The ecstasy of Yuki Nagato
「悪の帝王、ユキ姫を返せ!」
「キッヒヒヒ。欲しかったら力ずくで取り返してみなさい」
「おう!望むところだ」
俺は蛍光灯のように光るサーベルをブンブンと振り回して、ハルヒ
「ユキ姫、俺とケッコンしてくれ」
「……それは、できない」
「なんでだよ。ほかに好きな男がいるのか」
「……わたしは、あなたの妹」
まさかそんな。今になってそれはないだろう。
「キョン君、早く起きて」
昨日ハルヒがあんなことをやらせるから悪いんだ。俺はブツブツ言いながらベットから這いずり出た。おかげで学校に遅刻してしまった。
気が付くと、いつのまにか四限が終わっていた。授業中の記憶がない。俺はカバンから弁当を取り出したが、これまた食欲もない。箸がなかなか進まなかった。メシの味がしない。
「キョン、あんた熱でもあんの?」
ハルヒが俺の額に触れた。
「いや、なんでだ?」
「今日はずっとぼーっとしてるし、あ。」
ハルヒがニヤリと笑った。
「なんだよ」
「あんた、
な、なんで分かったんだ。
「図星でしょ。目を見てれば分かるわよ。トロンとして、どこを見るでもなく焦点が合ってないもの。ときどき思い出し笑いするし」
そこまで見られてたのか。うかつだった。
「実は今朝、夢を見たんだが」
悪の帝王から
「あんた、ヒーロー願望があんのね」
「お前が映画のロケなんかさせるからだ」
「キッヒヒヒ。夢も
思えばあのドレス、似合ってたよなあ。俺はまた夢の世界に
「あーもう、見てらんないわね。ほら、二人で映画にでも行ってきなさい」
ハルヒはぷいと横を向いたまま映画のチケットを二枚押し付けた。こいつもたまには気が効くな。
「さ、サンキュ。週末にでも行ってくるわ」
「週末じゃなくて今から行くの!」
「まだ授業があんだろ」
「愛のためならそれくらいさぼりなさい。いい?デートの基本はお忍びよ」
その割には、こっそり跡をつけられたりしてるがな。
教室のドアがガラリと開いて
「……準備、できた」
「って、お前ら二人で勝手に決めてたのかよ」
「いいじゃないの。たまにはこういうのもいいものよ」
ハルヒはクラス委員長と保健委員を呼んだ。
「委員長、熱病により早退一名様ご案内~」
人をマラリアみたいに言うな。しょうがないな、行ってくるか。どうせ授業も身に入らないし。俺が食いかけた弁当にフタをしようとすると、ハルヒが指差した。
「キョン、その弁当食べないならよこしなさい」
そんなわけで、今日は
「手……つなぐ」
今日はじめて
「そ、そうか」
俺は
俺は、そろそろ本格的な恋愛の段階に進めてもいいんじゃないかと、そんな気になっていた。しかし俺は熱病のせいか相手がアンドロイドであることをすっかり忘れていた。それが思わぬアクシデントを招くことになったのだが。
坂道を下る途中、二人とも会話がなかった。今日は突然だったんで心の準備もなかった。
「今日、ずっとぼーっとしててな。実は今朝、お前の夢を見たんだが」
「……どんな夢?」
俺はまた悪の帝王の話をした。帝王を倒して
「……あなたには、英雄の
「そ、そうかな」
お姫様ドレスとはいかないが、白いブラウスに、ギャザーの入った膝下くらいのスカートに身を包んでいた。俺は夢に出てきたシーンを妄想した。
「それ、すごく似合うと思う」
「……そう」
髪にブラシをかけ、軽く化粧をしていた。ピンクの口紅を薄く塗った。口紅を塗る
デートスタイルになった
「俺だけ制服って、なんだかバランス悪いよな」
「……」
「……これ、着て」
「俺のために?」
「……わたしのを、今修正した」
なるほど、早いな。最近は裁縫もやるのか。
俺は金ボタンのジャケットを
「こうして二人で立っていると、まるで……デートみたいだな」
何言ってんだろうね俺は。
二人でマンションを出た。
今日は気分を変えて、いつもとは逆の西行きの電車に乗り換えることにした。もしかしたらハルヒと
一時間半ばかし映画を見てから、二人で
「映画どうだった?」
液体金属でも熱交換や質量を無視できない、らしい。液体の場合、固体より遠心力や
「ちょっと早いけど、晩飯食うか」
「……そう」
ファミレスに入ると、家族連れで
名前を呼ばれて席に案内された。バイキングメニューで好きなだけ選んでいいぞと言うと、
「バイキングだからどんどんおかわりしていいんだぞ」
