3-2. 黒い予知夢 -後宴-

夜。複数の電灯が周りにあるのか、薄暗く照らされている。あたりを見渡す。どこかで見たことがある。ここは、近くの公園だ。


目の前には女性がいる。若い。自分と同じくらいだろうか。女性は遊具の前で座り込んで何かを言っている。必死にこちらに何かを訴えかけている。


あの予知夢なのか。人が殺される悪夢。次は、この女性が犠牲者か。俺はただ夢の結末を傍観するしかない。何もできない自分が悔しい。


「....めて、」

女性の声がところどころではあるがはっきりと聞こえる。やはり、予知夢だ。しかし、いつもの夢と違い鮮明ではない。なぜか自分自身が夢を見ることを拒絶しているようだ。しかし、考えをめぐらせる。少しでも犯人の情報を...。どこかに鏡がなかったが思い出す。鏡があればもしかしたら犯人を見ることができる。これは夢だ。夢ならなんでもできる。女性を見る。そう女性の目だ。目の瞳に映る風景から身元が割れたというネットニュースを見たことがある。瞳に犯人が映っているはずだ。女性の瞳をよく見る。瞳には黒い人影が見える。瞳には黒い影が映っている。人ではない黒い影。犯人は人ではない影。しかし、見たことがある。そうだ、大学に図書室で見たあの黒い影だ。どうゆうことだ。犯人は人じゃないのか?


「やめて... しんちゃん。」

脳が考えるのをやめる。女性はたしかに「しんちゃん」と言った。俺をそう呼ぶのはあいつしかいない。女性の顔をよくみる。その顔は見覚えがあった。毎日、見ている。見飽きたくらいに見飽きた顔。犯人はその言葉を聞くと手に持っていた包丁で彼女の腹部を刺したらしい。彼女の目はこちらを睨んでる。そして、彼女の目はだんだんと光を喪ってゆくのが見えた。


###

3:53。「嘘だ」

俺は起きた。部屋は暗い。目の前では弟がテーブルに突っ伏して寝ていた。どうやら、弟との呑んでいて寝落ちした様だ。これは単なる飲み過ぎなのか、それとも、夢のせいなのか頭が痛い。夢。そうだ、夢だ。早く公園へ。まだあいつは死んでいないかもしれない。部屋を飛び出す。刹那。部屋の明かりが付いた。弟だ。


「おはよ〜兄さん。こんな遅くにどこに行くの?」

「いや、ちょっと飲みすぎて外の空気を吸おうかなって。」

何という タイミング。まるで測ったかの様だ。

「もしかして、公園に行くの?」

緊張が走る。

「もう公園に行ってもあの女は居ないよ。」

居ない?どうゆうことだ。なぜ夢の内容を知っている?

