第8話 いましたね、友人っていうモブキャラが


 結論として、リンちゃんは式神としてとっても優秀でした!

 というか、そもそも自分のセンスだけで人に化ける術を身に付けてしまったリンちゃんだ。正しい指導をすると瞬く間に防御や悪霊を祓う術を、たった三日で体得してしまった!! 超優秀なのです。

 巡回がてら、リンちゃんと一緒に夜の森を見回りながら、そんなことを葵は痛感する。

「神サマになるって、すっごいなー。こんなことできちゃうなんてスゲー」

 宙を蹴るようにして跳び跳ねているリンに、葵は「それはリンの思い違いよ」と訂正した。

「にゃ? これはリンが神サマになったから、こういうことができるよーになったんだろ?」

「いいえ、それは違うわ。力があっても使う腕がなければ、そんなことはできないものよ。

 リンはとても優秀なの。すごいわ」

 淡々と事実を言えば、リンちゃんがもじもじして「うにゃぁ~~」と何やら悶えている。

「どうしたの?」

 不思議に思って尋ねれば、リンちゃんはチラッとこちらを見ると逆に聞いてきた。

「リン、すごい?」

「ええ。とってもすごいわ」

「えっと、じゃあ、リンってえらい?」

「もちろん。えらいし頑張り屋さんね」

 するとリンちゃんはまたも「うにゃぁ」と顔を赤らめて、じぃっと葵を見つめてくる。

「リン?」

 首を傾げる葵にリンはもじもじしながらも言った。

「えっとぉ、リンがえらいなら……………なでなでして、ほしぃ」

 な ん で す と ?

 きょっとーんとしてしまった葵に、リンがわたわたと続けた。

「だ、だってっ! リンはアオイの式神だし!? ここまでできるようになったの、頑張ったわけだし!!」

 ………ウチの式神は天使だったのか!!!! 可愛すぎでしょう!!!!!!

 思わずぎゅうっと抱き締めたくなる衝動を堪えて、葵はリンの頭をなでなでする。

 時折触れる猫耳がとても気持ち良い。

「リンはとってもえらい子で良い子ね。いっぱい頑張ってくれて、ありがとう」

「………………へへっ」

 にへひゃ、と、顔を崩すリンちゃん。ぐぉあーーーー。可愛い!

「そろそろ帰りましょうか。怨霊の気配もないことだし」

 怨霊はすでにリンちゃんが全て祓ってしまっている。

 リンのおかげでここのところ、葵はまったく怪我もなく、家路に着くのもすっかり早くなっている。

「ん! りょうかーい!

 じぃちゃん、今日の夕飯はおでんだって」

「そう。リンはおでん、好き?」

「ちくわは好きかなー。あと、前にイツキママが食べさせてくれた、がんもどきとか」

「白はんぺんとかも好きそうよね」

「白はんぺん??」

「お祖父ちゃんは何時も入れてるから、試してみたらいいわ」

「うん! 楽しみーーー!!」

 リンを連れて帰った時、お祖父ちゃんはそれなりに驚きはしたものの、さすがは現役の神主というところか、式神として迎え入れ三食を供物よろしくリンちゃんに用意している。

 実のところ、猫舌のリンの為に取り置きをしておかずを冷ましてあげていたり、縁側にさりげなく座布団を置いてみたりと、お祖父ちゃんはリンのことを気に入っているよう。相変わらず顔はしかめているけれど。

(お祖父ちゃんって、可愛い生き物が好きだったりして)

 今まで気づきもしなかったけれど、もしかしたら、と微笑ましく葵は思うのだった。

 そんなこんなで、思いの外にリンとに日々が順調だったから。いや、だからこそ、油断してしまったのだろう。

 うっかり学校に怨霊の侵入を許してしまうなんて。



 いつもの気が張っている状態だったならば、近づく怨霊の気配を即座に察知して裏山に誘い込むのに。すでに怨霊は学校の敷地内に入ってしまっている!

(早く祓ってしまわないと、関係ない人に被害がっ!)

 学校は年若い情緒不安定な人達で溢れている。とり憑かれでもしたら、瞬く間に正気を失ってしまうだろう。

(校舎裏に誘い出して、そこで祓う!!)

 常備している護符を取り出すと、囮の邪気を放つ符を解放する。

(よし! こっちに向かってくる!!)

 急いで非常階段を駆け降りて、人気のない場所まで最短の道を葵は走った。

 ブワァッと黒い霧のような触手が背後から伸びてくる! けれど地の利は葵にある。

 建物の隙間にさっと飛び込めば、怨霊は葵の思惑通りにそのまま追ってきた。となれば、あとは護符でもって祓いまくるだけだ。

 一枚、二枚と立て続けに護符を叩きつけ、後ずさろうとするそれを逃さずに追加で三枚を飛ばしてみせれば、怨霊は力尽きて霧散した。

(良かった…………大事にいたらなくて)

 ほっとして胸を撫で下ろしたのも束の間。

「………………八坂先輩? 今のって」

 背後から聞こえてきた声に、葵は嫌な汗をかいた。

 怨霊に集中していた為、まったく気付かなかった。こんなところに人がいたなんて。

 内心ではキョドりまくりで、ゆっくりと振振り返ってみれば。まさかのゲーム登場人物がいやがった。

「貴方、確か」

 おぉう、君、何でこんなトコにいるんだよ?

