語り部お宿の一夜集

見地話せんり

ある旅人が語る話

 え、なんだ? っちゃんじょうちゃんたち、なにかおもしろい話をしてほしいって?

 ……まいった。おれは確かに各国をめぐっているが、そんなにたくさんの話とか知らない。ましてだがお前ら楽しめるような話は――いや待てよ。ひとつだけあったか。ああ~分かった、そんなたのむなら語ってやるさ。ただ盃一杯分さかずきいっぱいぶん酒を飲んだあとに。


 そうここから、遠くに離れた小国での話だ――



◆・◇・◆・◇



 ある国に、良質な紙の原料となる草が大量に生える山があった。陽の光をあびて緑色にかがやくさまは見る者らの心をうるおし、多くの旅人誘さそってもいたと。


 こうして小国でありながらも豊かさはあり、観光と摘草つみくさが人々のかてと手段である。しかしおだやかに過ぎ去ってく日々の中とある事件がきっかけで、そういった人々の生活に確実暗雲が立ちこめてきていた。


 それとは一夜にして根元を残すだけで、草がすべてりとられてしまったことだ。一度や二度ならばまだしも、毎度草が生えきるたびに同じことくり返され。人々らの暮らし支柱大切なその資源、一夜にて消え去るなればだれが見ようと一大事であった。


 国は山を見張らせるなどの対処をおこなってはみたが、広大な山のすみずみまでも見張ることなどは当然不可能だと。子どもですら容易にも理解していた。


 ろくな対策もとれぬまま、事件の解決糸口もみつからず無情に草はほとんど刈られ続ける。人々の胸の内に広がってく不安感情はいつしかに言葉となって、この事件の背景にとかくれているなにか。得体の全然知れぬ恐怖きょうふ上での存在をささやきだすのだ。


『もしかして、幽鬼ゆうき仕業しわざでないだろうか……?』と。


 誰ともなしにつぶやいた、根拠こんきょのなき説だ。しかし一夜にて草を刈りとる、そんなこと可能にするだけの人力が投入されたともなれば、多く人の目につくものだろう。特に国から派遣された見張りとは、訓練を経たり人たちだ。もちろん怪力自慢らがせいぞろいで、無論だからといって頭も悪くはなかった。彼ら全員分の目をあざむくのは簡単でなく当然守り人のほこりにかけて、見つけだすも間違いがないはずだ。


 しかしいくら村長が危機をうったえようとも、国の上層部たちときたならもうその説はいったいなんの馬鹿話だかと一蹴し。強引に終わらせてばかりで、可能性を視野には入れようなんてせず。このままでは、悪化をするばかり誰の目にも明らかであった。


 そんなとき一人の少年が、草を刈る者の正体を確かめようと決心する。この少年は幼いながらもかなり広い視野もつためそれなりに有名であり。何事であれ自分で見てから判断しなければ決して、好転しないと考える性質だった。


 少年が山へいってみると、まあ見張りの少ないことと言ったらない。そのおかげでたやすく山中入ること叶う。それから以降青草あおくさにおいがただよう草むらでの中でじっと、しばらくその身をひそめつつ。赤い夕暮れが大半は紺色こんいろとなる時刻じこくとなり少年自身は、内心夜中まで待つ必要考えて心細くもなってきたまさにその時だった。とつぜん西の空の彼方かなたより現れいでたのは――まさか、なんと山羊やぎの群れだ!


 それも一般的な山羊なんかではなくて、群れは空中をけこの山へとやってきたのである。なおかつその身体は白銀色しろがねいろに光る長毛でおおわれ周囲には白いきりおよび大粒おおつぶの水滴浮かんでいてひたすらに美しかった。降りて全員が一斉いっせいにて草食みだしている、そうした山羊らを物陰ものかげからに見つめ続け。少年の目には幽鬼だと映ったはずもなく。


 その言いようもなく神秘的な山羊の群れを見て少年自身の胸に、漠然ばくぜんだが強くわき上がる熱い思い。この絶好たる機会を決して逃してはいけないと、絶対この不思議な山羊は害をなすということなどせず。むしろ国にめぐみすらもたらす存在なのだとは、証拠しょうこがないのにも関わらず確信めいていた。その例えようなき強烈なる意思こそが、少年を普通だとは言えない行動へと、確かに移させたのは当たり前で。


 少年はもう身を潜めることをやめその身を乗りだした。ひときわ身体が大きい山羊――おそらく群れのぬしであろう者に話しかけてみる。


「お食事中申し訳ありませんが、草を全て食べきる前にいていただきたいのです。あなた方にこの草は必要なのでしょうが、我々人間にもこの草は必要に違いはなく。そこでどちらかが自分たちのものとするはせずに、双方そうほうとも分け合うという形にしていただけないでしょうか?」


 主は言葉をじっと聴き入っているように少年を見つめる。そして一度高く鳴き声を挙げたとたん群れはいっせいに山の上空を翔け、いったんは去っていった。


 そのときがきっかけだった。国が資源となる草を、不思議な山羊らと公平に分かち合うようにした結果。共生する恩恵なのか以前よりもこの小国繁栄はんえいしていったお話。



 ◆・◇・◆・◇



 なんだ、わりとよくありそうな話だって? そりゃあすまなかった。オレが知っているのはこれぐらいだよ。でもこれは、おとぎ話なんかじゃなくて――本当のこと。なんと言ったって、話での小国って俺の故郷だから! なに、その少年実際には昔の自分でないのか? さて、ご想像におまかせするかな。それ明言とかしない方がいいだろうし。ええっ、それはほぼ明言してるも同じだ? いやこりゃあまいるね。

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