「だって、あいつはそこのベットに居るからさ」

弟は立ち上がり、ベットに置いてあるタオルケットをめくる。そこには彼女はいた。しかし、腹は切り裂かれそこから出た小腸がベットを赤色に染めている。

その見るも無惨な姿を見た俺は、腹部から押し上げてくる衝動を抑えるのに精一杯だった。

「この雌猿。兄さんを誘惑しやがって。」

弟は彼女の中に手を入れ、何かを探す様に弄っている。

「兄さん見て。これなんだと思う?」

弟は何処からか持ち出したのかナイフを使って彼女の下腹部から赤い肉塊を取り出してみせた。

「これはこの汚い雌猿の子宮だよ。」

弟は笑顔で答える。まるで楽しんでいるようだ。

限界だった。手で押さえていた口からは吐瀉物が出た。

「兄さん。だらしないなぁ。兄さんのために殺してここまで持ってきたのに。ねぇ、兄さん。良かったねぇ。まだ、この中には何もなかったよ。」

弟は子宮だったものを裏返しにして弄んでいる。

「兄さん。好きだったんだろ?僕は兄さんの全てを知ってるんだ。」

裏返した肉塊を口に当てる下で舐める。

「うん。味はしないなぁ。ねぇ、兄さん。一緒にこれでもっと遊ぼう?」

目の前で行われる惨劇に体が固まってしまう。しかし。

「なぜなんだ....」

気持ち悪い。早くここから出たい。

「なに?兄さん、楽しいよ。」

「な、なんでこんなことをしたんだ。」

弟は手にしていた形を留めていないただの肉塊を捨てた。

「夢だよ。夢。僕、こうやって完全な連続殺人を成し遂げたかったんだ。」

夢?連続殺人?何を言っているのだ。脳が元に機能し始めたのか血生臭い刺激が鼻にくる。

「連続殺人って、最近の殺人は全部...」

「そう、全部僕がやったの。そして、最期の願いが今叶う。兄さんのお陰で、成し遂げることができるよ。」

「どうゆう意味だ。俺のお陰で成し遂げるって」

弟はこちらを見て、左頬に不気味な笑みを張り付かせた。

「僕らは双子。しかも、一卵性。」

「だから、どうしたって言うんだ。」

「一卵性なら、全て似る。顔も、指紋はもちろん。目の網膜も、そして、DNAも全て。だから、ここで兄さんを殺してこれまでの殺人の自供の遺書を書けばこの連続殺人の犯人は僕じゃなく兄さんになる。ありがとう兄さん。」

「そんな、理由で人を殺したのか。」

体から感情が込み上げてくる。怒りだ。

「まぁ、完成させるためにこの雌猿を殺したのは残念だけど。ねぇ、兄さん僕のために死んでよ。可愛い可愛い弟のために...」


弟は手に持ったナイフをこちらに向け突進してくる。俺はなす術なくその一撃を食らってしまい、後ろのキッチンに吹っ飛ぶ。腹と尻に鈍痛が走る。

「兄さん諦めなよ」

身を捩って体勢を整えて、対抗できるのもがないかを探す。目の前に包丁があった。幻のチャーシューを切るときに出したままだった。キッチンに当たったときに落ちたようだ。包丁を手に取り、弟の方を見る。弟は目の前に立ったかと思うと蹴りを一発。俺はまた後ろに飛ばされる。不意を突いて弟は俺の上に馬乗りになり、両手でナイフの刃先を向ける。

「あともう少しだ」

弟は笑顔でいい、さらに力を入れる。なんで力だ。俺は左腕でなんとか防いでいる。早く身を守らないと。右手にもった包丁を弟の左腹に勢い良く突く。

一瞬、両手の力が抜けるのを感じる。その瞬間、包丁を抜き弟の左顎目掛け包丁を突き立てた。弟はその勢いのまま左に崩れ落ちた。

「えっ?兄さん...」

弟は最期の言葉を遺した。


俺は横たわる弟を他所にベットに急いだ。朝日がカーテンから漏れ彼女に降り注いでいた。夢では無かった。彼女は死んでいた。


この日、俺は唯一の肉親である弟・真斗まことと大切な女性を失った。


###

18:54。沙羅警察署。

休憩室に設置あるテレビを二人の男が見ている。


テレビにはニュースキャスターが映っている。

「ニュースです。連日世間を騒がしている連続殺人が発生している沙羅市で新たな犠牲者が出た模様です。沙羅市の某マンションの一室で男女2体の遺体が住民の通報によって発見されました。女性は市内の大学の学生、坂本 まりさん。もう一人の男性は、石川 健一さんです。警察はこの二人の関係性を調らべると共に、最近発生している連続殺人と関連があるのかを調べていく模様です。」

横から現れたスタッフがニュースキャスターに原稿を渡す。

「え~、速報です。新しい情報が入ってきてました。今日発生した事件の第一発見者である男性を最近世間を賑わしている連続殺人事件の犯人として逮捕したようです。」

画面が切り替わる。テレビには石川 新一の顔写真が映っていた。

「逮捕されたのは石川 新一容疑者です。」

ニュースキャスターの顔は一瞬強張ったように見える。

「先程の石川 健一さんの実の親子のようです。警察は...」

ニュースキャスターは与えられた原稿を淡々と読んで行く。


###

18:54。沙羅警察署の留置所。


俺はなぜか、この薄暗い小さな部屋にいる。俺は被害者だ。これは冤罪だ。犯人は弟の真斗だ。


# 次話 「理論上の潔白」に続く



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