後日談

前編

 私は昔、自殺を考えた。死ぬためにマンションの屋上から飛び降りようとした時、一人の女に声をかけられた。彼女は言った。「一目惚れしたから付き合ってくれ」と。私は最低な女だと話すと彼女は「中身はどうでも良い」と語った。「クズだろうが、どうでも良い。抱かせてくれるなら」と。そんな最低な口説き文句で口説いてきた女と、私は死ぬ前にデートをすることになった。

 デートを終えると彼女は言った。「中身を知って、ますます好きになった」と。そのせいで私は死ねなくなってしまった。

 それから何度目かのデートを重ねて、恋心を認めることを決意した私は彼女に告げた。恋人になってほしいと。彼女は「ようやく私に惚れていることを認める気になったか」と笑いながら承諾した。正直悔しかったが、彼女に惚れてしまっていることは否定できなかった。

 そうして私は、自殺しようとしていた時に口説いてきた変な女と、ついに恋人同士になってしまったのだった。




 彼女と恋人になって一年。私は彼女のことがだんだんと分かってきた。

 初めて会った時、抱かせてくれと言ったのは本気ではなく、私の自殺を止めるためだったと。関心を持たせるために、わざと最低な印象を抱かせたのだと。その証拠に、付き合って一年経つが、私は未だに処女である。キスはしてくれるけれど、深くまで触れてはくれない。大切にされているのが伝わってくるが、もやもやしてしまう。お互いに実家暮らしというのも、あるかもしれないけど。

 そんな時だった。福引でたまたま、ペアの旅行券が当たった。私はそれを両親に渡した。


古市ふるいちさんと使えばいいじゃないか」


 父が言った。二人とも彼女のことは知っているが付き合っていることまでは知らない。


「何言ってるの。子供二人で行かせるなんて駄目よ。女の子二人だし」


 母が言う。「俺が高校生の頃はよく友達と旅行に行ったけどなぁ。ちょっと過保護じゃないか?」と父。私が親の立場なら、母と同じ意見だ。私は今、通信制の高校に通っている。しかし最近まではニートで引きこもりだったし、学校に友達はいないし、家族や恋人以外の他人と話すのも未だに苦手だ。いじめられていた頃のトラウマがまだ抜けなくて、彼女とデートをしている時に同級生とすれ違っただけで発作を起こしたことがある。旅行先は県外だから、同級生と会うことなんてそうそう無いと思うが、仮に発作が起きても、すぐには家に帰れない。

 それに、私は女だ。同じ高校生だけの旅行でも、男だけの旅行と、女だけの旅行はわけが違う。男として生まれて男として生きている父にはわからないかもしれないが、女は女であるというだけで危険に晒されることもあるのだ。若い女なら特に。


「私、留守番してるから。お土産よろしくね」


「……俺たちが居ないうちに彼氏連れ込む気じゃないよな?」


 父が訝しげな顔で言う。


「彼氏なんていないよ」


 嘘は言ってない。いるのは彼女だから。


「まぁまぁお父さん。せっかくだし、幸子に留守番任せて二人で旅行行きましょうよ。ね?」


「……母さんが行きたいだけじゃないのか?」


「うん。行きたい」


「行ってらっしゃい」


「……分かったよ。幸子さちこ、くれぐれも、男を連れ込むんじゃないぞ」


「女の子とお泊まり会するのはあり?」


「女の子って、古市ふるいちさんか?」


「うん。夜一人はちょっと怖いから、来てもらおうかなって」


「古市さんなら……まぁ、いいか」


「ふふ。幸子、喜子きこちゃんのことほんと好きね」


 母がニヤニヤしながら言う。父は気づいて無さそうだが、母はもしかしたら気づいているのかもしれないと思った。


「喜子ちゃんなら、幸子を嫁にやってもいいかも」


「嫁にって……女同士なんだから」


 父の言葉が棘となり、胸を突き刺す。しかし母はそれに対してニコニコしながらこう反論した。


「確かに今は同性同士は結婚出来ないけど、同性同士の恋愛なんて今時珍しくないし、いずれは出来るようになるんじゃない? 同性婚」


「まぁ……確かにそうだな」


「その辺の何処の馬の骨かもわからない男よりは、喜子ちゃんの方がよくない?」


「確かに。その辺の男より仕事も出来そうだし、家事も出来そうだしなぁ……」


 二人のやり取りを見ているうちに、棘となって刺さった父の言葉が抜ける。この二人になら、彼女のことを話してもきっと受け入れてくれるだろう。しかし、今はダメだ。お泊まり計画が無くなってしまう。父にはもう少し、気づかないままでいてもらおう。

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