びびあんママ、露出狂を拾う

来栖もよもよ

【本編】

「あのね、スモモちゃん、あなたまだ十八歳でしょ? ユーチューバーで可愛いリスナーと逢おうとする奴なんて、みんなタダで若い子とオフパコしたいだけなのよ。クズよクズ。ここからは助言なんだけど、今度からは絶対に、LIMEとかDMとか写真とかやり取りしたのは絶対にスクショしてクラウドに保存するのよ? 会う時には録音も忘れずにね。やり取り削除させられたとしても証拠は残せるから。最終的に慰謝料貰えるか犯罪者にするか、社会的に抹殺する方向で地獄を見せなさい。死なばもろともよ、いい? ……はい、それじゃあスモモちゃんには中森明美の『少女Bダッシュ』贈りまーす」


 びびあんは音楽が流れた事を確認して、マイクをオフにして缶ビールをあおった。

 ……あー、今夜も濃ゆいメンツだったわねえ。警察官にストーカーされている可能性が高いOLさんに、婚約者に三股掛けられてて一人は男で一人は女だったカオス男子でしょ。美人やイケメンの使用済みマスクを露店販売しようとしている自称起業家大学オタク男子にユーチューバーに遊ばれた高校女子。本当にまあどうして毎週毎週ろくでもない相談ばかり来るのかしらねえ。

 もうちょっとないのかしらねー、クラスの男子に告白したいけどどうしたらいいかとか、電車で会った女性に一目ぼれしたのでお近づきになる方法、みたいな素朴な微笑ましい質問は。誰も彼も闇の深い人ばっかりじゃないの。


 歌が終わり、エンディングで最近物産展で買ったジャガイモのおかきが美味しかったわよお、などと世間話をして今週の『びびあんママの人生相談れいでぃお』は一応無事に終わった。即警察出動とか救急車急送とかなかっただけでも御の字ね。



「皆さんお疲れ様でした~」

「びびあんママ、来週もよろしくお願いします~」


 びびあんはスタッフに挨拶をして放送局を出た。深夜の三時過ぎとはいえ、週末の赤坂界隈は、クラブやバーが多いせいか、まだ水商売の女性やご機嫌なオジサンたちがまばらに歩いている。ただ新宿などとは違って落ち着いた大人世代が多いせいか、バカ騒ぎをしているような人はいない。


(あー、くたびれたから早く帰って焼酎でも飲んで、チコちゃんの可愛い様子を見て寝ちゃおっかしらねー)


 大通りに出てタクシーを拾おうと裏通りをのんびりと歩いていると、「あの、びびあん先生……」ビルの影からびびあんにそっと話しかける声が聞こえて、驚いてそちらを見た。出て来たのはまだ二十代半ばの若い男性である。夜は涼しいものの、もう六月だと言うのに薄手の黒いコートを羽織っている。

 (自分の名前を知っているという事は、リスナーさんかしら?)

 びびあんはバーをやっているだけのほぼ一般人なのだが、こんな年を食った美形でもないオネエでも、ラジオのDJをする事になると、時々ファンという人から差し入れを貰ったり、一緒に写真を撮りたいという人が現れる事も出て来た。自分の飼っている文鳥のチコちゃんへのエサだったり缶ビールだったりと高い物ではないのだが、意外と生活費が浮いて助かるのである。お客さんとして店に来てくれる事も増えたし、有り難い事この上ない。リスナーさんは大切なのである。

 そのため、リスナーと思った人に対しては、お店のお客さんと同じ営業レベルでの対応に切り替わる。


「そうだけど、お兄さんはリスナーさんかしら?」

「あ、はい。半年ほど前から」

「あら、結構初期からの方なのね。どうもありがとう!」


 良く見ると、大人しそうには見えるが、中々目鼻立ちの整った爽やかイケメンさんである。でもねえ、思いつめたような顔で黙って立ってられても困るのよ。私も帰って早く寝たいし。特に何かくれそうな荷物もないし、写真かしらね? とにかく早く済ませようっと。


