第4話 さっそくフラグをへし折るとしよう


 決意の夜が過ぎ、朝がきて。

「………………頑張ろう」

 雪が積もった眩しい外を見つめながら、葵がポツリと言った。

 よっしゃ! そーこなくっちゃ!! さすがは葵ちゃんだよ、戦う美少女!

 悲劇なんか主人公の願い事も使わずに、蹴散らしてやるもんねー。

(私の悲劇には備えるとして。でも、まずは)

 あー、そうね、まず最初にフラグを叩き折っとかなきゃならないヒロインが、確かにいるね。

 黒髪のちょっと狂暴で可愛い少女が思い浮かぶ。うーん、あの子を説得するのは一筋縄じゃいかなそう。

 食べ物で釣っちゃうのが一番手っ取り早い気がするけど。

(今日は怨霊を祓いに行けないかも)

 急を要するもんなー。あの子に限っては。

「……………おはよう」

「おっ、おう。おはよう」

 いつもだったら言わない朝の挨拶をお祖父ちゃんにして、変な声を出されたけど気にしない。

 いつものようにご飯を自分でお茶碗によそって、毎朝お祖父ちゃんが作ってくれているお味噌汁もお椀によそう。

 あとは適当に漬け物等、冷蔵庫にあるものを小鉢に入れて「いただきます」と手をあわせる。いつも通りの朝食だ。

 後片付けも、もちろん自分で洗っておく。ちなみに、お弁当はさすがのお祖父ちゃんでも作ってくれない。

 なので葵は学食でお昼をすませることにしている。

 さて、今日は忙しくなるぞ。気合いを入れて、学校へ行こー!

(朝、会えたら話が早いんだけど)

 そう思っていたのに、こーゆー時は出会わないんだ、主人公ってヤツには。

 あーもー、こうなったら同居人の方! 陽菜子ちゃんの方だ!!

「あの、守屋さん、ちょっと」

 休み時間に二年生の教室を覗き、お目当ての人物に声をかける。

「え? 八坂先輩??」

 接点が何もないのだから不思議がるのも無理はない。…………いや、一度だけ、彼女と大滝凌馬が夕方に怨霊に襲われかけていたところをさりげなく助けてたりするんだけど。

 陽菜子ちゃんは怨霊が見えていないし、葵を通りすがっただけの先輩だと思っているだろう。

 廊下に呼び出された陽菜子は首を傾げながら聞いてきた。

「えっと、どうかしましたか?」

 葵はなるべく平坦な声で言った。

「昨日、校門前にいた、黒髪の中学生くらいの女の子のことで、聞きたいことがあるんだけれど」

「えっ!? 先輩、まさかリンちゃんのこと、知ってるんですか!?」

「………………それを、確かめたくて」

 慎重に言葉を選んで話す葵に陽菜子は何かを察したのか、「込み入った話になりそうですね?」とうかがうように言う。

「ええ、たぶん。お昼に食堂で話せない?」

 葵が聞くと、陽菜子は「分かりました」と頷いてくれたのだった。



 学食で日替わり定食を頼み、そのお盆を手に陽菜子ちゃんを探す。

「あ、八坂先輩~、こっちです~」

 のんびりとした声で呼ばれたのでそちらに足を向けると、守屋陽菜子がお弁当バックをテーブルの上にのせて待っていた。

「向かいの席、邪魔するわね」

「イエイエ、どうぞ」

 同じテーブルにつき、お昼ご飯を食べ始める。

 陽菜子のお弁当は可愛らしく彩られた、確か彼女の母親お手製のもの。

 ゲーム設定では父親は亡くなっていて母と娘だけで生活していたところに、両親の海外出張が決まった大滝凌馬が転がり込んでくる、ということだったけど。実際のところは、どうなんだろう?

 見るからに愛情たっぷりのお弁当を口に運ぶ陽菜子に葵は切り出した。

「それで、本題なのだけれど」

「リンちゃんのことですよね」

「……………昨日の朝、校門前にいた女の子のことよね?」

「そうなんです。実はあの子、二日前から私の家にいまして」

「そうなの。家出か何かなのかしら…………何か、聞いていたりする?」

「それがその~、あの子、記憶喪失らしくって。リンって名前以外は覚えてないみたいなんです」

 成る程。これはゲーム設定そのままだ。葵は悩ましげな顔を作ってみせる。

「それは、ちょっと困ったわね」

「えぇ~っと、八坂先輩は、リンちゃんのことをご存知で?」

 想定内の質問に、葵は考え抜いた言い訳を説明する。

「遠縁の親戚筋から、あの子くらいの女の子が行方不明になったって、連絡がきたの。

 ……………亡くなったお祖母ちゃんになついていたらしくって、この町に向かったんじゃないかって」

「そうなんですか!? あ、でも、そっか。お祖母様は亡くなっているし、八坂先輩は面識がないってことなんですね。

 うぅ~、確かにこれは困りましたね~」

「ええ。特徴は一致しているのだけれど……………記憶喪失となると」

「ですよねぇ。確信がもてませんよね」

 気の良い陽菜子ちゃんはこの説明で納得するはずだ。

 そうした上で、だよ。

「あの子と話がしてみたいのだけれど、今日の放課後とか、引き合わせてはもらえないかしら」

「そうですねぇ~、先輩だって行方不明の子が心配ですよね」

 何としてでも、早い段階でリンちゃんに接触しないとヤバい。

 たぶん陽菜子ちゃんのことだから承知してくれるだろーと思ったんだけど。

「分かりました! 今日の放課後、リンちゃんに会わせますね!!」

 ここまで素直だと逆に心が痛い。というか若干、大滝凌馬が憎い。

 こぉんなに可愛いくて良い子が想いを寄せてくれてんのに、あんの男はその優しさを当たり前に享受して、あげく無視すんのよね!! ぐーあー、モヤモヤするぅぅぅぅ。

 って、内情をぶちまけるわけにもいかんよね。

「ありがとう、守屋さん。じゃあ、放課後にお願いね」

 同じ惨劇に見舞われるヒロインとして、頑張って陽菜子ちゃんも助けるからね!

 とゆー気持ちで彼女を見つめれば、何故だか彼女はポケッとした顔をした。

 いや、可愛いですけど、どーした陽菜子ちゃん。

「……………はい、喜んで」

 んん? 何だか俯いちゃったけど?? とりあえずこれは協力してくれるってことかな?? 一応、第一関門クリアかなっ!?

 コミュ障がたたって面白い話題を提供できないのは、もう本当にごめんなんだけど。

 優しい陽菜子ちゃんは微笑んだまま、つつがなくお昼休みを終えることができたのだった。






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