔山羊たちは
「おいっ! やめろって言ってんだろ!!」
無理にでも引き
「――あのっ!」
年若い男性らしき声。聞こえた方向に振り返れば、まだ十三か十四だと思われる。少年が一人立っていた、その顔はひと目見ただけでも不安ぶりが
「その、仔山羊たちが、何か悪さをしたのでしょうか?」
たずねられ薬屋は
「いや、そいつらに高価な薬草を食われたんだが」
「えっ、そうなんです!? それは申し訳ありませんでした!」
少年はすぐさま謝罪したかと思うと、仔山羊たちを軽くにらみつけて。二匹の額を同時にそれなり強く
「おい、そいつら大丈夫なのか……?」
「一般的な人間の力でどうにかなるほど動物はやわじゃないですからね。むしろこうしなければ調子に乗ってもしまいます」
しかもただの動物じゃありませんし、と少年は軽く笑いながら言ってみせた。どうにもちょっとした、仕置のつもりであるらしい。
少年の言う通り、仔山羊たちはすぐに立ち直りしたご様子だ。そしてある方向へと頭を向けたらまるでついてこいと言わんばかり、頭部二つこちら側にと向けた。
「どうもお詫びに、その薬草が生えてる場所へと案内してくれるみたいです」
「なんでそんなこと分かるんだ? そもそもその二匹が、食った薬草は高価なせいでなかなか手に入らんものだが」
「大丈夫ですって、まず動物は一度たりとて食していないものを口にもしませんし。普段から食べているので貴方の薬草も食べたわけですよ」
そうと言うから、疑いつつも先頭いく仔山羊たちのあとをついてく少年に導かれ。しぶしぶついていったらそこは例の山の麓であった。そしてその一部木陰に確かに、高価なるあの薬草がまさかにて群生していたわけだ。
無論、もう夢中で採取したというのはもはや述べる必要もあらずであっただろう。しかし、それゆえに少年からは真剣なる表情を向けられる。
「ここに生える草は皆、山羊たちと分けあっているので食べられた分以上はどうか。採取することを
そうと云われ我に返り思わずに、己の顔面が熱くなる感覚しっかり覚えてしまう。十以上も年下と分かる、少年からに
「それにしてもいったいこの山羊はなんだってんだ? 霧と
すると少年は神妙的な顔をしつつこちらの方へ目線を移動する。その顔つきたるや一瞬だけ同性な自分さえ胸が高鳴るほどなぜか、美しいとも感じてしまった。
「そんなことになったら絶対山羊の群はこの地を去るのでしょう。なんとなく察しがつきますから、良い食料より安全をとるのは当然かと。山羊たちが実際何者かなんてぼくにも全然で分からないですよ。ただ確かであるのは人間たちとお
少年はそうと言い終え
「はぁ~そんな生き物が現実にもいるんならば、もしや『
冗談を言ってみれば、少年側はきょとんとしたあとに「もしそうだったら、本当に素敵だと思っています」と。ひと言だけ答えた、まさにそのときでその
その際
しかしそれもほんの、わずかなことでしかなかった。それを視線で追い続けていた山羊たちだって入道雲がさっさと流され去ったらもう、一切で気にもしていないかのようなる素振りであっておのおの今まで通りへと戻る。薬屋と少年はひたすら呆然としつつ、
◆・◇・◆・◇
まぁ、改めてくだらんだろうがこれが俺の経験話だ。ああ、少年とそれから以降はどうなったかだって? 特に何もありはしなかったぜ、その
なに、この間宿へきて先日までここにいた旅の男が、小国のとても不思議な山羊の話語っていった? 例の少年なんじゃあないのかだと、そりゃ本当にそうなのか!?
そうか、あいつが。まさかだが、旅人になりやがって。いや、会えずじまいは
あと、お前らここくる客にいちいちと何かしら面白いお話をねだるのもな。本当にいい加減しとけよ、あの男主人は俺へと頼みきたときに初老顔ゆがめてたぞ。いつも言うこと聞いて
語り部お宿の一夜集 見地話せんり @michiwa-senri
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