「写真とか一緒に撮りたいの?」

「い、いえ」

「サイン? 私のサインなんて『びびあん』って書いて日付書くだけだけど、それでもいいなら──」

「あの! 最後にびびあんさんに相談したい事があって! 俺、どうしても露出癖が治らないんです! どうしたらいいかアドバイスを頂けませんか?」


 彼がそう言ってずっと掴んでいたコートを開くと、そこはマッパに靴下と革靴というアナザーワールドが広がっていた。


「……あら、ただのリスナーさんじゃなくて、ド変態のリスナーさんだったのね」


 びびあんは溜め息をついた。オネエというマイノリティーのDJという事で、どうもラジオでも変わった趣味嗜好の質問が多い傾向にあったが、基本的には犯罪だったりバイオレンス嗜好さえなければ受け入れ耐性はある。お店のお客さんでも結構変な人多いし。


「変態ってのはね、治そうと思って治るもんじゃないのよ? 自分の趣味嗜好なんだから、嫌になるまでどうにもならないわ。まあ世間様にご迷惑がかからなければいいと私は思うけど。ただ、お兄さんの場合は町中でやると間違いなく犯罪なのよねえ」

「でも、家でやってたら面白くも何ともないじゃないですか? 僕は他人にただ見られたいんです!」

「声が大きいわよ! 正々堂々と真夜中の路上でカミングアウトしないで貰えるかしら? お巡りさん来たらどうするのよ。……あ、ほら、お兄さんイケメンだから、彼女とかの前でやれば? それなら室内でも他人に見られる願望が満たされるでしょ? ね? ね?」


 びびあんは悲壮感漂う男に笑顔で語り掛けた。だが男は首を振った。


「二人と付き合いましたが、どちらの彼女も、ある程度付き合ってからカミングアウトしましたけど、ドン引きされて振られました」

「そうなの? 世知辛い世の中ねえ。恋人ならどーんと受け止めて上げればいいのに」

「職場でもスーツ着用、友人との飲み会も酔っ払った上での愚行という事で、せいぜい上半身裸位しか許容されず。日々ストレスが溜まる一方なんです」

「まあ他者の前で脱げるかどうかが前提の生活条件がどうかと思うけど、社会生活を営むためには仕方ないじゃない。あっ、男性のストリップパブみたいな所で働いたら?」

「脱いでるのが当たり前の所で脱いで何が面白いんですか? それじゃただのお仕事じゃないですか」

「それは正論ね」

「普段の日常にある裸、っていうのがいいんじゃないですか」


 そんな事知らないわよ。びびあんは思わず力説する男にツッコミそうになったが、さっきの【最後に】が心の隅に引っかかっていて仕方がなかった。


「あの、さっき最後に、って言ってたけど……」

「ああ……本当はね、自分でも受け入れられにくい性癖だって分かってるんです。精神科の先生に相談しても、ほかは至極常識のあるまっとうな人なんだから、そこだけ別の事で発散しろ、と言われるばかりで、何の解決にもならなくて。他で発散出来るなら最初っから露出狂になんてならないんですよ。それで、びびあんさんなら経験豊かそうだし、別の目線からアドバイス貰えないかと。ダメならもう薬でも飲んで樹海に行って来世に期待しようかと思いました」

「待って待って。サラッと良心の呵責を背負わせるワード使うの止めてくれない? 取りあえずコートも閉じてくれる? 樹海へ行くより留置場が先になるから」


 びびあんは慌てて男の腕を掴んだ。この澄んだ瞳は爽やかなんじゃなくて、色々と諦めてしまった目なんだわ。ああもうっ、ラジオ始めてからこっち、何でこうもトラブルになりそうな案件ばかりとご縁があるのかしらね。真面目に四十ウン年も生きて来たのに。

 でも、赤の他人とは言え、このまま放っておける性格ではない。


「ちょっとお兄さん、明日……もう今日ね、今日は休みなのよね?」

「はい、土日は休みですが……?」

「分かった。いいわ、ひとまず一緒に家にいらっしゃい。別に男が好きだからって取って食いはしないから。ゆっくり話を聞くわ」

「え、でもそんな申し訳ないです」

「申し訳ないと思うならマッパで自殺宣言しないで欲しかったわよ。もう今更だからいいけれど」


 彼を引きずりながら大通りに出てタクシーを捕まえて乗り込むと、びびあんは運転手に自分のマンションの住所を告げるのだった。



◇  ◇  ◇



 びびあんの住んでいるのは四谷三丁目にある築二十年近く、古いがしっかりした造りのマンションだ。年を取ると、不動産屋が物件をなかなか紹介して貰えなくて苦労する、という友人の話を聞いて、それならオネエなんてもっとダメじゃない、と二十代から水商売でせっせと貯めたお金で購入した三LDKである。

 いつかはパートナーと一緒に、などと夢も見ていたが、長続きする相手にはなかなか巡り合えず。このまま一人オネエのババア……いやジジイになるんだろうと半ば諦めている。


 さて、強引に連れては来たものの、彼の悩みの解決策が思いつかない。

 チコちゃんの様子を見ると、寝ていたのでそっとしておく事にした。起きてたらちょっと遊べたんだけど。ま、今日は難しいわね。

 びびあんはコーヒーを入れて、居間のソファーで彼と向き合った。


「……頂きます」


 男は頭を下げると、コートを着たままコーヒーを飲んだ。まあ脱がれても困るんだけど、何だか落ち着かないわねえ。


「あ、美味しいですね、このコーヒー」

「でしょ。ちゃんと豆から挽いてるからね。コーヒーだけはこだわってるのよ」

「へえ。俺のアパートはミルとかないので、インスタントしか買ってないです」

「好みの香りとか味だと落ち着くのよ。仕事でお酒ばかり飲むから、家では殆どお酒飲まないし。それで、お兄さんは──」

「あ、俺は仙波です。仙波隆弘」

「せんばさんね。で、仙波さんは一体どうしたいのよ?」

「どうしたい、とは?」


 びびあんはキョトンとした仙波に溜め息をつくと、話を続けた。


「今の仕事はなあに?」

「不動産屋の営業です」

「ああ、アパート案内したり?」

「そうですね。あと貸したい人も探したり」

「まあ、それじゃあマッパにはなれないわよね。でも仕事として脱ぐのは嫌だ、と」

「高揚感も満足感もないですからね。今の仕事好きですし」

「そうするとよ? 仕事は転職出来ないけどよそ様に見て貰いたい、って事よね? 恋人にも逃げられたのなら、ほら、男友達に見せるのは?」

「変態とか俺はそっちのケはないと言われました」

「ああもうやってたのね。じゃあ同好の士をネットとかで探すのは?」

「見せたい人に見せるのって何か違うんですよ。何て言えばいいんですかね、恥じらい、とか遠慮みたいなものがないでしょう?」

「あなたブーメランって知ってる? 自分の恥じらいとか私への遠慮どこやったの」

「心のどこかにはあると思います。性癖とは別の場所に」

「もう、どこかが分からない時点でお手上げじゃないの。困ったわねえ」


 びびあんは頭を抱えた。こんな無駄にイケメンなのに、変態なんて神様も罪な事をするわねえ。一体どうしたらいいのかしらねえ。


「……やっぱりどうにもならないですよね」


 暫く悩んでいるびびあんを見て、苦笑した仙波は呟いた。


「聞いて頂いただけで嬉しかったです。有難うございました」

「ちょ、待ちなさいよ。外はもう大分明るくなって来てるのよ? 夜明けの変態なんてオネエのすっぴん位見たくないランキング上位じゃないの」

「あ、一応着替えは持って来てますので。流石に電車も乗れないし」


 ごそごそとリュックから着替えを取り出す仙波にホッとしたびびあんではあったが、一緒に転がり出た時刻表に背筋が冷えた。


「……まさかこのまま樹海方面とか行くんじゃないわよね?」

「あ、見つかるとアレだし、一応暗くなってからと思ってるんで、いったん自宅に──」

「止めてってば! 状況変わるかも知れないんだから今むざむざと諦めるのはダメだって仙波ちゃん!」


 びびあんが時刻表を取り上げた。このまま帰して、後日変わり果てた姿で発見されたら自分のメンタルがやられるじゃないのよ。


「……あ! そうよ、いい事思いついたわ! 新たな方向性が見つかるまで、私の家でアルバイトしない? 週末にマンションの掃除と洗濯、たまに食事の支度、それにチコちゃんのエサやり。何と何とっ、家の中で仕事中はマッパでもいいわ。恋人でもない男の裸見ても別に襲ったりしないから安心して。どうこれで?」

「え?……いいんですか?」


 良くはないに決まっているでしょうよ。掃除をして貰えるのとかは楽だけど、家でウキウキと全裸のノンケの男が動き回ってても嬉しくも何ともないわよ。でも、彼はストレスのはけ口があれば頑張れるタイプだろう。まあ全裸のイケメン見られるのは役得でもあるし。変態だけど。


「……ぐっ」


 仙波はたまらずといったように涙をこぼした。変態だと分かってなければいいシーンではあるのだけれどねえ。


「ありがどうご、ございまず! 俺、一生懸命頑張ります!」

「あ、ああそう、それは良かったわ。そんなにバイト料は高くないけどよろしくね。たまにお店のバイトの子が来たりするけど、言っておくから」

「今日から! 今日から働いでもいいでずか? あ、ごれ、免許証です」


 仙波は涙を拭うと、めっちゃいい笑顔で財布から取り出した身分証を渡して来る。


「来週帰して下さればいいので、コピーでも取っておいて下さい! あ、じゃあ風呂場と台所を先にやりますね。お疲れでしょうからお風呂に入ってゆっくりして下さい。何ならお背中でも──」

「いえ、それはいいわ」

「分かりました! ちょっと待ってて下さいね!」


 仙波はコートを脱ぎ全裸状態になると、股間を揺らしながら浴室掃除に向かっていった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「ぶっっ!」

「ふひゃっ」


 お店で常連客であるラジオディレクターの黒川とバイトの椿ちゃんに、週末の顛末を話すと、何故か爆笑された。


「ちょっと、笑いごとじゃないのよ? 最近なんだか私の周囲に不穏な気配しかないんだってば」

「えー、でもママいつも週末掃除するの疲れるー、とか言ってたし、助かるじゃないですか。全裸ですけどー」

「びびあんママは優しいからなあ。色んな迷える魂を引き寄せちゃうんだろうなあ。いいじゃないか、週末自宅に戻ったら全裸のアルバイト君がお出迎えなんだろう? この名刺の会社、大きな所じゃないけど評判も悪くない不動産屋だし、免許証見たらえらいイケメンじゃないか。いやあ、人は見かけによらないよねえ。とても露出狂には見えないもんなあ。やっぱりびびあんママは運を持ってるね」

「だから、そんな運なんて要らないのよもう! どうするのよ、あの子仕事も丁寧だし意外と料理も上手いけど、他の発散方法が見つかるまで簡単にアルバイト辞めさせられないのよ? そのまま樹海行っちゃうかも知れないんだから」


 ウイスキーソーダをグイグイ飲みながら、びびあんはカウンターに突っ伏した。


「彼、こっちの世界には興味ないんですかねえ? 私も早く会いたいなあ♪」

「あ、なんならさ、収録の時に連れて来てもいいよ? 付き人って事でさ、ブースの中だけ全裸OKって感じで。野郎しかいないし、皆にも言っとくから。ボランティアとしてお試しに。ね? ね?」

「ね? ね? じゃないでしょ。興味本位じゃないの黒川さん。人の気も知らないでえええ。……でも町でのストレス発散で捕まったりしたら寝覚め悪いから、もしかしたら頼む事もあるかも知れないわ。その時はお願いね」

「うん、その時はいつでも言ってね、いつでも!」


 びびあんは、突っ伏した時にずれたアフロのかつらを直しながら、何でこんな事になっちゃったのかなあ、とまたウイスキーソーダをあおるのだった。




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