5. 俺と僕

雨が降る暗い空の中、男はあるマンションの部屋にいた。電気は消えているのか暗い。男はテーブルの横に置いてある椅子に座り、テーブルの上に置いてあるICレコーダーを手に取った。ICレコーダーに乱雑に巻かれている有線のイヤフォンをほぐし、両耳に入れる。ICレコーダーの再生ボタンを押すが、データの読み込みに時間が掛かった。音声データが再生される。


***

<ICレコーダー再生>

「これで、いけてるか?」

男の声だ。

「これはテストだ。私の名前は、菅原 敦彦。警察をやっていて、今はフリーのライターだ。この記録はおよそ15年前、沙羅市で起こった世間を騒がせた連続殺事件の真相を追うために、今から当時の精神鑑定を行った長谷川 源治氏にインタビューを行う。記録ストップ」


<一旦、データを再生し終わったのかデータの読み込みが入る>


「長谷川先生。今日は取材のために、お時間を作っていただきありがとうございます。記者の菅原 敦彦です。」

菅原の声だ。

「いや〜。あの人についての取材をしたいと聞いたときは驚いたよ。なんせ、もう忘れ去られている事件だからね。もう10年、いや15年も経つのか....」

菅原ではない初老の男性の声が記録されている。長谷川 源治だ。

「長谷川先生。あなたは今までの多くの患者様を診てこられた。これは素晴らしいことだと思います。」

「お世辞はいいよ。本題に入ろう。」

長谷川が話の腰を折る。

「では、先の電話でお話ししたように、あなたは件の事件の犯人である石川 新一の精神鑑定を事件後に行ったのはあなたで間違えないでしょうか?」

「あぁ、私はそのうちの一人だがね。」

「その... 石川は今どうしてますか?」

少しの沈黙が流れる。喫茶店で会話しているのか微かにトランペットやピアノが聞こえる。ジャズが流れているようだ。

「石川君は精神病院に入院後1年に亡くなったよ。深夜の事だった。まだ 夏にも入っていないのにとても暑かったのを覚えているのよ。見回りの看護婦が見つけたんだ。でも、その時にはもう遅かった。」

「なんで.... 石川はどうやって...」

菅原が尋ねる。

「石川君は自分の両眼を潰していた。それから、首を掻きむしって大事な動脈を傷つけてしまい、出血多量によるショック死だった。私が呼ばれて部屋に入った時にはもう亡くなっていたよ。あの部屋は悲惨な有様だったよ。」

「そうだったんですか... なんでそんな酷い死に方を」

「彼は入院してからだが、部屋の角を見つめて、時折 "黒い影が.... 弟が...." と大声で発狂してたのが観察されていた。今思うととても危険な状態だった。」

と、長谷川はいった。

「黒い影ですが.....」

「そう 。黒い影。なんの意味があるのか今でもわからないよ」

菅原は考え込んで、

「いや、長谷川先生、石川は昔水難事故に遭っていました。その時に双子の弟を亡くしました。その影響か、PTSDを患ったらしいです。その時にも"黒い影が...。神様が...。”と言ってたらしんです。何かそれと関係あるでしょうか?」

「うむ」

長谷川は考え込む。ジャズの軽快なリズムが聞こえる。

「もしかしたら、石川君は実の弟の死によるPTSDがうまく対処されなかったんだろうね。そして、分はおろか身の周りですら気がつかない範囲で精神が不安定だったんだったんだろうね。」

「そして、無意識で殺人を?」

菅原が口を挟む。

「いや、菅原君。それはちょっと違うよ。人はそれだけでは殺人は犯さないよ。実はね、彼が入院した時の精密検査の結果を見るに、彼は解離性同一障害だったんだ。」

「なんです?そのカイリセイドウイツショウガイってのは?」

「俗にいう、二重人格者ってやつだよ。幼い時に親からの虐待などのストレスから自身を守るために自分とは異なる新たな人格を作り出すんだ。石川君の場合は変わっているけど」

「先生、何が変わっていたんですが?」

「彼の場合は、意識や記憶の共有にその特異性を見ることができてね。通常の解離性同一障害は人格ごとに意識や記憶を共有しない場合が多いんだ。勿論、共有している場合もあるけれどね。石川君が変わっているのはその共有しているのが夢を通して共有していたと考えられるんだ。」

長谷川は興奮しているのか言葉に熱を帯びる。

「夢ですか? そういえば。私、実は前は警察でして。その時に、実際に彼の事情聴取を執ったんです。その時に石川は人を殺す予知夢を見るって。」

「おそらく、それだろうね。実際には、その行為はもう一つの人格が犯行を行っていた。でも、石川君にとっては予知夢として認識しているんだ。」

長谷川は一息置いて続ける続ける。

「話を聞いている限り、もう一つの人格は昔の水難事故で亡くなったとされる弟さんを元に形成されていると感じるね。」

「それって、もう一つの人格として弟がやっている殺人を、石川は夢として見ているってことですが?」

「おそらくね。」

「それって、まるで弟の魂が石川に乗り移ったみたいじゃないですか」

菅原は声を荒げて言う。

「勿論、これは石川君自身の認識だからね。第三者の我々の味方なんて関係ないんだよ。だって、彼にはそう見えたんだから。」

沈黙が訪れた。

「石川と話していると、たまになんですけど一人称が基本なんですけど、たまにになってましたねぇ。それも」

「おそらく、各々の人格の一人称だったんだね。」

「じゃ、黒い影も石川の何かしらの人格だったんでは?」

菅原は問いかける。

「それはわからないなぁ。でも一つの可能性として石川君にはもう一つの人格が夢では弟くんに、現実では黒い影として認識していたのかもしれない。」


***

ICレコーダーの記録はここで途切れていた。男はこの暗い部屋の中この会話をなども繰り返している。


「先生、これは二重人格じゃないですよ。だって、俺にも、目の前に黒い影が見えるんですから」

男は正面を見る。そこには蛍光灯などの光源がないにもかかわらず、黒い人影がくっきりと見えていた。

「なんなんだ。お前。お前は石川か?石川 真斗なのか?なんで、俺なんだ。」

男は、大声を出す。

「そうだ、目が見えるからだめなんだ。そうだ、見えなくなればお前を見なくて済む。そうなれば、ぼくは正気に戻れる。」

男はそうゆうと大所に行く。しかし、黒い人影はゆっくりと追ってゆく。

男は食器カゴの中から包丁を取り出すと。

「これで、もうお前を見なくて済むし、監視されることもない」

そう言って男は包丁の先を勢いよく右目に押しやる。右目が破裂しゼリー状の物体がとびだず。

「これで、どうだ」

男は包丁を抜き取り左目に向かっておもっきり押しやった。男は悲鳴をあげる。そして、笑う。


自分の両目は見えていない。だが、男は気づいた。

今も黒い影は見えている。

「なぜなんだ、なぜお前が見える」

黒い影は、こちらに近づいてくる。

「来るな、来るな」

男は包丁を振り回す。


しかし....

「そうか」

男は気づく。


男は振り回した包丁の柄をを台所の角に当てる。包丁の先を首仏に合わせ、力一杯押し込んだ。


男は死んだ。



***

男にとってそれは現実なのか、それとも、夢を見ていたのか。知る術はない。

なぜなら、男にとってこの死は現実でもあり夢の中でもあるのだから。



#夢という名の殺人鬼 完


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夢という名の殺人鬼 空奈伊 灯徒 @kalanai_hitoh_0

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