後編

 というわけで、両親を追い出し、家に一人になることに成功した私は彼女を家に呼んだ。


「お泊まりの許可は取ったから」


「幸子はそんなにも私と寝たかったのか?」


 揶揄うように彼女は笑う。そう言われるのは分かっていた。たまには照れる顔が見たくて「そうよ。悪い?」と強気に返す。しかし、どうせ彼女の余裕そうな表情は崩れないのだろうなと思っていると、意外な反応が返ってきた。


「……」


 なんと、顔を真っ赤にして固まってしまったのだ。いつも余裕そうなあの彼女が。初対面の女に「抱かせてくれるなら性格はどうでもいい」と言い放ったあの彼女が。初めてのキスでドキドキしていた私に対して余裕そうに「これくらいで真っ赤になるなんて。初々しくて可愛いな」と言ってきた彼女が。


「……あの。一応聞くけど……」


「……なんだ」


「……喜子さん、もしかして初めて?」


「付き合うのは君が初めてではないよ」


「……えっちは?」


「……ふ。幸子。私はね、こう見えてモテるんだよ」


「でも喜子さん、本当に好きな人以外とは付き合わないでしょ」


「い、いや、セックスくらいは」


「……好きでもない女抱くんだ。最低」


「……処女です。童貞です」


 真っ赤になった顔を隠しながら素直に認めた。表情を見たくて腕を退かそうとするが、頑なに見せようとしてくれない。


「喜子さん。顔見せて」


「やだ。絶対変な顔してる」


「絶対可愛いから。見せてよ」


「か、可愛いって言わないでくれ!」


「かわいい〜」


「ば、馬鹿にしてるだろ!」


「してます。そっちだっていつもしてくるじゃん。お互い様でしょ。顔見せて」


「やだぁー!」


 と戯れあっているうちに体勢を崩し、彼女を床に押し倒してしまう。

 真っ赤に染まる彼女の顔が露わになり、潤んだ瞳が私を見据える。すぐに顔を隠そうと動いた腕を押さえつけると、彼女は顔を逸らして「恥ずかしいから、そんなに見ないでくれ」と泣きそうな声で呟いた。そのしおらしい姿と普段のギャップに胸を締め付けられる。

 私は今日、彼女に抱かれるつもりでいた。だけど……


「喜子さん……可愛い……」


 気付けば私は、彼女の唇を奪っていた。いつもは彼女からしてくれるし、私がしたい時も彼女の方からしてもらっていた。だけど今は、私がしたかった。


「お、おい、幸子……待て……まっ……っ……ん……」


 唇の隙間から漏れる声、唇の柔らかさ、そして初めて見るしおらしいその姿がたまらなく愛おしくてたまらなくて——衝動のままに、彼女の服の中に手を滑らせる。

 すると、彼女に手を掴まれ止められ、ハッとする。


「ご、ごめんなさい喜子さん……私……」


「……怒ってるわけじゃない。びっくりしただけだ。君はいつも受け身だから。その……求めてくれること自体は……嬉しい……けど……」


 彼女は私の腰に手を添えながら、ゆっくりと私の身体を床に押し倒し、真剣な表情で言う。


「私は、されるよりしたい派なんだ」


 そう言う彼女はまるで少女漫画のヒーローみたいだった。さっきまではヒロインみたいな顔をしていたくせに。ずるい。


「……されるのは、嫌なの?」


「嫌というか……恥ずかしい」


「それは私もなんですけど」


「幸子は慣れてるだろう」


「慣れてるわけないじゃん。何もかも初めてなのに」


 恋自体は、彼女が初めてではない。だけど、同性に対する恋は初めてだ。実際に付き合ったのも、キスも。愛されたのも、愛したのも。それから、触れたいと思ったのも。そして——生きたいと思わせてくれたのも。


「でも……恥ずかしいけど、良いよ。喜子さんなら。……あと……お互いに初めてなの、嬉しい」


「……」


「……」


 黙ってしまう彼女の方に視線を戻す。私の顔を見ておらず、お腹の辺りを見ていた。


「……聞いてた?」


「……あぁ。聞いていた。ちゃんと聞いていたとも」


「わっ……」


 身体を抱き上げられ、ベッドに下ろされる。

 部屋の電気が消え、彼女がベッドに乗り上げる。


「……痛かったり嫌だったら、ちゃんと言うんだよ」


「……うん」


 唇が重なる。いつものような優しいキス。だけどその吐息は少し震えていて、緊張が伝わってくる。

 彼女の指先が、唇が、ぎこちなく、丁寧に私の身体をなぞる。温かい。柔らかい。痛いほどに愛が伝わってきて、涙が止まらなくなる。彼女は私の涙に気づいて、指で拭って「大丈夫?」と優しく問う。きゅう……と胸が締め付けられ、息が詰まる。


「やめる?」


「やだ……やめないで。……最後までして」


 心を落ち着かせるように息を吐きながら、彼女は私を優しく抱いた。割れ物を扱うように、丁寧に。

 初対面の私に『顔に惚れたからな。中身はどうでも良い。クズだろうが、どうでも良い。抱かせてくれるなら』と最低なセクハラ発言を放った人とは思えないくらいに優しく、丁寧に。

 あの日、彼女に出会わなかったらきっと、私はこの世には居ない。奇跡のような出会いには感謝してもしきれない。きっとこの先彼女とは別れる事になっても——そんな未来は想像もしたくないが——彼女に愛され、彼女を愛した事は一生忘れないだろう。

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捨てる命なら私にくれないか 三郎 @sabu_saburou

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