第34話

「シリエルさん……?」


『行きましょう。どうやら他の【潜る者】ダイバーが戦っているようですね』


 僕の曖昧な呼びかけに、シリエルさんがきちんと意図をくみ取って答えを返してくる。


『五階層までは【潜る者】ダイバーになりたての初心者が、様々な事に慣れてもらう必要があります。そこで双方の邪魔にならないように、支援精霊の私達は【潜る者】ダイバー同士がなるべく迷宮の中では出会わないように調整しています。けれど、迷宮探索は思惑通りにはいきません。まれに、こうして他の【潜る者】ダイバーと出会う事もあります』


 駆け足で移動しながらシリエルさんの話に耳を傾ける。戦闘の音は続いている。影獣エイジュウの咆哮が複数聞こえてくる。


『助けが必要かは分かりませんが、とりあえず様子を確認しましょうか』


「そうだね! イクイップ・スワイプ!」


 曲がり角に到達する。右手の中剣を握りなおすと、僕は迷宮の石壁に張り付いてそっと曲がり角の向こう側を覗き見た。


「やっぱり影獣エイジュウか」


 四、いや五体の影獣エイジュウが何かに群がっている。【潜る者】ダイバーの姿は、影獣エイジュウの群れが邪魔をしてまともに見えない。時々、攻撃を避けているのかシルエットがかろうじて見えるぐらいだ。影獣エイジュウどもがすばしっこく動き回っているのは、群れの中心の相手を撹乱しているのか?


「シリエルさん、この状況で【電光石火】使っていいかな?」


『やめておいたほうがいいでしょう。トオルの今の技量では他の【潜る者】ダイバーに気を付けながら高速戦闘は行えません。最悪、攻撃に巻き込んでしまうでしょう』


「じゃあ、【聖域】で一気に吹き飛ばす?」


『まともに姿が見えないのに【潜る者】ダイバーだけを限定して、【聖域】の効果対象外にできるのであれば採用してもいいかと』


 よし無理だ。


 ううむ、何だか僕の【技能スキル】が成長過程というのがはっきりわかってしまった。しかし、そんなことはどうでもいい。とにかく、あの【潜る者】ダイバーを助けないと!


 仕方ない。【技能スキル】は使えないが、今の僕なら四、五体の影獣エイジュウの群れであっても、苦労はするけど何とかなるはず。手助けぐらいにはなるはずだ。


「シリエルさん、とにかく行ってくる! 早く助けないとまずいかもしれないし!」


 僕はそうシリエルさんに告げると、勢いをつけて迷宮の床を蹴りつけて飛び出した。


【潜る者】ダイバーの人! 助けに入ります!」


 あえて大声を出して影獣エイジュウの群れに突っ込む。少しでも影獣エイジュウの興味を惹きつけられればと思っての行動だった。


 正面の影獣エイジュウに中剣をランスのように構えて突進する。影獣エイジュウに食い込む中剣。そのまま、後ろ側に中剣が刺さったまま力任せに放り投げた。


 よし! 一体少なくなった! この調子で【潜る者】ダイバーの人を助け「あ! ごっめーん!」「へ」


 慌てたような声と僕の呆けた声が重なる。と同時に、迷宮通路内にドンドンドンドンと腹に響くような音が連続で響いた。


 な、何だこれ! 何だこれ!


 立ち竦む僕の頬を何かが掠めそうになり、迷宮の壁が爆発する。


「わー!?」


「う、動かないでね! じっとしてて!」


「どわー!!!」


 腹の底に響く音が止まらない。パニックになる僕の周りでは、影獣エイジュウが少しずつ減っていく。陽炎のような青白い炎が、いくつも現れては消えていき、やがて僕の周りから全ての影獣エイジュウが消えていった。


 だが、それでもなお。


「あ、あのー!! もう攻撃止めてくれないかなー!! もう影獣エイジュウいないんですが!?」


 攻撃が止まない。【潜る者】ダイバーの人の姿が見えないぐらいに、迷宮の壁が破壊されまくって瓦礫やら砂埃やらが舞っている。うおおおおおおおおおお、またちょっと掠ったぁ!?


「む、無理ー! この【技能スキル】は一定時間続く全自動範囲攻撃だから、アタシの意志じゃ止まりませーん!!」


 砂埃の向こうから女性の声が聞こえてくる。


「い、一定時間!? ぎゃあああ、足元の床えぐれたぁ! 全自動って、つまりは僕を避けることもできないって事か!?」


「それが【闘圏乱舞】の効果なんで! アタシの認識外の敵でも滅せるんだから!」


「そ、それはすごいけど! その一定時間ってどのくらい続くのかな!? かなり危ないんだけど!」


「……」


「……」


「……」


「……」


「……」


「あ、あの」


「がんばって!」


 僕の悲痛な叫び声が迷宮にこだました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る