第36話

 僕の目の前をマイムが風のように駆けて行く。鮫に似た影獣エイジュウが迷宮通路をまるで海中にいるかの如く体をうねらせて突進してきた。思ったよりも速い!


「くっ!」


 大口を開けて突っ込んできた影獣エイジュウを、咄嗟の前転で躱す。ま、前髪がブツっていったー!


 体勢を立て直そうとした僕のすぐそばで咆哮がする。僕に向かってきていた影獣エイジュウは1匹だけではなかった。中剣を盾のように構える。鮫の歯が僕に襲い掛かる。


 と思った瞬間、腹に響く銃声と共にその影獣エイジュウの姿が左に吹っ飛んだ。


「油断禁もーつ!」


 二匹の影獣エイジュウを相手にしながら、マイムが僕に向かって叫んでくる。すごい。自分の戦闘中に他人の状況を把握できるのか。


「助かった!」


 壁にぶつかって動きが止まった影獣エイジュウに中剣で切りつける。青白い陽炎がその痕跡を消していく。前転で避けた影獣エイジュウが、通路の先で反転しようとするのが見えた。通路の幅に対して、その図体の大きさが災いしたのか、その動きには隙があった。しかし、影獣エイジュウまでちょっとした距離があり走ってもその隙をつくには無理がある。一瞬、マイムの位置を確認する。僕が狙う影獣エイジュウとは反対側だ。


「よし、いける! スキル・スワイプ」


 中剣が邪魔だ。前方に向かって放り投げる。追いかけるように駆けだしながら、ダイバーズウォッチに指を走らせる。


「【電光――」


 左拳に纏わりついたバチバチと音が聞こえてきそうな黄金色の光を胸に叩きこむ。


「――石火】!!」


 薄暗い深海の世界に潜り込んだ。僕以外の全ての動きがスローモーションのように感じる。放り投げていた中剣を、追いついてそのままキャッチする。


 通路を駆け抜ける。鮫の影獣エイジュウがそろそろ向きをこちらへと変えようとしている。


「そうは――」


 中剣を大きく振りかぶりながら、影獣エイジュウのもとへ到達する。【技能スキル】の効果にまだ慣れていない僕は、走る勢いをうまく殺すこともできない。ええい面倒だ。このまま突っ込め!


「――いくかぁ!」


 中剣が影獣エイジュウを切り裂く。と同時に派手に影獣エイジュウにぶつかる僕。このまま衝撃のクッションに、と思っていた僕であったが、予想外にダメージがデカかったのか何かいつもよりも早く陽炎となって消えてしまった。


「あれれれれいたたたたたたー!?」


 ゴロゴロと通路を転がる。あまりの痛みに【電光石火】のスキルも解除される。


「痛い……顔をやすり掛けしてしまった……あ、そうだ! マイムは無事か!?」


 涙目で立ち上がる。マイムの様子を確認する為に通路を振り返った。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「おっとっと」


 跳ねるようにボブカットが舞う。およそ緊張感が感じられない声をだしつつも、その赤い瞳は影獣エイジュウ二匹の動きを正確にとらえ、その攻撃の全てをユラリユラリと躱していた。


「チェシャ、まだー? そろそろ良くない? 攻撃よけるのアタシきつくなってきたんだけど」


『後20タクルかかる』


「わー、本当かー。チェシャ、仕事サボってない?」


『マイムラゼリアゼルテローシャが無駄弾使ったのが悪いのでは』


「む、あれは無駄弾ではありませんー。援護ですー、必要弾と呼びなさいよ」


 何やら右手のダイバーズウォッチと言い合いしてるような感じがするんですが。気のせいかな?


 そんなこんなで二十秒過ぎただろうか、マイムのダイバーズウォッチから声がした。


『充填完了。マイムラゼリアゼルテローシャ、発砲を許可する』


「許可されました!」


 そのとたんマイムの動きが変わった。今まで影獣エイジュウの攻撃を避けることを重視していたのが、何かを狙う様な不規則な動きとなった。中距離を保ちつつ、左右に動き回っている。


「んー?」


 怪訝に思っていると、マイムの動きが止まった。二匹の影獣エイジュウが、我先にと襲い掛かる。


「まずい!」


『トオル、大丈夫です』


 思わず駆け付けようとした僕をシリエルさんの声が止める。マイムの右手が動いた。軽く握った銃のような、いやそれは正しく銃なのだろう、武器から腹に響くドンという音とともに赤い閃光が走り、二匹の影獣エイジュウを貫いた。


 圧倒的な威力だったのか、二匹の影獣エイジュウは悶える時間も与えられず、その姿を陽炎と化していった。



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迷宮の住人~有能すぎるのは僕ではなく支援精霊だった~ 千原良継 @chihara

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