Someday over the rainbow
「
「……イヤ。わたしは間違ったことは言っていない。
「そりゃ分かってるさ。だがなぁ……」
文化祭でコンピ研の展示物がやたら派手になったのは、
部室にはいろんな機材が増えていた。生徒会から支給される予算も増額されたらしい。
「ハルヒはやたらプライドが高い人種だからな。そう簡単に謝ってくるとも思えないんだ」
「……わたしは、謝る理由がない」
「そうだ。悪いのはハルヒだ。というか俺も悪い」
俺はまた
「……」
「つまりな、人間には男女間に友情が成立するかという、古来からの疑問があるわけでだな。俺と
ここらでハッキリさせておいたほうがいいと、俺の中のなにかが主張する。
「はっきり言うぞ
「……あなたは、わたしのエラー
「どういう意味だ?」
「……過去にあなたがわたしの前に現れてから、ずっとエラーの蓄積が続いてきた。それが一度わたしを暴走させた」
ふだんの
「……あなたは優しい。それがわたしにエラーを発生させる。消去しようとすると、それがまたエラーになる」
前にも似たようなことがあった気がする。あのときは俺はなにも気が付いていなかった。
でも、そうじゃない。ヒューマノイドインターフェイスとして人間の群れのなかに
「そのエラーってのはたぶん、お前自身の感情なんだよ」
「……」
「論理やら計算だけでは測れない、それに定義もない。それがエラーとなって現れた。そうじゃないか」
「……そうかもしれない」
「それはたぶん、お前が言うところの“言語では
「……」
「そのエラーとやらを、お前の一部として受け入れるわけにはいかないか?」
「……」
「俺のために」
まわりの雰囲気で、俺を見つめる目が二つだけじゃないことに気が付いた。っておい!コンピ研の連中がまじまじとこのメロドラマを
そのとき、勢いよくドアが開いてハルヒが飛び込んできた。
「
せっかくなだめてるところなのに、話が急にややこしくなりそうな予感がした。
「ハルヒ、ちょっと待ってくれ」
「なにを待つのよ。
「……」この無言は俺と
「あたしが悪かったわ。帰ってきてちょうだい」
「……」
この無言は俺と
「……分かった。わたしも、意思伝達に正確を
「じゃ、決まりね。今日うちで焼肉するから来ない?」
「……分かった」
「悪いんだが俺は、」
「あんたは誘っていないわよ」
「しかし、面白いことになりましたね」
「何が面白いんだ」
それになんで俺は
「お姉さん、ライス追加お願いします」
「あなたと
「断じて言うが、俺たちにはお前の考えるようなことはなにもない」
「もうそんなたわ言は、僕には通じませんよ。
「俺はいたってノーマルな人間のはずだろ」
「もはやそうも言ってられないでしょう。覚えていますか、
「ああ。
忘れもしない。思えば不幸な野郎だった。
「あのときの
「まさか“気になる”なんて言葉を、
「人から好かれるという感覚に興味があったのだと、僕は
「冷やかすなよ」
「そこで熱烈なるラブレターを受け取った。つまり、好きでいるより好かれる立場になった、ということですね」
「俺には宇宙人製アンドロイドの恋愛感情はよく分からん」
「誰かから好かれるというシチュエーションを研究する、格好の材料だったんですよ」
「そんなもん研究してどうする」
「これは単なる推測ですが、あなたの反応を見るという意図もあったのではないかと」
「俺の反応?」
「その、アメフト部の方と付き合ってみたらあなたがどう反応するか」
「
「さあ、どうでしょうね。
俺はしばらく黙り込んだ。サンドピープル、じゃなくてダッフルコートを着たジャワ族のような、
「
「僕はいつでも核心に迫っているつもりですが」
とんだヤブ蛇じゃねえか。ああ、ちくしょう、
「そろそろ、おいとましなければなりません」
「今後新たな展開があったら、ぜひ僕に教えてください」
なにかあるとしても、お前に真っ先に教えるなんてことはないだろうよ。
「ああ、それから、今日はあなたのおごりです。幸せな人からは幸せのおこぼれをもらわないと」
そう言って
翌日の放課後、部室のドアを開けると、部屋になにか足りないものを感じた。
「あれ、ハルヒお前だけか」
「
