4. 理論上の潔白
沙羅警察署。取調室。
「俺はやってない!!冤罪だ」
部屋にひとつしかない蛍光灯によって被疑者である石川 新一をはじめとした三人は照らされている。
「ですが、凶器であるナイフにはあなたの指紋がついていました。それに、最近起こっている連続殺人の現場に残っていた凶器にもあなたの指紋が残っていました。これらの証拠はあなたがこの一連の殺人事件をやったことを示しています。あなたがやった、そうですね?」
東郷 輝彦はテーブルに改定結果が書かれてプリントをテーブルに叩きつける。
「だから、俺は弟の真斗しか殺していない。まりは...」
考え込んでいるのか黙る。
「まりは、真斗が殺したんだ。そう、俺と真斗は一卵性の双子なんだ。だから、指紋が同じなんだ。何もおかしいことはないだろ」
石川が逮捕されてからもう10日が経っている。それから毎日、取り調べをしているが同じことを繰り返すだけだ。真斗とは彼の弟らしい。
「ですがね、石川さん。だったら、誰があなたのお父様である健一さんを殺害したのですか?」
東郷は疑問を呈する。石川の顔の表情が固まったように見えた。
「父さん?」
「えぇ、あの状況でお父様を殺害できるのはあなたしかいないんです」
石川は下を向いて何も答えない。
「あなたは当日の夜までお父様と飲んでいた。お父様が酔って寝たことを確認したあなたは友人である坂本まりさんを近くの公園に呼び出し殺害した。その後、遺体を部屋に持ち出しベットの上で解体した。その最中に起きてしまったお父様を殺害した。なんでこんなことをしたんですか?」
石川はこちらを見て、
「夢です」
「なんです?」
と東郷が尋ねる。
「夢です。僕、最近、夢の中で人を殺すんです。でも、次の日には夢に出てきた同じ人が同じ方法で死んでいでいて、しかも、その犯人は黒い影の塊だったんです。これっておかしいですよね」
まただ。父親の話になると夢の話をしてくる。
「しかも、それが全部あの連続殺人の通りなんです。」
「じゃ、連続殺人事件もあなたがやったのですか?」
「いや、俺は弟しかやってない !!」
石川は机を叩き、立ち上がる。音に驚いたのか後ろで調書を執っていた後輩の菅原がこっちを見る。
「まぁ、落ち着いて。ここで暴れてもあなたに不利になるだけです。」
菅原を目で制する。菅原は調書をまた執り始めた。それを聞くと石川は正気を取り戻したのか座った。
「刑事さん。信じてください。俺は弟しかやってない。俺は夢を見ただけなんだ。だから、連続殺人にも関係ないんだ」
それはまごうなき悲痛な叫びだった。
***
沙羅警察署。休憩室。
今日の石川の取り調べが終わった。休憩室に設置されている自販機から缶コーヒを買いベンチに座り缶コーヒーの封を開ける。缶コーヒーを一口のみ考える。もちろん石川のことだ。東郷はこの道30年のベテランの刑事だ。その刑事の勘が石川は犯人だと言ってくる。しかし、この連続事件には気になる点が2つある。1つは弟の存在だ。今までの調査ではこの犯人は単独犯の突発的な犯行だと考えていた。しかし、石川の話を聞いてみるに共犯者がおり、それは親族である弟だということだ。もし、弟も犯人なのならこの事件はまだ終わっていない。弟である真斗は今どこにいるんだ。もう一つは、彼の黒い予知夢だ。連続殺人の夢。しかも、犯行の場所、凶器が一致する予知夢。いや、人が殺される予知夢だから黒い予知夢ともいうだろうか。なぜ、彼は黒い予知夢を見ることが出来るのだろうか。
「東郷さん、お疲れさです」
誰かが入ってきたようだ。声の聞こえた方を見る。
「お疲れ、菅原」
私の直属の部下である菅原だ。取り調べの調書やちょっとした調べ物をしてくる信頼できる良い部下だ。
「東郷さん、さっき石川を留置所に送り届けのですが。やっぱりあいつおかしいです。」
そう言いながら菅原も自販機から缶コーヒーを買う。
「おかしいって?何が?」
