A new romance
翌朝、まるで誰かが意図したかのような雲ひとつない快晴だった。
俺は待ち合わせより三十分も早く駅に着いた。
十五分くらいして
俺は手を振った。
「に、似合ってるよ
「……ありがとう」
そこではじめて俺から視線を離した。俺の感想を待っていたのか。
「それ、はじめて見る服だな。自分で買いに行ったのか」
「……それは、秘密」
また秘密か。どうも誰かの仕込みが入ってるような気がするんだが。
「今日はあちこち行ってみようと思うんだが、いいか?」
「……いい」
とりあえず本を返しに中央図書館に行くことにした。電車で二つ目の駅で降りた。ここからなら、今が満開の桜並木の
図書館に着くと、いつもと同じように
「これからどこに行こう。まだ昼飯には早いな」
「……あなたに任せる」
デートにはありきたりかもしれんが、水族館にでも行ってみるか。ジンベイザメもいるし。中学生の頃一度見に行ったが、あれからどうなったか知らない。まだ生きてるとは思うが。
二人は図書館を後にした。その前に携帯を買わないとな。
「
「……」
「はい、もしもし」
「……もしもし。わたしは、
「……端末がなくても、連絡は可能」
「すげえ、電話機なしで回線に割り込んでるのか」
「……電磁波は、単なる空間の
携帯の電波はある意味暗号化されているはずで、直に通話できるってのはかなりすごいと思うぞ。
「ということはこれ、無料通話?」
「……そう」
某電話会社の家族タダよりすごいんじゃないか。基本料金もないし。
「思ったんだが、これだと俺からかけることができないよな」
「……それもそう」
「やっぱ番号付きで電話があったほうがいい。メールもやりとりできるし」
「……それなら、購入する」
携帯端末もコンピュータと
俺との通話が多いだろうから同じキャリアがいいだろう。俺の携帯は去年出たやつで、すでに型落ちになってしまっている。最近は流行の回転が速い。
最新機種を買ってもすぐ型落ちして値下がりするので、ひとつ前くらいのがいいと勧めたのだが、
「未成年は
「……情報操作は、得意」
あれこれ試していたが、結局最新モデルの、テレビやらGPSやらお財布機能やらがついた重装備のやつにした。
「……負けて」
店員の目をじっと見つめる
店を出てからずっと、
「
「……でも、すべてを知りたい」
まあそれもいいか。誰からも読まれないより、一字一句読まれたほうが分厚い
二人でスタバに入り、
「……
それからおもむろに着メロやらメールアドレスやらを設定している。ピコピコ入力していたが、やたら早い。親指の動きが早くて見えない。俺の携帯が鳴った。
「これで好きなときに連絡取れるな」
「……そう」
携帯を持たせたかったのは、ほんとは俺とだけじゃなくてクラスメイトとかとコミュニケーションを取ってほしいと考えたからなのだが。
スタバを出て地下鉄に乗り水族館に向かった。土曜日だけあって車両には人が多い。二本乗り継ぎ、一時間と少ししてやっと到着した。
ここは世界最大級を
南極大陸のコーナーに子供が群れていた。この水槽には雪と氷が降る仕掛けがあるらしい。ペンギンは人気あるようだ。子供の頃から不思議だったんだが、ペンギンが全員が上を向いているのはなぜなんだろう。かつて空を飛んだ太古の記憶を思い出そうとしているのか。
振り向くと、後ろについてきていたはずの
「
「……イルカと話している」
「なにを話してるんだ?」
「……近年の海洋汚染における
環境問題か。いきなりシビアだな。俺はてっきり、狭いからここから出せとでも言っているのかと思った。こういう場所に来るとどうも閉じ込めている感じがしてならない。
「……
そういうものなのか。
「
俺は水族館の係員を探した。事務所を教えてもらい、イルカを世話している担当の人に会った。
