第33話

 迷宮深度:

 潜心:2

 潜技:3

 潜体:3



「……むう」


 階段の途中で足を止める。


『トオル、どうしました?』


 僕のそんな様子に、シリエルさんの不審そうな声が脳内に響いてきた。心配そうに、とか不安げに、とかそう言う形容詞をつけたいところであるが、そんなところもシリエルさんらしい。涙腺がちょっとだけ緩んだ。


「気のせいかもしれないけど……なんか空気が重いなって」


 下へと続いていく階段を眺める。何度となく足を運んだ【街】から迷宮へと続く階段。いつもと同じ風景。変わっているところは何もない。


 だけど


 迷宮から何かが漂ってくる。いつもとは違う何か。うっすらと紫色の靄がかかっているような気さえしてくる。これは一体――


『……澱み、ですね』


 シリエルさんの言葉に、僕はああ、と頷いた。


「そうか、これがそう、なんだ」


 星屑世界の一つが消滅したことによって生まれた大量の澱み。その影響が、迷宮へとつながる階段にまでも出てきたという事なのか。


『気を付けてください。どうやら私の想定以上に影響が大きいようです。先ほどの話にあった【再構成】……本当にいつ起きてもおかしくはないかもしれません。六階層に行く予定でしたが、変更しましょう。【電光石火】の練習がてら、一階層から様子見を行います』


「分かった」


 ゴクリとつばを飲み込む。階段を下りていく。慣れ切ったはずの風景さえも、はじめて見るような気がした。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「【電光】」


 深く息を吸い込む。


「……【石化】!!」


 目の前に薄暗いベールが下りる。トプンと海底に潜る感覚。黄金色の光が、体中を駆け巡る。


 目の前にいた五体目の影獣エイジュウの動きが、途端に鈍くなった。振りかぶっていた長い凶暴な爪先が、ノロノロとした動作に変わる。影獣エイジュウが遅くなったのではなく、【技能スキル】の効果だ。身体を横にずらして攻撃の動線を避ける。まだ余裕がある。赤い瞳。影獣エイジュウの顔を観察する余裕すらある。手に持った中剣を振り下ろす。影獣エイジュウの肘から先を切り落とした。


 咆哮を上げかける影獣エイジュウは一旦無視し、六体目の影獣エイジュウに目を向ける。五体目の攻撃を利用した死角から襲い掛かろうとしていた影獣エイジュウは、僕の【電光石火】の動きを追い切れていない。


 中剣で喉元をつく。青白い炎が視界に映り、そのまま五体目の影獣エイジュウに振り返り、一気に距離を詰める。青白い炎と共に影獣エイジュウが姿を消していく。周囲を軽く見渡し他に影獣エイジュウがいない事を確認した僕は、そこで大きく息をついた。


「……ふう」


 視界が明るくなり、【技能スキル】効果が消えていく。【電光石火】を使った本番での検証は、なかなかいい結果を見せていた。複数との戦闘も、今までだったらかなり苦戦していた状況でも、ほぼ瞬殺できる感じである。


「おお……これぞ、全能感……」


 ブルブルと背中が震えるほどの感動に包まれていると、ダイバーズウォッチのシリエルさんの声が響いてくる。


『【技能スキル】発動にも慣れてきたようですね』


「うん、かなりスムーズになってきたと思う」


『ですが、まだまだです。咄嗟の時にでも確実に発動できるようにしてきましょう。今みたいに、息継ぎのタイミングで発動していては、間に合わないケースも考えられます』


「シリエルさんが厳しい」


『甘やかしはトオルが調子に乗りますからね』


「全俺が必要としているのは、シリエルさんの優しさ100%が詰まった愛情じゃないかな?」


『トオルったら冗談すら不得手なんですね』


「胃に効く会話のキャッチボールだ……」


【潜る者】ダイバーの体調不良は珍しいのですが』


「支援精霊って精神面のサポートも必須なんじゃないかなぁ」


『ウチの【潜る者】ダイバーは、必須講習を居眠りで済ますほどタフなので大丈夫です』


「えーと次の敵はどこだろな、と」


 会話のキャッチボールが急所を狙ってきたような気がするので、誤魔化し半分で周囲を索敵する。

 もはや見慣れた感すらある五階層の光景。

 そろそろ、【街】へと戻る【帰還門】に辿り着くころだ。一階層からここまでの間の戦闘は、いつもよりも多かった。やはり、澱みの影響はそこかしこに出ているようだ。いつ接敵してもいいように、周囲に気を配りながら歩いていく。


 【帰還門】に着いたら一度【街】に戻ろうか。試しに買ったナッツバーのような行動食が美味しかったので、補給しておきたい。


 そんな事を考えていた時だった。


 ――曲がり角の向こうから、戦闘の音が聞こえてきたのは。














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