第5話 可愛い後輩と下校できるという奇跡


 そんなわけで、なんと! 放課後、陽菜子ちゃんの隣を歩くっていう、八坂葵史上かつてない下校経験をしております!!

 というか、これ、想定外なんですけど。

「大滝君は、いないのね」

「リョウマですか? 従兄弟ですけど、四六時中一緒にいるわけじゃないですよ~」

 そりゃそうだよね。

「今日は商店街によってくるって言ってたなぁ」

 ああ、そっか。大滝凌馬は湯河芽依ストーリーを展開中なのか。それなら丁度良い。

「あ、もしかしてリョウマがいた方がよかったですか?」

「何故? 用があるのはリンちゃんだし、こうやって守屋さんが協力してくれているのだし、何も問題はないわ。

 本当にありがとう、守屋さん」

「…………イエ、どういたしまして」

 優しいなぁ、陽菜子ちゃん。こんな無表情で話題も乏しい、気を使うだけの先輩なのに、嫌な顔ひとつしないなんて良い子過ぎる~。

 でも楽しい時間はあっという間。閑静な住宅街の一区画、『守屋』という表札の出ているお宅まで着てしまった。

「お母さーん、ただいまぁ~。リンちゃん、いるー?」

「はぁいー、お帰りー。リンちゃん? お家にいると思うけどー」

 陽菜子ちゃんに似た、おっとりとした声が玄関に響く。そして見るからに優しそうな中年女性が顔を出した。

「あらぁ? お客さま?」

「学校の先輩なの。ちょっと、リンちゃんを知っているかもしれないって人で」

「そうなの! リンちゃぁ~ん、リンちゃ~ん、ちょっと、いらっしゃぁ~い」

 ああ、ゲームとまったく変わらないお人好しのお母様!!

 陽菜子ちゃんと同じ栗色の髪をゆるく一つの三編みにしているところとか、とっくりセーターが似合うところとか! 母性が溢れてる感がすごい。

 確かいつきさんだったっけ。すごーく優しいお母様で、仲良し母と娘なんだよね、羨ましい。

 と、樹さんの呼び掛けに応えるようにドタバタと足音が聞こえる。

「何だ、何だ、お土産かー?」

 元気いっぱいの野生少女がぴょこんと玄関先に登場した。

 この子、主人公の大滝凌馬には厳しめだが、実は樹さんや陽菜子ちゃんにはものすっごい甘えん坊なんだよなー。

「んにゃ? お前、誰?」

 でもって、他人はめちゃくちゃ警戒する。さすが、モト野良猫。

「私は八坂葵というの。貴方、リンちゃんっていうのよね?」

 目線を合わせるように屈めば、彼女はたいそう不審そうな顔をした。

「何だ? お前」

 うぅ~ん、やっぱりこうなるよね。と、なれば。

「守屋さん、ちょっと申し訳ないんだけど、リンちゃんと二人きりで話してみたいの」

 まずはこちらの母娘おやこから引き離して、と。

「そうですよね」

「リンはお前と話すことなんかないぞ!」

「あらあら、どうしましょ」

 ぐぅ、良い人過ぎる守屋母娘に心が痛い。でも! 早いうちにリンちゃんを何とかしておかないと、もっと悲しいことになっちゃうんだよー!!

 葵はリンを覗き込み、次なる作戦に出る。

「確か、たこ焼きが好きなのよね? 公園で食べるのは、どう?」

「……………ゥニャ~~~」

 分かりやすく葛藤する少女に陽菜子ちゃんが安心させるように言う。

「リンちゃん、大丈夫だよ。八坂先輩は真面目な人だから、怖いことなんか起こらないよ」

 うっ、その信頼は確実に裏切ることになる!!

 でもっ! それでリンちゃんに恨まれようと、陽菜子ちゃんに失望されようと、やるったらやるんだ。ポーカーフェイスを貫き通せ!!

 リンちゃんは疑わしげにじろじろと見た後、陽菜子ちゃんに向き直ってえへん! っと胸を張った。

「ふん! ヒナがそう言うなら、行ってやってもいいぞ!!」

 おぉー、第二関門クリアー! よし!! これでリンちゃん救出作戦が決行できるぞー。

 一旦信じてしまえば単純なリンちゃん。たこ焼きを買ってあげれば、ご機嫌で公園までついてきてくれた。

 う~ん、さっきまで警戒していたくせに、大口あけてたこ焼きを頬張っている姿が可愛い。この子も基本、良い子なんだよね。

(だからこそ、手遅れになんてさせない)

 リンがたこ焼きを食べ終わったタイミングで葵はリンの顔を覗き込む。

「ねぇ、貴方」

「な、何だ!?」

「……………顔にソースがついているわ」

 ティッシュを持つ手にさりげなく護符を挟み込み、葵はそれをリンの頬に近づける。そしてソースを拭う仕草から素早く護符をリンの頬に張り付けた!

 と、いきなりリンの姿が消えた。いや、正確にいえば、彼女は少女の姿から本来の猫の姿にもどっていた!

「ニャッ!?」

 想定外の事態に驚いて一瞬、硬直するリンを葵は逃がさない。

 事前に用意してきた洗濯ネットに、その黒猫をin。でもってチャック閉めて捕獲!!

 これぞ、野良猫の対処方法なり!!!! 

 案の定というか、当たり前というか、ミギャー、フシャー、と、大暴れする黒猫を、これまた用意していた厚手の手袋をして抱き上げる。

「騙してごめんなさい。でも、こうするしかないの。

 とりあえず、今は暴れないで。すぐに人に戻してあげるから、今だけは我慢して」

 と、言っても納得できるわけないよねー。暴れ続ける黒猫リンちゃんを無理矢理抱っこしたまま撤収!

 もちろん、変化の術を解く護符を使う時に周囲に人がいないことも確認済みだから、怪しまれることもない。

 日頃から鍛えているすまし顔と脚力で、迅速且つ平静を装って帰宅。

 さて、本題はここからだ。

 





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