「すいません、イルカと話したいんですが会わせてもらえませんか」
きっと、こいつは
最初は信じてもらえなかったが、ガラス越しに話をしている
「あの子、何者?」担当のお姉さんが目を丸くしていた。
「ええと、子供の頃イルカが好きで、毎日会ってるうちに話ができるようになったんだとか」
そんなデタラメとても信じられないだろうが、実は宇宙人なんですというよりは説得力があると思った。ちょうどショーの合間の休憩なので、と、五分だけ会わせてもらえることになった。
「
「……」
「……水面で待つ、らしい」
いつもなら客は立ち入り禁止の、イルカのショーを見せるプールサイドに案内された。足元が水を被るので、長靴を借りた。
「不思議な子ね。初対面の人には触らせないんだけど」
「あいつはちょっと変わってまして。動物には好かれるんです」
これはでまかせではない。うちのシャミも阪中んちのルソーも、
そろそろショーが始まるというので、お姉さんにお礼を言ってプールを離れた。
観客席は満員だった。拍手
イルカは四頭いた。並んだまま、すいすいとナイフが水を切るように泳ぐ。水面から勢いよく飛び出し、滑らかな
胸ビレだけを水面から出して振っていた。観客の笑いを誘った。
ジャンプしたイルカが黄色いボールを突いた。ボールの位置を少しずつ高くし、水面から五メートルくらいのところまでジャンプを繰り返した。ときどき魚をもらっていたが、
「……美しい」
ずっと無言で見ていた
ショーが終わってから
「ほかになにを話してたんだ?」
「……なぜ、陸上型から
そんなこと本人に聞いても分からんだろう。人間になんで木から降りたんだと聞いてるようなもんだ。
「……後退とも思える進化のきっかけを知りたい」
なるほどな。自律進化の
「それで、理由はなんだって?」
「……彼らの中でも
水の中のほうが生活が楽だろうしな。雨も降らないし。
「……最も有力な説は、ただの気まぐれ、らしい」
そうなのか。人が立って歩き始めたのも、案外そういう理由かもしれんな。すげえ俺二足歩行できるじゃん、みたいな。
「……それから、あなたのことを聞かれた」
「俺のこと?何だって?」
「あなたはわたしの
「そ、そうなのか。まさかイルカにナンパされてたんじゃないだろうな」
ちょっとだけ焦った。
「……あなたは、
そんなはずがあるか。俺がイルカに
俺を見る
「……また来ると、約束した」
そうか。じゃあそのうちまた来よう。地球に住む、人以外の知的生命体にいい友達ができたな。
俺と
「なんだ?」
まさかタコとかカニと話したりしないだろうな。
「……なんでもない」
そういえばさっきから誰かの視線を感じる。俺は
「おい、そこの二人。隠れてないで出てこいよ」
ハルヒと
「えへへ。バレてたのね」
「すいません。
「なに言ってるの、
スパイが仲間割れかよ。まあいい。後ろでちょろちょろされるより堂々と監視されたほうが気にならない。
「今朝、北口駅前で待ち合わせてるとき、あんたたちの後をつけようって思い立ったのよ」
「僕も最初からそのつもりでした」
「だってそのほうが面白いじゃない」
ハルヒは
「
「……それは、内緒だったはず」
「あら……そうだったわね」
ハルヒはキヒヒと笑った。やっぱりこいつの仕込みか。
「だって初デートなのに北高の制服じゃムードないでしょ。昨日の夜慌ててサイズ聞いて店を回ったんだから」
確かに、いい見立てだ。ハルヒはこういうことには
「そういうわけだから、あんた、お昼ご飯おごりなさい」
結局それかよ。
二人きりでデートのはずが、結局いつものメンバーで
「で、で、その後どうなのよあんたたち。キスとかしたの?」
週明け、部室に入ると開口一句。ハルヒの質問攻めだった。
「土曜はお前と
しかも、こそこそ隠れて跡をつけるとは暇人にもほどがある。
「あんたたち見てると味気ないのよねぇ。もっとこう、
