第十二節

とりあえずクラスで集まっているところに向かうと、アナウンスが入った。

「試合では、公平性を保つためピッチャーには用具員の佐藤さんに入っていただきます。」

「ん?」

「佐藤さんは高校時代。高校球児史上稀に見る高速ナックルボーラーとして活躍し、かの有名な夏の甲子園準々決勝でエースとして奮闘した投手でもあります」

「なぜそんな人が用具員やってんだろ...」

「また、表裏3回の試合を行い、得点、ファインプレー、熱い友情の三つの観点から勝敗を決します。」

少なくとも打順は1巡する感じか...

「ってか佐藤さんっ?」

そこには熱気を帯びた筋肉質の熱い男..ではなくふくよかな体をした人がいた。

「あ、キャッチャーには体育教師が入ってもらいます。」

「...え?」

普通逆..ってか体育教師で固めた方が公平な気もする..

だが、そんな気持ちは一瞬で消しさられた。

ズドッ!

早くて強いボールがキャッチャーミットには収められていた...

「す..すげぇ」

遠目で見てもナックル特有の揺れが見られるほどだった

「なあ奨」

「なんだ?」

「やっぱり、ピッチャーの人選ミスってるって思うのは俺だけか」

「あぁ。俺も思ったところだ」

「だよな」

すごいピッチャーだってことは分かったが、未経験者集団に打てるとは到底思えない...

「よしっ。肩温まってきたわい」

「さすがです佐藤さん」

「すまんな。全盛期には及ばんくて」

「いえいえ、流石にそれ以上だと生徒たちが萎縮してしまいますって」

そう言ってハハハと笑う大人たち。

「ふぅ。さぁいつでもいいぞ少年たち」

いやいや...

「おっしゃ行くぞぉ!!」

ええ?なにこの熱い感じ..

目の前には、目に炎を宿してると思われる1組男子たちがいた。

「さ...佐川?」

「俺らにとって最後の夏。泣いても笑っても最後なんだっ。だから」

ねぇなんで泣いてんの?今夏でもないよ?

「絶対に勝って笑って終わるぞっ!」

「おおぉ!」

だめだ。脳の処理が追いつけない。

「樹。俺らもやるぞ」

「ええ!?」

さっきまで隣にいたはずの奨がジャージを脱ぎ捨て、覚悟を決めた顔をしていた。

「我らはなんだ?」

「王者4組」

「え?」

「誰よりも練習してきたのは誰だ?」

「4組!」

した記憶ないなぁ...

「土田..ノリ悪いぞ」

「はい。すいません」

やべっ声に出てた?

