第35話
先ほどまでが嘘のように周囲は静けさに包まれていた。迷宮五階層。石壁に囲まれた通路の途中。小石のごとく床に散らばっているのは、石壁が砕け散った残骸だ。
少しでも足を動かせば、ジャリジャリと音を立てる。
そんな床に姿勢よく正座している人影が一つ。
「この度は誠に申し訳なく……」
「ぼ、僕の足ある? あるよね? あ、足元が爆散したように、と、轟いて」
「申し訳なくー!」
壁に背中を預け座りながら右足を触る僕の恐怖に怯える声に、大声で覆いかぶさるように謝る女性の声。永遠とも思える一撃必殺級の攻撃に晒され続ける恐怖の時間が終わり、しばらくが経っている。
鼻先を通過していったり、背中から爆風が襲ったり、足元が粉砕したり、色々あった。色々あり過ぎた。僕のメンタルはもうだめです。
「シリエルさんのいつものハートマークてんこ盛りの甘やかしが欲しい……」
『世迷言をのたまう余裕があればまだ全然大丈夫ですね。ちなみにトオルの生体情報は何の問題もないです』
「ははは、良かったです」
『同感です』
全然良くない口調で言ったのに、この支援精霊さんよ。
「それはともかくとして」
ようやく落ち着いてきた僕は、目の前でぶんぶん頭を振りながら「ごめんなさいごめんなさい」と謝り続ける女性に声をかけた。
「もういいですから顔を上げてください。ヘッドバンギングで首痛めちゃいますよ」
「でも、ごめんなさいごめんなさい……」
「いいですって。ほら立ち上がってください。足も痛いでしょ」
よっこいしょと立ち上がって、僕は女性に手を差し出した。ぐすりと小さく鼻をすすりつつ女性が顔を上げる。漆黒に紅玉がまじったような色のボブカット。赤い瞳が僕を映す。
「ア、アタシが思ったよりも【闘圏乱舞】の効果時間が長くって。怖かったよ、ね?」
恐る恐る問いかける彼女に、深く頷く。
「怖かったです……」
「うぅぅぅぅ、ごめんなさい……」
「でも、
「うぅぅ、ぅ?」
「二人とも無事だったんで。良かったじゃないですか。それで終わりにしましょう」
「いい……の?」
「ええ、終わり終わり」
「……っ! ありがとう!」
赤い瞳が点滅したように瞬いたのは気のせいかな? そう思う僕の手を握りながら、彼女が立ち上がる。
「そういや僕、
「アタシも初めてだから分かんないなあ。つい最近
んーと指を口にあてながら首を傾げる彼女。
「とりあえず自己紹介だよね。アタシの
「僕は”トオル”。素敵な響きのいい名前だね。よろしくね、マイムジャリャリュローシャ」
「……呼びづらかったらマイムでいいよ?」
好感度高めを狙った僕の挨拶は、なんかマイムの可哀そうな子を見る目によって粉砕された。どちくしょう。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
かすかに振動音がした。
「……! トオル、また
マイムが右手首を押さえながら、通路を振り返る。
「数は4つ! あの通路の奥からやってくるみたい!」
「シリエルさん?」
『マイムラゼリアゼルテローシャのダイバーズウォッチには【影獣感知】の【
便利。なにそれ欲しい。
『ちなみにトオルが取得できそうな可能性のある【
「この声? もしかしてトオルの支援精霊?」
「うん、シリエルさんって言うんだけど――」
ダイバーズウォッチに二本指を滑らせながら、僕は一歩前に出た。振り上げた右手に中剣が出現する。
「詳しい紹介はこの後で」
「そうね。アタシの支援精霊も紹介したいし」
咆哮を上げながら、鮫のような
「イクイップ・スワイプ」
装備品を召喚するキーワード。マイムの右手に小型の銃が出現した。
「じゃあ、担当は二匹ずつ! 怪我しないように気を付けてね!」
マイムが駆けだす。それに続いて僕も後を追う。
「了解!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます