第6話 ネコミミで巫女姿ってむしろ最強じゃね?


 八坂神社の本堂へと強制的に連れられてきたリンちゃんは、当然ながら激オコだった。

 フシャー、ハーッ、と、威嚇を繰り返す黒猫が逃げないよう、徹底的に施錠。完璧なる少女拉致監禁事件ですなー。

 でもって、陣の上に洗濯ネットごとおいてっと。

「今から貴方を解放するから、逃げ出さないでね」

「フーッ!!」

 う~ん、無理そうぅぅ。でも仕方がない。

 覚悟を決めて洗濯ネットのチャックをジャッと開けると、黒猫に引っ付いていた護符をひっぺがした。

 たちまち黒猫は少女の姿に変化した。

「お前! 殺してやるっ!!」

 でもって凶悪な黒髪少女に暗殺予告されちゃった。まぁ、こーなるよねー。

「落ち着いて」

「許さない、許さない、許さない!」

「許さなくていいから、とりあえずそこから出ないで。また猫にもどってしまうから」

 けれどその忠告も虚しくリンは葵に飛びかかり―――陣を出たところでたちまち猫の姿になってしまった。

「ほら、ね? 猫の姿じゃ話しづらいでしょう? 一旦、もどって」

 猫の姿になってもそれなりに思考力はあるようで、リンはしぶしぶといったように陣の中にもどる。

 再び少女の姿を取り戻したリンが葵を睨んで叫んだ。

「お前、何だよっ! これ、どーなってるんだよっ!!」

「どうも何も。この部屋にはもののけの力を消す術が使われているの。それで、その陣の中だけそれがない」

「もののけのチカラ…………」

 この目の前の少女はモト野良猫。そして人間の姿に化ける術を身につけた猫又だ。

 もっとも、おそらく先ほどまでは自身でもそのことを忘れていたはずだけど。

「貴方、もう分かってるでしょ? 自分が人間じゃないって。全部、思い出したんじゃない?」

 ただこうして事実を突き付ければ、彼女だって否応なしに思い出すはず。自分が何者であったか。

「……………だったら、何だっていうんだ!」

 あ、うん、これはちゃんと理解しているね。

「全部、思い出した貴方なら理解できるはず。

 その人に化ける力は諸刃の剣。貴方のその術には――――代償が必要」

「代償?」

 っと、まって。これはもしかして、自覚してないの? え?

「そう、気付いていなかったの……………。

 貴方のその姿は、貴方の命、自分の寿命を使って保っているって」

 これこそがとんでもなく残酷なシナリオ。リンルートのラストは号泣したなぁ。

 リンちゃんのストーリーにはとにかく救いがない。悲劇うんぬん以前に、リンちゃんは寿命が尽きてしまうことが決定しているキャラクターなんだ。

 その、人間の姿を保ち続けたら。

「リンの命………寿命? リン、もしかして、このままだと死んじゃう、の?」

 自分がやっていることを悟ったリンちゃんが呆然とした。

 たぶんリンちゃんは陽菜子ちゃんの家で幸せだったんだろうなぁ。リンちゃんが何で人間の姿になりたかったかを考えたら当然のことだ。

「………………ヤだ。それでも、もとにもどりたくない!」

 自分の現状を知っても、なおも人間の姿に固執するリンちゃん。

 その理由が葵には痛いほど分かる。

「たとえ自分が死ぬんだとしても?」

 リンちゃんがギッとこちらを睨むと叫んだ。

「リン、いっぱい待ったもん。いっぱい、我慢したもん。

 でも、アイツ、迎えにこなかった!! だから人間になった!」

「それだけ大滝君に会いたかったのよね」

「違う! 復讐するためだ!! アイツに分からせてやるんだ!!

 どれだけ苦しかったか、辛かったか……………寂しかったか!」

 ほとんど泣きそうな顔のリンちゃんに葵は優しく言う。

「そうね。貴方のその想いは本物でしょう。自分の寿命を縮めてまで、叶えたいという願いなんだから」

「……………そうだ。どうせ猫にもどったって一人ぼっちだもん。なら、いっそ」

 だよね。リンちゃんはたとえ真実を分かったって、そちらを選ぶ。その理由も分かっているからこそ。

「死んだら駄目よ」

 葵は断言する。

「煩い!! 何にも知らないくせに!!

 ……………………死ぬくらい、なんだっていうんだ。一人ぼっちの方が、ずっと」

 うん、そうだよね、一人ぼっちは寂しくて辛い。

 でもね―――――死んじゃう方がマシなんて考えはね、ダメだよ、リンちゃん。

「一人ぼっちになんてさせない」

 リンちゃんは目を見開いて、まじまじとこちらを見つめている。

 葵は諭すようにゆっくりと語りかけた。

「大滝君が好きだというのなら、それでいい。守屋さんのお家にいたいなら、そうしたらいいわ。

 でも、今のままでは駄目。願いと引き換えに死ぬなんて―――――寂しすぎるでしょう」

 ついにリンちゃんの目から涙がポロポロこぼれた。

「なん、だよぉ。何にも知らないくせにぃ。

 どーしろっていうのぉ。他にどーすれば良いっていうのさぁぁぁ」

 猫にもどって寂しい生き方を続けるか、術を使って短くても有意義な最後の時を過ごすか。そんな残酷な二択。

 なんてシナリオはブチ壊して! 第三の選択肢をねじ込んでやろうじゃない!!

「他のやり方を、私だから提案できるの。

 ねぇ、リン。貴方、私の――――いえ、この八坂神社の、式神になってくれない?」

「…………………んにゃ?」

 キョトンとするリンちゃんに、葵は重ねて説得した。

「難しく考えなくていいわ。貴方は貴方の寿命を使うことなく、人の姿が保てるようになる。

 つまり、死なずにすんで、且つ、今みたいに守屋さんのお家にいることができるってこと」

「それ、本当か?」

「本当よ。ただ、貴方は猫又から式神へと変わってしまうけど。でも、本質は貴方のままでいられることは、保証するわ」

 じっとこちらを見つめる少女に頷くと、彼女はしばらく考えて「分かった」と言った。

 どうやらリンちゃんは納得してくれたっぽい。

「じゃあ、貴方は私と契約して、この神社の式神になる。それでいいわね?」

「―――――うん。それでリョウマやヒナ、イツキママともっと一緒にいられるなら」

 頷いてくれたリンちゃんに葵は微笑む。

「ありがとう。私は八坂葵。この八坂神社の巫女よ」

「アオイ…………神社の巫女?」

「そう。だから色々とできることがあるの。じゃあ、儀式を始めるわね」

 葵は立ち上がり、部屋のすみに用意してあった三宝をリンの前に持ってきた。その上にはお酒の入った朱色の杯と小刀が置かれている。

 葵は小刀を手に取るとその刃を左手の親指の腹に押し当てた。

 痛みと同時につうと流れ出る血。その血をぽたりと杯に落とせば儀式の準備が完了する。

 そんな葵の行動にリンが悲鳴のような声を上げた。

「え? えっ!? アオイが何で血を流すんだ!?」

 あぁ、本当にリンちゃんって良い子なんだよ。他人が傷つくことに心を痛めてくれる優しい子。もう、絶対に助けたい。

 葵はリンに分かってもらうために説明する。

「これは人間側が神様に受力を乞う儀式。貴方は寿命が尽きそうとはいえ、人外の猫又、神様の領域にあるものなの」

「でもでも、アオイは、私がこのままでいたら死んじゃうって。リンは神様なんかじゃないんでしょ?」

「そう。貴方は今のまま、猫又として人の姿でいる術を使っていたら死んでしまう。その術は寿命を対価にしているから。

 でも、ここで私と契約しておけば。神様として人の姿を保ちながら、この町にいられる。

 この血を受け取って。でないと、貴方は神様になれない」

 血を流してまで己を猫又から式神へと変えようとする葵を、リンは信じられないようなものを見る目で見つめた。

「アオイ…………どうして」

 そりゃわけが分からないよね。だってリンちゃんにとって初対面で見知らぬ人間だもん。

 今までずっと一人ぼっちだったリンちゃん。誰からも親切にされず、温かさももらえなかった。この行動が信じてもらえないのも、無理ないよ。

 だからこそ、なんだけどね。

「一人ぼっちが寂しいのも、辛いのも、私は知ってる。

 そんな風にずっと生きていくくらいなら寿命を削ってでも、って思ってしまうのも分かるの。

 私も――――一人ぼっちで寂しかったから」

 たった一ヶ月の間しか人の温もりを知れないなんて、救いじゃないよ。むしろ残酷だよ、そんな願いが叶ったって。

 馬鹿げてるお願い事はね、ぶち壊してやるって決めたの。

「アオイも、同じ?」

 リンちゃんがおずおずと確認してきたから葵は頷いて、

「うん。私もずっと寂しかったし、辛かった。

 ねぇ、私達、寂しいものどうし、友達にはなれないかな?」

 そう提案してみれば、リンちゃんはどこか硬い表情で杯を睨んでいた。

「友達になるのが駄目なら、それでもいいの。……………ただ、この血を受け取ってくれるだけで」

 けれどリンちゃんが続きの言葉を遮った。

「ダメなんて、思わない。

 アオイはリンの為に血を流した。リンの寿命を使わなくていいように、こうしてくれた。ちゃんと、分かってる」

「……………リン」

 きゅっと握りしめた拳は決意の現れだろうか。

「アオイ、それ、リンは飲む。飲んで、アオイの式神になる」

「うん。ありがとう」

 正座をしたリンの前に同じく正座をして葵は向かい合い、三宝をリンの目の前へと置いた。

 葵が見守るなかリンは杯を手に取ると、じっと見つめた後、ぐいとそれを一気に飲み干した。

 途端にリンの姿がブワァッ!! と眩しい光に包まれる!

「何!? どーなってんだぁ!?」

 軽くパニックに陥っていたが、光が収まればそこにいたのは巫女装束に身を包んだリンちゃんで。

「もう陣から出ても大丈夫よ」

 葵が促せば、恐る恐るというように描かれた陣からリンが足を出す。と、パリィンという、何かが砕ける音がした。

「んにゃ? 何?」

「私の術が壊れたの。つまり貴方はもう、ただのもののけじゃないってこと」

 陣の外に出ても保っている姿にリンは手をにぎにぎしたり、巫女装束をふんふんと嗅いだりしている。

 って、あれ? 完全に人間の姿かと思っていたら、なにやら黒くて長い尻尾がパタパタと動いている?

「なぁんだ、コレーーーーー!」

 いきなり絶叫したリンちゃんが、これまた急にピョイとジャンプした。

 …………けど、何!? その身体能力!?!? でもって、あれ? 猫耳もピョコッと出てきたんですけどっ!?

「すっげー、すっげー! さっきまでのが嘘みたい!! なんだコレ、身体、軽!!」

 寿命を対価にしていた術から解放された&式神となってパワーアップしたらしいリンちゃんは、野生の本能で自分の状態をもう理解してしまったらしい。

「この姿は式神としての姿なのね」

 思わずピョコピョコと動く耳を触りたくなるものの、その衝動を堪えて葵はリンに問いかけた。

「どう? 人間の姿になれそう?」

「んぅ? どーだろ。えぇとー」

 むむむ、っと眉間にシワを寄せたリンちゃんだったけど――――直後、ぼわっと光が弾けて、守屋家にいた時の格好にもどることができた。

 もちろん猫耳と尻尾はなし。うん、残念。

「大丈夫そうね。これで守屋さん達ともちゃんと話すことができるわ」

 式神の姿だと陽菜子ちゃんや樹さんには見えないもんね。それじゃー本末転倒もいいところだし。

 でもこれでリンちゃんは人間の姿のまま暮らしていけるし、もしかしたら陽菜子ちゃんの悲劇も回避できるかも、だし!

 まずはリンちゃんシナリオを大幅に改変できた!! と、リンちゃんの気持ちも知らずに、葵は顔に出さずに喜んでいたのだった。

 









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