「石川は取り調べ最中でもなんていうかこう情緒不安定でおかしいんですけど、部屋に入った瞬間部屋に入っている間はずっと黙って部屋の隅を見ているんらしいんです。そこには何もいないもに...」
菅原は東郷の横に座る。
「あとたまに、笑うらしいです。」
「笑う?」
と東郷が相槌を打つ。
「はい。ハハハハハハって。無理矢理に笑っているように。それに、左しか表情が動いてないらしいですよ。」
「なんだそれ」
「しかも、これが夜にもあるんですって。だから、石川は悪魔に取り憑かれているんだって所内じゃ噂ですよ」
「悪魔?何をおかしいなことを言っているんだ。お前こないだ頼んだ件調べたか?」
「はい。ちゃんと調べましたよ。」
菅原は持っていた茶封筒から書類を取り出し中身を見る。
「まず、石川 真斗ですが、調べてみると彼は実在していました。」
「していました?だと」
菅原は一枚の書類を東郷に渡す。
「これ石川家の戸籍です。これは被害者の健一には二人の息子がいました。星の新一とその双子である真斗です。確かに奴には弟がいました」
「なんで、過去形なんだ?」
東郷は菅原にいう。
「真斗は幼い時に水難事故に逢いなくなっています。これ、その時の報告書です。」
菅原は茶封筒から紙の束を東郷に渡す。もらった資料を見ながら東郷は考える。資料には当時の双子兄弟の写真があった。家の前に二人の男の子。石川の言ったように一卵性双生児なのか顔を似ている。まるで鏡合わせのようだ。
「じゃ、石川がいう弟は...」
「えぇ。弟は実際にはもう存在しないんですよ。」
東郷は缶コーヒーを飲む
「あと、この水難事件もおかしいんですよ」
「どうおかしいんだ」
菅原も缶コーヒーを飲んでゆう。
「10年前。石川一家は三人で川にバーベキューをしていたようです。ですが、父親である健一が目を離した先に弟の真斗と石川がいなくなったそうです。まるで神隠しにでもあったように。」
「神隠しだと?」
「はい。健一はすぐに警察に連絡して地元の消防団も加えて消えた周辺の捜索が行われたのですがすぐには見つかりませんでした。」
東郷は菅原の話を聞く。
「行方不明の通報から三日後。兄である新一が見つかりました。しかも、遊んでいた川の上流の河原に倒れているのを農作業に出ていた地元民が発見しました。保護された新一は近くの小さな診療所に運ばれ簡単な検査をしたのですが...。この時、仕切りに"黒い影が...。神様が...。"と何度も言っていたようです。その後、大きな大学病院に運ばれ精密検査が行われました脳に異常はありませんでした。次に精神鑑定が行われ、当時の精神科医に一種のPTSD: 心的外傷後ストレス障害として診断されています。その後、2年間その精神病院に入院と通院していました。」
東郷は缶コーヒーをのみきり、
「弟の仏さんは?」
「まだ、見つかっていないようです。」
東郷は唖然とした。あの青年にこんな過去があったのだなんて。
「待ってくれ、幼い頃の石川が発見された時に行っていた黒い影と神様って...」
「地元の言い伝えだそうです。昔、川の近くの村が暗い影に襲われてそれを助けた龍神がいたそうです。以降、その龍神を祀るのが慣わしになったそうです。」
「いや、違う。そうじゃない。」
菅原は鳩に豆鉄砲を食らったような表情を見せる。
「黒い影だよ」
「黒い影?まさか、さっきの取調べで言っていた」
「黒い影はその言い伝えと何か関係があるのかもしれない...」
東郷は考える。
「それはわからないです。でもそうしたら、地元の悪いものが現代の日本で大暴れしてたってことになりますけど...」
菅原は困惑した表情を見せる。
「そうだなぁ。そんなことあるわけないだろ」
東郷は冗談っぽく茶化す。が、菅原は表情ひとつ変えずに、
「でも、やっぱり、東郷さん。この事件やっぱおかしいんですよ」
その瞬間、蛍光灯の灯が消えかかる。二人の間に隙間風が吹いたような気がした。
# 最終話「俺と僕」に続く
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