第7話 式神少女はたくさん愛されてしかるべき!
人間の姿にもどれたリンが顔を上げ、妙にはっきりと言った。
「アオイ、今からリンはイツキママ達のとこに行く」
「そうね、そうしましょう」
この時、葵はちっともリンちゃんの気持ちに気付いてなかったんだ。
彼女がどんな思いで、あの杯を受け取ったかなんて。
守屋家までの道のりをリンちゃんは躊躇いなく歩き、そのインターホンを押した。
「はぁい~、って、あらリンちゃん、お帰り~」
真っ先に玄関に顔を出したのは、もちろん樹さん。そしてその後ろから「お帰り、リンちゃん~」と陽菜子ちゃんも顔を出す。
さらに二人の奥から大滝凌馬が不思議そうに葵を凝視していた。
「ん? 八坂先輩が何でここに?」
「えぇとぉ、ちょっと色々あってねぇ」
確かに複雑だが、説明しないわけにはいかないだろう。
葵としては、『確認をとったところ親戚のお子さんのようなのだが、まだ確証が得られないので今はこのまま守屋家に居させてあげてほしい』という、だいぶ苦しいがおそらく人の良い守屋
しかし、ここで事態は急変する。
玄関に仁王立ちしているリンちゃんの口から出たのは、「ただいま」なんてお気楽な言葉じゃなかったのだ。
「イツキママ、それにヒナ、あとリョウマ。
今までリンをこの家にいさせてくれて、ありがとう。
ご飯、美味しかった。遊んでくれて、楽しかった。リョウマと会えて、一緒にいられて、本当に幸せだった」
リンちゃんのそれに、一同が固まった。というか葵の頭も一瞬で、真っ白になった。
「…………………え」
「ど、どういうこと!? リンちゃん!」
「あらあら、リンちゃん、どうしたの~」
慌てる守屋家の人々に、リンちゃんはペコリと頭を下げた。
「今まで、お世話になりました」
いやいやいや、待って待って待って!!!!!! どこをどうしてその結論に至ったのリンちゃん!?
「ちょっと待って! リン、貴方はこの人達と一緒にいて良いのよ!?」
そう叫んだのに、何故だかリンちゃんは「ダメ。アオイといる」と頑なだ。
「もしかして、リンちゃん、記憶が戻ったの?」
陽菜子の質問にはっきりとリンは答えた。
「全部、分かった。リンには分かってる。
リンはアオイと一緒にいなくちゃいけないんだって」
なんてこった!! そんな覚悟させちゃってたなんて!!!!
「そんなことない!! そんな為に私は貴方を神社に連れていったんじゃないの!」
自由にして良いのだと、たとえ式神になったとして葵にはリンを使役する気などないのだと大慌てで主張するが、大きな黒曜石を思わせる瞳がひたっと見つめてきた。
「アオイ、リンはあの時、ちゃんと選んだ」
式神になるということは、どういうことか。そこにいるのは寿命の尽きかけた猫又じゃなくて、葵と契約をした式神なのだ。
きちんとその事を理解していなかったのは、葵の方だったというわけ。
「……………本当に、そんなつもりじゃなかったの」
「うん。アオイは優しい。それも分かってる」
揺るぎない意思を持っている。そんな目だった。
葵はもう何も言えなくなってしまった。
「そっか…………なんか寂しいな」
「そだねぇ。リンちゃんがいると家が明るくなったもん」
しんみりとした大滝凌馬と陽菜子ちゃんの声に、さすがにリンちゃんの瞳が潤む。
うわぁぁぁ~、本当に本当に! こんなことするつもりなんてなかったのに!! 結果的にリンちゃんと守屋家を引き離してしまったぁぁぁぁ。
恨まれてもいいとは思ったけど、これは罪悪感がハンパないぃぃぃ。
だけどリンちゃんが泣き出す前に、のんびりとした温かい声が聞こえた。
「まぁまぁ、大げさねぇ。リンちゃんは何も、この町から出ていくわけじゃないんでしょう?」
樹さんがふんわりとした微笑みを葵に向けた。
「ええと、八坂さん、だったかしら? リンちゃんは、そちらのお宅に移り住むってことなのよね?」
「はい。リンが………………そう決めたのなら」
実際はさ、それが一番合理的だよ。リンちゃんは式神として神社にいるのが自然だし、守屋さん家は無関係な少女を住まわせなくてよくなるし。
…………でも、やるせない。こんな風にリンちゃんが守屋家を出るなんて。
あぁ、運命をぶち壊すとか思い上がりもいいとこ。けっきょくリンちゃんが悲しい思いしてるじゃん。
っていう、重たーい空気を。
「じゃあ、なぁんにも変わらないじゃない。リンちゃんには何時でも会えるし、もちろんリンちゃんは何時だって家に着て良いし。
なんなら八坂さんだって、我が家に寄ってくれたら嬉しいわぁ~~~」
樹さんがいとも簡単に、取り払ってくれた。ご、後光が見えるぅ。
「イツキママ…………」
「永遠のお別れでもないんだし、深刻になる必要はちぃっともないと、ママは思うんだけど~~~。違う?」
陽菜子ちゃん、大滝凌馬、リンちゃんが顔を見合わせる。
「そう…………だよね、うん」
「だな」
「へへっ、なぁんだ。そーだよなっ!」
笑ったリンちゃんの目尻から落ちた涙は一粒だけ。
笑顔になった三人に葵が心からほっとしていると、樹さんが柔らかな笑みで囁いた。
「貴方もリンちゃんも、無茶しちゃ駄目ですからね」
葵にだけ聞こえるくらいの声で言われたそれは、まるで全部のことを分かっているかのような。
(もしかして、樹さんは自分の運命を知っている…………?)
ゲームシナリオの改変はまだまだ序盤。
猫又少女の命は助けることができたようだが。
(諦めない)
葵はまた一つ、絶対に改変しなければならないシナリオを思い浮かべて、拳を握り締めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます