「山這い」

低迷アクション

第1話


“アイツ”を見つけたのは、登山を始めて2日目の朝だった。1週間の長期休暇を

山で過ごすと決めた“友人”が、双眼鏡で前日、自身の昇ってきた方向を覗いていた時の事だ。


谷一つ分離れた寒色の山肌に、目立った赤い登山服に身を包み、顔元はフードに被ってわからないが、恐らく男性…屈んで、腰を落とし、地面に視線をさ迷わせている。


何か、探し物?それとも不足の事態が起きたか?一瞬、助けに行こうかとも考えたが、服装から察するに、山に登るのは手慣れていそうな感じだ。


相応の用意はしてるだろうし、今から戻るには距離がありすぎる。それに1人の時間を優先したい気持ちもあった。少し気にはなったが、山の景色を見ながら、歩く内に男の事は、頭から消えていた。


3日目の朝、移動を開始する前に、昨日の事を思い出し、双眼鏡を覗くが、男の姿は見つけられなかった。


友人は、順調に、その日の工程を終え、ネットや雑誌で、

星空がとてもよく見えると言う、開けた場所にテントを設営した。


4日目、テントを仕舞い、何気なく見渡す周囲に、一瞬、赤が映えた。


慌てて、双眼鏡をリュックから取り出し、先程見えた方向に照準を合わせた。

やはり、あの男だ。2日目と同じで、低い姿勢で何かを探している。


友人の背中が粟立ったのは、そこが、3日目に、自身がキャンプした場所だったからだ。


(アイツは、こちらを探してる?)


いや、そんな筈はない。一瞬、浮かんだ嫌な考えを打ち消そうとする彼女は、現在の自分が立っている地形を冷静に分析していく。


2日目に男を発見した時、自分は茂みの中からアイツを見ていた。だが、今は…

見晴らしの良い開けた台地…


不味いと思う刹那、双眼鏡に映る男が顔を上げる…


能面のような表情にゆっくりと笑みが浮かんだ時、友人は全ての計画を中止し、早急に山を下りる事に決めた…(終)

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「山這い」 低迷アクション @0516001a

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