ハルヒは昼間中、ずっとなにかをいいたげな様子だった。部室で目と目が合った
「ねえねえ。それで、
「どんなって、昨日今日の話だろ。まだ分かんねえよ」
「なんだ、つまんないの」
確かに好きだとは言ったが、そんな次の瞬間からいきなり恋人らしくなるわけじゃないだろ。頭に旗でも立つのか。俺たち、今ラブラブなんです~、みたいな。
「旗ねぇ。いいかもね」
ハルヒは
「お前楽しそうだな」
「当然じゃない。団員のシアワセは団長自ら祝福するものよ」
「シアワセってお前……」
俺はどっちかというとシワヨセを感じてるんだが。
「なんなら、あたしがデートコース考えてあげてもいいわよ」
「それくらい自分でなんとかする」
「ふーん。あんた、女の子がどんなデートしたいか、分かってんの?」
「ううっ」
俺は唸った。ハルヒは、あんたのことは見透かしているわよというような刺さる視線で俺を見た。
俺が女の子とどこかに行ったりしたってのは、佐々木と塾の行き帰りを歩いたとか、ミヨキチと映画に行ったくらいしかない。あと、
「あんたまさか、映画見て食事して終わり、なんて考えてんじゃないでしょうね」
かなりギクリだ。
「
「ロマンがないわねぇ。まあ
「分かってるさ」
だがどこに行けば喜ぶんだ。水族館にでも行けばいいのか。女心はよく分からん。
「分かってないわね。どこ、じゃなくて誰とどんな時間を過ごすか、なのよ」
「お前にしては分かりやすい説明だな」
「あったりまえじゃない。あたしが何人の男をふったと思ってんの」
今のそれ、すごいセリフだが。言い寄ってくる男どもをバッタバッタと
「ま、まあ、あたしのことなんかどうでもいいわ。あんたはどう思ってんの」
「俺の考えでは、いまの日常の延長でいいんじゃないかと思うんだ」
「どういうことよ」
「だから、知り合ってから長い二人が、ある日突然デートするってのはいろいろと神経使うだろ。俺も
「なるほどね。
「
「あんた、割と分かってんのね」
まあな。
「なにかあったらあたしに相談しなさい。少なくとも女の気持ちはあたしのほうが分かるんだから」
ハルヒが言うとなぜだか妙に笑いがこみ上げてくるんだが、俺はそれを
「おう。そんときは頼むぜ」
俺と
下校時間にはまだ早いが、誰もいないし何もすることがないので帰ることにした。外を見ると、雨が降っていた。窓ガラスに雨粒が当たって流れている。
「あれ、雨か。俺傘持ってないぜ」
「一本あれば……、いやなんでもない。あんたは濡れて帰りなさい」
なんだよ、今日は前みたいに入れてくれないのか。ハルヒはニヤリと笑ってさっさと帰った。何考えてんだあいつ。しょうがない、走って帰るか。コンビニで三百円の傘でも買おう。
「あれ、
「……」
「もしかして、一度帰ってから持ってきてくれたのか」
「……そう」
「そ、そうか。すまんな。ありがとよ」
今まで、
「ハルヒに会ったか」
「……さっき、会った」
「なにか言ってたか」
「……それは、内緒」
なんだなんだ、女同士の秘密か。あいつのことだから、
俺は傘を受け取って外に出た。低気圧がこの一帯を
「た、たまにはこういうのもいいんじゃないか」
俺は
「……」
正直、俺はだいぶ無理をしていた。ハルヒとならなんでもないのに、相手が
校門を出るとやたら人目が気になった。別に誰かがこっちを見ているわけでもなく、男子と女子が並んで歩くのはうちの学校ではよくある風景で、珍しいもんじゃない。さして珍しいことをしているわけでもないのに、いざ当事者になってみると襲ってくるこの緊張感はいったいなんなのだ。
「もっとこっちに寄ってくれ。お前の肩が濡れてる」
「……分かった」
坂を下っていくと雨がぽつぽつと降り止み、空が少し明るくなってきた。一度空を見上げたが、俺は傘の柄を握る
町の様子が
「あれ、虹が出てるぞ。でかいな」
「……」
俺は駅前で別れることにした。
「じゃあ、ここで。また降るかもしれんから傘借りて帰るわ」
「……分かった」
「またな」
「また」
「……明日、会いたい」
そういや、明日は土曜日だった。
「ああ。じゃあここで待ち合わせよう」
そのようなわけで、明日は
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