「篠原司君………だったかしら?」

「えっ! 八坂先輩、俺のこと知ってるんですか!?」

 ええ、知ってるんですよ。だから困るんですよー。

 まさかこんなところで君と接点を持つことになろうとは。

「大滝君の、お友達、よね?」

「あ、そっちで知ってたんですか。…………ですよねー」

 しょんぼりとする彼は、きっと自分があまり目立たない存在だって自覚しているんだろうな。

 焦げ茶色の髪の、ごくごく普通顔の高校生。彼は『冬のクインテット』のいわゆるモブキャラ。主人公の友人ポジション。

 通称モブ原とも呼ばれていた、それが彼、篠原司なのだった。

 とにかくお人好しでお調子者で、転校生である大滝凌馬とすぐに仲良くなるような男の子。という、もう本当にゲームにありがちな友人モブキャラ。

 って、思ったのに。

「それよりも先輩……………あの、さっきの、大丈夫ですか?」

 いや、君、普通のモブキャラじゃなかったの!? え、さっきの見られてたっていうの!? ごくごく普通の男子高生のはずでしょ!?

「貴方……………まさか、見えてるの?」

 怨霊は霊感のない人間には見えないはずだけど??

「えぇと、あの、何か黒いヤバそーなヤツ? ですか?」

 見えてるんかい! でもゲームじゃそんな素振りなかった………いや、待て。そもそもゲームじゃ八坂葵とモブ原君って接点あんまりなかった。

 あと、ゲームのシナリオの上、一ヶ月くらいしか描写されないし、第一モブだから設定もそれほど掘り下げられてなかった…………けど、単なるモブじゃなかったってこと??

「とりあえず、もう危険はないけれど……………私にはあまり近づかない方がいいわ」

「危険はない、ってことは。

 じゃあやっぱり、今までアレ、先輩が追い払ってくれてたんですね! ありがとうございます!」

 あっけらかんと言うモブ、じゃない、篠原君に内心でぎょっとする。

(今まで? ってことは、ずっと怨霊が見えてたってこと?)

 何処にでもいそうな普通の男子高校生にしか見えない、そして普通の人は恐がるはずなのに。

 この子、ちっとも気味悪がる様子もなければいたって平静な態度、むしろ好感すらもてる普通さなんですけど!?

「篠原君? 貴方、いったいどこまで見えているの?」

「ふへっ!? い、今の、俺のことですよね!?」

「え? 貴方、篠原君よね?」

「そうです! 俺、篠原司です!!」

「?」

 えーと? これ、話、噛み合ってる??

 何だか握り拳作って、「くぅーーーっ」とかって唸ってるけど?? 何事??

「ええと、篠原君? 大丈夫?」

「大丈夫です! ちょっと信じられないような事態で頭がくらくらしてますけど、大丈夫です!!」

 うーん、酸欠? 目眩? 信じられないって、怨霊のことかな?

「でっ、何でしたっけ? あ! あの黒いヤバげなヤツの話でしたっけ!

 アイツ、昔っからフラフラしてますよねー。すげーヤな感じだから、俺、知らんぷりして逃げてたんですよ。そしたら、いつ頃からか、激減したんですよねー。たまぁに見るくらい。

 もう、ひっさびさにあんなにデカイの見ましたよ!」

「え? 昔から、見えていたの?」

「はい! つっても、アイツらって無関心でいると、寄ってこないんですよ。

 すげー小さい頃、恐がったらめちゃくちゃ恐いことになって。そっからアイツらに出会ったら無関心でいられるスルー力をつけたんです。

 ………………あれ、誰かに教えてもらったんだけど、誰にだったっけ??」

 えっ! 何かとんでもないこと言ってない? 君?

 スルー力って! メンタル激強なの? いやいやいや、普通の顔してトンデモな子じゃない!

「いやー、でも先輩が追っ払ってくれてたんですね。

 あれですか? やっぱ神社のお仕事だから? 巫女さんって大変そうですよね。や、もう、お疲れです。あざーす」

 しかも妙に納得されてしまったし!

「貴方が感じている通り、あれは危険だから。気をつけて」 

 今までスルーし続けられてたんだから大丈夫、と、思いたいけど。気をつけているにこしたことはないもんね。

 淡々と忠告したら、何だかモブ原君の顔がパァァァァッと輝いた。

「俺のこと! 心配してくれたんですよね!? 今の!

 いや、違ってたとして、巫女としてのお仕事だとしても!! ぐぉぁ、嬉しいっす!! 気を付けます!!」

 な、何かワンコみたいな子だな。あれー? こんなキャラだっけ??

 明るくて気さくで、人が良さげっていう、善良キャラ…………あ、設定通りなのか。むしろ。

 妙に納得していたら。

「でも先輩も気を付けてくださいよー。って、十分、分かってると思いますケド」

 し、心配してくれたぁぁぁぁっ! 恐がるどころか、気づかってくれるなんて!!

 なんって良い子なの!? 超絶善い後輩クンじゃない!!

「……………………ありがとう」

 あぁー…、慣れてないせいでお礼言う声がちっちゃくなっちゃったよぉぉぉぉ!!!!

 初めてだもんねっ! 怨霊のことで感謝されたのも、気づかってもらえたのもっ!! 感無量だなぁぁぁ。

 なんて感激している葵の横で、モブ原君こと司君は「うぐっ、ギャ、ギャップ萌えがっ…………刺さるっ!」とブツブツ呟いていたりするのだが。

 はて、ギャップ萌えって、なんのことだろう??

 とはいえ、モブだと思っていた後輩キャラが、まさかの霊感アリで味方になってくれそうな子だったとは! これはラッキーだ!

 ご都合主義でもかまわないっ!! 頼れるものは何でも頼る!! 新生、八坂葵は図太いのだーーーー!

 と、まさかのカミングアウトが起こった校舎裏だった。











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ゲームはゲームでもギャルゲーに転生したようです 丘月文 @okatuki

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