しかし、よく食べる。食ったものが
俺はふと考えた。
もしかしたら
「……なに」
「
「……構成情報を書き換えることはできる。だが実体化後、固形として安定するのに時間を要する」
なるほど。つまり
「わたしも分子構造の再編の時期が来ている」
「というと?」
「今のわたしは十五歳仕様。近いうちに十八歳に変更しなければならない」
「そ……そうなのか。十八歳仕様ってどうなるんだ?」
「……身長、体重を追加。体型を
ちょっとだけ大人になる
もくもくとサラダを食う
「
「
ミニケーキをほお張る
気が付くと、トレーがあらかた空になっていた。
「な……
すいません、店長。正直これ、止まりません。食欲を……持て余す。
そのまま帰るのももったいない気がしたので、海岸の公園を散歩することにした。
いい雰囲気だったんで、俺も魔が刺したのだろう。というか前からチャンスをうかがってはいたんだけど。
「
手すりにもたれたまま、
「……」
無言だった。
「もし、嫌ならそう言っていいから」
俺はできるだけ平静を
「……したことがない」
そうか、そうだよな。
「じゃあ、目を閉じて」
俺が
その瞬間、これがアンドロイドの唇だろうかと思うくらい暖かく、柔らかい感触を味わった。すべての音が消え、風も、波も、飛ぶ鳥も、超低速再生のビデオのようにゆっくりに感じた。永遠に近いこの数秒間が、すべての宇宙時間より勝っていると俺は思った。
唇をゆっくりと離して、もう目を開けてもいいぞと言おうとした。きっと
ところがである。
「……この情報は、……負荷が……」
「
いったい何が起こったんだ!?
額がものすごく熱い。前にも同じようなことがあったぞ、ええと、あれは雪山の山荘でだ。あのとき
そのとき、俺は以前にも助けてもらったもうひとりのアンドロイドの顔を思い出した。携帯を取り出して、ああ、あった。
「もしもし、キョンです」
「何があったんですか。すぐ行きます、場所を教えてください」
「
話し掛けてはみるが、
「
なんだか泣けてきた。それでも
公園の端にタクシーが止まった。ドアが開いて
「
「何があったんです?」
「ええと、実は
俺は映画を見て、ふつーにご飯を食べ、海沿いを散歩していたことを話した。
「それだけですか?」
「ええと……実はキスをしたらいきなり
「なんてことしたんですか!」
俺は反射的にスイマセンと謝った。
「機能不全を起こしています」
じっと目を閉じ、
「十七時十二分四十秒付近で
「ちょうどその時間だと思います」
「一秒間に一万二千件ものエラーを出すなんて、あなたいったいどんなキスをしたんですか!」
「あの、ふつーにテレビのメロドラマにあるような軽いやつで。けして舌をからませたり吸い込んだりしたわけじゃなくて」
なんて
「
「そうだったんですか」処理系って何だろう?
「神経
「気が付いたか」
「……」
「
「大丈夫か
「
「……夢を、見ていた」
「キョン君、
「ほんとにほんとに、すいませんでした」
ペコペコと謝る俺はまるで医者に怒られる
「それから、これ。あなたに渡しておきますから」
「これ、何ですか」
「液状のナノマシンが入っています。もしものときはこれを人肌くらいに暖めて飲ませてください」
「分かりました。ありがとうございます」
「
ベンチから起こそうとしたが、
「……しばらく、このままがいい」
俺は座って
記録によれば、
「……あの数秒は、夢のようなもの」
「どんな夢を見たんだ?」
「よく分からない。綿が連なるように白いものが降っていた」
「雪か」
「……たぶん、そう。わたしが地球上に降りてきたとき、見たものがそれだった」
「お前が書いた詩にもあったな」
「……そう。それが、わたしの名前になった」
「そろそろ帰ろうか。俺は家に帰って心臓発作でも起こすことにするよ」
あとで
それはいいが、あんまり何度も気絶されると俺の身が持たん。次は
それでも、
END
長門有希の憂鬱Ⅲ のまど @nomad3yzec
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
長門有希の憂鬱Ⅱ/のまど
★4 二次創作:涼宮ハルヒの憂鬱 完結済 9話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます