「知らない失意」

……………。


「……!! ———齋兜、さま…ご無事で……!!」


 ———現れたのは、…小さな涙をぽろぽろと流しながら俺を「様」付けで呼ぶ、後ろ髪を小さく纏め、真っ白な子供用の和服を見に包んだ、小学生くらいの少女だった。


 すぐに駆け寄って、俺の胸元ぐらいの身長の少女は強く俺を抱きしめてくる。


 だが。…当然ながら、俺はこいつの事を覚えていなかった。


「………」


「齋兜さま…?」


「鋏さん、…この子は?」


「…この子は、刃寅はとら鋭子えいこさん。こう見えて百歳越えててさ。君が記憶を失う前は、君を慕っていて…一緒に遊んだりしていたんだぜ。もっとも、そんなこの子に対する君の反応は、冷たいものだったが」


「そうなのか」


「———どういうことですか…?」


「鋭子さん…。齋兜は……、維井条襲によって記憶を消されたんだ」


 見てくれだけでも幼く、純粋そうな少女には、あまりにも、あまりにも残酷な事実。…だが、それを俺は知らない。彼女の失意を、本当の意味で俺は理解できない。


「そんな…どうして……」


 シャツが、濡らされていくのがわかる。


「…離れてくれないか。悪いが、僕はあなたの事を覚えていない」


「……」


 …俺の言葉に従って離れるのが早いか、遅いか。

 もう二人目、三人目が、鋭子を介してそこに立っていたことに気が付く。


 一人は怪和崎や俺と同年代くらいの女子学生、もう一人は鋭子と同じような子供用の和服に身を包んだ、今度は赤を基調とした少女だった。


「齋兜くん…」


 女学生が俺の名を呼ぶ。



「……!」


「…齋兜、この子達は寄垣よりがき琴梨ことりちゃんと、徒花あだばな御咲みさきさんだ。琴梨ちゃんは高校入学を期にこの街に引っ越してきて、近所のアパートで生活していたんだが、君がCOBBRAに捕まるちょっと前ぐらいに色々あって住まいを追い出されちまってな。しばらく君と、琴梨ちゃん、御咲さん、鋭子さん、孤織さん、孤織さんのお母さんの六人で生活していたんだよ。最初は三人だったのが、大所帯になっちまって…はは」


「———…僕は、ここで暮らしていたんだな」


 …何故だろうか、申し訳ないような気持ちになっていた。記憶を失う前、俺がどんな迂闊な行動をしたのか知らないが、そのせいで彼女達にこんな思いをさせている。


「いちおう言っておくね、齋兜くん」


「…え?」


「——おかえり」


 その言葉も…きっと「今の俺」に向いた言葉ではない。

 この女子…、寄垣は、まだ俺の記憶が戻ることを信じているのだ。

 ———今の俺は、求められていない。


「…ただいま」


 …応えるべきなのは、俺ではない。だが応えられるのは俺しかいなかった。


「…まあ、ゆっくり思い出していってよ! それでいいからさ。…わたしは、齋兜くんがいてくれるだけで、嬉しいからさ」


「……」


「でもまずは、早くリアライザーを回収しないとね。…維井条さんとも向き合えない」


「…鋏さん。さっき言っていたCOBBRAに譲ってはいけないものって、琴梨さんが言っている『リアライザー』とやらのことか? 回収とは…」


「詳しくは、もうちょっと腰を落ち着けて話そうぜ。まだ追手は来ないはずだ」


「……わかった」


 靴を脱いだ。 室内へ入っていく。


 …今日は寒いな。

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I Call Message【ニヒスカ第二章】 慎み深いもんじゃ @enomototomone0918anoradio

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