第41話 人によっては簡単な試験

 テセリオにあるギルドで、俺たちは試験の説明を受けていた。

 内容を要約すると、初心者用の迷宮第一階層で試験がおこなわれる。

 様々な罠を回避し、迷宮のどこかにある割符が入った宝箱を開けて回収。



 そして帰還すること。

 初心者用の第一階層には、モンスターが出ないため一見簡単そうに見えるが、攻略ができない人間にはとことんできないのが迷宮である。



「うわっ!」

「あぶねッ! 入る前に言っただろ? 迷宮の床には、罠が発動するスイッチが隠されているこがあるから気をつけろって」

「わ、悪い」



 床のスイッチを踏んでしまい、飛んできた矢に串刺しにされそうになったスターク。

 間一髪、アルの防御が間に合い、盾を滑り込ませることに成功した。

 尻もちをつくスタークに手を貸し、悪かった点を伝える。



「あなたが踏んだ床を見てください。ここだけ、少し色が違うのがわかりますね?」



 俺が指を差した箇所だけ周囲の石よりも色が違った。



「何でこんな……。違いすぎないか?」



 冷静になれば、誰でもおかしいと気付く程度のものである。



「誰か塗ったのではないですか? わかりやすいように」



 元々の色なのか、ギルドのほうで色を塗ったのかわからない。

 迷宮には矢以外にも罠がある上、独特な雰囲気を持っている。

 どれだけわかりやすくても、雰囲気に飲まれてしまい、簡単に見逃してしまう可能性があるのが迷宮だ。



「魔法を使えばこんな罠、看破できるだろ?」



 スタークがエレンにそう言うと、できないと答える。

 エレンが使っているのは、迷宮の地図を一から作製する《マッピング》のみだ。



「な、何で……」

「ここ、何階層だと思っていますか?」

「……一階層」

「ですよね? 大した罠がないことはわかりきっているところで、無用に魔法を使えば、必要な時に魔法を使えなくなってしまいます。それに、罠の対処をあなたたちに教えないといけませんから」