「誰よりも涙を流してきたのは誰だ?」

「4組!」

「準備はいいか?」

「俺はできてるっ!」

ねぇ、今の流れってみんなで言うやつじゃん。なんで俺しか言わないの...芸人のネタじゃあるまいしさぁ

思いっきり言った声はひと時の間を作ってしまった。

「いいじゃねぇか。俺たちも見習わなきゃな」

「恥ずいからやめて...ってかいつ練習してたの?」

「なに言ってるんだ?アドリブに決まってるだろ?」

すごいわぁ。続くように2、3組もすごい熱量で声出ししていた。


「ここで、試合の流れの説明です」

「クラスの中から各試合9人選抜して総当たり戦となります。なお、熱き友情部門として応援点も含まれます。各組精一杯頑張ってください」

どうりで、各組すごい声量で声出しするわけだ。

「初戦は1組対2組となります。各組スタンバイしてください。」

「これは見ものだな」

「なして?」

「知らないのか?1組の来栖と2組のヴァレンタインを」

「すごい野球少年がこの学校にいるって言うのは聞いたことあったけど...」

「そのすごい野球少年ってのが来栖だ。」

「じゃあバレンタインくんって言うのは?」

「すごいソフトボールプレーヤーってやつだ」

「うちの学校にそんな子もいたんだ....」

そんな会話をしていたのも束の間、試合が開始した。

「プレイボール」

ふくよかな用具員の佐藤さんがゆっくりと大きく振りかぶった。

「ストライーック」

おぉぉと職員側から声が漏れていた。

「あれ打てると思うか?」

「どうだろ」

そんなクラスメイトの会話を聞きつつも、どんなのが見えるかわからないが、左目を閉じてみた。すると、次の球がど真ん中を通り、キャッチャーミットに収まるのが見えた。

左目を開けると、見えた通りにど真ん中を通り、キャッチャーミットに収まるのが見えた。

「なんか打てる気がする」

「まじか」

「うん。真ん中くるってヤマ張って振り切りさえすれば」

「そう簡単に真ん中にくるか?」

「多分いける。」

「根拠は?」

「じゃあ見てて」

そう言って、左目を閉じた。10秒経ったぐらいだろうか。さっきと同じような軌道でキャッチャーミットに収まるのが見えた。

「多分次の球真ん中」

「ほんとか?」

「ストライーック」

「...ほんまや」

「な」

はっきりと真ん中を通過したのが見えているとは言い切れないが、少なくともキャッチャーの捕球位置をみても、真ん中を通っていたと思える球だった。

「すげぇ〜」

「多分佐藤さんが打てるように調整してくれてるんだよ」

「なるほどっ!」

確証はないし、よくよく考えると辻褄が合っていないが、説得力を感じずにはいられないだろう。

「まぁ、球技大会だし挑戦する経験と、成功する経験を学ばせる機会になっているのかもね」

強ち違ってはいないと思うが..

「みんな聞いたか?」

「おう。とりあえず思いっきり振って楽しめばいいんだな?」

みんなの理解の方向が若干違う気もする。

「ストライーック バッターアウト チェンジ」

そうこうしているうちに、試合は進みバッターボックスには噂の来栖が立っていた。

彼がバットを構えた瞬間ふと空気が変わったように感じた。

「なんかっこいいな」

「出るか?来栖打法」

「なんやそれ」

なんでも、一球しか振らないんだとか。それって打法じゃなくね...

「お、振りそうだぞ」

あっという間だった。金属音とともに、校庭の柵を軽々と越していった球があった。

「す..すげぇ」

「お〜っとピッチャー佐藤。崩れたり〜。さて、立ち直ることができるのか...」

膝の上に手を置き、今にも屈しそうな佐藤さん。だが次の瞬間グローブを突き出し

「ふぅ。ここで折れるわけにはいかない。子供達に折れる姿でなく、戦い抜く背中を見せたい。折れるのは簡単だ。だが、折れたものは元には戻らない。そのことを伝えるために私はここに立っているのだから」

そう言って再び振りかぶった。

「立ち上がる佐藤投手。自らを鼓舞し、再びマウンドに立った!」

かっこいい...明らかに場違いそうな雰囲気も、きっと佐藤さんだからこその説得力があった。

「なぁ樹。」

「んん?」

「なんで泣いてるんだ?」

「だってっ。あんなにも大きくて、それでいて想いがある背中で語られたら...誰だって泣くだろ」

「すまん。誤変換だとは分かっているんだが、大きいとか重いがポッチャリワードにしか聞こえないんだっ...」

ポッケからハンカチを出し拭う用具員佐藤。一回り大きく見えるキャッチャーミット。

その光景は夏の甲子園に引けを取らないものがあった。

延長15回の裏。エース佐藤、無念のサヨナラ打。

あの時の悔しさから毎日ラーメン三昧。気がつくとこの体型となっていた。

ただ、あの時の悔しさと言えば聞こえはいいかもしれないが、正直なところただやりたいようにやって、逃げていた。たったそれだけのことだったのだろう。用具員になったのも成り行きでしかなかった。

だが、今この場で折れることの簡単さと後からくる辛さを伝えられる場を持ったのだ。

「少年たちよ。しがないおじさんから些細なプレゼントだ」

先ほど浴びた一本以降、全て三球三振に仕留めた佐藤さん。

攻守交代しバッターボックスにはヴァレンタインくんが。...ん?

「さぁバッターボックスにはヴァレンタインさんが立ちます。この勝負目が離せないっ!」

「ヴァレンタインさんだったんだね」

「ああ。知らなかったのか?」

「ヴァレンタインくんかなって思ってた」

「まぁボクっ娘だから。それで通じる」

「...へ〜」

堂々とした立ち姿のヴァレンタインさんと、闘志を燃やす佐藤さん。

「行くよっ」

「はいっ!望むところです」

ゴウッとういう轟音が聞こえるスイング。結果は空振り。

「次で仕留めます。」

「なら、こちらも全力の球と行こう」

緊張が走る校庭と後退する守備。

カキーンッという轟音がその緊張を跳ねていった。だが、次の瞬間。

「届けぇえええ」

少年漫画を思わせる声とともに、飛び込む少年が一人。

ど..どうなったのだろうか

「と..捕ったアアアアア」

おおぉ。他クラスからも歓声が上がるファインプレーだった。

それを見た佐藤さんもグッと力強く拳を握りしめていた。

「くやしぃ〜」

と、言う割には気持ちよさそうなヴァレンタインさん。何か得たものがあったのかもしれないとおもわずにはいられなかった。

その後も流れは変わらず、1対0のまま試合終了した。

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