キャラ変更した彼女を見守ってやれるのは異世界転移の魔法使いでなければ僕だけです

兵藤晴佳

キャラ変更した彼女を見守ってやれるのは異世界転移した魔法使いでなければ僕だけです!

 高校に入って間もなくのことだった。

 4月の末になると、周りの様子をおとなしくうかがっていた自称「陽キャ」のやんちゃ坊主が正体を現しはじめる。

 校舎2階の教室の窓際の席で外をぼんやり見ていた「陰キャ」な僕の前でも、バカ騒ぎを始めた連中がいた。

「あ、あれ、隣のクラスの蓮見瑠衣はすみ るいじゃね?」

「こっち見ねえかな……お~い!」

 中学校なら、こんなバカどものやることは知らん顔をするところだ。

 でも、高校生になった僕は違っていた。


 ……なんとかして、「陰キャ」を脱出するんだ! 葛見邑くずみ ゆう


 ズボンのベルトを引き抜きながら立ち上がると、バカどもが開け放した窓の枠に引っかけて輪にする。

 そこに首を引っかけて、叫んだ。

「君のためなら、死ねる~!」

 身体を張ったギャグで教室内は大爆笑になったが、それも長くは続かなかった。

 甲高い声と共に、後ろからいきなり足を引っ掴まれる。

「似合わないのよ邑、あんたがバカやっても!」

 校舎に駆け込むや、4階まで一気に駆け上がってきた瑠衣だった。

 ベルトが首に食い込んでもがく僕の腰から、ズボンがすっぽりと脱げる。

 教室の中はそこでドン引き……この瞬間、高校での僕の地位は、最底辺が確定した。

 あまりにも冴えない笑い話だった。


 蓮見瑠衣は幼稚園の頃から僕の幼馴染で、凄く可愛かった。

 でも、気位がめちゃくちゃ高くて、自分が誰よりも目立っていないと気が済まない。

 幼稚園のお遊戯会から中学校の文化祭に至るまで、常に舞台の中心で主役を張っていたのだ。

 中学校ではよく告白もされたらしいが、この性分でバンバン振っていたらしい。

 その分、「陰キャ」の僕は完全に射程外だったせいか、幼馴染の特権で言葉を交わすことぐらいはできたのだった。

 だから、瑠衣の秘密を僕だけが知っている。

 実はアイドルを目指して、あちこちのオーディションにこっそり応募しては、バンバン落選しているのだ。


 そんなわけで高校2年にもなると、瑠衣がふさぎがちになったのはクラスが違っても分かった。

 そのせいか立ち居振る舞いも憂いを含んで、去年よりずっときれいになったような気がする。

 キャラ変更のおかげで告白する男子の数も倍増したが、玉砕率も高くなる。

 こうして夏休みを前に、あらかたの男子は瑠衣の前から消えた。

 そうなると、射程外だと思い込んでいた僕も、ひょっとしたらと思うようになる。

 終業式を翌日に控えた帰り道で、僕は瑠衣を誘ってみたのだった。

「あの映画の新作……」

「ひとりで見てきてよ」

 たぶん、何かのオーディションがあるのだろうと思ったところで、話に割り込んできたヤツがいた。

「じゃ、オレが一緒に葛見先輩と」

 玉野道士たまの どうし

 最近、当然のように瑠衣の周りをうろちょろするようになった1年生だ。

「何でお前が」

 なぜか、こいつが現れると瑠衣の顔がほころぶ。

 確かに童顔で人懐っこいヤツだが、僕はそれが気に食わなかった。


 ……なんだよ瑠衣、僕との時間を忘れちゃったのかよ。


 そこで聞えてきたのは、暗くなるまで一緒に遊んだ昔を思い出させるメロディーだった。

 広報無線で流れる、いわゆる「お帰りの歌」だ。

「あ、5時のテーマだけど」

 だが、瑠衣のリアクションは冷たかった。

「そういう話しないで」

 どうやら、音楽とか芸能関係の話はNGらしい。

 その一方で、道士には愛想が良かった。

「じゃあ、またね」

 またね、って何だよ、またね、って!

 気が付いてみると、その道士の姿はいつの間にか消えている。

 当然のように僕に家まで送らせながら、瑠衣は再び黙り込んで、目も合わせようとしなかった。


 さすがに僕も、このままにはしておけなかった。

 終業式の日の大掃除、教室の引き戸にかじりついて雑巾をかけている瑠衣に、思い切って声をかけてみる。

「いい加減、吹っ切った方がいいと思う」

「何を」

 面倒臭そうな返事に、勇気を振り絞って答える。

「……心配してるんだ、僕」

「そんな話するときじゃないと思うんだけど」

 冷たく突っぱねられたが、帰り道でこんな話をしたら、間がもたない。

 今しかないのだ。

 それなのに、背中からは間抜けた挨拶が聞こえた。

「あ、お久しぶりッス」

 真面目な雰囲気をぶち壊しにしてくれた道士に、僕は無愛想に言い放つ。

「昨日会ったろ」

「オレの時間では、さっきが今朝で、今朝が昨日で、昨日がこの間なんス」

 しゃあしゃあと答えるのに絶句していると、その僕を追い払おうとでもするかのように、瑠衣は言った。

「ドアが開かないの、ちょっと学校の事務に」

 道士だけを残したくないと思っていると、向こうから口を挟んできた。

「代わりに行ってください、アイドル顔のほうが受けがいいッス」

 それはそれで面白くないので、僕はツッコんだ。

「おい、お前に言ってないだろ」

 やはり道士は、いつの間にか姿を消している。代わりに学校の事務員が、ドライバー片手に走ってきた。

 

 終業式を過ぎると、2学期まで瑠衣との接点はなくなる。

 では、道士は?

