泣き虫の英雄
ひみつ
第1話
彼に再会したのは、高校の入学式でのことだった。小学校卒業と同時に引っ越していったはずの彼は、親の仕事の都合でまたこのあたりに戻ってきたのだという。三年ぶりの会話は思った以上に弾み、ついつい時間を忘れてしまうほどだった。
「……やー、それにしても大きくなったわね」
見上げる。そう、久しぶりに会った彼は、180cmを越える長身に成長していた。別れた時の私の身長が155cmで彼より大きかったのだが、三年経った今、私はそのまま変わらず、彼は飛躍的な成長を遂げるというなかなかに屈辱的な結果を迎えてしまったのだ。
「昔はうしろついて回ってた小さい子が……お姉さん嬉しいわ」
「年は一緒だろ」
そして鋭いツッコみ。頼りなげにいつもニコニコしていたあの頃とは大違いだ。男子三日会わざれば刮目して見よとはよく言ったものだ。まあ三日どころか三年会わなかったのだから、不思議なことではないだろう。私だって多少は成長しているのだ、身長以外のところで。
「いい加減帰ろうぜ、今日は家族で出かける事になってるんだよ」
そういえば教室で解散になってからずいぶん時間が経ってしまっていた。私も一度帰宅して出かける準備をしなければ。我が家も今日は外食なのだ。
「だねー、んじゃあいこっか」
連れだって校門を出るが、足を向けた先は同じだった。よもやご近所ってこともないだろうけど……と思って確認したら、まさかの二件隣だった。昔住んでた家に帰ってきただけとは彼の談。ということはあれか、これから毎日一緒に登下校することになるのか。や、別にいやって事は無くむしろ嬉しいのだが。
「おー、さりげなく車道側歩いてくれてるじゃん。えらいえらい」
ふわふわし始めた気持ちをごまかすためになんとなくそんなことを口にした。彼も笑って流すと思っていたのだが……
「……うっせ」
顔真っ赤にして目をそらされてしまった。まずい、余計なことをやってしまったと後悔してももう遅い。何か言わなければと思うほどに頭の中が真っ白になって言葉が出てこない。
「…………」
「…………」
お互いにしばし無言で足だけを動かし続ける。ううう、いやだなあ。せっかくまた仲良くできると思ったのに、しょうもないことで台無しにしたくないよう。家に着くまでにはどうにかしないと……。
「……ずっと、考えてたんだ」
「え?」
私がどうしようかと悩んでいた空気を破ったのは彼だった。ありがたかったが、それよりもその続きが気になった。考えていたとは、一体何をだろう。
「俺、昔はチビで、ケンカも弱くて、いつも守られたり助けてもらってばかりいただろ? だから、次にお前に会った時は……って、あーもう、何を言ってるんだ俺は」
へ……? もしかして、昔のことを気にしてるのかな。
確かに彼は小学生の頃引っ込み思案で目立つようなことは避けていた。いつも誰かの陰に隠れているような、そんな子だった。でも、私は覚えている。けして身体の大きいわけではなかった彼が、その胸に溢れんばかりの勇気を秘めていたことを。
その日、私たちはいつものように公園で遊んでいた。確か小学四年生の頃で、仲の良かった三〜四人ほどだったと思う。
ボール遊びで盛り上がっていた私たちに高学年のグループが近づいてきて、場所を空けるように迫った。私たちは抵抗したが、上級生の勢いに敵うはずもなく、すごすごと引き下がる羽目になってしまった。代わりの遊び場所を探そうと公園の出口へ向かっていた私たちの背後から『モタモタしてんじゃねーよ』といった感じの声がかかると同時に、私は頭に衝撃を受けてひっくり返った。あとで聞いたところ、上級生達が蹴ったサッカーボールが私に命中したらしい。ふらふらと起き上がる私の目に映ったのは、上級生のグループに向かって駆けていく彼の背中だった。おそらくボールを蹴ったであろう男の子に飛びかかり、思い切り殴りつけているのを見て思わず悲鳴を上げた。上級生達もはじめこそ驚きはしていたものの、慌てて暴れている彼に次々と手を伸ばしていった。私たちの他のメンバーも彼に加勢するために走り出し、やがて十人近い人数での大乱闘に発展してしまった。
結局近くを通りかかったお巡りさんに止められるまで、私たちはどろどろになってとっ組み合いを続けたのだった。軽くお説教されて帰る道すがら、彼はぽろぽろと涙をこぼしていた。いや、ケンカを吹っかけた時にはもう泣いていたようだ。他のみんなが泣きながら上級生を殴ったことをからかうように褒めていた。
このことが原因で上級生のグループと折り合いが悪くなり、ことあるごとに私たちは嫌がらせをされた。それは彼らが卒業するまで続いたが、理不尽な暴力に対して彼はいつも涙をこぼし、歯を食いしばって立ち向かっていた。
公園の一件以来、彼は私のヒーローだった。ともすれば弟のようだと思っていた男の子が、途端に逞しく思えたのだ。それは私の中に芽吹いた恋心で、いつか気持ちを伝えたいと悩みながらも、ついにその勇気が出ないまま彼は遠くへ行ってしまった。
「私は」
隣で頭を抱えている彼の顔は、もはや背伸びをしても届かない位置にある。でも変わらないものもそこにあると思った。いぶかしげにこちらに向く彼の視線をしっかり受け止めて続ける。
「私はあの頃から、君にずっと守られていたよ」
「そんなわけあるか。俺はいつもやられっぱなしだった」
違う。
「そうだね、ケンカで勝てた事なんてほとんど無かったかもしれない。でも私は、泣きながら一歩も引かない君の背中に、ずっと憧れていたんだ。私だけじゃない、みんなにとって君は、泣き虫のヒーローだった。頼もしくて、かっこよかった」
あの日、遊び場を追われたことじゃなく、仲間が傷つけられたことを怒った君は、何よりもまぶしくて誇らしかった。それはきっと、今でも変わらずに。
彼はしばらく目を泳がせていたが、やがてそうか、と一言だけつぶやいてそのまま黙り込んでしまった。でもその沈黙は、先ほどとは違ってけして居心地の悪いものではなかった。
「せっかくだし、明日から一緒に学校いこ」
軽く目線を向けながら努めて平静にそう言うと、彼は小さく首を縦に振って答えてくれた。今度こそ、今度こそ三年越しの勇気を振り絞ってみせる。今すぐに……は難しいけど、ゴールデンウィークまで、いや、夏休みまでには必ず!
泣き虫の英雄 ひみつ @seecret02
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