「メロドラマの見すぎだ」俺はヨン様じゃないぞ。
「キョン、ちゃんと愛情表現してるの?」
俺はここではじめて顔が赤くなっている。
「愛情表現って、いきなり
「たいていの男はね、告白してOKもらうととたんに愛想が悪くなるものよ。世間ではそういうのをね、釣った魚にはエサをやらないっていうのよ」
他人の色恋
「ちょっと
「キョン、そこでやってみなさい」
「な、なにをやれっていうんだ」
「だから、愛の告白よ」
「こ、ここでか。お前の目の前でか」かんべんしろ。
「それができないんじゃ、あんたたちも破局が見えてるわねぇ」
ハルヒが
「本気か」
「あったりまえじゃない。さっさとやんなさい」
野球で使ったメガホンをポンポン叩いて、何度もリテイクしたがる映画監督のように叫んだ。しょうがない、付き合ってやるか。俺はいやいや腰を上げて
「な、
「……なに」
「好きだ」ほとんど棒読みだ。
「あー!だめだめ!全然感情がこもってないじゃないの」
「そう言われてもなぁ。やったことないんでな」
「もう、ちょっと貸しなさい」
ハルヒは俺から
「こうよ、見てなさい」
ハルヒは
「……
「……」
「だがもし、オマエがオレを選んでくれるなら、一生オマエを離さない」
「……」
「なんだそりゃ。映画のワンシーンかよ」
「これくらいやらないと気持ちが伝わらないの。そうよね、
「……そう」
「そうだわ。ちょっと待ってて」
ハルヒはビデオカメラを取り出した。嘘だろおい、こんな恥ずかしいシーンを映像として
「いくわよ。告白シーン、テイクワン。スタート」
こっちをじっと見ている黒いレンズに俺が
「なにやってんのよキョン!真剣にやんなさい」
「わ、分かったよ」
「もう一度、カメラスタート!」
俺は深呼吸して
「
なぜかサン付けしちゃったよ。
「……なに」
「最近眠れなくてな。お前のことが頭から離れないんだ」
俺は手を額にあてて頭痛に悩む仕草をした。
「……なぜ」
俺は
「俺にも分からん。……ずっと前からお前が」
「……」じっと俺を見つめる漆黒の瞳。
「うまく言えないけど、たぶん、お前のことが好きなんだと思う」
「……わたしも」
微妙に震える手で
「はいオッケー。くーっ!やっぱ恋する二人はいいわねぇ。火傷しちゃいそうなくらいよ」
お前だけ楽しそうだな。
「皆様、おはようございます」
ちょうど俺と
「うわ、失礼しました。まさか白昼の部室でラブシーンをなさっているとは」
違う違う。とんでもない誤解だ。
「キョンがあんまりウブなんで、愛情表現を指導していたところよ」
「そうだったんですか。僕も見学していていいですか、向学のために」
そんなところばかり学習意欲を
「
ハルヒが親指を立ててウインクしてみせると、
「そうだ、思いついたわ!」
「またか。今度はなんだ」
「次の映画のシナリオよ。完結編はやっぱりラブロマンスよね」
前回ので終わったんじゃなかったのかよ。
「やっぱり
「素晴らしいアイデアですね。
「でしょでしょ。ちょっとキョン、さっきのセリフを
「またやんのかよ。って、その役は
「カメリハよ、カメリハ。
「かしこまりました」
笑ってないで止めろよ。って
それから屋上と体育館、まだ今年使われていないプールにロケーションを移して予備撮影をした。受験を控えた高校三年生のやってることとはとても思えない、やたら体力を使う暇人の遊びだった。
「発表するわ。SOS団自主製作映画、次期タイトルは『新たなるロマンス Episode_00』。決まりねっ」
ハルヒの脳裏には、どっかの超有名スペースオペラ映画のテーマ曲が鳴り響いていたに違いない。
どうやら当面は、俺たちはハルヒのいいおもちゃにされそうだ。
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