 シンシーのように膨大な魔力を持っていれば、問題ないかもしれない。

 エレンは魔法使いの平均よりもちょっと上ぐらいである。

 極力魔法を使用せず、少しでも怪しいと感じた時に使うのが定石だ。



 せっかく覚えた魔法を使えないのはエレンに悪いが、使いどころはきちんと考えている。

 今の状況は、罠を看破する《サーチ》の魔法が使えなくなった時を想定して動いていると思えばいい。



「お前ら、それでよく迷宮に挑んで生き残ってきたな」



 アルの言葉に、スタークとマリサが落ち込む。

 あの程度の罠もわからないなら、今まで運で生き残ってきたとしか思えない。



「だ、大丈夫だよ、スーちゃん! こんなすごい人たちが近くにいるんだから、今からでも学べば!」



 いやいや、マリサお嬢さん。

 迷宮に挑みながら学ぶのは危険ですから。

 命をチップにギャンブルをしているようなものだぞ。



 ここは初心者用の迷宮のため、言うほど危険はないだろうが、迷宮なのだから危ないことに変わりない。



「本当に大丈夫だろうか? 一度引き返して、彼らに指導するというのも手だが」



 クーデリアの提案に反応したのは、スタークだった。



「で、でも、経験しながら学んだほうが早いってブローガーさんが言ってたんだぞ」



 誰だよ、そんな適当なことを言ったヤツは。



「……いつも隅で飲んだくれてる人」



 《天の杯》にいた人間……人間…………。



「それ、《天の杯》だと多くの人間が当てはまりますね」

「……すごく大柄な人。もうギルド員を引退して、適当な新人を見つけては指導してる」



 親切なようで傍迷惑な御仁のようだ。

 しかし、新人といえば俺たちもまた新人である。

 にもかかわらず、声を掛けられた記憶がない。



「……初日で、アルとクーデリアが暴れたから必要ないと思われたかもしれない」

「ああ。なるほど」



 それが本当であれば、面倒な老人の話を回避できたと考えられるか。



「知識があれば対応できたこともできずに死にますよ」

「それで死ぬなら、ギルド員に向いてなかったんだって……」



 ギルド員の生存率が下がるぞ。

 スタークとマリサは何度も試験を受けているという割には、あまりに杜撰な探索で目を覆いたくなるほどだ。



 その遠因は、間違いなくブローガーなる人物のせいといえる。

 ギルド員にとって、情報もまた金になる。

 ブローガーのようなお節介老人もいるらしいが、ギルド自体が風通しの悪い場所のせいで情報の共有がない。



 あの二人、おそらく情報を持つパーティーに入っていなかったのだろう。

 短期だけパーティーを組んでも、それだけの間柄であれば、お人好しでもないとただで情報を教えることはないずだ。



 教会の人間に王国騎士と、俺たちは専門家とは程遠い。

 それでも難なく探索できるのは、多くの実戦経験と知識があるからだ。



「あれ、魔鉱石だろ。売ればそれなりの金額に……」

「走るな、バカ!」



 アルがスタークの襟首を掴み、彼の愚行を止める。



「何すんだよ!」

「まあ、待ってください」



 俺が鞄から石ころを取り出し、魔鉱石がある部屋に投げ込む。

 一秒……五秒…………十秒。

 もう一度投げ入れ、再度時間の経過を待ってから中に入った。



「聞いた話ですが、最上位難度の迷宮で宝箱がある部屋に入ると、出入口の脇から鎌が飛んできたという話があります」

「鎌が……ですか? それで、どうなったんですか?」



 マリサの疑問に俺はすぐに答える。



「飛来した鎌を回避することに成功しました。その後、油断した彼は宝箱を開けた瞬間、爆発してしまい、木端微塵になりました」



 とあるギルド員の結末を聞いて、二人が顔を青くするのを見て微笑む。



「初心者用の迷宮で試験場でもあるこの迷宮に、そんな凶悪な罠はないでしょう。ですが、警戒することに越したことはありません」



 俺が本で知ったそのギルド員たちは、六人のパーティーだった。

 最終的に生還したのは、本を後世に残した著者一人だけ。

 ミスリルと高いレベルのパーティーでも、油断すれば死ぬのが迷宮である。



「第一階層なだけに、あまりいい魔鉱石とは言い難いですね」

「けど、小遣い程度にはなるだろ。どうする?」

「いりません。今回は二人の教育のために入っただけですから」



 ここで採取した場合、無駄に荷物を抱えるだけで重量が増えた分、行動が遅くなる。

 こんな罠しかない第一階層で怪我をすることなんて、早々ないだろうが一応だな。



「行きますよ。……クーデリア?」

「あ、ああ。すまない、すぐに行く」



 クーデリアの家の借金の額を実際に聞いたわけではないが、純度の低い魔鉱石で返せるものではないだろ?

