3-1. 黒い予知夢 -前夜-

11:30。ベットの上。


昨夜の殺人事件のニュースのせいか快適な睡眠を取ることがはできなかった。なんせ、自分が見た夢の通りに人が死ぬのだ。これで、もう4回目だ。偶然ではない。これが予知夢と言うものだろう。しかし、これほどまでに睡眠が怖いことは今まで生きてきた20年間で初めてだ。夢であっても目の前で人が死ぬのは慣れないものだ。夢では感じないはずのあの匂いや感触は脳に刻み込まれる。しかし、それと同時にどこか懐かしいような違和感を感じてしまう。言いようのない気持ち悪さを感じる。


文字通り頭を抱え、この夢のことについて考える。自分はどうすれば良いんだ。警察にでも通報するのか?いや、どのみち犯人の候補に上がるのが関の山だろう。では、テレビに持ち掛けるか?いや、論外だ。ただのかまってちゃんと思われて相手にされないだろう。じゃ、夢を見ないことを願いながら眠るしかないのか。そう考えていると体から重低音が鳴った。


腹が鳴ったようだ。脳は糖分を欲しているらしい。


壁掛け時計を見ると11:46を指している。もう、お昼だ。飯にしよう。そう思い、キッチンの横に置いてある冷蔵庫の中を見る。冷蔵庫には、水、卵、ケチャップ、マヨネーズがあった。調味料しかないじゃないか。そうか、買い出しはもう一週間していなかった。思い出した。次に、キッチンの上の引き戸を見てみる。パスタがあった。


「今日はパスタか...」


鍋を探し、中に水道水を入れる。コンロの上に鍋を置き塩を適量入れ、火をつけ、蓋をする。沸騰するまで待つ間に、テレビをつける。一人しかいない部屋は少しではあるが賑やかになった。カーテンを開き部屋の中に光を入れる。晴れだ。部屋に不協和音が響く。鍋が沸騰したようだ。鍋に一人分のパスタを入れる。鍋にきれなパスタの花が咲いた。ちょっと嬉しくなる。キッチンタイマーをセットする。何か忘れている。そう、パスタスープだ。キッチンの周辺を探す。ありとあらゆる戸棚を探す。見つかったのは、オリーブオイルしかなかった。覚悟した。今日は素パスタだ。機械的な高音。キッチンタイマーが鳴ったようだ。パスタを皿にうつし、オリーブオイルを絡める。できた味なしパスタをテーブルに持っていき、食べる。味は文字通り。心が虚無になる。これを虚無パスタと名付けよう。しかし、パスタの茹で上がりは我ながら完璧だ。ただのパスタを口に運び、空にする。これを繰り返した。そして、最後の虚無だ。皿を片付ける。


今日は何をしようか。どこからか、知っている曲が流れた。スマホの着信だ。スマホを探す。あった。枕下に隠してあるかのようだ。スマホには、石川 真斗まことと表示されている。俺の双子の弟だ。そして、この世界の中で唯一の血の繋がった肉親だ。


「もしもし、兄さん」

「なんだ、真斗。」

ぶっきらぼうにいう。

「なんだよ唯一の肉親に」

俺と真斗は小さい時に親をなくした。そう、あの山の事故...。悪夢の始まり。

「要件は?」

「夜、そっちに行っていい?」

「夜って?今日の夜?」

「そう、お土産持ってくるから。を手に入れたんだ。」

電話ごしには何か騒音が聞こえてくる。

「ちょっと待て。今外か?」

これはもしかしたら...

「そう。もうそっちに向かってる。」

「えっ、何を...」

「じゃ、そうゆうことで」

電話を切りやがった。


違う。そうじゃない。


###


18:36。大変だった。

冷蔵庫には何もない。あの電話から俺はスーパーに行きビール、軽食代わりの惣菜と軽いおつまみを買いに行った。家からスーパーまではバスで15分。往復30分。バスを使ったとはいえ、夏の灼熱の中を行くのは骨が折れた。いや、ミイラになりそうだった。

真斗からのメールでは、あと30分でくるようだ。テレビを適当につけて待つとしよう。


今日は夢を見なかった。すなわち、あの犠牲者が出ていないということだ。俺は、最後の事件から夢で殺された人を犠牲者と呼んでいる。予知夢を見ることができる俺にしかできない追悼のようなものだ。夢を見なければ犠牲者はいない。現に、テレビでは殺人事件の新しい犠牲者についてのニュースは流れていない。なぜ、俺しかあの夢を見ないのだろう。なぜ、俺にこの能力が与えられたのだろう。そんなことを、考えていると、玄関のチャイムが鳴った。がきたようだ。


「こんばんは。兄さん」

ドアを開けると、目の前に大きな袋を持った真斗がそこにいた。

「まぁいいや。早く入ってくれや」

真斗は部屋の中に入り、テーブルに袋を置く。

「この袋の中は何?」

俺は土置を袋の中身を聞く。

「これ?驚くなかれ。この中は。」

真斗は袋からお土置を出す。手には。黒い塊があった。なんと...

「これ、前に兄さんが前に食べたいって言っていた明暗堂の特別仕込みチャーシュー。」

なんと。あの1日に100個しか販売されないという幻のチャーシュー。

「おぉ。我が弟よ。歓迎するぞ」

俺は嬉しさのあまり弟に抱きつきそうになる。

が、それは気持ち悪いので我慢する。

「よくこんな上物を手に入れられたな」

チャーシューを渡され俺は感心する。

「頑張ったんだぜ。なんせ、今日は...」

弟は、一瞬黙る。俺は弟の方を見る。

「いや、なでもない。」

なんだろうか。俺は疑問に思いながらも、今日買った調達品を思い出す。

「そうだ。今日、いろいろ買い出ししたんだ。ビールとかおつまみを冷蔵庫から取り出してくる。」

冷蔵庫からビールとおつまみを、それと、台所からチャーシューを切るための包丁を持ってくる。

「兄さん、包丁はいらないよ。これも買ってきから」

弟は、袋から長細いものを取り出した。ナイフだ。

「お前。それ、買ったのか?」

「うん。でも、せっかくだから...」

弟は、チャーシューの塊を切って皿に乗せてゆく。

俺は本当にいい弟を持った。自慢の弟だ。


真斗がチャーシューを一通り切り終えると、その周辺にビールやおつまみのお菓子、惣菜を用意する。


さぁ、楽しい宴の始まりだ。


# 次話「黒い予知夢 -後宴-」へ続く


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