 それが気になって、僕は全校集会でもホームルームでも、連絡事項をろくに聞いてはいなかった。

 その間、考えに考えてたどり着いた答えを、僕は瑠衣との帰り道で口にする。

「僕も勉強するよ……歌とか芝居とか」

 それは陰キャのすることじゃないかもしれないけど、本気でやるつもりだった。

 でも、返事は冷たかった。 

「無理だと思う」

 瑠衣のまなざしの先にあるのは、僕ではなく、道士の姿だ。

 駆け寄ろうとする瑠衣に、僕は震える声で尋ねた。

「何でだよ」

「私のパートナーはこっちだから」

 これ見よがしに道士の手を引いていこうとするのを、僕は呼び止めた。

「待てよ」

 ものすごい目つきで振り向いたところで、僕は苛立ちを込めて言った。

「瑠衣じゃない」


 ……自意識過剰もいい加減にしろ。

 

 初めてそう思ったところで、道士のほうから歩み寄ってきた。

「センパイには無理っス」


 僕ができると言い切ったら、道士は次の日に会おうと言って、時間と場所を指定してきた。

 挑戦に応じて行ってみると、そこは昼日中にもかかわらず、ぞっとするほど湿っぽい、見るからに殺風景な廃工場だった。

 膝がカクカク笑いだす僕を嘲笑うかのように、どこからともなく道士の声が響き渡る。

「センパイに、瑠衣さんのパートナーは無理です」

 そこへ現れた人影に、僕は唖然とした。

 とんがり帽子に分厚いコートという、まるでネットのRPGに出てくる魔法使いのような姿だった。

「……何のコスプレ?」

 僕が虚ろな声でツッコむと、道士はクレイジーに笑った。

「いい! そのリアクションを待ってたッス。先輩にだけ教えてあげましょう。オレは……」

 ポーズを決めた道士は叫んだ。

「異世界から転移してきた、魔法使いなのです!」

「……はい?」

 呆れて言葉もない僕に、道士は掌を突き出した。

「ティッシュないっスか」

 1枚くれてやると、道士はテケテンテケテンと歌いながら、それを丸めて放り上げる。

 それは空中でぴたりと止まると、たちまちのうちに暗くなった空の上で月となって輝いた。

 さらに手を叩くと、その月からは可愛らしいバニーガールが次々に舞い降りてくる。

 はちきれんばかりの巨乳にスレンダーな貧乳娘、お姉さん系にロリ系、趣味的も様々な美少女たちが僕を取り巻く。

 道士は声も高らかに叫んだ。

「さあ、ショータイムっス!」

 廃工場は、いつしか月下のオープンステージに変わっていた。

 バニーガールたちがひとり、またひとりと僕の手を取って踊りだす。

 足元では、耳の尖った妖精や半人半獣の異形の者たちが群れを成して歓声を上げている。

 だが、所詮「陰キャ」の僕に、人前はおろか人外の者たち相手に、ろくな芸ができるはずもない。

 客席の空気はすっかり冷めきって、僕はいつか感じた「ドン引き」の空気の中に取り残された。

「仕方ないっスね」

 いつしか傍らに佇んでいた道士が夜空を高々と指差すと、降ってきたのは巨大なモノリスだった。

「これを突き抜けるッス」

 無理だ、と言うと、道士は耳元で囁いた。

「呪文を唱えて、一緒に頭から突っ込むッス」

 言われるままにモノリスへ突進すると、僕は廃工場の外にいた。

 道士は僕の目の前にグッと親指を突き出してみせる。

「これでセンパイはエンタの神様っス! 瑠衣さんのパートナーとしては申し分ないっスよ!」

 わけが分からず呆然としていた僕は、訝しげな声で我に返った。

「何してんの! 登校日に無断欠席なんかして! 心配したんだから!」

 そこにいたのは、夏服姿の瑠衣だった。

 道士はというと、やっぱり姿を消している。

 真っ先に僕が考えたのは、これだった。


 ……これは、夢だ。


 そこで僕は、瑠衣の目を見て言った。

「君のパートナーは、僕しかいない。今から、それを証明する!」

 道士に教わった呪文を唱えて突進した先は、廃工場の壁だった。

 僕の頭がそこに激突しそうになった瞬間。

 甲高い声と共に、後ろからいきなり足を引っ掴まれてすっ転んだ。

「だから似合わないのよ邑、あんたがバカやっても!」

 

 夢じゃなかった。

 終業式での連絡事項を聞いていなかった僕は、登校日を無断欠席していたのだった。

 どうやら、道士も無断欠席していたらしい。

「漫才コンビ結成して、最後のネタ合わせするはずだったのに!」

 なんでも瑠衣はアイドル路線を捨てて、盆明けに行われるお笑い系のオーディションを狙っていたのだという。

 夏休み前のあのわけのわからないやりとりの数々は全部、不条理コントのネタだったということだ。

 結局、この夢も見事に潰えたわけだが、その後、道士は僕たちの前に現れることはなかった。

 それとなく学校中を探してみたが、そんな生徒は見たこともないと、教員も生徒も口を揃えて言うのだ。

 もしかすると道士は本当に、やってきて、行ってしまった異世界の住人なのかもしれなかった。

 ところで瑠衣はというと、どこぞの劇団に入って地道に修行をやり直しているらしい。笑い話もいいところだ。

 まあ、頑張れば、いっぺんくらいチャンスはあるだろう。

 陰キャの僕も、ほんの一瞬だけなら男として輝くことができたのだから。




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キャラ変更した彼女を見守ってやれるのは異世界転移の魔法使いでなければ僕だけです 兵藤晴佳 @hyoudo

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