 後ろ髪を引かれる彼女の背を押し、探索を続ける。



 初心者用の迷宮第一階層は罠のみ。

 第二階層は追加でモンスター。

 さらに下はより強く、凶悪なものがあるという。



「待て」



 アルが何かを察して止まった。



「何かあるのか?」

「ん~よくわかり……あれ?」



 スタークよりもマリサのほうが違和感に気付いたようだ。

 飛び矢の罠で見たスイッチよりもわかりづらいが、色ではなく形、大きさが異なる二つ石板が目立つ床。



「……アル、ちょっと歩いてきて」

「何でだよ。どうみても、罠だろうが」

「どういう罠だと思います? クーデリア」

「そうだな。槍や天井が降ってくるという話は聞いたことがある。だが、見たかぎり……落とし穴じゃないか?」



 俺も同意見だ。

 始めに色が違うスイッチを見せておいて、あとの通路で油断させて踏ませようとする魂胆だろう。

 この迷宮を作ったヤツがいやらしいのか、ギルドの人間がいやらしいのか。



「飛び越えちまえばいいだろ」

「待て、アルバート。飛び越えた先に罠が……ということも考えられるぞ」

「めんどくせーな、迷宮って。スタークよぉ、こいつで金稼ぎは諦めたほうがいいぞ」



「め、めんどくさいからこそ、たくさん稼げるんだろ」

「それはまあ、一理ありますね」



 さっきの部屋と同じように石を投げて確認する。

 反応がない、即応タイプの罠というわけではなさそうだ。

 念のため、クーデリアの腰にロープを巻いてアルに固定させる。

 飛び越えた先も落とし穴だった場合を考慮してだ。



「なあ、もう《サーチ》とか使っちゃえば……」



 スタークがそんなことを呟く。



「アルが安請け合いしてしまいましたからね。今後、あなたたちだけで迷宮を探索することになった場合のことも考慮して見せているのですよ」



 クーデリアなら矢が飛ぼうと槍が降ろうとも対処できるだろう。

 鎧を装備しているとは思えない跳躍力を見せたクーデリアは無事に着地し、周囲の確認後手を上げる。



「どうやら何もないようだ」

「鎧着てんのに、何であんなに飛べるんだ?」

「ふっ。王国騎士たるもの、弛まぬ努力と……」



「彼女の鎧には、『軽重化』や『身体強化』が含まれていますからね。その他にクーデリアの身体能力が高いことも上げられますね」

「…………」



 何やら抗議めいた視線が飛んできているような気がする……。

 スタークとマリサ、エレンは補助が必要であったが、問題なく着地できた。

 しばらくあっちへ行ったりこっちへ行ったり進み、罠を回避しつつ着々と地図ができている。



「あれ、行き止まりだ」

「ここまで来るのは初めてか?」

「うーん、たぶん?」



「曖昧ですね」

「そりゃあ、《マッピング》みたいな便利な魔法がなかったから、あんまり覚えてないんだよな」

「結局、第一階層の罠で危うく死にかけて逃げ回ってたら、迷宮の入口に戻ってきちゃった感じでした」



 あっけらかんと言う二人の豪運に呆れかえった。



「……本当に、よく今まで生き残ってきましたね」



 魔法が使えなければ、自分で手書きしながら進むという方法もある。

 というか、昔は手書きが主流だった。

 改めて、ギルドの試験資格の杜撰さが浮き彫りになっている。



「……でも、戻るとなるとかなり前になるよ」



 エレンの《マッピング》を見て、顎に手を当てる。

 ここまで来るのに、かなり探索を進めた。

 面倒でも他に道があるならそっちに行くほうがいいが……。



「で、どうするよ────うおっ!」



 アルが壁に手をついた瞬間、アルの体が傾いて地面に倒れる。

 感覚を研ぎ澄ませば、魔法の壁に気付けたはず。

 ……少し、初心者用だからといって油断したな。



 アルの姿が滑稽だ。

 上半身が壁の向こう側に消えており、痛みで下半身がバタバタしていた。



「これは……魔法で壁に見せていたようですね。物理的な壁でなく、助かりました」

「……早く立って、アル」

「いつまで寝ているのだ。アルバート」



「ほら、いつまで寝ているんですか。行きますよ」

「……誰も俺に手を貸してくれねぇのかよ」

「俺が貸すから……」

「うぅ。お、重い…………!」



 見た目だけの壁を潜り抜けると、階段、それを挟むように宝箱を発見した。



「どっちかが罠の可能性があります。見ただけで判別は……難しいですね。エレン、お願いします」

「……うん」



 罠を見分けられる《サーチ》を使い、判別してもらう。



「大丈夫ですよ。あなたならできます」



 ギルド員でトップクラスの実力を持つシンシーからお墨付きを貰ったのだから、自信を持っていいぞ。



「……わかった。右だよ」

「スターク、開けてみてください」

「え、お、俺?」



「試験に合格したかったのはあなたです。一番の名誉を与えてあげましょう」

「偉そうだな。まあ、ありがとう」



 小さくお礼を言ったスタークは、右の宝箱を開ける。

 中にはパーティーごとに受け取った割符と合うものが入っており、スタークは自分たちの物を手に取った。



「これが……。やっと、手に入れた。けど、いいのか? 俺たち、何もしてないし」

「そう、だよね。何だか、ズルをしたみたい」

「確かにズルですね。どうでしたか? 私たちと行動して」



「…………正直、すげーって思ったよ。俺たちだけだったら慌てて、逃げていたところをあんたらは鼻歌を唄うように探索を続けていたからな」

「私もスーちゃんも、考えなしに行動していたことがよくわかりました」



「これに懲りたら、もう無謀なことをしてはいけませんよ。命を大切にしないと。帰ったら、魔法使いと組んでください」



 これでもう無謀に迷宮へ挑まなければいいが。

 俺たちの分の割符を手にする。

 探索はこれで終了だ。



 下に行くには、正式に許可が出てからになる。

 帰ろうとしたところ、別の三人組のパーティーが現れた。

 一目見て、手練れ……それも、ギルド員ではなく暗殺者の類だとわかった。



 こういうのは隠そうとしても、わかる人間にはわかるものである。

 俺、アル、クーデリアが彼らの動向を注視した。

 彼らは俺たちを意に介することなく、下に続く階段を降りていく。



 ……何だったんだ、連中は?

 暗殺者が迷宮で金稼ぎとはな。



「……リーナ?」



 エレンが不思議そうにしていて、何でもないとだけ言った。



「ああ、早く帰って温泉に入るか」

「……あれだけ言っておきながら、アルは何もしてない。ただ働きのクセに温泉に入ろうとする……?」



「ああいう解説は俺より、リーナのほうがいいだろ!」

「騒がしいですね。早く帰りますよ」

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聖女(男)は正体を知られたくない まお @1995k

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