しあわせは毒薬(一話完結)

比良

♡♥♡

 昔々あるところに裕福な家庭に生まれた女の子がいました。とても可愛らしい女の子で、両親はたいそう溺愛していました。

 彼女の両親はあらゆる人間が産まれてくることを否定する思想をもっていました。彼らは生きる上での苦しみに特に注目し、それを経験しないことが何よりも良いと考えていたのです。

 しかしある時、彼らは自らの生きる苦しみを正視することに耐えられなくなりました。そしてついに、苦しみから目を背けるために彼らのもっとも忌むべき行い、すなわち子をなしてしまったのです。彼らは自らの行いを悔い、そして、生まれてきた子を可能な限り苦しみから遠ざけることを誓いました。


「ああ、可愛い我が子よ。お前をこの苦しみに満ちた世界に産んでしまったことを本当に後悔している。」

「お前を苦しみから遠ざけるためにあらゆる手を尽くそう。なんでも望みを叶えよう。だからどうか許しておくれ。」


 両親は彼女を守り育てることに必死になりました。それは皮肉にも彼らに生きる苦しみを忘れさせたのでした。


 さて、ありとあらゆる望みが叶う環境でのびのびと育った女の子は、それはそれは聡明でよい子に育ちました。彼女は自分を愛情たっぷりに育ててくれる両親を心から尊敬していたものだから、恩返しをしようと考えたのです。

 聡明な彼女は理解していました。両親の望みは彼女がこの世の苦しみを感じないことだと。そのために最も有効な方法も知っていました。


「ねえ、お父さん、お母さん。私、欲しいものがあるの。毒薬よ。それもなるべく苦しまないやつをお願い。」


 彼女の両親は娘が望むものをなんでも叶えると決めていたものですから。当然そのお願いを聞きました。そして、毒薬を手に入れた彼女はまったくためらいもせずにそれを飲み干します。

 ああっ! なんという献身でしょう。彼女は両親の望み通り、これから先、全く苦しみを経験することはないのです。彼女の親孝行ぶりに感動しているのでしょうか? 両親は顔を手で覆ってたくさんの涙を流しています。

 めでたしめでたし。

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しあわせは毒薬(一話完結) 比良 @hira_yominokuni

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