第4話

「おい」

 頬にぺちんと軽い衝撃が来て、私は目を覚ました。

 普段は無愛想な顔つきの用務員さんが、珍しく心配そうにこちらを見下ろしている。

「どうした? 頭でも打ったんか?」

「い、え」

 起き上がるなり、あの扉の事を思い出した。

 はっと振り返って、しかしそこにはもう何もない。もくもくと黒煙を吐き出す焼却炉。それと木屑や空き瓶だけがそこにある。

私が失神している間に、あの扉は消えたのだ。

ほっと安堵すると同時、紀子の事を思い出して虚しい気持ちになる。

「何か、見たんか」

「えっ」

 思わず、用務員さんの方を見やった。用務員さんは、こちらをじっと睨みつけたがしばらくして「やっぱり、見たんやな」と扉があった方に視線を移した。

「ドアやったやろ。演劇部が使うような、大道具の」

「どうして」

「あれのせいで数年に一度、生徒が何人かおらんようになる」

 ぞく。と背筋に冷たいものが走った。あれは、やっぱり、

「この世のものではないよ。でも、魅入られたらしつこいんや。だから、もうここには一切近づくな」

 用務員さんはそう言うなり、何事も無かったかのように私が倒した一輪車の木屑を拾い始めた。私も手伝おうとしたが「ここから離れろ言うたやろ」と物凄い剣幕で拒まれ、渋々その場を後にした。



 それから一日、二日、一週間が経って、次第に扉の事は記憶から遠のいていった。

 当時の怖さなど忘れ、元々ただの夢だったかのようにぼんやりとしたものに変わっていった。

ただ、三学期が始まっても紀子の消息は不明のままだった。

親が何度も学校に足を運んで、相談室で泣き崩れているという。

その話を聞く度に、私も胸を痛める。彼女だって家に帰りたいだろう。

そして紀子の事を考えるごとに、気付けば焼却場まで足を運んでいる。

あの「木製の赤い扉」が、私を待ちわびていたようにそこにあって、

「優華! 助けて! ここから出られないの!」

 いつも私を呼んでいる。

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ぴよ2000 @piyo2000

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